ユイの漁港
物資を手配してきた、たすきおじさんに連れられて大八車を牽引して行く。
基本的に箱へと入っている為、中身は分からないが、重い物、軽い物色々あった。
だが一つ、この異世界で優れている事を俺は発見した。
箱の大きさには確実に規格がある。
シーミズの港町でもそうだったが、箱の大きさが揃えられている。
ちょっとした事かも知れないが、実に輸送に適した発想だ。
異世界も莫迦に出来ない。
城門を出てユイの漁港へと向かう。
約一里半(約6キロメートル)の旅だそうだ。
途中たすきおじさんの語りを聞きながら大八車は進む。
「ユイの漁港は、男の町だ。仕事をする為に男が家族をおいて単身乗り込む町だな」
「そうなのですか?何か理由があるのですか?」
「金色の月が満月になると神原に門が開く事は説明したよな?」
「はい。聞きました」
「神原には城があって迷宮がある。そこを避難場所として使うと言う逆転の発想で身を護る事で町として発展した。だがユイには迷宮が無い。だから金色の月が満月になると神原城にいるよりも死ぬ可能性が遥かに高くなる」
「どうしてそんな所に漁港を作ったのですか?」
「高く売れる物が獲れるからだよ。サクラエビとシラスだ。特にサクラエビは全国でもここ近辺でしか獲れない貴重品だ。ユイは最高の漁場なのだ」
「つまりユイの漁港の男達は命を懸けて、高い獲物を狙っていると言う事ですね?」
「簡単に言うとそういう事だな」
「ユイの漁港には女性は1人も居ないのですか?」
俺の質問を聞いて、荷台に腰掛けるおじさんが少し迷っている。
俺の質問に答えるかどうかを迷っているのだろうか?
そこへとシーリンさんが答えをくれた。
「居ますよ。沢山のお金を稼ぐ男性を目的に命知らずの女性も集まっています」
「そういう事だ。女性は居る。だがお前は絶対に近づくな」
「どうしてですか?」
「坊主だからだ!歓楽街の銭湯にだけは行くなよ?」
「銭湯があるのですか?是非行きたいですね!」
「だから、行くなと言っているのだ」
「何故だい?」
大八車を牽引するホルスたんまで話へと加わってきた。
たすきおじさんも観念したように話を始める。
「『ユイの漁港』は別名が色々ある。『湯女の町』『酔いの町』が有名だ」
「私も湯女は銭湯で聞きましたね。港湾施設には湯女は居ないと言っていました。銭湯の先輩が名前は教えてくれましたが、どんな女性かは教えてくれませんでした」
「そうか。坊主頭のお前には一生縁を作っちゃいけない女性だと忠告するぞ。漁港の中で区画が分かれているから絶対行くなよ?歓楽街の銭湯で湯女が多い事が『湯女の町』の由来だ」
俺は「行くなよ」と言われたら人間『行きたくなる』ものだと思う。
その上体中が血塗れ汗まみれでベトベトだ。
銭湯に行きたいと思うのは当たり前だと思う。
もう一つ『酔いの町』の由来も聞いておこう。
「『酔いの町』の由来は何ですか?」
「言葉の通りだ。酔っ払いも多い。下手に喧嘩に巻き込まれるなよ?」
「そうですよ。こんな危険な所まで来て遊ぼうとするヒト達です。わたしは関わらない事をおすすめします」
「物資は運ぶのですよね?」
「歓楽街の手前の漁港にな。宿も漁港で取る。お前さん達、絶対歓楽街へと入るなよ」
「おじさん。その言葉は何度目ですか?」
「何度でも言うぞ。歓楽街に入るな。『飲む打つ買うの三拍子』が揃った男の桃源郷と言う奴も居るが真っ当なヒト様が近づく所とは思わない」
「おじさんの言葉を聞いていると、一度は行った事があるような言い方ですね?」
「ああ。行った。若い頃な。毎日こつこつ貯めた銭を全て失ったよ。二度と行きたくない」
「分かりました。私も近づかないようにします」
「それが良い。『ユイの漁港はユメの町。今夜一夜の夢の町。夜通し遊び懐を。酔い覚め見れば青ざめる』なんて歌もあるくらいだからな」
少なくともおじさんの顔は『本当に後悔している』と言っている。
俺は絶対に近づかないぞ。
博打に負けた酔っ払いに刺されるなんて絶対に嫌だ。
そこへとシーリンさんの警告が入る。
「ユークリット。前方で緑小鬼に襲われつつある大八車があります。護衛はついているようですが加勢に行きますよ!」
言うが早いか、シーリンさんは飛んで行った。
もう漢字も『飛ぶ』で良いと思う速度である。
予想通り、俺が着く頃には大勢は決していた。
シーリンさん……本当に俺が行く必要ありますか?
俺達の大八車には荷物が一杯だ。
俺の背嚢にも食料品が詰まっている。
シーリンさんは緑小鬼の耳と金銀だけを奪って、街道の外へと蹴り出した。
やっぱり、このヒトの方が確実に『鬼』だよな?
救った相手からの感謝の言葉に「お互い様ですから」とシーリンさんが一言返しておじさんとホルスたんの元へと帰る。
護衛と思われる冒険者があまり良い顔をしていない気はするが、彼らも俺と同じで『シーリン無双』を見ていただけの存在。
大きな文句は言えまい。
何もしていないのだから。
ユイは平野部分が多い分だけ魔族や魔物も多いそうだが、街道を歩く限りは、遭遇率はそれほど高くないらしい。
だがタゴノウラ港に広がる平野と違い、金色の月に属する魔族や魔物が圧倒的に支配している平野だ。
ヒト族は海沿いの街道を護る事が精一杯な土地柄である。
街道でも神原城からユイの港町へ着くまでに2回襲われたのだから、十分に怖ろしい所だ。
金色の月の満月の夜に緑小鬼は『悪魔』と言われていたが、ここでは『魔族』と言われる。
何かが違うのだろうか?
俺には区別がつかなかった。
夕方前にはユイの漁港へと着く事が出来た。
平野が終わり、山と海の間の細い道を少しばかり歩く事になる。
驚くことに『ユイの漁港』は現代日本で言うところの『隠れ里』と言った漁港だった。
門をくぐると男の町だ。
俺は港で働く男達を見て、すぐにシーミズの港町の湾岸施設を思い出した。
港自体は大きくないどころかはっきり言って小さい。
平らな土地もほとんど無い。
大型帆船が泊まれるような波止場は1つも無い。
建物は山の斜面に無理矢理建っている。
その代わりに神原城に比べればしっかりとした建物だ。
それでも狭い港全体に男達の活気が溢れていた。
もう一つ奥にある門の向こうを見ると、女性達が道に出て男を店に誘っているのが見える。
あれがおじさんが言っていた歓楽街だな。
歓楽街も山の斜面へと店が建っている。
道を挟んで店の反対側はそのまま海だ。
銭を余分に持っていなくて良かった。
俺も健康な男性だ。
興味が全く無い訳では無い。
銭が有り、他の3人の目が無ければちょっと見学ぐらいはしていたかも知れない。
おじさんの悲壮な顔を見ていなかったらと言う条件が付くが。
そう考えると、結局俺は歓楽街には行かないな。
現代日本でもお姉ちゃんの居る店には付き合いでしか行った事無いし。
現代日本では二次元嫁が居たから勿体ないと思っただけかも知れないが。
陽が暮れる前に神原から運んだ依頼品の荷物を配るとの事だが、俺は宿屋で留守番だ。
飛脚で先に送った『割符』も順調に運ばれていれば丁度今日漁港の飛脚問屋にあるとの事。
おじさんは割符の確認もしてくるとの事だ。
歓楽街の方からは楽しそうな声が聞こえてくる。
ちょっとだけ覗きたいが、狭い町だ。
確実に見つかる。
そもそも俺を歓楽街へと関わらせない為の留守番だ。
シーリンさんが気配感知の魔法を使っていないとは限らない。
博打で負けた酔っ払いに腹を刺される事よりも危険度が高い。
部屋の中で槍の訓練をする事は流石に出来ない。
神原で回復魔法を掛けてもらうまで高熱を出し、疲れが溜まっていた事もあるだろう。
やる事も無く横になっていると波の音を子守歌にしていつの間にか俺は寝ていた。
俺が起きた時は翌日の朝だった。
「おはよう。残念だったさ。サクラエビは美味かったよ。あんたの分があたいが頂いたのさ」
「ええ。美味しかったですね。ユイに来たらサクラエビを食べないと意味がありませんね」
「値段も高いが、銭を出した価値はあっただろう?」
「最高だったよ!」
「ご馳走様でした」
「今回は残念ながら保存用に干したサクラエビだったがな。サクラエビの本当の旬は春と秋。その時は生のサクラエビをかき揚げにして食べる。今回とは比べ物にならない最高の味だ」
「最高よりもっと最高に美味しいのかい?」
「ホルスさん。言葉がおかしいですよ?」
「はっはっは。言葉遣いなんて気にするな。本当に最高よりもっと最高に美味しいぞ。割符も無事手に入った事だし昨夜の食事は前祝いだと思ってくれ」
「本当にここで割符が手に入って良かったですね」
「ああ。これでおれの心配事が一つ減ったよ」
あれ?
前祝い?
割符が手に入った?
私は何も食べていませんよね?
昨夜は前祝いで宴会でもしたのですか?
なぜ誰も私を起こしてくれなかったのでしょう?
朝食には私の「サクラエビ」が出て来るのでしょうか?
おじさんに聞いてみましょう。
「おじさん。私の分のサクラエビはどうなったのでしょうか?朝食に出てきますか?」
「お前さんの分は筋肉姉御が平らげたぞ?今日は殺多峠を越えて陰気津の川を渡らないといけない。今日中に異原の城門まで戻るつもりだ。次の交易品を買ってしまったからな。サクラエビを食べる余分な銭は無い」
「……分かりました……」
俺はしぶしぶ承諾したが、別の事も考えて始めていた『サクラエビを食べる』という名目で歓楽街に来て楽しもうと。
この異世界は男の筋肉に囲まれたドンチャン騒ぎが日常的で俺の周りに女性は少ない。
昨日は『歓楽街に行かない』などと言っていた自分は捨てる。
ここは現代日本では無い。
ユイには『異世界無双』とほぼ同列の夢と言える『異世界ハーレム』の入口が見える!
俺の『異世界無双』の夢はほぼ断たれたと言っても良い。
だが『異世界ハーレム』の夢は断たれていない。
今までは女性との出会いが少なかっただけ……だと信じたい!
俺が『サクラエビを食べられなかった事』を知るシーリンさんと言う証人も居る。
ユイへと再び来るためのアリバイは完璧だ。
「サクラエビは食べられなかったかも知れないが、朝は『シラス』飯だ。卵を掛けて食べると最高に美味いぞ」
「サクラエビは次回の楽しみにします。シラス飯も楽しみですね」
「ああ。シラス飯も美味いから食べてみろ」
シラス飯。
現代日本では『お米のご飯』は普通に出てきたから忘れていたが、この異世界で『お米』が出てきたのは初めてだった。
食べてみたが正直言って美味しいお米では無い。
だが、そんな事を超越する何かを感じ思わず涙がこぼれた。
「おじさん。お米なんてものがあったのですね?」
「そうか。お前はお米は初めてか。庶民の口には滅多に入るものでは無いからな」
「シーミズの港町付近では異原の一角で細々と作られているくらいですね」
「城壁の外ですか?」
「城壁の外です。山と川に護られた谷間で細々と作られていて、基本士族が好む為、庶民の口まではなかなか届きません」
「ユイの漁港では食べられるのですね」
「これは予想だぞ?歓楽街で遊んだ後に銭が払えない士族様がお米で払って行ったのだろう」
「エドゥの城下町では結構庶民も食べれたよ。あたいは貧乏だったし本当にたまにだけどさ」
久しぶりのお米の味を噛みしめながらしみじみと呟いた。
「お米。あったんだなぁ」
「何ですか?何か感慨深い様子ですが」
「遠い遠い私の故郷の主食がお米だったのです」
「それは贅沢な食文化の故郷ですね」
「やっぱりあんたは良い所のお坊ちゃまじゃないのかい?」
「故郷でもここでも由緒正しい一般庶民ですよ」
「常識はどこかに忘れてきちまっているようだけどな」
おじさんの計画では今日の夕方前には異原の城門をくぐる予定だ。
旅の終わりに相応しい楽しい朝食だった。
俺は本当に久しぶりにお米を食べた気がする。
今度ユイの漁港に来る時はネモを誘おう。
シーミズの港町から1日で来れる場所だ。
サクラエビが旬だと言う秋が良いな。
奴も俺も酒は飲まないが、飲まなくても莫迦になれる事は現代日本でも証明されている。
疑似『異世界ハーレム』を奴と楽しむ事にしよう。
朝食を食べた後、買えるだけ買った『サクラエビ』を載せた大八車を牽引して、俺達の輸送隊はユイの漁港を出発した。
殺多峠は約一里(4キロメートル)ただし、山越えな上に海側は崖のように険しくそのまま海まで落ちるのでは無いかと言うような場所もある。
道も狭く大八車がすれ違う時は場所を選ぶ必要がある。
ホルスたんが牽引して、俺が後ろから押す形で大八車が進む。
「今までとは違った意味で怖い道ですね」
「崖には落ちるなよ?」
「落ちる気は無いです。魔物や山賊でも出てきそうな道ですね」
「本当だよ。魔物や山賊なんかは出て来ないのかい?」
「一応街道だからな。強力な魔物が縄張りを作れば討伐する為に冒険者が派遣されるし、山賊にしてもスーンプ城が近いからな。あまり悪さをしたら最悪山狩りまでされて一網打尽だな」
「殺すに多いと書いて『殺多峠』なんて聞いた時はびっくりしましたが、大した事はなさそうですね。安心しました。」
「そんな事無いですよ。スーンプ城下から神原城に行くまでで一番死者が多いのがこの殺多峠である事は間違いないです。強力な魔物が縄張りを作れば討伐されるまで犠牲者が出ますし、弱そうな相手を狙って山賊が出る事もあるでしょう。崖から転落するヒトも居ます。殺多峠の名前は伊達ではありませんから、気を付けて下さいね」
シーリンさんが道に落ちている石を時々藪に投げ込んでいる所を見ると、きっと山賊を牽制しているのだと思えるくらいには、この旅で俺は成長出来た。
多分山賊の斥候がそこにいて『こちらは気付いているぞ』と彼女は警告しているのだろう。
俺には全くヒトの気配を感じられないが。
俺は少なくともネモと二人でユイの漁港に行く計画は止める事に決めた。
やはり俺の持論の通り『異世界無双をするから異世界ハーレムが出来る』のだ!




