銀の月満月の夜
「カーン。カーン。カーン」
リズム良く金属同士が打ち鳴らす音で目を覚ます。
音の正体は隣でドカチーニさんがテントのペグを打つ音だった。
「おっ。気が付いたか? 親玉を余裕で片付けた男が、手下相手に笑える戦いだったぞ」
愉快愉快とでも言うようにドカチーニさんが笑う。
「気を失ってしまいましてすみません。他の2人はどうしていますか?」
ドカチーニさんが手のひらで俺の言葉をさえぎり答える。
「お前は初陣なんだ。そんなに気にするな。二人の事だが、シーリンには辺りを警戒してもらっている。走り蜥蜴にも縄張りがあってな、一つの林に群れは一つが基本だ。親玉を倒したら手下は逃げていく。しかし今日は満月の夜だ。一応警戒している。ベルガーは走り蜥蜴の解体だ。皮は加工すれば高級な革鎧の素材となるし、肉は焼けば魚より格段に美味いぞ。俺達三人は現役引退して満月だけの冒険者だが、この肉を腹いっぱい食べるのが楽しみの一つだ」
いつもの親指が指す方には周りを囲むように肉が刺してある焚火があった。
「これで任務終了ですね? 今日は朝までここでキャンプですね?」
「きゃんぷ? の意味は分からないが、ここを拠点として今夜は行動する。俺達の戦いはこれからだ」
「何を打ち切り漫画の最終回のような事を言っているのですか? 親玉倒したじゃないですか? 今日は終わりですよね? そうですよね!」
魔物恐い。
俺無双も異世界無双も要らない。
早く港町へと帰りたい。
「そうか。お前は記憶を無くしているんだったよな。時々、意味が分からない言葉も出てくるし街によっては満月の夜の攻略条件が違うかも知れないがはっきり言う。走り蜥蜴は満月の夜でなくても普通にいる魔物だ。この街では攻略対象には入っていない。普段だったら冒険者として十分な活躍と収入なんだがな」
先程の走り蜥蜴よりも強敵を相手にもう一戦やるらしい。
「接近戦は手下相手でも二度としませんからね! 投げた槍を拾ってきます」
「それはやめておけ。お前が一人で走り蜥蜴に遭遇したら勝てそうにない」
「それなら手伝います。ハンマー貸してください。」
「はんまぁ? この鎚の事か? 助かる。俺は肉の面倒を見てくるな」
テントなら何度かアウトドアで建てた事があったので俺でも出来る……と思った事に再びの後悔をしていた。
日本のテントは素人に優しかった。
まったく建て方が分からなかった俺は、テントが自分一人では建てられない事を謝罪し、肉を焼く仕事と代わってもらった。
肉を美味しく育てながら考える。
恐竜らしい魔物の肉なんて食べられるのか?
食べた事ないから少し怖いな。
だが良い匂いだ。
そうじゃない。
肉も大事だが今はもっと大事な事を考えないと。
あの槍の威力、ベスとアンの魔力のおかげだよな?
気絶する前までは確かに感じられていたけど今は2人の魔力を感じない。
正しい戦力分析が出来なければ戦略も立てられないよな?
これは必ず皆に報告しないといけないな。
あの槍の威力を期待されたらまずい。一度、本来の俺の力を見てもらおう。
後は多分カタカナが通じない。
外来語っぽいカタカナの日本語が通じない。
これは気をつけて話さないといけないな。
テントやペグすらカタカナ使わないと名前が出てこない。
そうすると名前はなんでカタカナなんだ?
謎だな。
後で聞いてみるか。
テントの準備や走り蜥蜴の解体が終わると夕飯という事になった。
皆が集まったところで俺は夕飯の前に本来の自分の実力を見せる事にした。
一番太い木に向かって先程と同じ30メートルの距離を投げた。
感じていた通り、ベスとアンの魔力は切れ、自分が想像通りした槍の威力になっていた。
「うむ。十分。良い威力だ」
ベルガーさんが言う。
「そうですね。衛士様の投げ槍なんかより余程威力があります。戦力としては十分です」
笑顔のシーリンさんも不満は無さそうだ。
「ちょいと戦略を変えないといけなくなったがな。何、心配するな。楽々勝てると思っていたが、無理な接近戦をしなくても勝てると思うくらいに楽になっているのは確かだ。初陣の戦力としては上等すぎるぞ」
ドカチーニさんも全く気にした感じではない。
「私は本当に役に立てるのでしょうか?」
3人は笑いながら「十分役に立つ。むしろお前の活躍が決め手だ」と言ってくれた。
少し嬉しい。
「食事をしながら、今後の作戦を決めよう。まず、ユークリット。走り蜥蜴に使った槍の威力は一日一回限定の魔法か何かか?魔力を補充すれば、この先の戦いで使用可能か?」
「いえ。私の力で無いことは確かです。はっきりとした事は分かりませんが、ベスとアンの魔力のおかげです。私個人の力は先程見せた威力です」
「あの二人にそんな力があったのですね。今度わたしも分けてもらいましょう」
少しシーリンさんの笑顔が悪人顔に見える。
揺らめく炎がつくる陰影のせいだよね?
「そうだな。もしベスとアンの魔力が特別なものなら調べないと不味いぞ。帰ったらすぐに検証する必要がある。秘匿しないと不味い威力の魔法だ。下手に知れ渡ったら二人が権力者にさらわれる危険があるぞ」
「あの二人はおれ達で守る」
ベルガーさんが言うと不思議な安心感があるな。
さすが港町の熊さん。
それにしても恐竜っぽい魔物の肉は鶏肉に似ている。
筋とか張っていて肉は堅いが味は鶏肉よりも味に深みがある。
正直、俺は鶏肉よりもこっちの方が好きだ。
次焼くときには影包丁を入れよう。
その方が美味しく育てる事が出来そうだ。
「よし。はっきりと分からない事は後に回そう。いつもとやり方は変えない。単独の首長蜥蜴を狙う。シーリンが暗視と望遠の魔法で発見次第、匍匐前進で草むらに隠れて移動。予想進路に俺が攻撃位置の目印を立てる。担当は俺が頭でベルガーが尻尾だ。シーリンは周囲の警戒とユークリットの護衛。ユークリットは槍を投げて胴体を狙え。お前が攻撃の主力だ。間違っても俺とベルガーには当てるなよ?ユークリットは初陣で分からない事だらけだろうが、自分で考えて最善を尽くせ。出来ない事は俺達に任せろ。最優先事項は自分達の命。いざとなったら一両を領主にくれてやる。以上だ。疑問、質問、反論は無いか?」
「はい。」
三人の声が揃い、種火というものを残して火の後始末をして本番の狩りへと向かう。
種火が残っていれば次に火をつけるのが楽という事だ。
異世界無双の力は失ったが「お前が攻撃の主力」と言われた事に高揚感を得ていた。
林の際で待つこと2時間……俺の時間感覚は当てにならないから実際の時間は分からないが満月の夜は先日桶を洗い続けた夜よりも更に明るかった。
暗闇に目が慣れたとしても薄暗い曇天の昼間程度には明るく感じる。
今までは高揚感から気付かなかったのかも知れないが素肌が直接出ている部分は草や小枝で切ったのか小さい傷が無数に出来ていてズキズキと少し痛む。
蚊にだって何か所も刺されている。
蚊なんて可愛い方だ。ぬかるみには蛭が居ていつの間にか足にひっついている。
次の満月が来る前に必ずブーツを買うと心に決めた。
首長蜥蜴も満月の夜以外でも出現する一般的な魔物との事だ。
ただ満月以外では、大きすぎる身体が災いして動きが鈍い。
冒険者にとっては走り蜥蜴の親玉の方が討伐するのには厄介になるくらいだそうだ。
これが満月になると力の序列が逆転する。
重く動きが鈍かった首長蜥蜴は城壁を破壊するほどの質量と言う力を持った凶悪な魔物へと変貌する。
街を守る衛兵達や衛士にとっては走り蜥蜴の親玉程度では比較にならない強敵となる。
そのため満月の夜の攻略対象となっているのである。
幸い攻略対象の中では雑魚の部類だそうだ。
シーリンさんが単独の首長蜥蜴を発見する。
指差す方向をよく見ると遥か彼方に確かに動くものが俺にも見える気がする。
こちらに向かっているようなのでこのまま待機となる。
運動後のように心臓の音がはっきりと自己主張をしている。
心臓が早鐘を打っている。
時間の進みがおかしく感じる。
つまり緊張している。
運が良いのか悪いのか首長蜥蜴は順調にこちらに向かってきている。
簡単な打ち合わせの後、各自が首長蜥蜴討伐の準備を始めた。
ドカチーニさんが下草よりは背が高いがそれほど目立たない小枝を目印に立てる。
シーリンさんは首長蜥蜴の動向を見守り、ベルガーさんは周囲を警戒している。
俺は、目印に向かって槍を投げやすくする為、下草を刈ったり、つまづきそうな石をどける等の準備をした。
1歩毎に「ドシン」「ドシン」と足音が響く頃には俺にも首長蜥蜴の全容がはっきり見えるようになった。
フクイティタンだ!
色は象と同じ感じの色だが、背中と言うか体の上面には苔が生えている。
これも日本で発表したいものだ。
簡単に姿を説明すると4本足で歩く首と尻尾が長い恐竜だ。
体長は確実に10メートル以上ある。
疑問が出来たので小声でシーリンさんに確認する。
「あれ、草食ですよね?」
「何を言っているのですか? 普通に肉食ですよ。尻尾で張り倒されて、脚で踏みつけられて、鋭い歯で頭から骨ごと食べられてしまいます。絶対近づかないで下さいね。わたしの仕事を増やしたら嫌ですよ?」
とても冷たい感じのする笑顔です。
銀色の月の光の加減ですよね?
あと魔物は本物の恐竜という訳では無いようですね。
「作戦開始だ。みんな頼むぞ。目印付近で俺が首長蜥蜴の前に立ち上がった所でユークリットは槍を投げ始めてくれ」
そう言うとドカチーニさんとベルガーさんは匍匐前進であらかじめ用意しておいた目印へと向かっていった。
槍の数は残り12本。
全ての縄を切り、大地に1本ずつ突き刺して準備をする。
助走は10メートルとして、俺も匍匐前進をしながら目印へと向かって足元を最終確認していった。
つまづきそうな石とかは排除してある。
ぬかるみも許容範囲内だ。
草は最初が60センチ幅で根本から刈り取ってある。
目印に向かって広がる扇型にはしたが、あまり角度は取れていない。
10メートル先で約2メートル開いた扇だ。
三角関数を使えば角度は出せるだろうが、そんな計算をするほど余裕は無いし必要も無い。
それよりも自慢になるかならないか関数電卓が無ければ俺にはとても計算できない。
教科書の後ろに載っている数字を全て覚える事なんて俺には出来ない。
それでも扇の角度が30度無い事だけは確かだ。
槍を投げる為の最終確認を終えてシーリンさんの元へと戻る。
不安は一杯だが、自分に思いつく限りの準備は出来たと思う。
首長蜥蜴が目印へと近づいたと思った時、ドカチーニさんが雄叫びを上げて下草の中から立ち上がった。
突然で驚いたのか。
首長蜥蜴も2本の後ろ脚で立ち上がりドカチーニさんを威嚇する。
でかい。
多少離れている俺でも凄い威圧感を感じる。
真正面に立ちはだかるドカチーニさんにまじリスペクト。
打ち合わせ通り最初の槍を投げる準備に入る。
狙いは立ち上がり重心が乗っている右後ろ脚付近。
ここなら避ける事は出来ないはずだ。
助走を決めて思い切り投げた。
槍は右後ろ脚の付け根に命中。
思ったより深く刺さったのは偶然にも骨を避けて筋肉の間を通ったのだろう。
槍が刺さると同時に首長蜥蜴が立ち上がる事によって下がった尻尾へとベルガーさんが鉄の爪で攻撃を仕掛けていた。
尻尾の先端に3本線の傷が入る。
この攻撃で少しでも動きが鈍れば幸いだ。
2投目の準備に掛かる。
槍を持ったら投げるタイミングをはかる。
今まで2回投げて気が付いたが、助走には競技の時よりも気に掛けないといけない事がとても多い。
感覚的には投げる事より助走でつまづかない事へと気を使った方が良い。
その位でないとまともに投げられそうにない。
首長蜥蜴は前脚を再び大地に降ろし尻尾を大きく左右に振りながら後ろのベルガーさんを威嚇。
ドカチーニさんに狙いを絞って鋭い歯で攻撃を仕掛ける。
多分2歩前進してからドカチーニさんを攻撃すると予測して今度は前脚付近に狙いを定めて槍を投げる。
これなら相手が2歩動いても胴体のどこかに当たるはずだ。
助走中にドカチーニさんの大剣と首長蜥蜴の歯がかち合う。
正面からぶち当たったドカチーニさんはたたらを踏んで後退するが怪我は無さそうだ。
俺の槍は狙い通り前脚より後ろの胴体中央に再び深く刺さった。
今回も肋骨の骨と骨の間を上手くすり抜けたようだ。
運が良い。
手痛い攻撃を受けた為か再び首長蜥蜴が立ち上がる。
今度は頭を左右に振り攻撃してきた相手を探している雰囲気だ。
不意に膝下を後ろから刈られて思い切り下草の中へと体ごと押し倒される。
シーリンさん凄いタックルです。
格闘戦が苦手と言われていませんでしたか?
俺の気のせいですか?
「何やってるのですか?あなたは絶対に見つかってはいけないのを自覚して下さい。我々の優位性が失われます。」
シーリンさんと草むらの陰から首長蜥蜴の様子を伺う。
ドカチーニさんが雄叫びを上げながら首長蜥蜴の注意を俺達とは反対の方向へと誘導している。
下がった尻尾にはベルガーさんが攻撃を仕掛け確実に傷の数を増やしている。
首長蜥蜴は再び前脚を付いて尻尾を激しく振り傷口から血をまき散らす。
その時にはベルガーさんは既に尻尾の攻撃範囲から外に出ている。
自分の見えない所から攻撃を受けて他も気にはなるがドカチーニさんからは目が離せないと言った感じで首長蜥蜴はドカチーニさんを追っていた。
野生の本能か何かで1番強い人が分かるのだろうか?
俺にもドカチーニさんの凄さが分かる。
俺が投げやすい方向へと首長蜥蜴をしっかり誘導している。
こちらから気がそれたところで3投目を投げる。
間違ってもドカチーニさんに当たらないように狙いはやはり右後ろ脚だ。
だが今回の投擲は骨に阻まれたのか刺さりが浅い。
こちらを気にする様子が無かったので、このまま連続で4投目を投げる。
今度は右後ろ足と尻尾の間に深々と刺さった。
大きく尻尾を振る度に刺さった所から血がドバドバ出る。
尻尾へと繋がる太い血管を破ったのかも知れない。
ドカチーニさんも噛みつき攻撃を上手くすり抜けて首の急所へと攻撃を加えたらしく首からも血が大量に噴出していた。
「よし。ほぼ討伐完了だ。お前らこの後は絶対に怪我するなよ!後は逃さないように攻撃範囲外で囲っていれば血が無くなってそのうち倒れる!上手く囲め!」
ドカチーニさんの指示が飛ぶ。
するとシーリンさんが「わたしも囲いに加わりますから後は自分で身を守って下さいね」と笑顔で俺を置き去りにして囲いに加わった。
首長蜥蜴の抵抗は続く。
3人はぎりぎり攻撃が届かないところを見切って囲っていた。
俺はそのままじっと待つ事への不安感もあり、味方へと細心の注意を払いながら少しでも早く首長蜥蜴が倒れるようにと残り8本の槍を投げ続けた。
7本目の槍を投げようとした時にようやく首長蜥蜴は力尽き大地に倒れ伏せた。
ドカチーニさんは瀕死の首長蜥蜴に対してとどめとばかりに頭を落とし、それだけで一抱えあるそれを右手だけで持ち上げて宣言する。
「俺達の仕事は終わりだ。拠点に戻って朝まで過ごすぞ。」
今度こそ終わったのか?
まさか拠点に戻ってもう一戦なんて事無いよな?
嫌な予感を感じながら拠点へと戻る準備を始めた。




