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救出の報酬(シーリン視点)

 何とか無事に登り坂の林を抜けたようですね。

 前回の時も同じでしたが、狼が草原に出てこない理由があるのでしょうか?

 あの灯りはきっと氷を運ぶ輸送隊のものですね。


 それにしても大八車の上で良い気で寝ている役立たずには腹が立ちますね。

 わたしも魔力が限界だと言うのに。

 わたしの記憶では彼が率先して「怪我人を助けに行く」と言い出したはずです。

 今夜彼には『男避けも兼ねて』関節技の実験台へと再びなってもらうとしましょう。



 輸送隊の拠点へと着きましたが、わたしには最後の仕事があります。

 ひとまずホルスさんに、大八車を拠点の手前三十間ほどで停めてもらいます。


 まずはわたし一人で見張りをしているヒトへと声を掛けましょう。

 わたしは両手をあげて見張りへと近づきますが、幸い相手もわたしを覚えていてくれたようで、問題無く会話に移れました。



「なんだ?忘れ物でもしたのか?」

「いえ。動くのが大変そうな怪我人が出たようでしたので救助に来ました」

「そうか」



 見張りをしているヒトが、右手で頭をかきます。

 その仕草にわたしは少し館長を思い出してしまいました。

 出発前のユークリットの言葉も再生されます。


「シーリンさんが居なくてもベルガーさんとフィーナさんが居るから大丈夫だそうです」


 この言葉を真に受けて館長へと詰め寄ってしまったのは完全にわたしの失態です。

 いけません。

 今は見張りのヒトと話をしている最中でした。



「怪我人はどうされましたか?」

「氷を運ぶのが輸送隊の仕事でな。依頼料を払えたヒトだけは俺達冒険者が運んでいる」

「やはりそうなっていましたか。残りは樹海の前に放置でしょうか?」

「ああ。せめてもの情けに自決用の小刀は残してきた」

「……そうですか……」


 まずい状況ですね。

 樹海の中に比べれば大分良いとは思います。

 それでもあの拠点は樹海の入口。

 あの場所で自決などされたらアンデットになる可能性が高すぎます。

 はやまって自決していない事を願うだけですね。

 強行軍をしたくても、正直に言って、わたしの魔力は底をついています。

 今夜はここで休息が必須ですね。


「見張りはあなた一人で行うのですか?」

「いや。三交代だ」

「わたし達も隣で休ませてもらいたいのですが、一人二朱でわたし達の分の見張りも請け負っていただけませんか?」

「一分なら請け負うぞ?」


 足元を見られた感じもしますが、言い値で応じておきましょう。


「では一分でお願いします。但し、あなたに三分を渡しますが、二分を一分ずつ次の方に受け渡しのお願いはできますか?」

「確かに請け負うぞ。」

「朝、見張りをされた方に確認を取りますよ?」

「俺も冒険者。正式な依頼となれば信用が第一だ。必ずやろう」

「では今夜はお世話になります」


 わたしは一分銀を三枚、見張りの手に渡します。

 今夜の安全は確保出来たと思います。

 下手をすると魔物よりもヒトの方が怖い時もありますが、これで少しは安心できます。



 わたし達が牽引してきた大八車に戻りますとすでにホルスさんがユークリットの右肩を枕にして寝ています。

 わずかの間にユークリットも信用されたものですね。

 この天然でお人好しな莫迦はヒトを信用させる魔法が常に発動しているのかも知れません。


 ユークリットはまだ起きているようですね。

 彼の左上腕にはスケルトンに刺された深い傷がある事ですし、今夜は関節技を試すのは止めてあげましょう。

 彼の左隣へと座ると男避けを兼ねて寄り添います。


 肌と肌が触れ合った瞬間に分かりました。

 傷のせいでしょう。

 やはりかなりの熱が出てきていますね。

 ユークリットが何も言わないのですから、わたしもこの事は黙っていましょう。



「ユークリット。報告です。見張りは冒険者達へと依頼して来ました。無理して起きている必要は無いですよ?わたしも魔力が限界ですので今夜は寝ます」

「お疲れさまでした。私は大八車の上で寝てしまったので今夜は見張りをしています」

「お好きになさい。明日の朝、ここを出発したら、夕方までにここへと戻りますから」

「はい。分かりました」

「朝からは寝ないで頑張ってもらいますよ?ここで寝ておきなさい」

「命令ですか?」

「命令です」

「イエス・マム!」

「素直なところだけは好きですよ」


 わたしがこの言葉を言うと、ユークリットは何とも言えない表情をしてくれます。

 関節技を研究する事は出来ませんでしたが、わたしはすっきりした気分で眠りにつく事が出来そうですね。



 次にわたしが目覚めた時は朝日が昇る時でした。

 隣のユークリットが「これは罠だ。耐えろユークリット。地獄の行軍を思い出せ」とぶつぶつとつぶやく声が聞こえてきます。

 わたしの肌が接しているところから彼の体温を感じます。

 今朝も熱が高いようですね。


「おはようございます」


 彼に声を掛けます。


「おはようございます。違いますよ!私は何も手は出していませんからね!」

「いえ。わたしに言い訳をする必要は全くありませんよ?」


 ホルスさんが完全にユークリットを抱き枕にしています。

 彼女は意外と寝相が悪いようですね。

 わたしにはやる事があるので、彼には指示を出しておきましょう。


「わたしは昨夜見張りをしてくれた方にお礼をしてきます。あなたは朝食と出発の準備をお願いします。ホルスさんはぎりぎりまで休ませてあげて下さい」

「この状況だとかなり難しい注文です。せめてホルスたんを起こしても良いですか?」

「それでは出来るだけ起こさない努力をするという事でお願いします」

「善処します」



 わたしは輸送隊の一行へと出向きました。

 彼はなぜホルスさんだけホルス『たん』と呼ぶのでしょうか?

 そう言えばネモさんも『ブラックたん』『ホワイトたん』と自分の嫁と言い張る人形の事を『たん』と付けて呼んでいましたね。


 もしかすると彼らの国では嫁に対しての敬称になっているのでしょうか?

 なんとなく腹が立ちますね。

 ユークリットが、ホルスさんに無断で、嫁に対する敬称を付けているせいですね。

 そう結論を付けて、わたしは自分の仕事へと戻ります。



「おはようございます。昨夜は見張りをしていただきありがとうございました」


 わたしは頭を下げて昨夜見張りを頼んだヒトへお礼をします。

 きちんと金銀が他の見張りへと渡ったのかという確認も兼ねての行為です。


「おう。おはよう。良い稼ぎになったぜ。ありがとうな」


 彼を含めて三人の冒険者が昨夜わたしの渡した報酬を見せながら答えてくれました。

 冒険者には「この先にいる狼の様子が聞きたい」と朝食に誘われました。

 朝食を食べる事は辞退しましたが、情報交換は大切です。

 冒険者の集まりへとわたしも参加しました。


「早速だがお姉さん。先の林の様子はどうなっている?」

「一昨日の夜に通った時は群れは大人しかったです。しかし昨夜は群れに追跡されました。狼の群れが起きていたら危険かも知れません」


 輸送隊のヒト達が不安そうにしていますね。

 冒険者のヒト達はあまり気にしていないようです。


「そうか。ありがとう。この人数だ。我々はあまり狼を心配していない。それよりも君達は怪我人の救出に行くのだってな?」

「はい。何人残っていますか?」

「……生きていれば三人だ……」

「情報をありがとうございます。お気をつけて」

「ああ。そちらもな」



 互いに情報は交換出来ました。

 急ぎましょう。

 自害などされていては大変です。

 わたしは二人の元へと戻り次第出発をうながします。

 朝食は交代で移動中に大八車の上で食べる事になりました。



 予想はしていましたが、ホルスさんが牽引する事をやめませんでした。

 結局ホルスさんの食事はユークリットが彼女の口に保存食を少しずつちぎって入れると言う方法がとられました。

 交代で食事が終わると、二人は大八車を牽引。

 わたしは一足先に樹海の前にある拠点へと走って行く事にしました。



 天幕が一つだけ残った冒険者達が作った拠点跡へと到着しました。

 中を覗いて『少し遅かった』と思いました。

 すでに二人が自害してました。

 残りは自害できなかったようです。

 幸いなことは自害した二人がまだアンデットになっていない事ですね。

 残りの一人である冒険者風の男に声を掛けます。


「助けに来ました」

「俺には輸送費を払う金銀が無い」

「後払いで結構です。まずは生き延びましょう」

「奴隷のようにこき使われるか、ここで死ぬかか……」


 他の街がどうなっているかは知りませんがシーミズの港町で奴隷は聞いた事がありません。

 貧乏人の宿無しはごろごろ居ますが。

 貴族様や士族様、神殿あたりだと密かに奴隷を持っていたりするのかも知れませんが。


「あなたも冒険者のようですし、怪我が治ればすぐに金銀を稼げるでしょう。とにかく、この鉄槌を借りますよ?アンデットになる前にこの死体を処分します」

「ああ。よろしく頼む。その間に俺は自分の始末を考えて置く」

「不条理な事は要求しませんので、決して早まらないようにお願いします」


 わたしは一体ずつ樹海近くへと運んで鉄槌で死体を破壊します。

 特に頭は念入りに処分しました。

 本来なら力仕事はユークリットにやらせたかったのですが、左腕の怪我もあります。

 例え無傷だったとしても、あのお人好しの臆病者にはこの作業は出来ないでしょう。

 

 無駄な時間を少しでも減らす為には仕方ありません。

 わたしが始末をつけておきましょう。

 わたしの貫頭衣もすでにアンデットの血で染まっています。

 黒なので白よりは目立ちませんが、返り血は気持ち良いものではありません。



 二人の死体を処分した後は生き残りの冒険者を天幕の外へと出し、天幕を始めとした残された荷物をまとめます。

 わたしの準備が整った頃、ユークリットとホルスさんが大八車を牽引して現れました。



 ユークリットのお人好しは生き残った冒険者と輸送費の交渉をしています。

 彼は本当に莫迦ばかですね。

 命を懸けた三人の報酬が冒険者の持つ鉄槌と鎧を除いた天幕とその中に残った現品や自害用に使ったと思われる小刀ですか?


 彼はわたしの手裏剣は一本幾らすると思っているのでしょうか?


 スーンプ城下には迷宮が二つあります。

 シーミズの港町の迷宮は小規模ですが独自性に溢れている迷宮であまり冒険者の人気が無いさびれた迷宮ですが割と湾岸施設の近くに存在します。

 むしろ湾岸施設の対岸南側トモウェイ川の河口にありそこから海底へと潜っていくあまり他では例の無い迷宮です。

 この迷宮は冒険者の人気が無くて当然です。

 出て来る魔族や魔物が特殊で危険が大きい割に稼げないからです。

 魔物の流出を衛兵が護る時があるほどです。


 スーンプ城下で鉄などの金属は、ほぼ迷宮の魔物から奪って手に入れている物です。

 正直言って鉄製品は値段が高いのです。

 それでもスーンプ城迷宮がある分だけ他の集落に比べれば安いのですが。



 どうやら話が付いたようですね。

 わたしの手裏剣代は後でユークリットへと請求する事にしましょう。

 一本一朱と聞いて、彼はどのような顔をするでしょうね?

 その時の顔を思い浮かべると、今から少しだけ楽しみですね。



 荷物と怪我人を新たに載せた大八車は夕方には下り坂の手前でいつも拠点を張っている場所に無事着きました。。

 今日はここで休息ですね。

 明日が三日目。

 たすきおじさんと約束した期日には十分間に合います。

 ここで無理をする必要は無いでしょう。

 せっかくなので天幕を張ろうとしたのですが、ユークリットは天幕を張れません。

 本当に使える時と使えない時の差が激しい男です。




 わたしは天幕を張りながら考えます。

 今夜は必ず彼の右腕を確保しましょう。

 わたしが護衛した報酬として、たっぷり彼の右腕で関節技の稽古をさせてもらいましょう。

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