シーリン過去編4:護符の効果
寝過ごして終わった初陣の銀色の月の満月の夜から約一年が過ぎました。
この一年、わたしは『気配を消す魔法』と『気配を感知する魔法』を常時使いながら、迷宮を探索していました。
この一年で日々魔法が成長していた事が分かりました。
一日二日では差を感じませんが、一年単位で見れば、遥かに魔法が上達しました。
魔法は使い続ければ強くなるという噂は本当の事でした。
二つの魔法を常時使いながら、主にわたしがしていた事は迷宮の仕組みの調査です。
わたしがもっとも興味を持った事は『迷宮の中が明かるい』という事です。
残念な事に一年掛けてもこの謎は謎のままでした。
ドカチーニの斡旋屋でも執務室と秘密の地下室が迷宮と同じ様に明るくなっています。
館長には明るい壁の事を聞いた事がありますが、彼は「そう言う事を知る事も冒険者としての楽しみの一つだ。自分で見つけるのだな。ヒトに聞いては楽しみが減るぞ」と言うのです。
彼は常日頃から「自分の体で覚えろ」と言って、迷宮の事は何も教えてはくれません。
わたしは『一理ある』と思い、その後は迷宮の事を、何一つとして聞く事をやめました。
壁の一部を持って帰り、自分の部屋も明るくしようと思いましたが、驚いた事に、壁には傷一つ付ける事が出来ませんでした。
説明が足りていませんね。
傷を付ける事が出来る壁や構造物もありますが、そういうものを持って帰っても、わたしの部屋が明るくなるような事はありませんでした。
持ち帰る事が出来る明るい壁を探す事が、わたしの探索内容に加わりました。
この一年、わたしが討伐した魔物は他と比べて明らかに大きくなった魔物達だけでした。
放っておいて、またあの巨大蛙のようになってもらっては困ります。
現在も巨大蛙は迷宮の浅い場所で主のような存在になっており最大の脅威です。
一年経った今でも、あの巨大蛙を、わたしが討伐出来るとは思えません。
わたしの迷宮探索は価値のある魔物を狩っていた訳では無いので銭にはなりません。
迷宮を明るくしているものの正体を見つければ一攫千金でしょうが。
他のヒトから見たら、わたしの一日の収入は『もぐり』達以下という、駄目冒険者です。
一日迷宮で、常時二つの魔法を使い、魔力切れが起きなくなって半月。
今日、わたしは一つの変化を決意しています。
使っている護符を一番から二番に変える事です。
この一年で結局は一番の護符の効果を感じる事が出来ませんでした。
護符には本当に神の加護があるのでしょうか?
少し疑念が湧いています。
その事もあり、今日からは二番に護符を換えて、実験の再開です。
その決意をして、迷宮の斡旋屋の扉を開けました。
「おはよう。シーリンちゃん」
「おはようございます。お姉さん」
入口から入ってすぐの場所にある受付で、酔っ払いのお姉さんと挨拶をします。
この一年。
この斡旋所で、酔っ払いの衛兵さん達とも、何度か話をしました。
その時の話題で、酔っ払いのお姉さんは『赤鬼』、変態のお姉さんは『青鬼』と呼ばれる、引退した凄腕冒険者である事を知りました。
引退理由は分かりません。
ですが彼女達を『赤鬼』『青鬼』の名で呼ぶ時は『自分の命を掛けろ』と習いました。
その事を聞いたわたしは、心の中で『酔っ払い』と『変態』を使い分け「お姉さん」とだけ呼ぶ事にしています。
今、受付に居るのは『酔っ払い』のお姉さんですね。
いつもお酒を飲んで顔が赤いので見分けは付きやすいです。
「お姉さん。今日から護符を二番に変えたいと思います」
「ねえシーリンちゃん。あなたはソロなのだから二番の護符に意味は無いわよ?」
「父から『迷宮は体で覚えろ』と言われています。二番の護符の効果も体感して覚えます」
「そうね。迷宮での事は全て自分で決めるの。そして外では迷宮の事は話さない。あなたのお父さんは正しいわ。あなたも体で覚えなさいな」
お姉さんはそう言うと二番の護符をわたしへと渡してくれました。
わたしは護符を受け取るといつものようにそのまま迷宮へと向かいます。
迷宮の入口で気配を感知する魔法を使います。
迷宮の最初の部屋は相変わらず『もぐり』が十人居るようですね。
魔物の気配はありません。
次の魔物が湧くのを待っている状態ですね。
これならわたし一人入っても何の支障もありませんね。
気配を消す魔法を使いながら迷宮へと入るわたしに気付く『もぐり』は居ません。
それにしても最近は『もぐりの大将』を見ませんね。
わたしには関係ない事ですが、彼も成人して、何か職へと付いたのかも知れませんね。
わたしは『もぐり』達が多く居る入口の部屋を素通りして二つ隣の部屋まで行きます。
ここまで来る『もぐり』はほとんど居ませんので、わたしの自由に探索出来るのです。
二番の護符の加護は『命中力』。
嘘か本当か『飛び道具が味方に当たらない』という『神の祝福』を受けた護符です。
現在わたしには味方が居ないから、まずは敵への命中率の変化を調べましょう。
ここに来てわたしは一つの失敗に気が付きました。
現在わたしは飛び道具を持っていません。
安価な飛び道具の代表は石礫です。
迷宮内にも石は幾つも転がっています。
ですが殺傷力を得るにはそれなりの重さが必要になり、重すぎると今度は投げられません。
丁度良い大きさの石礫はなかなか得るのが難しいのです。
形や大きさを揃えた石礫を売る商売もあるほどです。
二番の護符の効果を調べるだけです。
迷宮の中でとにかく投げられる石を見つけながら、蝙蝠や蜥蜴、鼠と良く見かけるけど、わたし相手に攻撃をして来ない魔物相手へ石礫を投げます。
わたしは動かない的に対しては、必中といって良いほど、投擲には自信がありますが、魔物相手にはそう上手くはいかないようです。
石礫自体は狙った場所を寸分の狂いもなく命中させるのですが、わたしの殺気を感じ取るのか魔物がそこから移動して命中しない事が多いのです。
気配を消す魔法を使いながら投げているのですが、やはり攻撃をしようとすると、わたしの実力では魔法の効きが落ちるようです。
今まで二つ同時に使っていた魔法を『気配を消す魔法』だけに集中して石礫を投げます。
魔物に気付かれて逃げられる事が格段に減りました。
この事から、わたしの魔法はまだ未熟である事と、魔物が気配を察知して石礫を回避している事が分かりました。
息をするのと同じ様に魔法も調節出来るようにならないといけませんね。
わたしの修行は魔物に気付かれる事無く石礫を命中する事へと切り替わりました。
迷宮内では時間の進みを太陽の位置で確認出来ません。
明るさも常に同じ為、迷宮にどれだけの時間居たのかは、自分の勘で計るしかありません。
わたしの勘では、そろそろお昼。
いつもと同じように休憩と食事をする為、迷宮の斡旋屋へと戻るのですが、先日までよりも魔力の消耗が激しいのです。
今日は午後の探索は難しそうですね。
魔物に見つからないようにと、いつもよりも気を使って気配を消す魔法を使った事が影響しているのでしょうか?
それとも護符を一番から二番へと持ち換えた事でしょうか?
魔力が尽きた理由を考えながら、わたしは迷宮の斡旋屋へと向かいました。
「おかえり。シーリンちゃん」
「ただいま。お姉さん。蛙を単品でお願いします」
「また蛙だけなの?」
「はい」
「確かに蛙は体に良いって話もあるけど。毎日食べて飽きないの?」
「好きですから」
本当はこの斡旋屋のお品書きの中で一番安いからです。
基本的にフクロ城はシーミズの港町から少しばかり離れています。
その為か食事が高いのです。
うちの斡旋屋で二十文で食べられるような食事でも四十文します。
食事が倍の値段なのです。
ですが蛙だけは違います。
迷宮から『もぐり』達が大量に取ってくる為、安いのです。
わたしが満足するぐらい食べても十二文にしかなりません。
味付けも調理方法も塩を振って焼くだけの簡単な料理ですが。
意外と味は淡泊で癖が無く、わたしは好きです。
衛兵さん達にも大人気。
この店一番の名物料理です。
食事を取り休みましたが、残りの半日、午後の迷宮を探索しきるだけの魔力は戻りません。
さて午後はどうしましょうか?
魔法さえ使わなければ、迷宮探索は出来るでしょうが、危険は増します。
昼食を食べると、すぐに迷宮へと潜る、わたしがいつまでも食堂へと居るのが気になったのでしょう。
酔っ払いのお姉さんが、わたしに雑談をしてきました。
「シーリンちゃんのお家も斡旋屋なのよね?酔っ払いとは上手く付き合ってる?」
「隙を見せれば、お尻を触って来るようなヒト達を相手にしたくはありません」
「シーリンちゃん。若い女の子は愛想が無い事してちゃ駄目よ。まずは笑って」
「なぜ笑わないといけないのですか?」
酔っ払いのお姉さんは口に一本指を当て、首を少し傾げながら、答えました。
「女の子は笑顔でいた方が可愛いでしょう?」
「それだけですか?」
「それだけですよぉ」
酔っ払いのお姉さんと変態のお姉さんは多分双子で間違いなく美人です。
美人のお姉さんには、わたしのような普通な……わたしは普通以下でしたね。
わたしのような「二口女」と呼ばれ続けてきた不細工の気持ちは分からないと思います。
わたしが笑顔を見せても、悪口をはやし立てられて、からかわれるだけです。
子供の頃からずっとそうだったのですから。
「おーい。酒の追加を頼む」
「はーい。ちょっと待っていてね」
食卓に居る、既にかなり酔っぱらっている、衛兵さん達から注文が入りました。
お姉さんがわたしに耳打ちして立ち上がります。
「あたしの動きをよく見ておきなさい。男相手の接客の神髄を見せてあげるわ」
そして注文された酒を取りに行く為に厨房へと千鳥足で消えて行きました。
厨房からお酒を持って帰って来たお姉さんはやっぱり酔っ払いのままでした。。
足元が千鳥足で覚束無い状態です。
こんな状態でどのような神髄を見せてくれるのでしょうか?
わたしが予想した通り、酔っ払い達のいやらしい手が、お姉さんの体へと伸びてきます。
しかしお姉さんを触れる事が出来た酔っ払いは一人も居ません。
千鳥足のまま、あっちへふらり、こっちへふらり、と酔っ払い達の動きを先に読んでいる様に自然と酔っ払い達の伸びてくる手をかいくぐります。
伸びてくる手を躱すのでは無く、伸びる前に相手の間合いから外れるのです。
あれは意図してやっているのでしょうか?
それとも偶然?
最後は注文された食卓を行き過ぎて「酒を注文したのはこっちだ。こっち」と衛兵さんに呼び戻される始末です。
やっぱりお姉さんは酔っ払いのようです。
「あら。ごめんなさい。はいおかわりどうぞ」
お姉さんは必要以上に前屈みとなり、ただでさえ一般的な貫頭衣と比べると緩い胸元から、大きな胸の谷間を見せつけています。
お酒を届けた食卓ばかりか、周りの酔っ払い達からも、大歓声が上がりました。
次の瞬間にお姉さんとわたしの目が合います。
お姉さんは『わたしに自分の胸の谷間を見せつけたのだ』と何故か確信しました。
大きな胸の谷間を見せつけられましたが、大事な先端部分はしっかりと隠れていました。
お姉さんは酔っ払い達へ『谷間までは見せても良い』と考えているのだと感じます。
彼女は千鳥足のまま『数が倍以上に増えた酔っ払い達の手』をかいくぐり戻ってきました。
信じられない事に、彼女は全てを意図してやっていると思われます。
酔っ払いのお姉さんに対して尊敬の念が生まれるとは思いませんでした。
わたしの元へと帰ってきたお姉さんから提案が出ます。
「シーリンちゃんは午後から迷宮へ潜るのかしら?」
「迷っています」
「そうなの?なら今日はあたしとお話をしないかしら?」
わたしが迷っていると廊下から変態のお姉さんが食堂へとやってきます。
どうやら交代の時間のようですね。
これから酔っ払いのお姉さんは休憩に入る様です。
せっかくですから聞いてみましょう。
先程の事は『偶然なのか』『意図的なのか』を。
わたしは『意図的』と思っていますが、それなら『どうやったのか』を聞き出しましょう。
そう決めてわたしの午後は、酔っ払いのお姉さんと、休憩室へと向かいました。




