番外編53:おれ三十路で勇者を引退したが今度は英雄を目指す
これは番外編16:おれ三十路で勇者になるが魔王を一目見て諦めた男の話。
シーリン達が不死山へ遠征している時の話。
坊主頭から女性を取り戻す決意を決めた男の話。
今日は銀色の月が満月になった次の日の夕食だ。
おれ達は、いつもの様に街の外へと満月の魔物回収を手伝いに行き、臨時収入を得ていた。
酒の量も肴の量も自然と増える。
皆が集まり自然と大宴会へとなっていく。
最高で愉快な月に一度の大宴会中。
筋肉兄貴が坊主頭の仁義を無視した言葉を吐きやがった。
「シーリンさん。付き合って下さい!」
「これはまた、突然ですね?館長をはじめ、ベスとアンに承諾は取ったのですか?」
「むしろドカチーニさんに言われて来ました。ベスとアンにはこれから承諾を取ります」
「館長は何と言ったのでしょうか?」
「シーリンさんが居なくてもベルガーさんとフィーナさんが居るから大丈夫だそうです」
ドカチーニの親父も公認だと?
シーリンちゃんも笑顔で筋肉兄貴へと応じている。
これは、このままにしては置けない。
おれは率先して筋肉兄貴を羽交い絞めにして周りの酔っ払い共に指示を出した。
「おい、みんな。ここにはフィーナ先生が居るからな。きっちり半殺しで我慢しておけよ?」
「「「「「「「「「「勿論だ!!」」」」」」」」」」
斡旋屋で、大宴会に参加していた酔っ払い達が一発ずつ筋肉兄貴の腹に拳を入れて制裁を行い、最後に夕食を食べているフィーナ先生の前へと転がした。
湾岸施設で一番と呼ばれている筋肉の塊でも、俺達の渾身の一撃を腹に食らい続けて、自力で立つ事も出来ないようだ。
すっきりした顔をして、酔っ払いの仲間達は自分の席へと戻っていった。
大宴会が終わる兆しはない。
だが、すぐに再び筋肉兄貴の口から信じられない言葉が飛び出した。
おれは自分の耳を疑う。
「マリーごめんなさい。中を覗くつもりは無かったのです。信じて下さい!」
一体、マリー様の何を『覗いた』と言うのだ?
マリー様は顔を真っ赤に染めて場所を移動している。
一つの羨ましい考えが浮かぶがおれは全力でその考えを否定する。
シーリンちゃんが『笑顔』で筋肉兄貴の顔を革靴の硬い底で踏みつけている。
彼女はいつもと同じ笑顔に見えるが、おれだけは知っている。
シーリンちゃんはお怒りだ。
おれは全身の穴という穴が開いた時の事を思い出した。
あの時と同じ雰囲気を今のシーリンちゃんは纏っている。
あの時の事を思い出して、全身の穴という穴が緩くなったと感じたおれは、大宴会を途中で切り上げて一人帰宅した。
次の日の事をおれは忘れない。
受付にはシーリンちゃんの姿は無く、ドカチーニの親父が居た。
おれの朝一番の楽しみは魔王によって奪われた。
だが、おれも一度は勇者と呼ばれた男。
魔王へと立ち向かう!
「まことにお手数をお掛けしますが、シーリンさんはどちらかへとお出掛けですか?」
「うちの若いのと船旅だよ。それよりも仕事は荷揚げ屋で良いのだな?」
「はい。お願いします」
おれは魔王から毅然とした態度で情報を聞き出した。
シーリンちゃんと筋肉兄貴が二人で船旅だと!?
おれはこれからむさい男共に囲まれて荷運びだと言うのに!
その日、湾岸施設の紅一点、胸以外は見ないようにしている筋肉姉御も二人と一緒に船旅へ出た事を知ったおれは二重の衝撃を受けた。
二人の『姫』をおれから奪った坊主頭には制裁を加えなくてはなるまい。
おれは『勇者』を引退したが今度は『英雄』となり皆を導き『姫』二人を取り戻す!!
『英雄』には絶対に『姫』が必要だ。
一度は『一般庶民』へと戻ったおれだが固く決意した。
翌朝はドカチーニの親父では無く、フィーナ先生が斡旋屋の受付をしていた。
フィーナ先生と言えども斡旋業務は不慣れなようで、周りのヒトに聞きながらの仕事だ。
いつも皆がお世話になっている先生におれ達が教えている。
そこら中から笑いが絶えない楽しい朝だった。
筋肉姉弟が居ない荷揚げ屋の仕事は運ぶ量が増えたが収入も増えた。
今日はおれの稼ぎもいつもより多くなった。
その日の湾岸施設で荷物を運び終わった午後。
おれはいつものようにドカチーニの斡旋屋へと仲間達と共に向かう。
自分の手が届かない所へと互いで傷を付け合う事で絆を深めた無二の仲間達だ。
怪我人が無駄に増えた為、マリー様が忙しい時は怪我の位置が自分の手で届く範囲だと薬だけ渡されて自分で塗るはめになる時が増えたのだ。
『それでは全く意味がない』と互いの身を削り合った同士達である。
現在シーリンちゃんが斡旋屋に居ない事は知っている。
だが昼食の配膳をシーリンちゃんの代わりにマリー様がしてくれている。
シーリンちゃんも良いがマリー様も良い。
一日の仕事の疲れが吹き飛ぶ。
マリー様へと手を出すのは『紳士淑女協定』で固く禁じられている。
斡旋屋の入口に『臨時休業』と書かれた看板が掲げられていたが入口は開いている。
中に入れば、いつもと同じでフィーナ先生の治療を待つ患者さんが居た。
今日は食事の時間が終わったようだ。
誰も食事をしていない。
昼食を食べるには少しばかり時間が遅かったようだ。
それならばと、おれ達はいつものようにマリー様が軟膏を塗ってくれる順番を待った。
だが今日はいつもと違い、いつまで待ってもマリー様が軟膏を塗りに来ない。
時間が経つほどマリー様の軟膏を求める者が食堂へ溢れてくる。
おれは『勇者』を引退したが今度は『英雄』となる者。
『英雄』は民衆の先頭に立ってこそ『英雄』たりうる。
代表してマリー様へと理由を聞きに行こう。
診療室の廊下で直立しているマリー様へとおれは勇気を出して声を掛ける。
「今日は軟膏を塗って頂けないのでしょうか?」
「斡旋屋は臨時休業です」
「マリー様に軟膏を塗って欲しい者が沢山集まっております。どうぞ軟膏を塗って下さい!」
「…………」
マリー様は、その後は一言もおれとはしゃべってくれない。
いつもの『つんと澄ました顔』と言うよりも『内に溜めた怒りを外へと出さない顔』だ。
おれは『勇者』を引退した。
これ以上の勇気はおれには必要ない。
勇気が必要ない事で、おれは思い出した。
本来の目的を忘れていた。
今日の目的はマリー様では無かった。
正しく民衆を率いる『英雄』となる為に情報を必要としていたのだ。
丁度診療所から患者が出て来る。
おれは、次の診療へ移る瞬間を逃さず、診療所にいるフィーナ先生へと強引に聞いてみた。
「先生!筋肉兄貴とシーリンちゃんの関係はどうなったのでしょうか!?」
「あらあら。今日は診療中もその質問ばかりよ。あたし個人は二人が結婚して斡旋屋を引き継いでくれたら良いと思っているの。いちいち言うのは面倒だし、あなたが皆へと伝えて頂戴」
おれは先生の言葉に衝撃を受けすぎてその場で立ち尽くした。
先生が「次!」と言って新たな患者を呼ぶ。
その場を動こうとしないおれは患者が診療所へと入る事を邪魔していた。
邪魔者を手で押してどかそうとするマリー様へと二人の関係を聞いてみた。
「知りません!」
マリー様は一言だけ答えた。
彼女はおれをどかすのに手だけでは無理なので自分の体重を掛けて体ごと押した。
その様子は見ていた他の者からするとおれがマリー様に抱き着かれているようにも見える。
おれは『紳士淑女協定を破った者』として制裁を受けた。
次におれが目を覚ましたのは診療所の寝台の上だった。
おれはフィーナ先生から緊急患者として回復魔法を受けた。
内臓が少しやばい事になっていたらしい。
あの粛清を耐えきった筋肉兄貴はやはり凄い男なのかも知れない。
だがそれとこれとは話が別だ。
「みんなに話しがある。集まって欲しい」
俺は食堂で『やる事が無い』湾岸施設の暇人達を集めた。
先程、おれを半殺しにしたのに平気でいる頭が少しぶっ飛んでいる奴等だ。
湾岸施設で喧嘩の無い日は一日も無い。
そんな毎日でも死人を出す事は無い事が自慢である。
フィーナ先生が湾岸施設に来てから制裁は重さを増した。
文字通り死ぬ寸前までならフィーナ先生が必ず助けてくれる。
半殺しの目にあったばかりで、そいつらを平気で集めるのだから、おれも相当なのだろう。
集まった暇人達を一度ぐるりと見回して、おれは出来るだけ低い声で話し始める。
「提案がある。シーリンちゃんが現在斡旋屋に居ない事は知っているな?」
「勿論だ」
「湾岸施設の紅一点である筋肉姉御が居ない事もか?」
「勿論だ」
「ではその二人と坊主頭の筋肉兄貴が共に旅をしている事も当然知っているな?」
「勿論だ!」
もう一度、おれは集まった湾岸施設の暇人を見回した。
俺はこいつらを扇動して『英雄』になる!
おれ達の数少ない『姫』二人を憎い坊主頭から取り戻す!
「では聞こう。坊主である筋肉兄貴が二人を連れて船旅に出た。お前達は許せるのか?」
「三人にその覚悟があるのならな……」
「泣いて諦めるしかないだろう」
「そこが違う。考えてみてくれ。筋肉兄貴がシーリンちゃんへ告白紛いな事をして制裁へと参加した者もこの中にいるだろう?奴は坊主にも関わらずシーリンちゃんを口説いた」
「そうだ!その通りだ!!」
「次に筋肉姉御。彼女がこの港湾施設へ訪れた時には筋肉兄貴は坊主だった。違うか?」
「そうだ!奴はすでに坊主だった!!」
暇人達をもう一度ゆっくりと見回す。
今日はマリー様に軟膏を塗ってもらえなかった事への不満が皆に渦巻いている。
おれは皆に渦巻く不満を筋肉兄貴への怒りへと誘導するだけだ。
今日おれが受けた制裁を再び筋肉兄貴へと向ける。
それが『英雄』の仕事。
おれの仕事だ。
おれの元へと仲間が集まる。
おれは『勇者』を引退したが『英雄』へはなれそうだ。
三十路でようやく訪れたおれの好機。
再びおれの時代がやってきた!!
「おれ達の『姫』二人を坊主頭の筋肉兄貴から取り戻す!!」
おれの宣言は万雷の拍手を持って迎えられた。
筋肉兄貴への『制裁決議』が承認されて今日の集会は終わりとなった。
次の日、斡旋屋は通常営業だった。
ほとんどの者が朝からマリー様に食事を配膳してもらい、昼には軟膏を塗ってもらった。
夕食時には先日の怒りの炎は完全に皆から消えていた。
今は誰も俺の言葉へと耳を傾けない。
筋肉兄貴の事など、気にしないとばかりに、いつものように酒を飲む。
皆が飲んで騒いで陽気に楽しんでいる。
先日はあれ程強く共感しあったのに……
おれは絶望の中に居た。
酒を注文する。
飲まずにはやっていられない。
おれは『勇者』だけでなく『英雄』にもなれないのか?
やはり『一般庶民』は『一般庶民』でしか無いのか?
だいぶ酔いも回ってきたところで新たな希望が見えた。
膝まで伸びたふわふわの金髪少女が厨房へと入る姿を見たのだ。
あの娘だ。
あの娘は確か筋肉兄貴の娘と言っている女の子だ。
あの娘にシーリンちゃんと筋肉兄貴の事を問い詰めてみよう。
新たな情報が手に入るかもしれない。
彼女は斡旋屋へと住んでいるのだ。
色々と情報を知っているだろう。
筋肉姉御の事はおれにとってどうでも良いがシーリンちゃんの事はとても気になる。
おれはあの娘が厨房から出て来るのを待った。
彼女は自室へと食事を運んでいるようだった。
おれは席を立ち、彼女の近くへと向かうと声を掛ける。
「ちょっと話があるんだけど良いかな?」
「………………」
青い瞳の女の子は『ぺこりっ』とお辞儀をすると逃げるように去ってしまった。
一言もしゃべろうとしない。
おれは席に戻って、更に一杯の酒を注文した。
酔わずにやっていられない。
誰もおれの言葉など聞いてくれない。
やけくそ気味に『ぐいっ』と一気に酒を飲んだ時に再びあの娘が食堂へやってきた。
そのまま厨房へと入って行く。
おれは再びあの娘が厨房から出て来るのを待った。
彼女は自室へとまた食事を運んでいるようだった。
確か筋肉兄貴の娘は二人。
きっとこれが最後の好機だ。
今度こそシーリンちゃんと筋肉兄貴の関係を聞き出す。
おれは席を立ち、彼女の近くへと向かうと壁を蹴るように足を掛けて彼女の行く手を塞ぐ。
彼女は『びくっ』としてこちらを振り向き、すぐ青い瞳をおれから完全に逸らせた。
ちょっと『むかっ』としたおれは、怯える彼女を両手で囲って、再び声を掛けた。
「ちょっと話があるんだけど良いかな?」
「………………」
彼女は青い瞳を逸らして怯え、再びおれとは何も話そうとしない。
顔を近づけて脅す様に話そうとしたが、凄い力で頭を掴まれて、顔が前へと進まない。
振り向く事すら出来ない凄い力。
振り向く事すら憚られる凄い気迫。
最後の好機は『二人の関係を聞く』事では無く『おれが生き残る』事だったようだ。
頭を凄い力で握られたまま厨房を抜けて裏口へと連行される。
放り投げる様に外へと追い出されると再び仁王立ちするドカチーニさんの姿を見た。
「今日のところも追い出すだけで勘弁してやる。アンに手を出してみろ?次は無い!」
逆光の中のドカチーニさんの瞳は白黒が反転しているように見える。
上がり過ぎた口角は人間族のものとは思えない。
笑っているのか?怒っているのか?
人間族をやめた顔がそこにある。
おれが『英雄』となる道は厳しいと思う。
だがおれはまだ『英雄』への道を諦めない。
筋肉兄貴の坊主頭から二人の『姫』を取り返すまでは!
最低でもシーリンちゃんは取り戻す!




