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一人反省会

 神原城は空堀と土塁と木の柵で出来ていた。

 物見櫓と呼ばれるものも木で出来ている。

 シーミズの港町と比べると木材が多く建材に使われていた。


 ただし上手く説明出来ないが、壊される事を前提としているのか、凝った造りの建物は一軒も無く、仮設住宅と言うのも恐れ多いくらいに粗末な家々が建っている。

 だがヒトビトの活気はあった。

 シーミズの港町にある『河岸の市』には負けるが『湾岸商店街』には負けていない。

 多くの品が売り買いされている。


「ここは神原の迷宮があるからな。様々な金属を沢山売っている。二手に分かれよう。おれと筋肉姉御ホルスは、大八車を牽引して市場へ食料品を売りに行く。筋肉兄貴ユークリット受付嬢シーリンは迷宮の斡旋屋では無く、冒険者の斡旋屋へと足を運んでくれ」

「分かりました『ユイの漁港』が必要としている物資を確認してきましょう」

「受付嬢は話が早くて助かる。あとは筋肉兄貴の怪我も回復魔法で治してやってくれ」

「かなりのお布施が必要になると思いますよ?」

「左腕の怪我だけで良い。殺多さった峠を越えるからな。用心に越した事は無い」

「分かりました。行きますよユークリット」



 俺は言われるままにシーリンさんへとついて行った。

 シーリンさんは一度神原城へと来た事があるのだろうか?

 彼女に連れられて行った場所は迷宮の入口だった。

 巨大な階段が地下へ向かって続いている。

 あまりもの大きさに俺は驚きを隠せなかった。

 俺が迷宮の入口へ目を奪われている間に、彼女は近くに居るヒトと話をしていた。



「現在の冒険者の斡旋屋と教会の位置が分かりました。行きますよ」

「シーリンさん。『現在の』という事はころころと位置が変わるのですか?」

「金色の月の満月の夜に天使と魔人の戦いに巻き込まれたら基本的に町は壊滅しますよ」

「なるほど。それで現在の位置を知る必要があるのですね。」



 何度壊されても町を復興するのか。

 神原城のヒト達はなかなか根性のあるヒト達の集まりなのだな。

 シーリンさんに連れられて行ったのは天幕の上に十字架が載っている教会だ。

 異世界では十字架と言うかは怪しいが俺の認識では十字架だ。

 シーリンさんがお布施を払っている。

 幾ら払ったのかは分からないが、俺は回復魔法を掛けて貰えた。


 左腕の傷だけでなく、全身のきずまで治して貰えた。

 体の熱も下がり平熱になったと感じる。

 体調は完全に調子を取り戻した。

 やはり魔法は凄いな。

 なんとか俺も魔法を使えるようになれないだろうか?

 だが魔法は多分無理だろうな。

 俺もネモも魔力が『ゼロ』の可能性がある。

 俺達に魔力があるか調べたいが『調べた結果が魔力無しで大事おおごとになりました』となるかもしれない事が不安で調べる事をためらっている。


 俺の左腕は、スケルトンに付けられた傷跡が完全に無くなり、縫った跡であるシーリンさんの髪の毛だけが残った。

 少し引きるが記念に残しておこう。

 ミサンガみたいなものだ。

 さて何を誓おうか。



 と思っていたが教会から出た途端にシーリンさんによって抜糸された。


「シーリンさん。どうせ抜糸をするのなら、細かく髪の毛を切ってから抜きませんか?」

「常識記憶喪失者は黙っていて下さい。縫った糸を切らずに抜くのは『二度とこのような怪我を負わないように』との戒めを込めた最後の儀式なのですよ?」

「……そうでしたか……」


 縫い跡を通る髪の毛が長い分だけ抜く時の痛みも増す。

 シーリンさんの言葉にも一理ある。

 必要以上に痛みを与えてくるこの抜糸の方法。

 確かにこの抜糸の方法は痛みが『こんな怪我を二度とするか!』と言う気持ちにさせる。 



 抜糸された後、左腕は格段に動かしやすくなった。

 俺達は次の目的地である冒険者の斡旋屋へと向かった。

 俺は『迷宮の斡旋屋』と『冒険者の斡旋屋』と何が違うのだろうとシーリンさんに尋ねた。


「迷宮の斡旋屋はヒトそのものを、冒険者の斡旋屋はヒトからの依頼を斡旋する違いです」

「私達は冒険者の斡旋屋へと向かっているのですよね?」

「そうですよ。ユイの漁港で必要としている物資があるかを依頼で知るためです」

「なるほど」



 冒険者の斡旋屋も天幕だった。

 天幕の壁(?)一面に依頼が張ってある。

 その中からユイの漁港への輸送依頼を大八車へと載せられる分を考えてシーリンさんは羊皮紙を壁から剥がした。

 ここからのシーリンさんの行動が意外だった。

 シーリンさんが銭を払っている。

 俺の常識だと、依頼料の前金とかを貰うのが普通だよな?

 俺が現代日本でやっていた『テーブルトークRPG』と言うマイナーなゲームでは大体前金を冒険者側が受け取る。

 俺の元へと帰ってきたシーリンさんへと尋ねる。


「シーリンさん。どうして銭を払うのですか?」

「依頼と言う情報をもらったからですよ」

「普通は前金とかを頂くものでは無いのですか?」

「そんな事をして、前金だけを持って冒険者が逃げたらどうするのですか?うちの斡旋屋だって、冒険者への斡旋は彼らから銭を頂いていますよ」

「私は荷揚げ屋の仕事をした事しか無いので知りませんでした」

「指名依頼以外は冒険者が払うのが普通ですが……あなたは常識記憶喪失でしたね」

「あまり使いたく無い言葉ですが常識記憶喪失者です」


 この旅で『常識記憶喪失者』と言われたのは何度目だろうか?

 本当に現代日本の常識は異世界では通用しない。

 俺はシーリンさんの指示通りに動く事だけを務めた。

 俺達は斡旋屋からユイの漁港へと運ぶ荷物の依頼を買い取り、たすきおじさんとホルスたんへと合流するため、市場と思われる売り買いが盛んに行われている通りへと向かう。



「基本的な斡旋屋の収入は情報の売り買いです。銭を沢山持っている側からもらうのが一般ですね」

「どうしてですか?」

「そのような事は自分で考えなさい。と言いたいところですが答えましょう。単純にその方がもうかるからです」

「貧乏人10人から10文取るより、冒険者から銭束を取った方が楽という事ですか?」

「その理解で問題ありません。次に冒険者への依頼には大きく分けて二種類あります。『特定の個人に対する依頼』と『誰でも良いから解決して欲しい依頼』です」

「思い出したくも無いですが、ドカチーニさんから私への依頼が『特定の個人に対する依頼』だったのですね?」

「その通りです。依頼が掲示される事無く、わたしのような受付嬢から直接依頼先へと伝えられます。逆に『誰でも良いから解決して欲しい依頼』は掲示されて万人の目に晒されます」


 ドカチーニの斡旋屋にも食堂から2階へと上がる階段下に掲示板があったな。

 俺は一度も張り出された依頼に目を通した事が無いけど。


「ドカチーニの斡旋屋は階段下にありますよね?」

「それですね。この時、依頼人が斡旋屋に払う銭は羊皮紙代。それと文字が書けない時は代筆代ですね。斡旋屋はまとめて羊皮紙を買うので、少しだけ差額で利益を得ます。冒険者に依頼を頼むのは庶民が多いので、羊皮紙代だって莫迦ばかには出来ないのですよ?」

「そうですね。それでどうして冒険者が依頼を買うのですか?私にはそれが分かりません」

「わたしも昔からの事なので、本当のところは分かりませんよ?あくまでもわたしの考えですが、依頼を独占する為の手付金では無いかと思っています。実際に依頼書無しに依頼を達成しても依頼を出したヒトに支払いの義務が生じないのです。代わりにたまたま依頼が解決済みになったとしても、依頼書を持ったヒトに対して依頼者は全額ではありませんが、依頼達成の報酬を払う義務が生じます」


 うん。

 俺の頭では半分も理解出来ない。

 分かった振りだけはしておこう。


「分かりました。色々とありがとうございます」

「ユークリット。あなたが理解できていない事くらいすぐに分かりますよ」

「すみません。半分も理解出来ていませんでした!」

「今はまだ良いです。少しずつ覚えていって下さい」

「分かりました」



 と答えたものの冒険者になるつもりが無い俺には関係ない事だな。

 とは言え、俺は今回の旅で少しだけ考えている事もある。

 冒険者で無くても、この異世界で生きて行く以上、いつか必ず殺し合いに巻き込まれる。


 たすきおじさんとホルスたんに合流すると、水路の始まる集落で買った食料品は、自分達が必要な分だけ残して全て売ってあり、ほとんど空になった大八車の上でホルスたんが大の字になって寝ていた。

 俺がホルスたんの護衛となって残ると、たすきおじさんとシーリンさんが二人で依頼の品の調達へと向かった。

 依頼品を全て調達したら最後に大八車で荷物を集めて行くと言う事だ。



 ここは大八車置き場。

 現代日本で言えば駐車場のようなところだ。

 どんな市場にも必ずと言ってよいほどある何も無い事が求められる施設だ。

 何も無い。

 大八車以外は本当に何も無い。

 現在置かれている大八車もほとんど荷物を積んでいない。

 俺は暇なので傷が治った左腕の調子を確かめる事も兼ねて槍を突いていた。

 この異世界では平穏無事に暮らして行くために最低限の武力を保持する必要がある。

 そこだけは『冒険者』でも『一般庶民』でも変わらない事だと今は確信している。


 今回の旅で俺は不本意ながら2回も戦闘をした。

 直接戦った相手だけでだ。

 街道では俺が魔物に到達する前にシーリンさんが片付けているので、俺は槍を構えて立っていただけ。

 これは今回の戦闘には含めないでおく。



 まずはスケルトンからだな。

 こいつから一番に学んだ事は『油断しない事』だ。

 どうやらスケルトンとは本来は弱いアンデットのようだ。

 だが、ヒト族にも鬼のように強いヒトがいるようにスケルトンにも鬼のように強いスケルトンがいるのだ。

 この異世界では魔物を種族だけで判断する事はしてはいけない。

 きっと今回やられた冒険者のほとんどが『油断してやられている』と思う。

 シーリンさんは最初から「あのスケルトンはヤバい」と言っていたから何か強い魔物を見分ける方法はあるのだと思う。


 だが今の俺には全く分からない事だ。

 俺はなんとなく『若い冒険者達よりもスケルトンの方が強そうだ』と感じた程度だ。

 今の俺に出来る事は『どんな相手にも油断しない事』だけだな。

 まさに命に関わる。


 あのスケルトンに槍でどう戦うか?

 うん。

 考えるだけ無駄な実力差だな。

 倒せたのは運の良さと、ドカチーニさんの大剣のおかげだ。

 狼の事を検証しても二人が帰ってこなかった時に考える事にしよう。



 狼から一番に学んだ事は『命』だな。

 あの腹を裂いた時の感触は忘れない。

 この異世界で生きる以上、俺には再び『命のやり取り』をする時がやって来る。

 俺は街で平穏無事に生きたいが、間違いなく月に一度は魔物と戦う事になる。


 これは『冒険者』でも『一般庶民』でも変わらない。

 銀色の月は必ず月に一度は満月になる。

 いつかは俺が屍を晒す時が来る。


 俺が戦う時はどんな強者が相手でも弱者が相手でも対等に『1つの命』として向き合おう。

 現時点で俺は、どう考えても食物連鎖の頂点にはいない。

 俺には『無双』は出来ない。

 自分の『命』を一番大切にして無駄な戦いはなるべく避けよう。

 記憶の奥底に封印した幼馴染が禁断の扉を少しだけ開けて俺に忠告してくる。

 護身術において最高の奥義でもあり一番の基本は『自分から危険に近づかない』事だと。


 とは言えどんなに気を付けても危険は必ずやってくる。

 「危険に備える事はとても大事な事」という言葉を、俺が一生懸命閉めようとしている禁断の扉の向こうから幼馴染が忠告してくる。


 くやしいがあいつの言う通りだ。

 次は狼と槍でどう戦うかを考えよう。

 今回の革で巻いた左腕を先に噛ませてから小刀で腹を裂く作戦は成功だったと思う。

 だが今回は一対一の状況だったから助かったのだ。

 一匹狼だったから助かったが群れで襲われたら、俺はどうにも出来なかったと思う。


 ……槍でどう戦うか……

 ………………

 ……


 駄目だ。

 狼を倒せるイメージが全く湧かない。

 槍を突いた所をかわされて噛みつかれる場面ならイメージする度に思いつくのだが。

 やはり先日やった『誘って受けて』からの反撃しか、今は思い浮かばないな。

 槍で倒すのは今後の課題だ。



 結論。

 今の俺は槍で戦う事を考えるよりも、どう攻撃されないようにするかを考えるべきだ!

 槍を投げる為に通常よりも短くなっているが長いリーチを存分に活かし相手を牽制しよう。

 俺が1人で戦おうとする事が間違いなのだ。

 周りの仲間と連携を取って、俺は敵戦力分散と時間稼ぎに徹しよう。



 

 槍を突きながら、俺がたいした結論でも無い結論を結ぶと、それを待っていたように、たすきおじさんとシーリンさんが物資の手配をすませたようで大八車置き場へと帰ってきた。

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