氷穴へ
氷運搬3日目。
俺はホルスたんと二人で大八車を牽引して樹海の入口へと立っている。
異原で見た異世界の獣道である魔物道も怖ろしさを感じたが、樹海の入口は魔物道の怖ろしさに不気味さの輪を掛けて不安の縄でくくった感じで大きな口を開けている。
俺は樹海へと踏み込む事を躊躇するが、若い冒険者達は気にせずに先頭を歩いて行く。
さすがは本職の冒険者だ。
俺とは違って勇気が溢れている。
やはり俺のようなビビりは街の中で平和に暮らすのが一番だな!
俺は周囲を警戒しながら樹海の中に入る。
樹海の中は道だけが整備されていた。
道は岩が削られ、砂利で埋められ、ほとんど平らな道へとなっている。
今までと同じく大型の大八車が3台並べる程度の広さがある道だ。
アスファルト舗装とまではいかないが、良く整備された道には驚くばかりだ。
だが一歩でも道を外せば、岩やら樹木やらで大八車は勿論、ヒトですら歩行するのが困難な荒地である。
樹木は空が見えない程成長しているが、下草はあまり生えていない。
その為、地面には岩が目立つ。
その岩の上に樹木が育っているのだ。
自然の生命力は凄いな。
樹海に入ると、前方に冒険者が集まっている分、シーリンさんは1人で後方を警戒する。
たすきおじさんは荷台の上で左右の安全を確認している。
大八車は左右から突然魔物に襲われる事を避ける為になるべく道の中央を進んだ。
冒険者はお互いで競うように時々現れるゾンビを駆逐していく。
俺は『ゾンビってヒト型ばかりでなくて、色々な動物がいるんだな』などと思っていた。
「おじさん。一口でゾンビと言っても色々な種類が居るのですね?」
「しっ!なるべく静かに進め。せっかく冒険者がはしゃぎまわってゾンビを集めてくれているのだ。俺達が騒いでどうする?」
「音に集まるのですか?」
俺は声量を下げて、たすきおじさんへと質問を続けた。
「さあな。どうやって生きている動物を認識しているかすら分からない事が多い。もしかしたら『音』に集まっているかも知れないってだけだ。」
「分かりました。注意します。」
『近くの生きている者に集まる』とか『音に集まる』とか、アンデットに関しては本当に確かな情報が無いのかも知れないな。
氷穴までは樹海に入ったら約1里(約4キロメートル)程だ。
今までの道を考えれば、たったの4キロだがその4キロが遠い。
前方では冒険者がゾンビを倒した後、バラバラにしてから樹海へと投げ返している。
これも小声で、たすきおじさんへと聞いてみた。
「どうしてゾンビをバラバラにして樹海へと投げ返しているのですか?」
「おれも冒険者じゃあないからな。正確な所を知っている訳じゃ無いぞ?」
「それでも良いから教えて下さい。」
「ゾンビはバラバラになったパーツを集めて復活するって噂なんだよ。」
「それは本当なのですか?」
「だから、本当の所はおれも知らないんだ。噂だよ。噂。」
そう言えば先程から……いや、樹海に入ってからホルスたんの声を聞かない。
いやいや、もっと前だ。
今朝起きて、樹海にはアンデットが魔物として出ると聞いた時からだな。
今までのようにぐいぐいと『あたいが牽引するんだ』と言う気合を感じない。
隣のホルスたんを確認すると、ぶつぶつと何かを一心不乱に呟いている。
俺はホルスたんの呟きに耳を傾けてみた。
「アンデットとお化けは違う……アンデットと幽霊は違う……アンデットは魔物……」
「ホルスたん?」
「ひっ!出たの?どこさ?冒険者が退治してくれてるよな?」
「安心して下さい。彼らが退治してくれていますよ。」
「脅かさないでよ。それにしても樹海ってのは気持ち悪いところだよ。」
「そうですね。本当に不気味です。今度は骨人間が現れたみたいですよ?」
「やめるのさ!あたいは見ないよ!」
「ゾンビよりは見た目は大分ましですよ?」
前方を歩く冒険者の前には『スケルトン』が現れている。
スケルトンは学校の理科室にある骸骨標本が武装している姿にしか見えない。
ホルスたんと俺が小声で話していると、後ろに居たシーリンさんが急いで前に、大八車の前に回ってきて戦闘態勢に入った。
「止まって下さい。」
その指示を聞いて、俺とホルスたんは大八車を止めた。
シーリンさんがたすきおじさんに状況を説明して指示を仰ぐ。
「まずいですね。わたしの予想ではあのスケルトンはかなりの強敵です。」
ゾンビと一緒でスケルトンもスケルトンで良いのか。
名前限定でアンデットは楽で良いな。
現代日本でやっていたゲームの知識がそのまま役に立つ。
「どういう事だ?」
「今までのアンデットとは武装が違い過ぎます。ほぼ完全に鎧を着た上、武器も盾も持っているのです。ゾンビとしての腐った肉が全て落ちるまで破壊されていない可能性があります。」
「そんな奴がいるのか?」
「分かりません。わたしもアンデットは詳しくないのです。ですが、用心に越した事はありません。幸い敵は一体だけです。冒険者は八人います。とりあえず様子を見ませんか?」
「そうする事にしよう。いざという時は頼む。」
「分かりました。」
鉄槌を持った一人の冒険者が面倒くさそうにスケルトンの頭を潰しにかかる。
冒険者は相手が攻撃をしてくる前に確実に頭を潰せると思ったのか、素人の俺が見ても無警戒で無造作に鉄槌を振りかぶり振り下ろした。
スケルトンは振り下ろした瞬間に一歩斜め前に踏み出した左足を中心にくるりと回転して、冒険者の大振りな攻撃を回避する。
そして、地面にまで鉄槌を振り下ろした動きに釣られて共に下がった冒険者の首へと右手に持った錆びた剣で斬りつける。
冒険者の形が「大」の字から、「X」へと変わる。
足りなくなった部分がゴロリと地面に転がると、冒険者の間から悲鳴が上がった。
「なんだよ!これ?」
「聞いてねえぞ!!」
「樹海に出るアンデットはのろまな雑魚じゃないのか?」
「こいつはやばいって!」
「一時撤退しようぜ!?」
「そうだな!俺達は第一小隊を呼んでくるから、それまでお前達が防いでろ!」
仲間をやられたと見える3人の冒険者達が逃げ出した。
残った4人の冒険者はスケルトンを包囲してはいるが、相手の間合いには入れていない。
道の真ん中で進路を塞ぐスケルトンをどうにかしないと大八車を牽引しながら氷穴に向かう事が出来ない。
俺は『どうにか出来ないものか?』と足りない頭で考える。
素人の俺が見ても今戦っている冒険者4人よりもスケルトンの方が強そうだ。
そんな事を考えていると、シーリンさんが突然俺の首へと冒険者の証を掛けた。
「わたしが抑えてきます。わたしにもあのスケルトンを倒す事は難しいかも知れませんが、大八車が通れるくらいの道は開きます。」
「私も手伝います!」
「足手纏いです。せめてわたしの攻撃が避けられるようになってから言って下さい。」
「ですがシーリンさんでも倒すのが難しいのですよね?」
「そうですよ。だからこそ足手纏いは要らないのですよ?」
「……分かりました……」
「ユークリット。後を頼みます。いざと言う時は冒険者としての覚悟を持ち行動しなさい。」
「イエス・マム!」
「いえすまむ。ふふっ。初めてあなたの言葉が頼もしいと思いましたよ。」
こんな時でもシーリンさんの笑顔は変わらない。
だけど彼女の雰囲気は、地獄の行軍中に木戸越しに見た、悲し気な笑顔と同じだった。
「冒険者達下がりなさい!あなた達は大八車を護って氷穴へと行きなさい。あのスケルトンはわたしが引き受けます!」
両手に小剣を携えて、シーリンさんがスケルトンへと突撃する。
それを見て(?)スケルトンが盾を彼女へ向けて構え、腰を落とした。
彼女がスケルトンまでの距離を飛ぶようなスピードで突進し両手の小剣で同時に突きを入れる。
スケルトンは盾を上手く使って、彼女の攻撃を防御する。
スケルトンが盾で防いだ後に錆びた剣で攻撃をしたが彼女の姿はそこには無かった。
盾で防がれた小剣を支点にしながら前宙返り、一瞬でスケルトンの裏に回っていた。
スケルトンは裏に回った彼女を追う為に反転、俺達大八車からは完全に目が離れた。
だが、その後はシーリンさんがスケルトンに追い込まれていく。
最初は道の中央で戦っていた二人だ。
しかしスケルトンがじりじりと前進してシーリンさんを追い詰めて行く。
少しずつ後退するシーリンさんは徐々に道の隅へと追い込まれていた。
違う!わざとだ!俺達の大八車を通す為のわざとシーリンさんは追い込まれている。
今なら反対側の隅を通って大八車を進める事が出来る!
俺は彼女に「先に行きます!ご武運を!」と声を掛けて思い切って大八車を進めた。
俺はホルスたんと協力して大八車を進める。
たすきおじさんは冒険者に前2人、後ろ2人となるように護衛を頼む。
先程のスケルトンに肝を潰したのか、冒険者は彼の言葉へ素直に従った。
シーリンさんの姿はもう見えない。
俺は彼女の無事を祈る事しか出来ない自分が悔しくて情けなかった。
「次の脇道で右だ。」
たすきおじさんの指示が飛ぶ。
俺とホルスたんは脇道へと大八車を方向転換した。
メインの通路から脇道へと入るとすぐに氷穴が見えてくる。
そこには拠点が設置されていて2小隊8人の冒険者が居た。。
たすきおじさんが、到着してすぐにシーリンさんへの救援を求める。
俺達の護衛してきた小隊と入れ替わりで、4人の冒険者がシーリンさんの元へと向かってくれた。
俺達は俺達の仕事を進める。
大八車は氷穴には入れない。
氷は自分の足で取りに行く事になる。
俺達と一緒に来た冒険者4人と協力して切り出された氷を大八車まで運ぶ事になった。
俺には自分の槍はともかくドカチーニさんから預かった大剣をこのまま大八車へと置いていく気にはなれなかった。
荷物にはなるが、背中に大剣を背負う。
こんな物を持つと自分が強くなった気になるから不思議だ。
俺とホルスたん、冒険者4人で切り出された氷を取りに行く。
切り出された氷は比較的入口近くにすでに運ばれているため、簡単な仕事ではある。
氷穴の中は明るかった。
ドカチーニの斡旋屋の地下の事もある。
異世界では考えても分からない事は素直に受け入れる事が大事だ。
だが足元が凍っている事もあり滑りやすい。
そして、どこまで落ちるか分からない縦穴も所々に開いていた。
こいつにだけは注意しよう。
現代日本でも『端部での後ろ向き作業』は最大の禁忌だ。
氷穴の中は下手をすると樹海の道よりも明るく感じる。
そして不気味さというよりも神秘的で美しい景色が広がっている。
今まで無口だったホルスたんが口を開くようになった。
「あたいは氷穴の中も不気味だと思っていたけど安心したよ。」
「足元も滑るし、縦穴も開いているのですから、気を抜かないで下さい。」
「大丈夫さ。そこまであたいはどじじゃないよ?あれ?」
ほとんど後ろを向いた状態でオレへ話し掛けていたホルスたんが足を滑らせて縦穴に落ちようとしている。
俺はとっさに彼女の腕を引っ張り、彼女が縦穴に落ちるのを防いだ。
俺は昔学生時代に習った『作用反作用』について思い出していた。
簡単に言うと、ホルスたんの代わりに俺が縦穴に落ちたのだ。




