神原城への道中
朝いつもの時間に起きると『久しぶりにぐっすり寝た』と思う程頭がすっきりとしていた。
体の状態はあまり良い状態では無い。
左腕の傷はズキズキ痛むし、熱もかなり高い。
いつものようにベスとアンの顔を見ながら、木戸を開けようとして、ここは旅先で宿屋だと思い出す。
シーリンさんがすでに起きていて、いつもの王女編みを完成させていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
朝の挨拶が笑顔で返って来る。
シーリン笑顔マイスターの俺としては、本日彼女の機嫌は悪くは無さそうだと判断した。
俺は彼女を始めとしてホルスたん、たすきおじさんにも感謝している。
俺は数日前に自らの手で殺した狼でかなり大きなショックを受けていた。
狼を殺した罪の意識があったのかも知れない。
俺は怪我人の救出を提案して譲らなかった。
俺のわがままに3人が協力してくれた。
自分が初めて手に掛けた狼の事を忘れる事は無いかも知れない。
だけど俺はショックから立ち直り、確実に前を向く事が出来たと思っている。
この異世界に生きる限り、俺は必ず誰かを殺すし、殺される時が来る。
その覚悟だけは持っていないといけない。
何度自分に言い聞かせてもすぐに忘れてしまう。
俺にはきっと『異世界を生き抜く覚悟』が足りていないのだと思う。
「木戸を開けても良いですか?」
「はい。お願いします」
木戸を開けに行く最中でシーリンさんと話しをする声が目覚ましの代わりになったのか、たすきおじさんとホルスたんも起き始めた。
昨日、傷の痛みが増す軟膏をシーリンさんとホルスたんに塗られている間に聞いたおじさんの話を少し思いだす。
簡単に言うと、俺達の運んできた氷だけを載せてお貴族様達はシーミズの港町へとタゴノウラの港に停泊していた船ごと帰ってしまい、唯一人だけ割符を持っているおじさんは身の危険を感じて飛脚でスーンプ城下へ割符を送った。
飛脚は途中で魔物に襲われて荷物が届かない事もある。
それでも『自分が持っているよりは安全だ』と判断したとの事であった。
俺もシーリンさんもホルスたんも、おじさんの判断に文句は付けなかった。
代わりに『シーミズの港町まで行商をしながら稼いで帰る』と言う事に俺は興味を持った。
これで飛脚が無事にスーンプ城下まで届いていれば利益が増えるとの事だ。
ただ神原は金色の月が満月になると門が開く為、金色の月に属する魔物が多く存在していて、異原よりも魔物の遭遇率が高い事だけが気になった。
「……よう。…はよう。おはよう!何だい。シーリンには挨拶してあたいは無視かい!?」
「あっ。おはようございます。少し考え事をしていました。おじさんもおはようございます」
「ああ。おはよう。朝食を食べ次第、出発するから準備をしておいてくれ。おれは宿代を払ってくる」
おじさんが宿代を払いに行っている間に荷物の準備をする。
荷物の準備と言っても荷物はほとんど大八車へと積んだままだ。
俺が宿屋に持ち込んだ荷物は身の回りの品と、絶対に無くしたくないドカチーニさんから借りた大剣だけだ。
準備を終えると朝食を食べて集落から出発をする。
先日も同じだったが集落に居る間、血に塗れた白い貫頭衣を着た俺は周囲から注目の的となった。
武器も持たずに血の染まった白い貫頭衣は悪目立ちする。
途中シーリンさんが一言「大剣を背負いなさい」と忠告をくれた。
大剣を背負うだけで、道行くヒトからあまり注目されなくなった。
もしかしたら冒険者とはあまり目を合わせないようにしているのかも知れないな。
俺は『がんもつけたりしませんし、飛ばしたりもしませんし、つっぱったりもロックンロールもしませんよ?』とすれ違うヒトに言いたいくらい無視される。
俺が怖いと言うよりは、背中に背負う巨大な剣の方が怖いのだろうな。
大八車はホルスたんが一人で牽引している。
おじさんは変わらず、大八車の後部に座って移動だ。
本人は「集落くらいは自分の足で歩く」と言い張ったが俺を含めた三人が「移動が遅くなる」と言って、おじさんを荷台へと乗せた。
先頭を歩くのはシーリンさん。
殿が俺である。
周りから見たら一応冒険者に護られた輸送隊には見えるのだろう。
集落では何事も無く、おじさんが用意した舟へと、大八車ごと4人で乗る。
不死河まで約一里(約4キロメートル)の舟旅だそうだ。
舟の旅は快適だ。
波も無く、まさに水平に移動をしている感じで、流れて行く景色が大八車とは違った良さがある。
大八車は揺れ過ぎだ。
後は大農園地帯と言う事もあり平和な感じが良いのだと思う。
手を伸ばせば水に触れられるのも良い。
今回の旅で一番リラックス出来ている。
高い熱が出ている俺にとっては最高の移動だ。
体が楽で良い。
もしかしておじさんは俺の事を考えて舟旅を選んでくれたのだろうか?
しばらくは『ぼぉーっ』と景色を眺めていた俺だがふと気が付いた。
そうだ!
血だらけの貫頭衣を少し川で洗濯して、多少は血糊を落とそう。
俺にしては素晴らしい考えだ!
早速、貫頭衣を脱いで少し舟から身を乗り出し洗濯へと取り掛か………あれ?
この景色懐かしいですね?
前にも見た事がある水の中の景色です。
今回は目の前を魚の群れが通り過ぎました。
お魚さんおはようございます。
私の後頭部が踏みつけられています。
顔が水の上へと持ち上がりません。
より深く水の底へと顔を突っ込む以外に他へは1ミリも動く事を許してもらえません。
誰がやっているかは理解しました。
間違いなく『笑顔を見てはいけないあのヒト』です。
おじいちゃん達、おばあちゃん達、今から会いに行くよ?
結論から言いますと、今回私は『おじいちゃん達とおばあちゃん達とは会えませんでした』が、完全に許された訳では無さそうです。
私の最上級『裸一貫、隠すものは何も無い』土下座は『服を着なさい』と言われてずぶ濡れの貫頭衣を着たままの土下座となっております。
少しでも身動ぎしようものなら、小剣の鯉口を切る音が聞こえてきます。
高熱が出ている私を水で冷まし安静にしていろとのシーリンさんの優しさです……多分。
私の快適な舟旅は舟底を見続けるだけの旅へと変わりました。
ホルスたんもたすきおじさんも助け船は一切出してくれませんでした。
私には時々ホルスたんが興奮している鼻の息が聞こえてくるだけでした。
大八車を舟から降ろす時、ようやく土下座をする事を許されました。
車を降ろしている時にホルスたんが「山と山の間にある低い土地にヒトが水路を自分で作って通したのさ。凄かったよ」と興奮しながら教えてくれました。
惜しい事をしました。
ホルスたんが興奮する程の景色を私は船底だけを眺めていました。
大八車を降ろした所は不死河の河岸になっていますが、対岸は広い広い河原です。
河原以外に何もありません。
ここから先は魔物が多く生息する区域になっている為、安全の為に、対岸には河岸が無いそうです。
ではなぜ魔物がいる対岸に渡るのか?
たすきおじさんに聞くと「クァイの城とつながる道があり整備されている。大八車を牽引しやすい」との事でした。
一里も南に下る事が出来れば、今度はエドゥの城とスーンプ城を繋ぐ大きな街道に出るとの事です。
俺達は川幅は短くなっているが、その分深さがある不死河を渡り対岸に渡る準備をする。
何か仕事をする事は実に良い。
心の中の敬語もいつの間にか治まっている。
残念ながら体の熱は治まる事は無さそうだ。
渡し賃は通常の三倍掛かるそうだが、おじさんは文句も言わずに払っている。
舟というよりも丸太を組んだだけの筏へと大八車を載せて渡った。
渡った先の河原から、クァイの城への街道に出るまでは道なき河原を行くため結構大変だった。
この大八車が他の大八車よりも大きいため、すでにある轍から片方はみ出した形で牽引しないとならなかったからである。
ホルスたんが牽引して轍を外れた車輪側を俺が後ろから押す形で大八車を進めた。
クァイの城へと続く街道に出ると後は本当に楽だった。
道幅もそれなりにあり、すれ違う他の大八車も多い。
意外と河原が広い不死河と樹海のある高原から見た時と比べたら大分小さく見えるけど大きな不死山を左手に見て、少し高さのある山並みで右手側の視界を封じられた街道を南に進む。
恐れていた魔物の影は今の所無いし、大八車だけでは無く、冒険者もそれなりに通る道だ。
荷台に乗ったたすきおじさんがすれ違う大八車へと「良い旅を」と必ず声を掛けている。
当然のように相手からも「良い旅を」と返事が返ってきた。
今まで、こんな事をしていたかな?
等と思ってしまうが、考えてみたら俺が起きている間に、今回の輸送隊以外の大八車とすれ違う事は初めてだ。
「おじさん。『良い旅を』と言うのは、挨拶か何かなのですか?」
「そうだなぁ……」
荷台の後ろに乗っているおじさんに、俺は荷台を押しながら質問してみた。
「やってもやらなくても良いのだけどな。おれは『やる派』だよ。お互いに安全を祈願した方が神様も願いを叶えてくれる気がするだろう?」
「分かりました。私も参加しますね」
「おいおい。お前さんはやるなよ。今はそんな立派な大剣を背負っているのだ。周りからは冒険者に見えるだろうが?冒険者に『良い旅を』なんて言われたら『面倒事がありますように』と言われていると受け取る変わったやつだっているのだぞ?」
「同じ挨拶でも色々と受け取り方があるのですね」
「ああ。おれもお前さんが常識記憶喪失ってやつが本当だとこの旅で実感してきたよ」
呆れながらも笑顔でおじさんは俺の質問へと答えてくれた。
先程の不死河を渡った所から一里南へ行くと再び船着き場へと出る。
俺達が渡った船着き場とは規模が全く違い多くの舟や筏が河を行き来している。
ここで不死河を渡りタゴノウラの港に行くのがエドゥへと向かう街道になるのだそうだ。
結構な大八車が舟を待っている。
それだと言うのに立派な施設は無い。
店のようなものも出ているが建物では無く、ほとんどが天幕だ。
おじさんに聞くと「金色の月の満月の度に壊される。立派な物を作るだけ無駄」との事だ。
俺達はそのまま更に南へと向かう。
再びあと一里行けば、最初の目的地の神原城だ。
このまま何事も無ければ昼までにはつけそうだ。
ここからが大変だった。
どこからともなく上がる悲鳴。
前方で他の大八車がヒト型の多分魔物に襲われかけている。
「行きますよ。ユークリット!」
「私もですか?」
「あなたの首にぶら下げているものは何ですか?」
「……冒険者の証です……」
たすきおじさんから槍を受け取って、全速力で駆け付ける。
悔しいがシーリンさんの跳躍魔法の方が俺が走るよりも何倍も速い。
熱が出ているせいだと言い訳したいが、そんなレベルの差では無かった。
そして、わずか数秒の差で俺が駆け付ける頃にはシーリンさんがヒト型の魔物をほとんど片付け終わっている。
ドカチーニさんは俺へ「シーリンさんが一番接近戦が苦手だ」みたいな事を言っていた気がするが、彼女は俺がやりたかった『無双』を軽々とやってのけている。
俺のする事は魔物と大八車の間に立って、魔物を牽制する事だけだった。
このヒト型の魔物は俺も見た事がある。
緑小鬼。
金色の満月の夜にシーミズの港町を襲った金色の月由来の魔物だ。
シーリンさんは倒した緑小鬼から角に見える尖った右耳を切り落とす。
本来は装備も剥いで街で売るそうだが、今は大八車も荷台が一杯で運ぶ余裕が無い。
あと神原では緑小鬼の装備あたりでは高く売れそうに無い。
そんな理由で装備は放置された。
緑小鬼は金銀や銭を持っている事があるそうで、調べたが残念ながら持っていなかった。
最後は街道の外へと緑小鬼の死体を転がして終了だ。
そんな事を3回ほど繰り返して、神原の城へとたどり着いた。
初めて見た『神原城』は俺が思っていたよりも数段荒れているように見えた。




