番外編52:ベルガーの休日
いつも私の拙い妄想を読んで下さりありがとうございます。
番外編は今までと同じように一話完結となっております。
一応一通り目を通してありますが、誤字脱字がありましてもお目こぼし下さい。
誤字報告は来春以降受け付ける予定です。
自分で誤字脱字を見つけても(本編も含め)直していないので相当数あると思われます。
番外編も、本編同様、楽しんでもらえると幸いです。
2018/12/06 何遊亭万年
この話はユークリット達が不死山へ遠征している日のある一日。
裏庭で過ごした平穏(?)な一日。
引き籠りの熊族ベルガーが太陽の下で過ごした一日の話。
おれの名は『ベルガー』。
誇りある熊族。
普段ここで料理人をしている。
まだ辺りが薄暗い夜と朝の狭間の時間。
マリーが普段シーリンのやる洗濯まで代わりにやる。
それが終わると彼女は厨房の仕事を手伝う。
彼女はいつもおれの背中を背もたれにして、おれが勝手に離れると怒る。
少しだけ仕事がやりにくい。
そこはいつもと変わらない。
変わって欲しくない。
本来彼女はおしゃべりで、厨房では色々な話をする。
基本一方通行で、おれは聞き役。
厨房にいる彼女に今朝は珍しく、客が現れた。
「フィーナ様。準備中の厨房へ来られるなんてどうしたのですか?」
「今日は二人に相談があって来たの。」
「おれにか?」
「そう。あなたとマリーに相談よ。朝食が終わったら手伝って欲しいの。」
「何をだ?」
「それはお楽しみにしていてね。」
フィーナが厨房を出て行った。
もうすぐ朝日が昇る。
斡旋屋の一日が始まる。
今はシーリンが居ない。
ドカチーニが斡旋業務をしている。
マリーが食事の配膳を手伝ってくれている。
だが今朝は食堂からドカチーニとフィーナの声が聞こえてきた。
「ドカチーニ。今日は忙しいのだから、あなたは今から仕入れをしてきて。斡旋業務はあたしがやるわ。」
「ちょっと待て。お前に出来るのか?」
「出来るわよ?分からない事は斡旋を受けにくるヒトに聞くから大丈夫よ?」
「それを出来ると言うのはおかしいぞ?まぁ今日は指名依頼も特に入っていないからな。」
「そう?任せてくれるの?」
「あぁ。今朝は任せよう。今日は一体何が忙しいのだ?」
「それは内緒よ。あなたは早く仕入れに行ってきて下さいな。」
「分かった。良いか?分からない事があったらシーリン……ベルガーに聞けよ!?」
「分かったわ。」
ドカチーニ。
おれに聞いても斡旋業の事は一つも分からない。
おれは食事を作るだけ。
フィーナなら大丈夫。
心配いらない。
多分。
おれはそろそろ火を熾さないとな。
「マリー。今朝もスープを頼む。」
「分かったわ。任せておいて。」
俺の背中からマリーが離れてスープの準備を始める。
おれはいつものように火を熾して、パンと焼き魚の準備を始めた。
マリーが厨房に来てから毎日楽しい。
精霊達も喜ぶ。
フィーナは港湾施設の人気者だ。
「あら?これはどうすれば良いのかしら?」
と言えば
「先生。こうすりゃ良いんだよ!」
と誰かがすぐに答える。
斡旋業に滞りは無い。
ドカチーニと違う。
食堂から楽し気な笑い声が絶えない。
マリーのスープも凄い売れ行き。
おれは自分の料理に自信を無くす。
マリーのスープは上品。
野菜もおれより細かく切る。
塩梅も良い。
ドカチーニとシーリンが居なくても斡旋屋が上手く回る。
おれはちょっとだけ驚く。
みんな自分の仕事に行き食堂が静か。
ドカチーニも仕入れから帰る。
フィーナが皆を食堂に集める。
集まったのは、おれ、ドカチーニ、フィーナ、マリー、ネモ、アンの動ける六人。
集まった所でフィーナが宣言する。
「今日はみんな揃って裏庭で過ごすわよ。」
「おいおい。フィーナよ。客が来たらどうするのだ?」
「あらあら。あなたは留守番よ?普段から昼も夜も出歩いているのだから当然でしょう?」
ドカチーニが右手で頭をかきながら答える。
あれはドカチーニのくせ。
「出掛けていると言っても斡旋屋の仕事だぞ?」
「高い香水の匂いを付けてくるのが仕事なのね?」
面倒だ。
おれは昼食の仕込みをしよう。
「おれは良い。厨房で昼食の仕込みをする。」
「あらあら。駄目よ。ベルガー。あなたにはアルフィアちゃんを運んでもらうのだから。」
「アルフィア?」
「そうよ。ネモだと少し心許無いでしょう?」
「昼食の仕込みがある。」
「ドカチーニにでもやらせておきなさい。この際だから『俺は片手でも野菜の皮を剥ける』と自慢していた事が本当かどうかを確かめましょう?」
「おいおい。俺はそんな事をお前に言った事あったか?」
「あたしの診察を受けに来た『若くて綺麗な女の子』が教えてくれたわ。飲み会の席で片手で果物の皮を小刀で器用に剥いたそうね?」
フィーナがドカチーニに両足を開き軽く曲げた腰に両手を当てて眉を寄せて問い詰める。
「よしフィーナ。今日は俺と互いが納得いくまで話をしようか?ベルガー今日は臨時休業だ。看板を表に出しておけ!!」
おれは物置に『臨時休業』と書かれた看板を取りに行く。
食堂に残るよりは安全。
二人が言い合いを始めたようだが、聞く気は無い。
一階廊下の一番奥にある物置から看板を取り出す。
表に看板を出し、大扉を閉めた。
二人が喧嘩をしている間に地下へ降りよう。
おれが厨房を通り執務室へ向かおうとした所で、ドカチーニとフィーナに捕まる。
ユークリットが諦める時に言う言葉。
確か『大魔王からは逃げられない』だな。
おれはフィーナに言われた通りアルフィアを迎えに行く。
アルフィアを左腕で抱え彼女の右腕をおれの首へ回してもらう。
これなら落とす心配も少ない。
ベスを迎えにネモが行ったようだ。
廊下でユークリットの部屋からベスが嫌がる声が聞こえる。
聞かなかった事にしよう。
耳が良い事も悪い事がある。
ベスは意外と毒舌だ。
おれにはネモの心が折れる音が聞こえた。
裏庭だが昼間に建物の外へ出るのは久し振りだ。
月と違って太陽は眩しい。
「ベルガー。お花畑に行って。」
アルフィアがおれに言う。
土の精霊も『来い来い』とおれを手招きしてる。
おれはマリーの花畑へと向かった。
「綺麗ね。いつも潮の香りに混じってお花の良い香りが病室に入って来ていたの。あたしの寝台からだとお花は窓の下で見えなかったの。」
「そうか。」
「綺麗だと思わないの?」
「綺麗だ。」
「この花畑を手入れしているのが不愛想なマリーと言うのは不思議だわ。」
「マリーは良い娘。」
「そのくらい知っているわよ。普段が不愛想なだけ。」
「そうか。」
ベスを右手に抱いたドカチーニがやってきた。
その後ろにアンがいる。
アンが花を一本一本確かめるように見てる。
嬉しそうなのが分かる。
問題はベスとアンが来たら土の精霊が逃げ出した事。
ベスもアンも精霊は見えていないと思う。
だが精霊は二人を恐れている。
せっかくの綺麗な花畑なのに、ドカチーニとフィーナの喧嘩が再発。
聞く気にもならない口喧嘩。
ベスとアンはフィーナの味方についた。
ドカチーニの分が悪い。
巻き込まれないようにそっと離れる。
振り返るとマリーがいる。
少しいつもと顔色が違う。
いつもの元気さが無い。
厨房じゃないからか?
マリーの周りにいる精霊も心配している。
おれは声を掛けた。
「マリー。どうした?」
「いえ。何もありません。私は皆さんの昼食を作ってきます。ベルガーさんはそのまま楽しんでいて下さい。」
「ああ。マリーの作った花畑をもう少し見てる。」
「ありがとうございます。二人で楽しんで下さい。」
マリーが厨房へと入って行く。
風の精霊が『あっかんべー』をおれにする。
風の精霊に嫌われたかな?
彼女があんな事をするのは珍しい。
マリーについて行ったし、心配はいらないか?
「ベルガー。あたし帆船に乗ってみたいのだけど。」
「ドカチーニに聞く。」
ドカチーニに帆船の乗船許可を得ようとしたが「ドカチーニさんも坊主にすれば良いのよ」と言うベスの言葉に、激しく同調するフィーナの姿を見て、おれは邪魔するのをやめた。
旗色がかなり悪いドカチーニへと巻き込まれたくない。
乗船許可無しでも大丈夫。
後で言えば良い。
俺は帆船へと乗り込んだ。
船は停泊している。
裏庭と十間(約18メートル)も距離は変わらない。
だが海を強く感じる。
風の感じも違って感じる。
少し足元が揺れているからか?
不思議な感じだ。
「船の上は船の上で良い物ね?」
「そうか。」
アルフィアも同じ事を思ったみたい。
裏庭よりも少し風が強い。
アルフィアの短い髪がなびいて俺の鼻をくすぐる。
しばらく船の上でアルフィアと二人黙って海を眺めた。
何もしないで海だけ見る。
一つとして同じ波が無い。
いつまでも眺めていられる。
こんな日も良い。
たまには良い。
「皆さん。昼食の準備が出来ました。手で摘まみ食べられる物を用意しました。ご自由にお食べ下さい。」
裏庭からマリーの声が聞こえてくる。
船上をマリーが見える所へと移動。
マリーと目と目が合った。
目が良い事も悪い事がある。
マリーの瞳は怒りの様子。
周りの精霊達も機嫌が悪い。
おれは何か悪い事をしたか?
船から降りながら自分に問う。
答えは出てこない。
裏庭に昼食を取りに行く。
近くでマリーを見る。
いつものお澄ましマリーだ。
ドカチーニとフィーナの決着も付いたようだ。
ベスを抱いたドカチーニとアンの手を繋いだフィーナが夫婦に見える。
良かった。
皆仲直りした。
マリーの作った昼食も美味しそう。
パンに野菜や魚を挟んだ食べ物。
貴族様が遊びながら食べる『サンドイッチ』と言う食べ物だ。
さすがマリーだ。
おれはアルフィアの分を渡しながら、自分も食べる。
美味しい。
「マリー。美味しいぞ。」
「…………」
マリーから返事が返ってこない。
こちらを向こうとしない。
少し寂しい。
また風の精霊が『あっかんべー』をしている。
昼食を食べ終わるとフィーナとマリーは診療所を開く為、裏庭から出て行く。
急患だけは見るそうだ。
ドカチーニは斡旋屋の食堂を完全に休業とした。
おれに「夕食は賄い分だけで良い」と指示を出す。
ドカチーニはベスとアンに指示されて裏庭を歩きまわされている。
アルフィアとおれも合流して一緒に裏庭を歩きまわった。
ベスとアンとアルフィアが仲が良い事を知った。
狭い斡旋屋だが知らない事が一杯だ。
狭い裏庭だが楽しい事が一杯だ。
おれ一人では気付けない。
そろそろ時間だ。
おれは賄いを作る。
ネモにアルフィアを頼もう。
そう思った時、初めてネモが居ない事に気付いた。
やはりネモの心は折られたか。
おれが「夕食の賄いを作る」と言うとアルフィアは「病室に帰るわ」と言ってくれた。
途中マリーと廊下で会う。
おれは無視された。
寂しい。
彼女は夕食の下ごしらえにも来ない。
今夜はスープもおれが作った。
久しぶりにスープを作った気がする。
実際は久しぶりなんて事は無い。
厨房が寂しい。
おれは楽かった一日。
最後は一人で寂しく寝た。
一人が寂しいと初めて思った。
まだ辺りが薄暗い夜と朝の狭間の時間。
マリーが今日もシーリンがやる洗濯を代わりにやる。
それが終わると彼女は厨房の仕事を手伝う。
彼女はおれの背中へ頭から飛び込んできた。
いつもと違う。
俺の首に手を回して彼女が言う。
「ベルガーの背中は私のものだからね!」
おれはとても嬉しい。
一言だけ「そうか」と答えた。
精霊達が周りで踊っていた。




