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生きる事、殺す事

 氷運搬3日目。

 シーリンさんが王女編みへと手慣れた素早さで髪型を戻すと「少し早いですが昼食にしましょう」とたすきおじさんとホルスたんに警戒任務を解くように提案をした。

 俺は思うところはあったが、決して声に出す事なく、左腕の調子を見る。

 動かす事は出来るが、動かすと激しい痛みが走る。

 シーリンさんが縫い糸代わりにした髪の毛の匂いが嗅げるかもと思い、傷口をクンクンするが軟膏のにおいが鼻の奥へと『つーん』と染みた。

 太陽が真上に来るには大分早いが、昼食を食べながら、今後の予定を立てる事にする。



 まずはシーリンさんが俺の傷の具合を報告する。


「ユークリットの怪我は太い血管が傷ついていません。そこは幸いでしたが骨にまで達している傷です。錆びた破片は取り除けるだけ取り除き、化膿止めの軟膏を十分に塗りました。それでもきっと熱が出てくるでしょう。庶民の怪我としては、あまり良い状態ではありません。」

「庶民としての怪我じゃなくて、冒険者の怪我としてなら違うと言う事か?」

「そうですね。このくらいの怪我で動けなくなるようでしたら、冒険者としてはやって行く事など出来ないでしょう。」


 はい。

 今回の事で学びました。

 私は冒険者としてでは無く『庶民として生きたい』と再び熱望します。

 だが、たすきおじさんが下した決断は俺を『冒険者』として扱ったものだった。



 今から出発すれば高原を横切り、狼が出たと言う森へまで、陽があるうちに着くだろう。

 だが陽があるうちに森を抜けるのは難しい。

 大八車は氷を運搬する為に重さも増している。


 下り坂が多くなると言ってもアップダウンはあるのだ。

 怪我をした俺が1人で牽引するのは無理がある。

 どうしたってホルスたんが大八車の牽引をし続ける事になる。

 現在のホルスたんは昼食を食べる終わると同時に、俺の横でぐっすりお休みモードだ。

 現在大八車はほとんど彼女が1人で牽引している。


 話し合いはほとんどたすきおじさんとシーリンさんとで行われる。

 そこに俺がちょこっと口を挟む程度だ。

 現在は『狼の出た森の前で一泊する』か、そのまま『徹夜で水路の始まる集落まで行く』か、どちらを選ぶかを話し合っているところだ。



 話し合いの最中に、大八車を2台ともなって、狼が出た森から冒険者が帰ってきた。

 どうやら怪我人も複数いるようだし、大八車の数が1台足りていない。

 大八車の上には動く事が困難そうな怪我人も複数載せられて運ばれてきていた。



 たすきおじさんが、シーリンさんとの話を中断して情報を仕入れに行く。

 冒険者とたすきおじさんの話し合いは短かった。

 割とすぐにおじさんが俺達の元へと帰ってきた。



 たすきおじさんは決断を下した。

「徹夜で行こう。筋肉兄貴には悪いが、高原の間は痛みを我慢して、筋肉姉御と二人で大八車を牽引してもらう。」

「その決断した理由を聞いてもよろしいですか?」

「大八車の一隊がやられた。狼の群れはヒト一人分とはいえ食料を手に入れている。言い方は悪いが、腹が満たされている今が好機でもあるのだ。」

「理由は分かりました。今からだと夕方頃に高原を抜けて、林を抜けるのは夜になると思います。それでも徹夜で行くのですね?」

「行く。筋肉姉御の魔力が足りなくなったら、おれの魔力を分ける。」

「分かりました。わたしも微力を尽くしましょう。」



 こうして俺達の大八車は冒険者の拠点を出発して、水路の終点にある集落を目指す。


 出発前にシーリンさんが自分の予備に用意した草鞋わらじをくれた。

 スケルトンとの戦闘で俺の草鞋は寿命を迎えた。

 俺の足には少々小さいが、このまま裸足よりもずっと良い。

 俺はシーリンさんにお礼を言って、彼女の草鞋を履く。

 彼女が「旅に出るのに予備の草鞋も用意しないとは流石に常識記憶喪失ですね」と嫌味を俺に言うが『優しい』笑顔だ。



 俺は心の中で叫ぶ。

 ついにシーリンフラグが立ったのか?

 だとしたら、左腕の傷の一つや二つは安いものだ!

 二人だけの『秘密の共有』はテンプレ王道だよな!?



 アップダウンの続く高原の間は、俺もホルスたんと共に氷の載った大八車を押した。

 ホルスたんは何かブツブツと独り言をつぶやいているが俺の耳まで言葉として届かない。

 たすきおじさんは荷台の後部に座り後方を警戒してくれている。

 シーリンさんは勿論、前方を歩き、周囲を警戒をしている。


 俺は右腕一本で大八車を押しているつもりが、左腕にも力が入ってしまうのか、傷口がズキズキと痛みを増す。

 痛みをこらえて俺は黙って大八車を押した。

 痛みが激しい時は、氷穴の縦穴の中で見た、自動機械人形について考える事で紛らわせる。



 あれに使われていたプログラムは完全に『シートリプラス』と呼ばれたプログラム言語だ。

 俺はプログラムを書ける程に精通している訳では無いが、基礎だけはかじっている。

 プログラマーがメモ書き用に『コンピューターはこの文を読まなくても良いですよ』と言う時に使う記号が、明らかに必要なプログラムに存在していて、それを修正しただけだ。

 その記号も最初の部分にしか無かった為に俺にでもプログラムを動かす事が出来た。


 プログラムを起動したら、言語が選べたので『日本語』を選んで、後はプログラム様の言う通りにやっただけだ。

 自動機械人形は3体あって、それぞれ『シーラ』『ソファミ』『レード』と言うらしい。

 プログラムの説明によると3体同時運用の試作機らしい。

 俺は『試作機』との説明文に衰え知らずの『中二』がうずいた。

 この手のアニメで主人公が手に入れるモノは基本的に『試作機』だ。

 ついに俺にも『異世界の主人公』らしいモノが手に入るかも知れない。

 シーリンさんには内緒だが、俺は斡旋屋で氷を取りに来るのが今から楽しみになっている。

 問題は『命を狙われるようになるほど高価』な物という事だな。


 それと同時に俺には大きな疑問が残った。

 なぜこんなところに『シートリプラス』のプログラム言語で書かれたものがあるのか?

 だがすぐに思い返した。

 なぜ異世界で日本語が通じるのかも分からないのだ。

 今は憶測でしか無いが、多分アルファベットとアラビア数字は『神の文字』だ。

 自分一人が考えても仕方が無い。

 なにせ『異世界では現代日本の常識は通用しない』と何度も自分へと言い聞かせているではないか。

 考えても分からないものは考えないに限る。



 高原のアップダウンをする中、不死山ふじさんが夕日で赤く染まる頃、これから下り坂が続く林の入口へとたどり着いた。

 ここまでは平穏無事な旅が続いた。

 ここで一度、食事と休憩を取り、狼の群れがいる林へと備える。

 陽が暮れるまではここで休憩となった。

 俺は女性陣がお花を摘んでいる間に食事の準備を整えよう。



 ホルスたんは食事が終わると、俺の右肩を枕にして眠り始めた。

 地獄の行軍をしていた時の俺と同じだな。

 俺の肩ぐらいはいつでも貸してやるよ。

 俺への報酬は二の腕に感じる柔らかな重みで十分お釣りがくるよホルスたん。



 陽が完全に落ちた頃、たすきおじさんに起こされた。

 俺もいつの間にか寝てしまったらしい。

 不思議なもので、起きた瞬間から、左腕が痛みを主張し始める。

 たすきおじさんが自分の革の前掛けを外して俺に渡してくる。


「これを腕に巻いて手甲の代わりにしてくれ。おれは戦えないからな。狼は噛みついて攻撃してくるはずだから手甲があると多少はましだろう。」

「おじさんありがとうございます。使わせてもらいます。」


 俺は左腕に薄い革の前掛けをぐるぐると巻いて縄紐でしばり固定してもらった。

 右腕には槍を持ち、腰には小刀をいつでも抜けるように装備した。

 俺は今回殿しんがりだ。

 大八車の上に座るおじさんも俺と一緒に周りを警戒してくれる。


 シーリンさんが気配感知の魔法を使い、ホルスたんが大八車を牽引して、俺達の輸送隊は狼の群れが居る夜の林の中へと出発した。



 3つの月が昇る。

 銀色の月はまだ満月に近く、辺りを明るく照らしている。

 左手に不死山ふじさんを眺めて、山の裾野を回る長い長い下り坂が続く。

 林の木々の隙間から見える夜の不死山は行きと変わらず不気味だ。

 今夜も禍々(まがまが)しい雰囲気を醸し出している。

 幸い狼の群れはまだ現れない。



 シーリンさんが気配感知の魔法を使いながら、大八車の10メートルほど前を歩く。

 ホルスたんも黙々と大八車を牽引している。

 時々ある登り坂は俺も後ろから押して二人で乗り切る。


 大八車が3台、横へと並べて進める思ったよりも広さがあり整備された道が深い林に囲まれて続いている。

 下り坂が延々と続く。

 見通しの悪いコーナーを曲がった所で、血にまみれた大八車を発見した。

 ヒトの姿も食料袋も残っていない。

 俺にはシーリンさんの警戒レベルが上がった気がした。

 次の瞬間にシーリンさんからの指示が飛ぶ。


「ユークリット。前方左側の林の中に狼の群れと思われる気配を感じます。現在は群れに動く気配はありませんが、十分に警戒をするように。群れに合わせて前後を交代します。わたしに合わせて隊列を交代して下さい。」

「分かりました。」


 狼の群れと大八車の間を護るようにシーリンさんが位置を取る。

 俺はそれに合わせるように大八車の前方へと移動して行った。


「右の林の中にも気配を一つだけ感じますから、注意はおこたらないで下さい。」

「分かりました。」


 俺は右側の林に注意を向けるが、道よりも林の中の方が暗い事もあり、何かが待ち伏せている気配は全く感じない。

 


 何かが現れたのは突然の事だった。

 突然林の中から現れた狼がホルスたんを狙う。

 俺はとっさに右手を持つ槍を狼に向かって投げた。

 狼が急停止して槍をかわす。

 狼は狙いをホルスたんから俺へと変更したようだ。

 今度は俺に向かって突進してきた。

 怖い。

 現代日本と違い『鎖に繋がれていない上に犬どころか狼』だ。


「群れに動きがありません。多分一匹狼でしょう。わたしは群れを監視します。ユークリット頼みましたよ!」


 シーリンさんからも俺に向けて激励が飛ぶ。

 俺自身は、足がすくむほど怖いが、ホルスたんが怪我をするよりずっと良い。

 たすきおじさん。

 おじさんが貸してくれた革の前掛けが役に立つよ!



 狼に襲われるわずかな瞬間でそれだけの事を思う事が出来た。

 俺の首に向かって飛び掛かってくる狼の口に左腕を差し出してわざと噛ませる。

 『昔何かのテレビ番組で警察犬の訓練でやっていたな』

 と場違いにも思ってしまう。

 すごい体当たりだが、何とか踏ん張って、俺は立っていた。


 いつもこうだ。

 あれだけやっている槍の訓練は未だに実戦で役に立てられない。

 いつも『槍を訓練する事が無駄に終わりますように』と願い訓練するのが悪いのだろうか?

 俺が戦う時はいつも槍を手に持っていない。

 こんな形で願いが叶って欲しい訳では無い。

 だが無いものは仕方無い。

 今日も頼むぜ、相棒!


 俺は後ろ腰に差していた小刀を抜き、狼の腹へと突き立て、思い切り下へと斬り下げた。

 生きている肉を切り裂く行為は、正直あまり気持ちが良いものでは無かった。

 狼が俺の左腕から口を離し離れる。

 狼の腹からはこぼれた内臓が垂れ下がっていた。

 間違いなく致命傷だろう。

 狼は林へと帰って行ったが長く生き延びる事は出来ないと思う。



 俺はその場に立ち尽くしていた。

 白い貫頭衣の前面を血で真っ赤に染めて立ち尽くしていた。

 投げた槍は、たすきおじさんが拾って俺に届けてくれた。

 彼が一言「よくやった」と言って、輸送隊は夜の林の中を再び進んだ。



 今まで生きてきた。

 沢山の命をいただいて生きてきた。

 今まで幾つの命をいただいて来たか数える事すら出来ない。


 俺は走り蜥蜴とかげの親玉も槍を投げて殺した。

 俺は首長蜥蜴だって何度も槍を投げて殺す事に参加した。

 俺は緑小鬼の隊長とだって命を懸けて戦った。

 俺はそれでも相手を殺した実感を得る事は無かった。


 だが今回は自分の手に握った武器で直接相手へ致命傷を与えた。

 俺が『相手を殺した』と実感したのは生まれて初めてだ。

 右手の小刀で狼の腹を裂いた感触がいつまでも残る。

 小刀が肉を裂く音は耳にいつまでも残る。

 俺は怖くて必死だった。



 生きる事は殺す事だ。

 誰かが殺してくれた生き物を食べて俺は今まで生きてきた。

 初めて自分が生き物を殺す事を実感した。

 その後の俺は、放心状態だったようで、水路が始まる集落までの記憶が無かった。




 我に戻った時『輸送隊は無事に舟へと一番で氷を届ける事が出来た』と知った。

 ここまで私の拙い妄想しょうせつを読んで下さりありがとうございます。


 今回の区切りはここまでとさせて頂きます。

 現在毎日更新を続ける最後の本編を制作中です。

 現在6話目を制作中(2018/12/04現在)。

 本編は7話~8話になる予定です。

 出来たら8話やりたいのですが、時間が足りそうにありません。

 今回ばかりは番外編のタイムリミットは2018/12/09です。

 10日月曜日からは制作が間に合わなくても本編を開始させて頂きます。


 

 いつもと同じ挨拶にはなりますが、

 最新話まで読んだ後感想まで下さった読者様、

 ブックマークをしてまでお読み下さる読者様、

 毎日更新する度にアクセスして下さる読者様、

 余暇が出来た時に一気読みして下さる読者様、

 タイトルとあらすじに釣られて試し読みされる方、

 全てのアクセスして下さる皆様に『やる気』燃料をいただいての毎日更新です。

 皆様の日頃よりのアクセスを本当に感謝しております。


 色々と足りない未熟者ですが、最後までお付き合いを頂ければ幸いです。

                           2018/12/05 何遊亭万年

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