新しい朝が来た
首長蜥蜴の頭部が討伐証拠になるとの事で、それだけは必ず回収して残りの大部分は明日回収部隊を引き連れて取りに来るとの事だ。
異世界に来たら一度は言いたい言葉ベスト10に入っている言葉をここで唱える「インベントリーオープン」勿論何も起きない。
キーワードはまだある「アイテムボックスオープン」しばらく待つ。
当然何も起きない。
残念な事に俺には異世界物で大人気の無限に入るような便利なインベントリーやアイテムボックスは所持していないらしい。
それともキーワードが違うだけなのか?
後者である事を祈る。
俺は諦めない。
他のキーワードを思いついたら唱える事にしよう。
首長蜥蜴を討伐した興奮からさめると、後ろ向きの気持ちが表に出てくる。
異世界無双が出来ないなら本当に日本へ帰りたい。
1ヶ月に1度こんな恐い思いをするのは嫌だ。
まだ1ヶ月に1度「明日は休んでも良いから」と言われる方が幸せだ。
現実にされたら今度は「1ヶ月に1度恐い思いをする方がましだ」となるだろうけどな。
冷静さを取り戻した俺は首長蜥蜴に刺さった槍を回収したかったが、残念な事に首長蜥蜴は右側を下にして倒れたためほとんどの槍は巨体の下敷きになっていた。
無事回収出来た槍は2本だけで現在使用できる残りの投げ槍は4本となってしまった。
最低限の後片付けを終えると別の魔族や魔物に見つかる前に拠点へと戻る事になる。
首長蜥蜴を討伐した時の嫌な予感は外れた。
拠点は平穏そのものだった。
俺の予感なんてこんなものだ。
当たった事の方が少ない。
交代で見張りをしながら拠点のテントの中で就寝。
余談だがこちらではテントの事は天幕という名前だと知る。
傷だらけになってしまった地肌に今までの痛み以上に痛くなる軟膏を塗ってもらい傷を塞いでもらった。
一時的な痛みは増すが、塗っておくと化膿しないで済むので後が楽らしい。
一番最初の見張りを買って出た俺は、軟膏を塗った傷口の痛みと何だかんだと興奮したままの精神状態で眠気が来なかったので、そのまま空が白んでくるまで見張りを続けてしまった。
空の色が少し明るくなってきて起き出した3人には呆れられ半分に「無理をするな」と叱られたが自分では素晴らしい朝を迎えたと思っている。
頭の中で子供の時に参加した夏休みのラジオ体操が始まる前の曲が何度も流れている。
拠点を片付けた後、ベルガーさんのバックパックから出てきた大きな布袋に走り蜥蜴の親玉の皮や肉を詰め込めるだけ詰め込んで、4人で持てるだけ持ったら城門へと帰る。
朝日が昇るまで後少し。
東の空が大分明るくなってきた。
城門の前にある河原には仕事を終えた冒険者達が集っている。
数十人はいて『冒険者結構いたのだな』と思える集団となっていた。
余分に倒したパーティーが倒せなかったパーティーに3両で討伐証拠を売っている。
討伐証拠が無いと4両税金で取られるから多少は銭を払わないで済むのかと納得する。
ドカチーニの斡旋屋から出発した冒険者は俺達を含めて16人。
4人ずつの4パーティー。
1パーティーは全滅したのか姿を現さず、他パーティーで1人の死亡が確認されていた。
想像以上に死者が多い事には大きなショックを受けた。
俺はこの世界を完全に異世界であり現実なのだと自覚した。
城門が開くと川を渡って衛士様に討伐証拠を提出。
その後斡旋屋の全員が一丸となって帰り、そのまま食堂へ全員が残った。
ドカチーニさんが生き残った全員にコップを持たせ1本のワインをそれぞれのコップに注いでいく。
俺は「私は酒が弱くて飲めません」と断ったが「駄目だ」と一言で一蹴された。
全員に酒が行き渡るとドカチーニさんがコップを掲げる。
「本日輪廻の輪に還った勇者達に献杯!」
「献杯!」
全員がコップを掲げて一気にワインを飲み干した。
俺も遅れてコップを掲げワインを飲み干す。
酒が苦手なんて言っていられない。
これは儀式だ。
参加する事は大事な事だ。
冒険者を続ける限り、いつか自分にこの杯を掲げられる時が来るのだ。
献杯が終わるとドカチーニの斡旋屋は通常運営に戻った。
いや、通常よりも忙しそうだ。
仕事の受付開始時間が遅かったからか、いつもよりも仕事の斡旋を求める客が多い。
それどころか、戻ってきたパーティーの連中までもが独自に人員を集めている。
俺は初めての冒険に疲れた事、何だかんだと徹夜をした事で今日は仕事をする気がない。
何をするでもなく様子を見ている俺に、ドカチーニさんが近づいてきて説明してくれた。
「今日は冒険者や行商人以外でも外に出られる特別な日だ。討伐した魔族や魔物の回収作業名目だがな。制限もある。冒険者一人に付き荷車一台・一般人は御者も含めて三人までだ。そういう訳でお前も今日は冒険者として回収作業にまわってもらうぞ」
どうやら自主的に休暇は取れないようです。
裁量労働制の導入を求めます。
この世界でも労働者に拒否権が無い裁量労働でしょうか?
それでも一応の抵抗は試みてみましょう。
「私に付いて来る一般人なんて居ないと思うのですが……どこからどう見ても私自身が一般人ですよ? 泥だらけの貫頭衣が貧乏を余計に強調して見せますよ?」
「そこはシーリンが手配するから心配するな。四人が十六人になるだけだ。ちょっと街の外へ出て昨夜の首長蜥蜴と、持ちきれなかった走り蜥蜴を回収するだけだ」
「分かりました。出発はいつ頃ですか?」
「シーリンが仕事をさばいたら出発だな。後半刻ってところか?」
上司の一言で業務量が増える事はどの世界でも共通らしいですね。
気持ちを切り替えましょう。
諦める事も大切だ。
せめて今出来る事をやろう。
半刻って1時間だっけ?
多分1時間だな。
今まで単位が江戸時代だったし。
「それでは私は、ベスとアンに帰還の挨拶をしてきますね」
「おう。行って来い。行って二人を安心させてやれ!」
ドカチーニさんがニカッと笑顔で送り出してくれる。
俺は自分の部屋に帰っても、2人がお金を持って居なくなっている可能性もあるな、等と疑いたく無い事も思ってしまう。
2人がお金を手に入れたら、俺と一緒に居る理由を探す方が大変だ。
冒険へ出る前に、大金を持ち逃げされても悔いが無い、なんて格好良く思い立った覚悟は、無事帰った事でその気持ちはしぼんでいる。
部屋の扉を開けるのが恐い。
少なくとも1分は扉の外に立ち続けてしまったと思う。
中からは物音1つ聞こえてこない。
だがいつまでもここで立っている訳にはいかないので思い切って扉を開けた。
そこには2人並んで窓の外の太陽に向かって手を組んで祈りを捧げている骸骨達。
たった今、この異世界であろう所に来て1番嬉しかった事が更新されました。
この骸骨達に会ってからは毎日更新されている気がする。
「ただいま。」
その声に2人が振り向く。
どれだけ集中して祈ってくれていたんだよ!
最高に嬉しいじゃないか!
「おかえりなさい。こんな大金持っていたら心配で眠れなかったわ! 返すから受け取って!」
赤い瞳の骸骨がほっぺたを瞳と同じくらい赤くしてベルトポーチを突き出してくる。
お前、俺と一緒で敬語が無くなっているぞ?
子供とは思えないくらい上手に敬語を使ってたのはどうした?
もしかして泣きそう?
一生懸命涙がこぼれるのをこらえてる?
一方で青い瞳の骸骨からは瞳の色と同じくらい綺麗な涙が凄い勢いであふれている。
声はかすれて上手に出ていないが大泣きだ。
どうやら2人は徹夜で無事を祈ってくれていたらしい。
やばい。
嬉しすぎる。
俺も泣きそう。
「大金を預かってくれてありがとう。さあ、朝飯食べに行こう」
「先に行っていて。私たち移動に時間が掛かるから」
「やだよ。今日の朝食は3人一緒に行くと決めていたんだぞ。どんなに時間が掛かっても絶対に一緒だ! 拒否権は認めない」
俺はここには居なかった。
2人と離れて過ごした一夜。
それなのに3人で一緒に居るよりずっと心が近づいた気がする。
この異世界を俺は心の底から受け入れた。
この異世界で自分がするべき確かな事を手に入れたからだ。
こいつらはもう俺の家族だ。
異世界に来て全てを無くした俺の家族だ。
この世界に俺が生きる理由だ。
主役になれない?
そんな事はもうどうでも良い。
この2人を立派に育てる。
そうする事に決めた。
娘が2人も出来るなんて日本での夢を1つ叶えたも同然じゃないか?
2人に出会ったばかりで本当に安いな俺。
互いに敬語も出なくなってるし親密度アップか?
2人の好感度上がりまくりでハートマックス状態きたのか?
この骸骨達チョロインさんだったのか?
そんな失礼な事も考えながら2人の後ろをゆっくりとゆっくりと見守って歩いた。
2人が俺の事を確認するように時々後ろを振り返る。
そんな仕草が可愛くて仕方がない。
夢にまで見た異世界へ来られた幸せを感じながら一歩一歩ゆっくりと歩んでいこう。
3人一緒なら確実に歩んでいけると俺は確信していた。




