番外編54:フィーナの昔話6
この話は昔々の物語。
ドカチーニとフィーナの冒険譚。
フィーナが語る思い出話。
「ユークリット。今夜は夕食の相手が決まっているかしら?」
フィーナさんから食事のお誘いが掛かる。
あの親父、今度は何をしでかした?
今日もドカチーニさんが居ないのか。
あの親父はフィーナさんの機嫌が悪い時に逃げ出しているのじゃなかろうか?
現実は「あの親父」だなんて口に出す事は出来ませんが。
俺はいつもの様に心の中で『ベスとアンです』と言いながら、口では別の答えを吐く。
「いえ。まだ決まっていません」
「では、あたしと食べましょう?」
「はい。喜んで。ベスとアンへ今夜はフィーナさんと食事をする事を伝えてきますね」
今日もベスとアンへと「フィーナさんと夕食を食べる」事を告げた。
二人は、俺とフィーナさんが夕食を共にする事を、むしろ喜んでいる気がしてならない。
前回と同じくドカチーニの執務室での食事。
マリーが二人分の賄いを用意してくれる。
俺が「ありがとう」と言うと、マリーから「仕事ですから」といつもの返事が返ってきた。
「ねぇ、ユークリット。聞いてくれる?」
「ドカチーニさんの事ですか?」
「そうよ!彼ったらね……」
「是非聞きたいですね。昔の話ですよね?ゴブリンと戦って大赤字を出したのですよね?その後はどうなったのですか?」
フィーナさんにはいつものチョロインさんになってもらいましょう。
後はチョロインさんになっている内に逃げ出すだけです。
あれ?
いつもと雰囲気が違います。
フィーナさんの瞳が恋する女の子の瞳になっていません。
「ユークリット。あなたはこんな夜遅くにドカチーニがどこに出掛けていると思うの?」
「度々居なくなりますね。どこでしょうか?当番制で夜の巡回でもあるのでしょうか?」
「違うわ。高い香水を付けた若いお姉さんに会いに行ってるわ。あれはかなり高価な品よ?そんな香水を使うお姉さんに銭を使っていたら斡旋屋は大赤字になるわよね?」
「私には、お姉さんを侍らせて酒を飲むドカチーニさんが想像出来ないのですが」
「あらあら。右腕に一杯移り香を付けて朝に帰って来るのよ?左腕の無いドカチーニはきっと『あーん』なんてしてもらって市場で四文で買える果物に銭束を出して食べさせてもらったりしているのよ!?」
駄目です。
今日はフィーナさんの愚痴に最後まで付き合う事になりそうです。
ん?
左腕?
私は一つの閃きが頭に浮かびました。
「ドカチーニさんは左腕が無いのでしたね。あまりに自然過ぎて普段忘れてしまいますね。そうかぁ。ドカチーニさんが『お姫様抱っこ』を女性へする事はもう二度と無いのですね」
来ました!
フィーナさんの瞳が恋する女の子の瞳になりました。
ようやく昔話が始まります。
最近は迷宮の話が楽しくなってきたので私にとっても嬉しい限りです。
………………
前回はどこまで話したかしら?
そうね。
思い出したわ。
初めてゴブリンと戦って、あたしがゴブリンに大怪我をさせられた所までよね。
あの時のドカチーニは絶対にあたしを『お姫様抱っこ』で運んでくれたはずよ。
ゴブリンともそれなりに長い間戦う事になったわ。
あなたは知っているかしら?
知らないわよね。
迷宮に行かないのだから。
ゴブリンとコボルドってね、金銀の稼ぎとしてはどちらもあまり差が無いの。
ゴブリンの方が怪我をする危険が大きいだけ損なの。
さてドカチーニはどちらと戦う事を選んだでしょうか?
その通りよ。
正解。
ユークリット。
あなたはドカチーニの事を分かっているわ。
そうなのよ。
ドカチーニはゴブリンと戦う事を選んだわ。
理由はコボルドよりもゴブリンの方が強くて賢いからよ。
もう一つ問題を出します。
一度に出て来るゴブリンの数よ。
一匹のゴブリンと二匹のゴブリンと三匹のゴブリン。
あなたが思う手強い順に並べてみて。
そうよね。
普通は三匹、二匹、一匹になるわよね。
でもね。
不正解です。
三匹が一番手強いのは間違いないわ。
でも次に手強いのは一匹のゴブリン。
手強いと言うよりは厄介と言った方が良いかも知れないわね。
今日はその辺りの話を実体験を交えて話をするわね。
一口で一匹のゴブリンと言っても色々いるわ。
あの頃のドカチーニにとってゴブリンは一対一なら負ける事は無い存在よ。
ゴブリン相手にばっさばっさと斬り捨てる彼は最高に格好良かったのよ?
但し条件があったの。
正々堂々と一対一が条件よ。
そうよ。
前回のあたしがやられたのが一つの例ね。
一匹だけのゴブリンが生き残っている理由。
ゴブリンが一匹で生きる知恵を身に着けている事が多いからなの。
それが出来ないゴブリンはすぐに冒険者によって狩られてしまうのね。
迷宮の中が明るい事は知っているわよね?
前回の話で聞いたけど実際に見た事が無い?
そうね。
あなたは迷宮に潜った事が無かったわね。
そう!
斡旋屋の地下室。
あそこと同じ感じよ。
前と同じような話になるけど、ゴブリンが一匹だと、暗がりに隠れるの。
他にも色々と隠れるところがあるわ。
迷宮の区画が十間(約18メートル)の立方体なのは説明したとおりよ。
だけど区画毎に中の様子がまるで違うの。
ドカチーニが『もぐり』時代に使っていた区画の水場には本当に驚いたわ。
あらあら。
すぐに話がそれてしまうわね。
ゴブリンに話しを戻すと相手が手強そうと見ると隠れているのだと思うわ。
子供のかくれんぼよ。
どうしてこんな所に?
なんて所に隠れていた時もあったくらいよ。
あたし達はペアだったから一匹だけのゴブリンが襲ってくる危険があったわ。
ゴブリンが隠れていそうな場所を探索しながらの冒険だったわ。
けどねフルパーティーは違うの。
六人を相手に一匹のゴブリンが襲い掛かって来る事は絶対と言うほど無いわ。
そしてフルパーティーの冒険者達も一匹のゴブリンをわざわざ区画のすみずみまで探索してまで倒そうとはしないの。
そう。
正解よ。
理解が速くて助かるわ。
一匹のゴブリンが厄介なのは生き残る為に知恵を使う事ね。
子供程度の知恵かも知れないわ。
だけど油断したら、前回の話の時のようにゴブリンにやられてしまうの。
隠れているのを見つけるか、見つけきれずに奇襲を受けるか。
そしてゴブリンから奇襲を受けるのは必ずあたしだったわ。
だからかしら。
ドカチーニはいつも懸命に暗がりを探索してくれたわ。
あたし達は迷宮での徹底した探索の仕方をゴブリンから学んだの。
戦う事だけじゃなくて、探索の仕方を学ぶ事を思いつくのよ。
彼は最高に格好良いわよね?
二匹がどうして一匹より厄介じゃないのかですって?
そうね。
あなたが言う通り、一匹が囮になってもう一匹が隠れて奇襲をすれば効率が良いわね。
だけどね。
彼らはそんな事をしないの。
なぜかはあたしにも分からないわ。
これは推測よ?
彼らには自分の利益を優先する事しか頭に無いのかも知れないわ。
あなたは囮役と奇襲役のどちらが危険だと思うかしら?
そうよね。
囮役がはるかに危険だわ。
つまりそう言う事だと思うの。
ゴブリンは二匹居たら自己犠牲で協力する事は無いと思うの。
そういう意味では平等な社会なのかしら?
二匹が同時に隠れるような区画では二匹が隠れている時もあるわ。
だけどゴブリンと違って、あたし達は協力しあっているのよ。
ドカチーニが暗がりを調べる間は、あたしが常に周りへ気を配っているの。
そうするとね。
同じ区画にゴブリンが二匹隠れていても、片方がやられているのにもう一匹のゴブリンが襲ってくる事が無いのよ。
別の場所へと隠れていたゴブリンが隣の区画へと逃げ出すのを見た事は何度もあるけどね。
だから二匹のゴブリンと戦う時は基本的に正面からの戦いになるわ。
あたしもドカチーニと一緒に戦う事になるのだけど、そんなの一瞬よ。
彼はすぐに自分が相手をしているゴブリンをやっつけて、あたしを助けてくれるわ。
あたしが相手をしていたゴブリンは逃げ出すか、逃げ遅れて彼にやられてお終いよ。
彼は最高に格好良いわよね?
三匹より多い時は、今度はあたし達が相手をしなくなったの。
怪我をする場面が急激に高くなるのですもの。
ドカチーニじゃないわ。
あたしがよ。
ゴブリンはね、必ず最初は弱そうなあたしを狙ってくるの。
ドカチーニも三匹いっぺんに止める事は出来ないわ。
だけどね。
怪我をするのは彼ばかり。
あたしをかばって体を張ってゴブリンの攻撃を止めたりするのよ。
「俺は五番だぞ?敵の攻撃を防ぐのが仕事だ。それに俺の怪我はお前が治してくれるだろ?」
傷だらけの体をあたしに見せて平気で言うのよ。
あたしはあたし自身の怪我だって治せるのよ?
その事を言うと彼はこう言ったの。
「お前が怪我をするのを見るのは絶対に嫌だ!」
そんな事はあたしだって同じよ。
ドカチーニが怪我をするところを見たく無いわ。
彼はただ怪我をする訳じゃないのよ。
あたしをかばって怪我をするのよ。
だからあたしは言ったの。
「あたしをかばって怪我をするなら口を利かない」
冒険中も木の上で生活している時も三日は口を利かなかったわ。
不思議と口を利かなくても、冒険中は上手く行ったのよ。
ドカチーニがしようとしている事が分かるの。
彼もあたしがしようとしている事が分かるの。
だからかしら。
あたし一人しゃべらなくても何も問題なく冒険は続いたわ。
問題は冒険から帰って来てから。
せっかく二人で居るのに口を利かない事がとても寂しいのよ。
沢山沢山しゃべりたい事があったわ。
だけど、あたしは絶対に自分から折れなかったわ。
彼があたしに頼み事をした時は行動する事で応えたわ。
でも絶対に口だけは利かなかったの。
あたし達の異変に気が付いたのは受付のお姉さん。
すぐにいつもの部屋へと案内されたわ。
「あなた達は何か喧嘩をしているの?私が相談にのれないかしら?」
「別に喧嘩なんてしていません」
この時もドカチーニったら敬語になるのよ。
あたしは腹が立つ事を通り越して呆れた事を覚えているわ。
「本当に?」
「はい。なぁ俺達喧嘩なんてしていないよな?」
「えぇ。喧嘩になんてならないわ。あなたにあたしと喧嘩している気が無いのですから」
あたしが『心底呆れた気持ち』で彼の顔を見ようともしないで言ったの。
何故喧嘩しているのかも忘れていたのじゃないかしら?
お姉さんは大きな溜息をついて忠告をくれたの。
「今日は仲直りするか絶縁するまであなた達をこの部屋から出しません。私はあなた達を大切に育てます。これから先を担うと思われる冒険者を喧嘩で失う訳にはいかないの」
「そんな事いわれましても……なぁ俺達喧嘩なんてしていないよな?」
「えぇ。喧嘩になんてならないわ。あなたにあたしと喧嘩している気が無いのですから」
あたしは同じ言葉を何度でも繰り返すつもりだったの。
お姉さんは一度、ドカチーニを部屋から追い出してあたしの気持ちを聞いてくれたの。
あたしはお姉さんに「彼があたしをかばって怪我をする事が嫌だ」と伝えたわ。
驚いた事にお姉さんもあたしの言う事に賛同してくれたの。
二人して「男ってそれが格好良いなんて思っているのかもね」と笑いあったわ。
この時からあたしはこの受付のお姉さんが好きになったのね。
後でこの相談があたしの持つ重大な秘密をお姉さんへ知られる事の発端になったわ。
その時もお姉さんはあたしに協力してくれたの。
駄目よ。
この話はまた今度。
その時が来たら話す事にするわ。
ドカチーニにはお姉さんが話をしてくれたわ。
彼が部屋から出て来ると、一番最初に「ごめんな」と言ってくれたの。
それからは『ゴブリンが三匹以上いる時は相手をしない事』を決めてくれたの。
彼が怪我をする事は大きく減ったわ。
この時の事はお姉さんへ本当に感謝したわ。
………………
「だけど好きな女の子をかばって怪我をするのは男の勲章ですよ?」
「まぁ。あなたまでそんな事を言うのね。では想像してごらんなさい。あなたがシーリンちゃんをかばって怪我をした時に彼女はどんな思いをするかしら?」
「……そうですね……笑顔でこの『役立たずの甲斐性なし』とか思われそうです……」
「……あなたがシーリンちゃんの事をどう思っているかは知らないけど良い娘よ……」
次にフィーナさんが『ベスとアン』を持ち出した。
俺は『二人の為なら命も惜しくない』と言ったら心底呆れた顔をされた。
その後は延々とドカチーニさんを例に挙げてお説教の始まりだ。
一言にまとめると「残されたヒトの気持ちを考えなさい」で終わる。
フィーナさんは完全に『恋する乙女の瞳』では無くなっている。
お説教は夜通し行われた。
ドカチーニさんが斡旋屋へと高い香水の匂いを付けて帰って来るまで……




