縦穴の底にある空間(シーリン視点)
氷運搬三日目。
ユークリットが氷穴の縦穴へと落ちた時から少しだけ時間を遡る。
………………
どうやら輸送隊は無事に氷穴へと向かえたようですね。
現在わたしは一体の強敵と相対しています。
気配を消す魔法を使ってみましたが、効果が見えませんね。
相手にはわたしの存在がはっきりと確認出来ているようです。
スケルトンが盾を持った左手を前にして半身で構えています。
どうやら相手もわたしの事を多少は警戒してくれているようですね。
わたしの気配を消す魔法が通じなかったのです。
かなりの魔力を秘めた相手と見た方が良いでしょう。
完全に油断していた冒険者が悪いとはいえ首を一撃で落とす相手です。
わたしの所持する小剣でどれほどの傷を相手に与えられるか自信がありませんね。
ここは防御に徹して、援軍を待つ事にしましょうか?
問題は、他のアンデットが来るのが先か、味方の冒険者が来るのが先かですね。
前者の確率の方がはるかに高いと思っていた方が良さそうです。
このまま樹海を背にしておくのは気分も良くありません。
少しずつ道の中央へと戻りましょう。
わたしは左手に持つ小剣を鞘へと納め、普段は肩当てとして使っている右肩の鎧の部位を小型の盾として使う事にしました。。
わたしも相手に対して左手側を前にして構えなおします。
スケルトンも強くなるとここまで厄介な魔物だとは思いませんでした。
目線がどこに向いているかも分からない。
筋肉も無いから動き出しの予想も出来ない。
魔力が大きすぎて体からはみ出して見えている為、魔力の流れも読めない。
わたしに取っては『ないない尽くし』ですね。
スケルトンが『突き』を繰り出して来ました。
この攻撃は、予備動作が無い分、とても素早く感じます。
左手を盾に持ち替えて正解でした。
ぎりぎり盾で防ぐ事が出来ました。
小剣で突きを止めるのは困難ですが、盾なら幾分かは難易度が下がります。
もっとも、このスケルトンの突き自体予備動作が無い為、回避する事が困難なのですが。
唯一の救いが連続攻撃をしてこない事ですね。
わたしが油断をした頃に連続攻撃でばっさりも考えられます。
このスケルトンはどこまで知性を保っているのでしょうか?
相手への有効な攻撃手段が見つかるまで防御主体で行きましょう。
しかし困りました。
骨と骨を繋ぐ筋すら無いところもあります。
無い部分もしっかりと可動していますから、骨と骨はきっと魔力で繋がっているのですね。
このまま、わたしが何もしない訳にもいきませんね。
まずははっきりと残っている右肘の筋を切断してみましょう。
右腕が動かなくなると良いのですが。
現在までにスケルトンが見せた攻撃は『突き』『振り下ろし』『薙ぎ払い』の三種類。
『振り下ろし』か『突き』の後に見せる隙で右肘を狙いましょう。
突然、スケルトンの攻撃がわたしを襲います。
本当に『突き』には予備動作がありません。
わたしは盾で『突き』を受け流し、伸びきったスケルトンの右肘の筋を小剣で切断します。
無駄ですね。
筋は完全に切れているのが確認出来るのに、全く動きが変わりません。
本体と思われる骨の部分にはわずかに傷が入っただけですね。
小剣でこのスケルトンを動けなくするのは大変そうです。
魔力でつながり動いているのが分かっただけでも良しとしましょう。
相手はこれだけ大きな魔力です。
正直言って、わたしにはスケルトンを破壊する事は出来ないでしょう。
破壊するには言葉通り『骨が折れる』作業になるはずです。
ここは逃げましょう。
わたしにはこのスケルトンは討伐出来ません。
逃げるとしてもどちらに逃げるかですね。
迷いますが、確実なのは館長の大剣を所持しているユークリットですね。
腕前は信用出来ませんが、館長の大剣と勝手に逃げ出す男で無い事は信用できます。
わたしは気配感知の魔法で、このスケルトンを感知できるぎりぎりの所まで跳躍魔法を使い逃げます。
どうやらスケルトンはその場から動きませんね。
わたしはスケルトンを目視出来るところまで近づいて待機する事にしましょう。
そのうち輸送隊も氷を積んで帰って来るはずです。
見張りをしながら、大八車を待っていると、先に別の冒険者の小隊がやってきますした。
そこの隊長らしき人物がわたしへと声を掛けてきました。
「輸送隊の冒険者か?」
「はい。そうです。この先にいるスケルトンはかなりの強敵です。わたしには武装の相性もあり、とても討伐出来そうにはありません。」
小隊長がわたしの装備を見回して納得する。
「確かにアンデット向けの装備では無いな。後は我々に任せて君は氷穴に向かい、仲間と合流すると良い。」
「ありがとうございます。後はよろしくお願いします。ご武運を。」
「ありがとう。そちらこそ、ご武運を。」
わたしは小隊と別れて、氷穴に向かいます。
氷穴には割とすぐにたどり着いきました。
しかし氷穴ではわたしが思いもしない事態が発生していました。
「受付嬢。無事だったか。すまん。筋肉兄貴が縦穴に落ちた。」
「あたいが悪いんだ!あたいが油断して後ろ向きに歩いたりしたから……」
地面に座り込み、右手で地面を叩きながらホルスさんが号泣していますね。
なんにせよユークリットの莫迦は必ず何かをやらかしますね。
戦力として期待していた、わたしが莫迦でした。
後は、先程の小隊がスケルトンを退治してくれている事を祈りましょう。
「それで、ユークリットは無事なのですか?」
「あたいに『俺は無事だから先に氷を運べ』と言うのさ!」
「では、わたしが様子を見てきます。落ちた縦穴に案内して下さい。」
ホルスさんに案内されて行った縦穴は氷穴に入ってすぐの所にありました。
氷穴の中の方が樹海よりも明るいくらいです。
切り出された氷も近くに用意されています。
こんな所で縦穴へ落ちるとは……莫迦だとは思っていましたが本物の莫迦ですね。
「少し、縦穴へ降りて来ますので、待っていて下さい。」
「ちょっと、どうするんだい?」
わたしはホルスさんへと返事をする事無く、縦穴へと飛び込みました。
縦穴の中も氷穴と同様に明るく、灯りを必要としないようです。
何らかの力で発光しているのでしょう。
途中の出っ張りを足場にしながら一番下まで降りると近くに不思議な空間が見えます。
床や壁に全く凹凸が無い、不思議な空間です。
その不思議な空間の奥でユークリットが何かをしています。
彼がこちらに気付いて、片手を上げて無事を伝えてきました。
大怪我はしていないようですが、彼の体は擦り傷だらけで、そこから血がにじんでいます。
「シーリンさん。凄いですよ!見て下さい!!」
ユークリットに言われて周囲を見渡すと三体の自動機械人形が壁に並び安置されています。
起動前の自動機械人形は起動後のそれよりも遥かに高価か、もしくはただのガラクタです。
ユークリットの前にある板の表面で光る文字が彼の指の動きと共に書き換わります。
「見た事も無い文字ですね。あなたは読めるのですか?」
「全てを理解している訳では無いですが、ある程度分かります。私にとっては『どうしてこんな物がこの異世界にあるか?』の方が不思議で仕方ありません。」
わたしの理解出来ない言葉で理解出来ない物を夢中でいじる姿を見て、彼が無事な事への安心よりもいらいらが募ってきました。
何より、この空間に居るだけで、わたしは自分の魔力を消耗している感覚があります。
この凹凸の無い空間へと長居をするのは危険です。
まずはこちらを見ようともしない視線をわたしの方へと移しましょう。
耳を抓り上げてこちらに顔を向けさせます。
「あなたは自分の仕事を覚えていますか?」
「氷を運搬する事です!」
「覚えていて何よりです。無事ならば行きますよ?」
「体は無事ですが、私は縦穴を登りきれません。」
確かに跳躍魔法を使えるわたしになら登れるでしょうが、ほぼ垂直のこの壁を登るのは大変そうです。
冒険者が長い縄紐を持っているかも知れませんね。
むしろ真っ当な冒険者なら持っているのが普通でしょう。
一度氷穴前の拠点へと戻って、確認をしてきましょう。
「わたしは一度、あなたの無事の報告とあるのならば縄紐を借りてきますから、もうしばらく待っていて下さい。」
「分かりました。」
「わたしの勘では、ここは危険です。あなたは『この凹凸の無い不思議な空間から出て』氷穴の部分まで戻って待っていて下さい。」
わたしはユークリットへと忠告しますが、彼はわたしの方をすでに見ていません。
板に映る見た事も無い光の文字へ夢中になっています。
もう一度、耳を抓り上げて、こちらを向かせて同じ事を言います。
「あなたの無事をホルスさんとたすきおじさんへと伝えます。そして冒険者から縄紐を借りてきますから、登る準備をして『ここでは無く』氷穴で待っていて下さい。」
「イエス・マム!」
「お願いします。」
跳躍魔法を使い一度縦穴からホルスさんの元へと戻り、彼女に彼の無事を伝えました。
冒険者の拠点へと寄り、彼等に『縄紐が持っていないか』の確認を取ります。
十間ほどの縄紐があるとの事なので彼らから縄紐を借り受けて、自前の軟膏を所持して、再びユークリットの救出へ向かいます。
近場の氷柱に縄紐をしっかり結び、わたしは再び縦穴へと降りて行きました。
わたしが縄紐を使い降りても、ユークリットはまだ板に映った光の文字に夢中のようです。
館長から借り受けた大剣も無造作に転がっていますし、何も準備が出来ていません。
それどころか、わたしの忠告も完全に無視して『凹凸の無い空間』にいるようです。
彼にはお仕置きが必要なようですね?
かなり冷たくなってきた、わたしの手を彼の背中で温めてもらう事にしましょう。
わたしの手を温める事も出来て一石二鳥です。
そっと近づき、彼の背中へと両手を突っ込もうとした時に彼が大きな声を上げました
「俺の生体認証が承認されたぞ。やった!動いた!!」
突然の事にびっくりして、わたしは両手を引っ込めます。
多分、『自動機械人形が動いた』との事だと思います。
ですが人形たちは全く動く気配がありません。
板の文字がわたしにも読める文字へと変わっていました。
「『エネルギーチャージ〇〇。稼働までの予測時間残り〇ヶ月。』と書いてありますね。わたしが読めない文字も混じっていますが『エネルギーチャージ』とは何ですか?」
「簡単に言うと自動機械人形が稼働するまでには3ヶ月くらい掛かるって事です。」
背中に手を入れる事は失敗しましたが彼の事は少し懲らしめておきましょう。
「ではユークリットさんは、あと三ヶ月ここに居るのですね?その頃には斡旋屋で氷を取りに来ると思いますから、それまで頑張って生き延びて下さい。」
「いえ。帰ります!一緒に連れて行って下さい!!」
「ここは居るだけで魔力を消耗する感じがします。早くみんなの元へと帰りますよ?」
凹凸の無い床の上へとユークリットが土下座をしています。
これだけ簡単に土下座をされ続けると相手の誠意を全く感じなくなりますね。
わたしは彼に会う事で初めて知る事が出来ました。
「あなたは自動機械人形をどうするのですか?」
返答する為に頭を上げようとする彼の頭を右足で踏みつけます。
彼はどさくさに紛れて股の下を覗こうとするので簡単に頭を上げさせる訳には行きません。
「しばらく時間を下さい。稼働後の自動機械人形の基本行動を入力しておきます。」
「わたしには分からないのですが、そのような事が可能なのですか?」
「種類は少ないのですが、選択が可能です。自立、追尾、待機、の3種類です。」
「それぞれどの様な事になるのですか?」
「自立は自動機械人形がそれぞれの考えで動き出します。追尾は起動後、私を追いかけてきます。待機は再び私がここを訪れるまで待ち続けます。」
「それで、あなたは何を選ぶのですか?」
少し間が開きました。
頭の上に置いた足にもう少し体重を乗せましょう。
「3ヶ月後くらいに、斡旋屋で氷穴に来るとの事なので待機にしておきます。」
「無難なところでしょう。それにしても自動機械人形が三体ですか……」
「何か問題があるのでしょうか?」
そうでした。このヒトは常識記憶喪失でしたね。
「あなたが館長くらい強ければ問題は少なかったのですが………」
「教えて下さい。」
「自動機械人形がとても高価な物だとは以前説明しましたね?」
「聞いた覚えがあります。」
「簡単に言いますと、三体も自動機械人形を持っていると知られたら命を狙われます。」
「………………御御足をどけてもらってもよろしいでしょうか?」
「何をする気ですか?」
「稼働するのを止めます。」
「それが良いでしょう。」
わたしが足をどけると、ユークリットは再び板に映る光の文字をいじり始めました。
わたしはこの凹凸の無い空間に居る事が嫌でしたので氷穴の部分まで下がり待ちました。
しばらくすると彼が困った顔でわたしの元へとやってきて話掛けてきます。
「どうやらキャンセルが出来ないようです。」
「きゃんせる?」
「えーと。自動機械人形が稼働するのを止める事が出来ません。」
「そうですか。この事は斡旋屋に帰ってから館長達と相談をしましょう。館長達と相談するまでは自動機械人形は誰にも内緒ですよ?あなたの治療をしたら縦穴の上へと行きますよ?」
わたしは怒りと呆れを笑顔で隠してユークリットへと提案しました。
「はい!分かりました!!」
いつも返事だけは良いですね。
わたしの気持ちを良く汲んでくれています。
わたしは塗ると痛みが増すと評判の化膿止めの軟膏をいつもの倍はユークリットの全身に出来た擦り傷へと押し込むように塗り込んであげました。
彼の痛みを我慢して押し殺す声が、わたしの少しささくれた心を癒してくれました。




