両腕に華
その夜、俺がベスとアンが待つ自室へと帰る事は無かった。
明日の出発に備えて徹夜で準備をしている。
たすきおじさんに聞けば「船の上ではやる事が無いから、そこで寝る予定」なのだそうだ。
俺達が港の倉庫で用意したのは2人並んで牽引出来る大型の大八車。
馬車との違いはヒトが牽引しているか、馬が牽引しているかの違いだけしか無いような、普通よりかなり大きい大八車だ。
初めて異世界の第八車を見た俺は、その出来の良さに驚いた。
車輪は流石にゴムでは無いが基本木製で地面と接地する部分に凹型で鉄で補強がしてある。
車軸と車軸を受ける部分にも鉄で補強がされていて、摩耗防止と車輪を回しやすくする為だと思うがグリスのような物が塗られていて、自分が想像していた以上に車輪が良く回る。
それを斡旋屋まで一度、牽引して、残りの準備を正面玄関の奥、裏庭に続く海沿いの通路の前にあたる道端で用意を始めた。
この大八車へと少しでも氷が溶けないように直射日光を避ける為に被せる白い毛布(寝る時の防寒用と兼用)と4人分の食料と水を2週間分積み込む。
食料は斡旋屋の地下に貯蔵されている保存食から用意した。
俺は『この大八車はヒトよりも馬で牽引した方が楽では無いのか?』と疑問に思い、たすきおじさんへと尋ねてみる。
すると「馬を使わないのは城壁の外ではヒトの方が確実に運べるから」と教えられた。
馬は元来臆病で余程訓練された馬でないと、城壁の外では使えないとの事だ。
俺が自分の装備を確認する為に道端へと座り込んでしていると、既に冒険者としての装備を整えたシーリンさんが話掛けてきた。
彼女の装備は、武器は愛用の小剣を後ろ腰に2本交差させて差している。
防具は頭に鉢金、前面だけの革製の胸当て、革製の手甲、腿まである特製足袋型革のブーツ、盾兼用の肩当て。
そして最大の特徴の股下ギリギリの黒の貫頭衣はそのままだ。
下を履いているのか履いていないのかは観測するまで確定しない事までいつもと同じだ。
ただ今回は追加装備に、たすき掛けに掛けた革ベルトへと投げナイフが6本差してある。
投げナイフと言ってもほとんど平たく細い金属の棒だ。
平たく刃の付いた棒手裏剣と言った方が正しいかも知れない。
バーベキューで使う金属製の大きな串を平たく太くして短くした感じとも言えるか?
立っているシーリンさん。
座っている俺。
どうしても見上げる形になる。
そうなると俺の視線は観測すべき場所へと自然と誘導されるのだが……
シーリンさんの笑顔が剣呑としてきた様子なので俺は慌てて自分の装備へと視線を落とす。
「今回、あなたは『荷揚げ屋』として仕事に行くので、冒険者としての装備は最低限でお願いします。冒険者の証も必要になるまでは、わたしが預かって置きましょう。いざと言う時まではただの『荷揚げ屋』として行動して下さい。」
「何故ですか?」
「それをあなたが聞きますか?もう一度わたしと立ち合いますか?」
「遠慮します。」
「正直言えば、槍を投げないあなたは冒険者としては足手まといです。」
「はい。痛感しております。」
「装備は、槍一本と小刀だけでお願いします。間違えても館長から頂いた左腕鎧だけは装備して行かないように。本当に『いざ』と言う時までは『荷揚げ屋』を装っていて下さい。」
「分かりました。言われた通りにします。」
「あなたの素直な所は好きですよ?この木箱も大八車へと積んでおいて下さい。」
ユークリット勘違いするなよ?
彼女が言ったのは「素直にわたしの言う事を聞く」のが好きなのであって、俺本体が好きな訳じゃないからな!
良い気になったら『どうなるか』今までの事を思い出して心に刻め!
これは「素直に木箱を大八車へと積んでおけ」って事だからな。
彼女に指定された木箱は見た目よりも非常に重かった。
中には何か金属がびっしり詰められているのだろう。
「出来るだけ私の出番が来ないようにお願いします。」
「はい。そうならないようにわたしも微力を尽くしましょう。」
「ユークリット。万が一の出番の為に、俺が昔使っていた装備を貸そう。」
何時から居て、どこからどこまで聞いていたのか分からないが、斡旋屋の正面扉が開き、巨大な剣を持ったドカチーニさんが現れる。
ぱっと扉の影へと隠れたようだが、ふわふわの金髪がはみ出しているぞ、アン。
普段、彼が冒険で使っている剣よりも更に一回り大きな完全に両手持ちの剣だ。
「樹海に氷を取りに行くのなら必ずこの剣が必要となる。」
「私は剣なんて使った事ありませんよ?」
「大丈夫だ。ほとんど木人形を相手にしているのと変わらん。ちょっと相手が動いて攻撃を仕掛けてくるだけの違いだ。」
「それは本当に変わりませんか!?私に取っては攻撃される事は重大な違いですけど?」
「万が一の装備だ。御守り代わりに持っていくだけ持っていけ。」
「分かりました。私は万が一の出番が無い事を祈ります。シーリンさんよろしいですか?」
「館長のご厚意です。ありがたく借り受けて下さい。」
シーリンさんの許可を得て、ドカチーニさんから受け取った『両手持ちの剣』は、実戦で使えるのか怪しいほどの重さがあった。
「それと、フィーナが衛兵用の防具を三人分貸してくれた。防具が何もないよりはましだ。」
「ありがとうございます。フィーナさんにもお礼を言っておいて下さい。」
「気を付けて行ってこい。涼しくなったら、今度は俺達が使う氷を取りに行く場所だ。今回の事は現地下見と思って、きちんと経験を積んでこい。」
ん?『今度取りに行く?』?
「私も数に入っているですか?」
「入っていないとでも思っているのか?」
「それでは、斡旋屋で氷を取りに行く時までに、うちの娘2人を説得しておいて下さいね?」
隠れたアンを見ながら俺が言うと、ドカチーニさんもアンの方を見ながら答えを返す。
「そいつはなかなか手強い依頼だな。2人の事は俺とフィーナできちんと面倒を見るから、お前はシーリンの事をしっかり護ってくれよ?」
「私が護られる側だと思いますが、微力を尽くします。私の留守中ベスとアンを頼みます。」
「それは任せておけ。俺とフィーナで娘が二人増えたつもりで面倒を見るからな。」
「ベスとアンは俺の娘達ですからね!」
本人は隠れているつもりだろうが、ふわふわの金髪が揺れている。
アンは首を縦に振っているのか横に振っているのか……俺は縦に振っていると断定した。
そんなやり取りもあり、俺の装備は、ドカチーニさんから借りた巨大な剣と自分の槍1本を大八車の隅に載せ、自分はベルトポーチの後ろに差した小刀1本。
防具は、普段着の白い貫頭衣と草鞋。
フィーナさんから借りた衛兵用の薄い革の前掛け、はっきり言えば革製のエプロンだな。
非常に不安になる装備だが、俺は戦力として扱われる方が嫌なのでこれで良い。
後は大型の背嚢に食料や医薬品を詰め込み、ベルトポーチの周りに水袋を5つぶら下げた。
俺の姿を見た、たすきおじさんに「背嚢と水袋は大八車へと積んでおけ」と言われた。
背嚢と水袋を外して大八車の隅へと置いた。
ホルスたんもたすきおじさんも武器とベルトポーチ以外は俺と全く同じ装備だ。
ホルスたんは嫌がったが一応彼女の分も槍は大八車へ積んだし、たすきおじさんには杖として使うには不便となるが杖替わりとして持ってもらう事にした。
どちらも俺が細工をした投げ槍仕様の槍だ。
たすきおじさんからは「すべり止めの縄が杖として持つのに丁度良い」と言われた。
言うまでも無く、2人にもフィーナさんから借りた革製の前掛けも装備してもらった。
最後に必要物資の再確認をして港湾施設に泊まっている帆船へと移動を開始する。
青い瞳が斡旋屋の正面玄関のわずかに開いた隙間から、まだ覗いているのを発見した。
彼女の後ろには大きな人影も見える。
なんだかんだと言ってドカチーニさんは本当に面倒見が良い。
俺は最後まで徹夜をしたアンに溜息をつきながら、彼女へと出発の挨拶を告げる。
「アン。行ってくる。ベスの事を頼むな。」
コクンとアンがうなずいたのを確認した俺は、実在しない後ろ髪を引かれながら出発した。
湾岸施設の波止場へ着く頃には東の空が明るくなってきた。
そろそろ日の出となるだろう。
普段俺が荷揚げをしている波止場とは違う所へ泊まっている一隻の帆船に大八車を載せる。
甲板の上に、大きな大八車を4台も載せる事が出来る、この異世界では中々大きな帆船だ。
俺達の大八車が一番に到着したらしく一番奥へと止められた。
たすきおじさんが「おれが見張りをするからお前達は少しでも寝ておけ」と言ってくれたので若い3人はまとまって寝る事にした。
3人一緒で寝るにあたり、ホルスたんも、驚く事にシーリンさんまでが、俺の腕に自分の腕を絡ませて寝ようとしている。
意味が分からない。
だが現実に2人は俺の腕を取って、眠りに入っている。
あれ?俺は起きたまま夢でも見ているのだろうか?
異世界に来てから、こんなに良い思いをした事の記憶が無い。
ベスとアンを腕枕した?
あれはお父さん的な幸せです。
男としての幸せとは少し違います。
いつものように結論から言おう。
俺は一睡もしなかった。
こんな幸せな時間は1秒だって無駄にしたくない!
隣の2人はしっかり寝ているようだ……多分。
薄手とは言え鎧の上からでも自己主張してくる右腕側の膨らみと、鎧が無くても自己主張が出来そうにも無い左腕側の膨らみ。
どちらの膨らみも、俺が良い気になって肘で『ツンツン』しようものなら『ボコボコ』にされる運命が待っているだろう。
俺は身動ぎ一つ出来ないでいた。
船のマストへ羽を休める海鳥の数をひたすら数えて煩悩を抑えた。
ホルスたんが身動ぎして肘へと柔らかい感触が増すのは俺の仕業では無いぞ。
肘を使ってポヨンポヨンと遊びたくなる気持ちが心の奥底から強く湧き上がってくる。
これは罠だ。
絶対に誘惑に誘われるなユークリット!
俺は自分へ言い聞かせる。
新たに大八車を積み込んで来る男達の視線が猛烈に俺へと刺さって心が痛かった。
4台の大八車は午前中に積み終わり、昼出発予定だった帆船は予定を早めての出航となる。
出航時には、隣の2人も起きる。
俺はもう少し、そのまま居たかったような、早く開放されたかったような、複雑な気分だ。
出航する時になにやら空へと向かって祈りを捧げている人物が居る。
港で働いて詳しいと思われるホルスたんに聞いてみた。
「ホルスたん。あのヒトは何をやっているのですか?」
「ああ、あれは風乞いの儀式だよ。船が動くのに良い風が吹くように祈るのさ。」
「あのヒトが祈った途端に風が吹き始めました。もしかしたら精霊に頼み事が出来るヒトかも知れませんね。」
「お偉いヒトの依頼のようだし精霊使いが乗っていても不思議じゃないな。船旅は思った以上に快適かも知れんぞ?」
いつの間にか4人が1ヶ所へと集まっての話になっていた。
即席だけど案外上手くやれそうなパーティーだ。
リーダーのたすきおじさんは体に不自由な所もあるが、頭が良く決断も早くて頼りになる。
異世界初の遠征にも俺は少し安心して出港出来た。
帆船が風を捉えて海の上を行く。
シーミズの港が遠くなる。
ドカチーニの斡旋屋は周囲の建物に比べると1つだけ目立って巨大だ。
遠くなったからこそ、大きさで良く分る。
俺は心の中で、もう一度、ベスとアンに「いってきます」と挨拶をした。
異世界初の海の旅に俺の心が少し躍る。
出航して間もなくすると、各大八車の責任者へと周辺地図が渡された。
今回の『氷運搬』の総責任者と思われる下級貴族らしい人物から、簡単な説明がされる。
「今回、お前達には『氷運搬』の栄誉を授ける。タゴノウラ港より陸路にて十三里ほど行った氷穴より氷を指定の場所まで運ぶのがお前たちの役目だ。氷運搬にはタゴノウラ港より伸びる水路を使う為、そちらへと今日より数えて七日目の真昼までに届けよ。そこで先程配った地図と交換に割符を渡す。後はシーミズの港町まで自力で帰ってこい。割符と交換で今回の褒美を取らせる。褒美は早く氷を届けた者ほど多く与える。以上だ。質問はあるか?」
他の大八車の親方から質問が飛ぶ。
「褒美の差はどのくらいあるのだ?」
「最初に着いた者と最後に着いた者とでは二倍ほど違うと思え。他には?」
「今は夏だぜ?道の整備は出来ているのか?氷穴は樹海の中だろ?この時期は樹木が茂っていたり、魔物が溢れていたり、色々あってヒトが通るような道じゃないぜ?」
「そこは心配無い。冒険者共を八小隊三十二名先発させて道を切り開いている。めぼしい魔物も駆逐しているはずだ。他には?」
「氷の切り出しは?」
「それも冒険者が済ませてある手筈だ。」
「七日目の真昼に間に合わなかった時はどうなるんだ?」
「聞くまでも無かろう。依頼は失敗となり割符は無しだ。」
これには各大八車の責任者から文句が出るが下級貴族の総責任者は全く動じない。
それどころか、更に厳しい事を告げてきた。
「自力でシーミズの港町まで割符を持って戻れない者にも褒美を払う気は無い。帰還は次の満月の前日まで待ってやる。ありがたく思え。」
総責任者の言葉を聞くだけだと正直言って、ありがたい事など1つも無い。
『良かった探し』をするならば、冒険者が先行して道と氷を切り開いてくれている事だ。
たすきおじさんが総責任者の言葉を聞いても平然としていた。
俺は彼を信用して自分で考えても分からない事は考える事を放棄した。
異世界に現代日本の常識は通用しない。
考えるだけ無駄な事が多すぎる。
だから俺は考えない。
異世界で初めての船旅は快適だった。
船酔いする前に徹夜の眠気で寝てしまい、海の上を楽しむ事もほとんど無くタゴノウラ港へと着いた。
船旅を楽しめなかったのは残念だが、何事も無く目的地へ着いた事を喜ぶ事にしよう。
左腕の金属鎧を付けていない分はマシだが、足の付かない場所での海水浴は断固拒否する。
ましてや遠泳など現代日本の水着を着ていたとしても俺の苦手分野の一つだ。
服は一枚しか服を着ていないのだ、海に落ちた時は、全裸で泳ぐ事は辞さなかったと思う。
そこまで覚悟しても遠泳になれば俺は溺れていた自信がある。
現在の太陽の位置は西に30度傾いている位。
聞いていたよりも早くタゴノウラ港に着いた印象だ。
寄港すると遅く来た大八車から順に降ろされる。
全ての大八車が降ろされてからの出発では無く、各々が我先にと出発していた。
一番最初に来た自分達が莫迦みたいだったが、ここは仕方が無い。
俺としては輸送隊全体でまとまって行動したかったが、氷を届けた順番で報酬が変わるのであれば輸送隊がまとまる訳が無い。
他の輸送隊のヒト達は若造でただの荷揚げ屋の俺が何を言っても聞いてはくれないだろう。
不死山周辺では、月の門が1つも無いそうだ。
それが霊峰と呼ばれる所以の1つとなっている。
ただし、その分だけ、この山特有の魔族や魔物が強い。
この異世界、結局、どこに行っても強い魔族や魔物からは逃げきれないようだ。
いつも私の拙い妄想を読んで下さりありがとうございます。
本日毎日更新100日を無事迎える事が出来ました。
2018/11/25に総合PV15000、ユニークアクセス3000を越える事も出来ました。
100で割ると、一日30人の読者様が5回アクセスしてくれた計算です。
私も妄想に一日30人もの人が付き合って下さっている。
この幸せを噛みしめて、平日もこの数字を上回るように、魅力ある作品を作れるように努力をしていきたいと思います。
いつもと同じ挨拶にはなりますが、
最新話まで読んだ後感想まで下さった読者様、
ブックマークをしてまでお読み下さる読者様、
毎日更新する度にアクセスして下さる読者様、
余暇が出来た時に一気読みして下さる読者様、
タイトルとあらすじに釣られて試し読みされる方、
全てのアクセスして下さる皆様に『やる気』燃料をいただいての毎日更新です。
皆様の日頃よりのアクセスを本当に感謝しております。
色々と足りない未熟者ですが、今後も末永くお付き合いを頂ければ幸いです。
2018/11/27 何遊亭万年




