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留守番(たすきおじさん視点)

 時は少しさかのぼる。



………………



 おれは若い三人を水路の始まる集落の門で見送る。

 本当に筋肉兄貴ユークリットはお人好しの莫迦ばかだ。

 銭にならない仕事でも平気でやる。

 考えて見れば湾岸施設の倉庫でもそうだったな。

 野郎は根っからのお人好しだ。


 おれも野郎の影響を受けちまったのかね。

 がらでは無いが銭にならない仕事をするとしよう。


 おれ達が運んできた氷を積んだ舟が水路を下り始めたのは分かる。

 おれが「大八車の一台は全滅して動いていない」と報告したからだ。

 だがもう一隻の舟までもが、出航する準備をしているように思う。

 後から来る輸送隊の氷はどうするつもりなのだ?

 おれは杖が無ければ歩く事すら困難な左足を少しでも速く動かしながら、舟へと向かう。



 今にも舟を出そうとしている船頭に声を掛ける。

「おい。どこへ行こうと言うのだ。氷を運んでくる輸送隊があと二隊いるのだぞ?」

「お貴族様が食べる氷は手に入ったからもうこれ以上要らないって話だ」

「命懸けで氷を取ってきた輸送隊への報酬はどうなるのだ?」

「そこまでは知らないね。おれも遅れるとタゴノウラで停泊する船に乗れなくなるからもう行くぞ?悪く思うなよ」

「待てって!契約はどうなっているのだ!?」


 おれは舟に飛び移ってでも止めたいが、おれの足ではとても実行出来ない。

 水路へ落ちるのが関の山だ。



 無情にも出航した舟はどんどん遠ざかっていく。

 おれにはもうどうする事も出来なかった。

 冒険者の一小隊と思われる四人も先程出航した舟へと乗っていた。


 氷運搬関係者は現在この集落におれ一人の可能性が高い。

 逆にそこはおれにとっての救いだな。

 まずは手にした割符を隠さないと駄目だ。

 おれ達輸送隊だけが報酬を手にしたと知れると必ず問題になる。



 さてどうしたものか?



 俺は狭いながらも施設がそれなりに揃っている集落を見て回る。

 今日中に割符だけは隠さないと、他の輸送隊がここに着いた時に、奪い合いになるかも知れない。

 次の輸送予定の集落である神原かんばらまで運ぶ荷物を物色しながら、おれは割符をどこへ隠そうかと考えていた。


 その過程で『飛脚問屋』を見つけた。

 そうだ。

 シーミズの港町まで飛脚で送ってしまおう。

 途中、飛脚が魔物に襲われて割符を失う可能性もあるが、おれが一人で持っていて奪われる可能性に比べればはるかにましだ。

 おれが一人で持っていたら必ず割符を奪われてしまうだろう。



 おれは飛脚問屋へと入ってアヴェ河近くにある飛脚問屋まで割符を運んでもらう事にした。

 依頼を頼むと大体、今から預けるとこの集落を明日出発、スーンプ城下のアヴェ河近くにある飛脚問屋までは順調にいって今日から五日で着くとの話だ。

 悪くない。

 料金も五百文だ。

 悪くない。

 俺はすぐに手続きをして、飛脚を頼んだ。



 割符の事は一応の決着がつき気持ちが楽になったおれは神原城へと輸送する荷物を考える。

 この集落で安く手に入り、神原城で高く売れる物は間違いなく食料品だ。

 あそこは神原城を中心に出来た集落だ。

 勿論迷宮も存在するが、あそこの迷宮は他の迷宮と少しばかり違った使い方もされる。


 神原は金色の月が満月になると門が開く。

 天使様や魔人が直接戦闘を繰り広げたりする迷惑な土地だ。

 神原に住むヒト族は天使様と魔人の争いから身を護る為、迷宮を避難所にしているのだ。


 詳しく話すと長くなるから簡単に説明すると『迷宮はなぜか二十人までしか一区画へと侵入出来ない』という性質を持っている。

 そこに天使様や魔人も含まれるのだ。

 その上、区画を通り越しての攻撃が出来ないのだから完璧な避難所として確立されている。

 逆転の発想で良くも考え出したものだ。

 この事にも例外は勿論あるが、説明が長くなるので今回は省く。


 平らな土地が狭い事もあり、神原城周辺で農業は盛んではない。

 その割には迷宮を中心としてヒトが多く集まっている。

 だからこそ、食料品が高く売れる。

 この集落近辺は農業が盛んな所だ。

 運ぶなら神原城で確実に売れそうな食料品を運ぶ事にしよう。


 おれ一人では荷物を運べないから今日は良さそうな店を探すだけだな。

 夕方まで集落をぶらついたおれは宿に戻り食事を取って寝る事にした。

 全く、奮発して良い部屋を取ったと言うのに寝るのはおれだけか。

 少し損した気分だな。

 とにかく三人の無事な帰還を願って今日は寝よう。

 おれも疲れた。



 次の日も陽のあるうちは集落を歩いて回り良い食料品を探して回った。

 杖を突いた人間が何も買わないのに店先を覗くのだ。

 昨日のうちから目立っていたらしく、俺に直接声を掛けてくる売り子が出た。

 この際だ。

 この集落から陸路でスーンプ城下まで行く良い方法を聞いてみるとしよう。



「ここから陸路でスーンプ城下に行くのに良い方法はあるか?」

「ここからだと水路を使って不死河ふじかわまで出るのが一番楽ですよ」

「荷物を積んだ大八車で行こうと思うのだが」

「それなら尚更、舟を使うのが良いですよ。不死河に着いたら、今度は不死河を渡る専用の舟に乗り換えになりますけどね」

「良い情報をありがとう。店の品をもう少し詳しく見させてもらうよ。出発はまだ先だから、出発前にはこの店の品を買わせてもらうよ」

「毎度ありがとうございます。その時は是非お願いします」



 店で運ぶ荷物の目星をつけるといつの間にか陽が西へと傾き始めていた。

 完全に昼食を食べ忘れていたな。

 野郎共は今頃どうしているかな?

 順調ならば今日は樹海の入口の拠点辺りで怪我人の救助をおこなっているはずだ。


 水路の方から怒声が聞こえてくる。

 他の輸送隊が無事にたどり着いたようだな。

 どれ、おれも顔を出してくるか。

 下手に隠れて勘繰かんぐられては面倒だ。

 おれ達輸送隊だけが割符をもらった事は絶対に隠し通さないといけないからな。

 それと野郎共の事も気になる。

 輸送隊との約束を破った貴族様が悪い。

 全ての罪を被ってもらおう。



「氷を運ぶ舟は行っちまったよ。出航の阻止をしようとしたがこの体だ。無駄だったよ」

「お前達だけ割符をもらったのか?」

「おいおい。約束を破って居なくなる貴族様だぞ?こんな体のおれにまともに銭を払うと思うか?氷を舟に載せて居なくなった。嘘だと思うなら集落全てを調べてもらっても良い」

「お前には凄い若い衆がついていただろう?」

「おいおい。あの莫迦ばか共は銭にならないのに怪我人を助けに行っちまったよ。お前さん達は野郎共に会わなかったかい?」

「ああ。そう言えば今朝高原で別れたな。確かに奴らは樹海へと怪我人を迎えに行ったよ。とにかく俺達はタゴノウラの港に向かう。無駄かも知れないがな。行くだけは行ってみるさ」

「あぁ。気を付けてな」



 輸送隊の二隊は門が閉まる前にと慌ててタゴノウラの港へと向かった。

 この時間から夕暮れまでにタゴノウラの港に着くのは不可能だろう。

 一応シーミズの港町の同業者。

 何とかなる事を祈るが、どうにも出来ないだろう。

 おれも野郎共が無事高原まで着いた事が分かった。

 野郎共は順調に旅をしている。


「冒険者の皆さんはどうするんだ?」


 おれの問いに冒険者の小隊をまとめていると思われる人物が答える。


「我々は先払いで報酬をもらっているからな。何も問題は無い」

「そうかい。悪いがおれは宿で休ませてもらうよ」

「ああ。今回は無駄骨だったようで残念だな?」

「何。貴族様を相手にした庶民には良くある事さ。ここから行商をしながらシーミズまで帰ればそれなりの儲けにはなるだろう。行きの船賃が助かったと思う事にするよ」

流石さすがにあの三人を束ねるだけあるな。ただでは転びそうにない」

「何。無駄に人生経験が長いだけさ」



 そんな話をしながら冒険者達とも別れた……つもりだったが宿が同じだった。

 考えてみれば小さな集落だ。

 宿の数だってそんなには多くは無いだろう。

 冒険者の一行は診療所に怪我人を預けて残りはこの宿を取ったようだ。

 一人で贅沢にも四人部屋の個室を使うおれに少しだけやっかみが入った。


「若い衆をねぎらう為に用意したのだが、無駄になったよ」


 と俺が言うとやっかみが笑い話に変わった。

 夕食を彼らと共にして多少の縁を結んでから本来四人部屋の大きな個室で寝る。

 俺の予定ならば順調に行けば明日の夕方前には野郎共がこの集落へと帰って来る。

 野郎共の無事を願い、おれは四人部屋へ一人で寝る贅沢な二日目を存分に味わった。



 野郎達が出掛けてから三日目。

 朝食では昨夜夕食を共にした冒険者達と再び出会う。

 出会った以上は朝食も共にしておこう。

 彼らも徒歩でスーンプ城下まで帰るとの事だ。

 何かの拍子で役に立つかも知れない。


 冒険者の一行はおれに「護衛は要らないか?」と聞いてきたが、野郎共がいつ帰って来るかも分からない。

 神原は金色の月が満月になると門が開くので比較的危険な土地だ。

 満月で無ければ天使様や魔人が居るとは思えないが、金色の月特有の魔物が多く存在する。

 大規模な農園が広がるこの土地とは比べ物にならないほど危険な場所だ。

 異原いはらと比べても冒険者の絶対数が違い、野良の魔物に遭遇する確率は高い。



「折角の提案に悪いが、おれの若い衆がいつ帰って来るかも分からんし、冒険者を雇ったら荷物を運んでも儲けが出なくなってしまうよ」

「それもそうだな。まぁ貴族様を恨んでくれよ?」


 朝食を食べたらすぐに出るらしい冒険者を宿で見送ってから、俺は再び集落を見て回る。

 今日は舟の手配をしないとな。

 荷物は買ったが運ぶ舟がありませんでしたでは話にならない。

 俺は少しでも融通が利きそうな舟を探そう。



 河岸かしで船頭と交渉しているといつの間にか陽が西へと傾き始めていた。

 今日も昼食を食べ忘れていたな。


 だが良い舟が見つかった。


 朝一番の荷運びを三日間だけ待ってくれると言う。

 報酬は三日分の前払いなので、少し高くついたが舟が無い事よりも問題は少ない。

 野郎共が順調ならばそろそろこの集落へと着く頃だ。

 一度集落の入口へと行ってみるとしよう。



 本当に凄い偶然だ。

 集落の入口で樹海へと行く道を見れば大八車を牽引して来る三人の姿が見える。

 三人共……筋肉兄貴は最初から怪我をしていたから別だが、たいした怪我無く帰って来る。

 おっ。

 あちらもおれに気付いたようだ。

 先頭を歩く筋肉兄貴が槍を持ったまま手を振っている。

 おれも軽く手を振り返した。



 帰ってきた筋肉兄貴は運んできた荷物ごと大八車を診療所に買ってもらい「救出してきた冒険者の治療費にして欲しい」などと言っている。

 おれは「野郎は何を言っているのだ」と思ってしまうが、冒険者が泣いて感謝をしている。

 「元気になったら必ず恩を返しに行く」と言っているが、そんな言葉は当てにならないな。


 隣で筋肉姉御と受付嬢が笑顔でその様子を見ている。

 筋肉姉御は『呆れて物も言えないと言った諦めの笑顔』と分かる。

 受付嬢は『相変わらず何を考えているか分からない笑顔』だ。

 あの野郎のお人好しは今に始まった事じゃない。



「なぁ受付嬢。一体この往復で何本手裏剣を投げたのだ?安い物では無いだろう?」

「たすきおじさん。心配しないで下さい。全てユークリットに払わせますから」

「そういう訳にもいかないだろう?必要経費として請求してくれ」

「いいえ。少しユークリットへとおきゅうをすえないといけません。無料でヒトを助ける愚かさを身をもって体験してもらいましょう」

「分かった。その分は皆に分ける報酬を増やす事に使おう」

「よろしくお願いします」


 本当に笑顔のまま辛辣しんらつな事を考えやがる。

 さて今日目星を付けた物が売れ残っているようなら買ってしまおう。

 明日の朝一番で出発して神原までは必ず着きたい。


「筋肉姉御。疲れている所悪いが手伝ってくれ。大八車に神原で売る食料品を載せる」

「かんばら?」

「ああ。シーミズの港町に帰る途中で寄る最初の集落だ」

「おお。分かったさ。大八車は宿屋にあるのかい?」

「そうだ。すぐに行くから先に準備して待っていてくれ」

「任せるのさ!」



 筋肉姉御は喜んで大八車を宿屋に取りに行き、宿屋に向かう途中のおれを拾って食料品の買い付けに付き合ってくれる。

 先日約束した店で、神原で売る為の食料品と、これまで自分たちが消費してきた食料と水を買い足して、おれ達二人は宿に戻る事にした。


 約束通りに品を買いに来たおれに売り子は嬉しそうにしていた。

 おれだって有益な情報をもらえて感謝しているのだから御相子おあいこだ。



 宿屋の部屋に入ろうとすると中から筋肉兄貴と受付嬢の声が聞こえてくる。


「シーリンさん。本当にそんなにすりこまないといけないのですか?」

うみを傷口から絞り出すように軟膏を塗らなくては意味がありません。次に行きますよ?悲鳴をあげるようでしたら、今回の旅で酷い怪我を負ったとベスとアンに報告しますよ。それが嫌なら我慢しなさい」

「んんんんんんっ!!」


 化膿止めの軟膏か?

 あの軟膏は普通に塗るだけで効果が出るはずだ。

 塗るだけで痛みが増すのが難点だが、傷口が化膿しにくい。

 野郎が帰ってきた時、おれが見た限り化膿しているような怪我は無かったはずだ。

 筋肉兄貴と受付嬢は一体何をやっているのだ?

 そんな事をおれが考えている間に筋肉姉御が部屋の扉を開けた。



 中には男の大事な部分を脱いだ貫頭衣で隠しているが全裸の筋肉兄貴に軟膏をすりこんでいる受付嬢がいた。


「おかえりなさい。おじさん。ホルスたん」

「おう。ただいま。なぁ。その軟膏は塗るだけで化膿を止める効果があるよな?」

「ええ。ですがここは旅先です。念には念を入れてすりこんでいます」

「んんんっ!!」

「面白そうだな!あたいにもやらせて欲しいよ!」

「そうですか?やり方を説明しますね。まずは瘡蓋かさぶたがします。下に新しい薄皮が出来ていたら軽く軟膏を塗ってお終いですが、まだ血がにじむようでしたら軟膏をすりこむように塗り込んで下さい」

「シーリンさん。私は瘡蓋を剥がす必要があるとは思わないのですが?」

「常識記憶喪失者は黙っていて下さいね?あなたが忘れているだけですよ?」

「おおおっ。瘡蓋って結構気持ち良く剥がれるのさ!」

「ホルスたん。もう少し優しく剥がして!!」

「ホルスさんは瘡蓋を剥がして行って下さいね。わたしは軟膏をすりこんでいきます」


 あの勢いで瘡蓋を剥がしたら、まだ繊細な薄皮も一緒に剥がれそうだな。

 二人が楽しそうにやっている事だ。

 筋肉兄貴には悪いが真実は隠しておこう。

 おれ達をただ働きどころか持ち出しにさせた罰だ。




 おれの知る限り瘡蓋を剥がす必要は全く無い。

 文字通り野郎には丁度良い薬だ。

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