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樹海往還計画(たすきおじさん視点)

 おれが「たすきおじさん」とあだ名で呼ばれるようになってから何年経ったか。

 本名で呼ばれた事なんてもう思い出せないほど昔だ。

 一番の恩人である友人ですら「たすきおじさん」と呼びやがる。


 おれが「たすきおじさん」になったのは左足を失ってから。

 足自体は付いているが、深い傷を負って以来動かなくなった。

 杖が無ければ動けないおれに出来る仕事はほとんど無かった。



 そんなおれにとんでもない依頼……いや拒否権が無い所で命令がやってきやがった。



 おれの足元で、幸せなのか苦しいのか良く分らない顔で『筋肉兄貴ユークリット』が『筋肉姉御ホルス』と『斡旋屋受付嬢シーリン』に囲まれて寝ていやがる。


 この野郎の今の姿を倉庫の連中や荷揚げ屋の連中に告げ口をすればどうなる事やら?

 おれはこの野郎が湾岸施設で喧嘩をしている所を見た事が無い。

 これだけ見事な身体強化魔法を常に維持する奴だ。

 周りもこの野郎に自分から手を出す事は避けているのかこの野郎の周りで喧嘩が起きない。

 だが、この姿を荷揚げ屋の連中に告げ口すれば否応なしに喧嘩に巻き込まれるだろうな。


 だから今回の事はおれの胸の内に仕舞っておいてやる。

 この野郎と筋肉姉御が銀色の月の満月の夜の次の日に荷揚げ屋の仕事をやりに来なかったら、おれには絶望しかなかったからな。

 そこだけは二人に感謝している。

 あの日『筋肉兄貴』と『筋肉姉御』が二人揃って倉庫整理をしてくれて良かった。

 おれは三人仲良く並んで寝ている若者達を羨ましく見ながら、出発の前日を少し思い出す。



………………



 銀色の月の満月の夜の次の日は冒険者達が高い銭を出して人足にんそくを雇うから、港湾施設では毎月人手不足になる。

 最近にしては珍しく、夕方まで船から倉庫までの荷物運びが行われたが、筋肉兄貴と筋肉姉御の二人が来ていなかったら夜になっても荷物が倉庫へ運び続けられていただろう。



 夕方になり、そろそろ船からの荷物が運び終わる頃。

 この倉庫を仕切る長年の友人が、貴族の使いを一人連れて、おれの所へとやってくる。

 貴族の使いは直接おれとはしゃべらない。

 友人がおれに頼むだけだ。

 おれは友人から頼まれた事に自分の耳を疑った。


 「明日の昼までに、人足三人、冒険者一人の編成で大八車を一台準備して欲しい」と。

 「不死山ふじさんの樹海まで氷を取りに行きたい」と。


 とんでもない無茶な願いだ。

 明日の昼までなどという短時間で遠征の用意が出来るか!

 だがこいつも長年の友人であり、おれの恩人だ。

 やれるだけはやってみよう。



 そこへと仲良く筋肉兄貴と筋肉姉御が重い荷物を二つ背負って倉庫へとやってきた。

 貴族の使いがおれの友人に耳打ちをする。

 そして俺の友人は強制的に二人を樹海まで遠征する人足として徴用した。

 二人の意志は全く確認しない。

 一方的な命令だ。


 おれは二人に「すまない」と謝るが「たすきおじさんの為なら一肌脱ぎますよ」「あんたが行くならあたいも行くよ。何故って?あたいが決めた!」と揃って快諾してくれた。

 冒険者として、斡旋屋受付嬢が加わり、すんなりと編成が出来たのは幸運としか思えない。



………………



 氷運搬三日目。

 不死山の高原の朝は幻想的だった。

 東の空が明るくなると共に、不死山も右の端から段々と明るくなる。

 素養があれば一句詠みたくなる、素晴らしい景色だが、おれにその素養がなかった。


 筋肉兄貴が一番に起きたようだ。

 おれへと挨拶をしてくる。

 こいつは倉庫の下っ端にも通路の子供達にも荷揚げ屋の連中にも挨拶を欠かさない野郎だ。

「おはようございます。」

「おはよう。倉庫に戻った時の良い土産話になりそうな夜だったな?」

「絶対やめて下さいよ!私が倉庫の裏でボロボロにされます!」


 おれと筋肉兄貴の会話を聞いて隣の2人も起き出したようだな。


「ふぁぁぁ。良く寝たよ。こんな野外でもぐっすり寝れたのはあんたのおかげさ。」

「おはようございます。夜の間に何事も起こらなくて良かったですね。」

「よし。朝食の準備で昨夜の事は内緒にしておいてやる。筋肉兄貴頼んだぞ。」

「たすきおじさん、どこに行くのですか?」

「おれ達を氷穴まで護衛してくれる冒険者の小隊との打ち合わせだよ。」

「それでは小隊をこちらに呼んで下さい。冒険者達とも一緒に朝ご飯を食べて少しでも打ち解けましょう。」

「それは良い考えだな。冒険者達に提案してみよう。」



 昨日の冒険者との会合は上手くいかなかった。

 一度、樹海の道と氷穴のアンデットを掃除したのならば『少しでも早く氷を取りに行くべきだ』とおれは思う。

 アンデットはどこからともなく湧いて来る。

 一夜過ぎる毎に、せっかく掃除したアンデットが再び湧いていても不思議ではない。


 後ろに居る三台の大八車を待つ案も出たが「狼にやられている可能性がある」と言う事で、それは何とか却下出来た。


 折衷案としての今朝からの出発だ。

 俺としては昨日出発しても急げば陽が落ちる前にこの拠点へ帰ってこれたと思っている。

 だが万が一にと冒険者が譲ろうとしなかった。


 今回の氷運搬に動員された冒険者の小隊は全部で八小隊。

 この拠点に冒険者の小隊は五小隊いた。

 一小隊につき、四人の編成だ。

 残りの小隊は氷穴に二小隊、水路の始まりの集落に一小隊いると言う。


 第二、第三小隊は狼の群れが出た森へと向かい昨日出発している。

 第一小隊はこの拠点を護りや連絡指示を行う為、自然と第四、第五小隊がおれ達の護衛となった。

 二つの小隊が護衛についたのは、おれ達が氷穴から帰って来るまでに後続の大八車はここに到着しないとの判断からだ。


 第四、第五小隊はどちらも若い冒険者達だ。

 まだまだ経験も浅く、血気は盛んだろう。

 果たしておれの言う事を聞いてくれるか?



 おれは彼らに「親睦を深める為に朝食を共にしよう」と誘う。

 だが若い冒険者達が俺達と朝食を共にする事は無かった。

 彼らが言うには「後腐れ無く行こう」だそうだ。

 後はもう『彼らは彼らの仕事をしてくれる事』を祈るだけだな。



 三人の元へ帰ると、保存食なので大したものでは無いが八人分の食事が並べられていた。

 こいつらには悪い事をしたな。

 幸いなのは用意された食材が八人分で良かった事だな。

 護衛は一小隊だけと思っていたのが、二小隊になった事も嬉しい誤算だ。

 だが、あまり冒険者の事は信用しないように言っておかないとなるまい。


「せっかく用意してくれたのに悪いな。彼らは彼らで朝食を取るそうだ。」

「それでは仕方ありませんね。食べるだけ食べたら行動食にしましょう。」

「それとな。あまり冒険者を信用しない方が良さそうだ。」

「あたいは最初から期待はしていないさ。」

「おじさんが言うなら、私も気を付けます。」

「護るべき対象が減ったので、わたしは楽になりますね。」


 八人分用意した朝飯は結局、筋肉姉弟が全てたいらげた。

 年齢的には筋肉兄貴の方が上だろうが、どうにも野郎からは『弟』の印象が拭えない。

 それにしても頼もしい連中が、今回の運搬に参加してくれて良かった。


 おれは冒険者が斡旋屋の親父から受付嬢へと代わった時は『大丈夫なのか?』と疑った。

 だが彼女も普段受付嬢なんてものをさせておくのが間違いなくらいの『超一流冒険者』だ。


 決めた。


 斡旋屋受付嬢と相談をして、あの若い冒険者達が役に立たなかった時の計画を立てよう。

 おれは筋肉姉弟達に出発の準備を任せると、少し二人から離れた場所で、受付嬢から冒険者としての立場から輸送計画の助言を受ける事にした。



「受付嬢。もしもの時の事を話し合いたい。」

「そうですね。わたしも必要と感じています。彼らは我々を護衛対象として見ていません。」

「やはり、そう見えるか?」

「金銀の出所はわたし達ではありませんから。彼らは魔物が倒せれば良いのでしょう。」

「お前さんならどうする?」

「彼らは盾であり囮ですね。戦いたいのなら勝手に戦わせて『物』として扱いましょう。」


 非人道的とも言える事を笑顔で言いやがる。


「問題はむしろ相手ですね。彼らでは対処出来ない魔物が出てきた時です。」

「居ると思うか?」

「わたしは居ると考えて計画は立てるべきだと思います。」


 人当たりの良い魅力的な笑顔で騙されそうだが、やはり考え方も真っ当な冒険者だ。


「おれは荷物を運ぶ事を優先させたい。だが若い冒険者達がおれの指示に従うとは思えん。」

「そうですね。彼らがわたし達の護衛を優先させて盾となり同行する限りは支援します。」

「ついて来ない時にはどうする気だ?」

「囮として頑張ってもらいましょう。予備戦力としてユークリットがいます。ホルスさんには大変な思いをさせますが、彼女に一人で氷を載せた重い大八車を牽引してもらいましょう。」


 筋肉兄貴は港湾施設の名物である喧嘩から逃げ回っている『臆病者』としても有名だぞ?

 野郎で大丈夫なのか?

 おれの不安な気持ちを見破ったように、笑顔で受付嬢が答える。


「ユークリットは臆病者ですが、自分の仕事は完遂するヒトですよ?そこは信用出来ます。」

「はははっ。そこにはおれも異論は無いな。いざと言う時は『おれ達四人で樹海を抜ける』で良いな?」

「いえ、違います。いざと言う時は、あなたとホルスさんで樹海を抜けてもらいます。」

「どういう事だ?」

「相手との相性で代わるかも知れませんが、いざと言う時はわたしかユークリットが囮となります。水路までの氷運搬の護衛まで考えると、まずはユークリットを囮にしましょう。」


 仲間を囮に使う事を、今までと全く変わらない笑顔で斡旋屋受付嬢は平気で提案する。

 こいつの事は心の中では『鉄壁笑顔』と呼んでやりたいくらいだ。

 氷を無事輸送するには最良かも知れないが、ヒトとしての温かみを感じない計画だ。


「あんたは筋肉兄貴を心配していないのか?」

「彼は闘争よりも逃走を選ぶ臆病者ですから。戦いを最小限にして必ず生き延びますよ。」


 上手い事を言いやがるが鉄壁笑顔だな。

 全く筋肉兄貴を心配していない。

 それともそれだけ野郎を信用しているのか?


「よし。話は終わりだな。二人がはぐれた時は、おれと筋肉姉御は昼の間だけの移動になる。生きて樹海を抜けた時は出来るだけ早く合流してくれ。氷を舟へ届けた後は三日だけ待つ。」

「そうですね。それでいきましょう。ユークリットには囮にする事は言わないでください。」

「何故だ?」

「ユークリットなら、勝手に自分で最善を判断して、勝手に自分で囮を買いますよ?」

「いや。だから何故『囮にする事』を伝えないんだ?」

「真面目な臆病者が自分から囮を買った時が、わたし達の本当に危険な時だからですよ。」


 最後まで笑顔を崩す事なく辛辣な事も平気で言う女だ。

 こういう奴は怒らせなくても平時から怖い。

 だが筋肉姉弟と同じく自分の仕事に真面目で信用は出来そうだ。

 大八車を二人で牽引しながらが、筋肉姉弟がおれ達を呼んでいる。

 出発の準備が整ったようだ。




 樹海の入口で若い冒険者八人と合流したおれ達は氷穴へ向かって樹海に侵入した。

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