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過去は幻想。現在に救われる。

『――よぉ、そろそろ行けそうか?』

『あぁ、明日デートの約束を取り付けた。決行日は明日だ』

『おー、今回の女は中々の上玉だからな。中沢志穂だったか? よくもあんな良い女を見つけたなぁ?』

『運がよかったというべきかな。まぁ最近はブスばっかだったし、久しぶりにいいものが喰えそうだ』

『ククッ、さすがイケメン様は言うことが違いますねぇー』

『どうせだから最初はお前らに譲ってやるよ』

『おー、助かる助かるねぇ。でもいいのか? 一応5人は集めたがお前の番になる前に壊れちまうぞ』

『それがいいんだよ。壊れた後から本番さ』

『おーおー、サッカー部の主将さんはお人形遊びがお好きなことで』

『処女厨の吹奏楽部の部長さんには敵いませんよ』

『言うねぇククク、今から勃起が止まらねえぜ』

『明日までだすなよ。もったいないからね』

『お前の方こそ焦って取り逃がすなんてことすんなよ』

『分かってるよ。それじゃ明日な』

『おう』


 そこで音声の再生が終了した。

 しばらく静寂の時が流れる。

 志穂は今、どんな顔をしているのだろうか。

 さすがの須川もうまく声をかけられない。何を言っても、おそらく駄目だと思うから。

 志穂の方はというと、俯いたまま動かない。

 それでも、口だけは自然と動いていた。


「これって、どういうことなの……」


 当然ともいえる疑問だった。自分自身が一体何に巻き込まれているのか?

 いや、答えは既に得ている。会話の内容から大体は想像できてしまう。

 『明日のデート』という部分にも心当たりがあるからだ。なにせその明日を迎える前に志穂は監禁されてしまったのだから。

 それでも信じることはできない。今なお音声を聞いても、この事実には目を背けなければならない。

 だから他人の言葉で真実を聞くしかない。自分では信じられないのだから、聞いて壊れようと思う。


「……あまり遠回しの言い方は好きじゃないから、簡潔に言うね」


 そう言う須川の手は少し震えている。


「……うん」

「志穂ちゃんの言う優しい先輩は、とても残忍で狡猾で女をただの玩具としか思ってないクソったれなんだ」


 前に見た怒りとはまた別の、志穂のための怒り。

 その怒りは、志穂を少し心地よくさせた。


「こいつはね、もう何人もの女を集団でレ○プしてきた極悪人なんだ。志穂ちゃんはね、狙われていたんだよ、こいつから」

「……そう、なんだ」

「そうさ。だから僕はすぐに志穂ちゃんをこの場所に連れて来た。あいつから逃すために。僕があいつを殺せればいいんだけど、その、殺すのはちょっと怖いかな」


 少し悔しそうに俯く。まだ手は震えたままだ。


「別にそこまでする必要は無いよ。うん」


 須川とは逆で、志穂自身はそんなに怒るということはなかった。

 自分の信じた先輩は、ホントはとんでもない犯罪者で自分にもその手を伸ばしつつあったというのに。

 確かに酷いと思った。いつも自分にも優しくしてくれて、デートに誘ってくれた時もホント嬉しかった。


 あわよくば、この人になら、初めてを捧げられるとも思っていた。

 だが全てが幻想。優しい顔は全て嘘でしかなかった。

 志穂の見ていた先輩は、ジギルに成りすましたハイドだったのだ。

 悲しいし悔しいしとても殺したい。だがそれ以上に、とても嬉しい。

 自分を一途に大事に思ってくれる人がいる。それはとても優しい人。

 偽りでしかない強姦魔の飯塚桂介にではなく、正直者でしかない誘拐犯の須川正義こそが、優しいのだ。


「正義くん、ありがとう」


 だからきちんと礼を言わねばならない。この言葉が、須川の今までの行動を全て正当化させるものだとしても。

 結果として救われてしまったのだから、いいじゃないか。


「あ、う、うん、どういたしましてって、正義くんって今言った!?」

「言ったけど、何か問題なの?」

「い、いやすごく嬉しいよ! やっと呼んでくれたね!」


 これはデレだ。志穂は心のどこかで、須川の優しさには気付いていた。

 だが、それを自覚してしまえば、この場所を好きになる恐れがあった。

 もっと言えば、須川を好きになる恐れがあったのだ。

 初日からあった極度の恐怖と緊張で、心を保つのはとても難しい状況だった。


 だがここまで心を保ったまま今日まで過ごせたのは、壊れかけた心からでた1ミリほどの好意を須川に抱いていたからだ。

 それは無自覚であったため、決して表に出ることは無かった。


 しかし今の志穂は、何倍もの膨れ上がった好意をちゃんと自覚している。故に志穂は壊れてしまった。

 誘拐犯に被害者がデレるなど、傍から見れば異常でしかない。だが、ここに口を挟める者は誰もいない。


「ねえ、正義くん。わたしはね、もう何が正しいのか分からなくなっちゃったの。先輩の非道からわたしを救ってくれたけど、やり方はとても正しくない。正しくないけど、救われちゃってる自分がいる」


 もっと他にやり方はあった。だが、志穂の知る須川はとても頭が回らない。だから、悪人から遠ざけようとして拉致監禁までしてしまう。

 思考がとても単純すぎるが故に、0か1かの結果しか求めない。その行動に過程は計算にいれてない。


「いや、まだ救えてないよ。まだ、あいつが生きてる。それに、志穂ちゃんはまだここにいる」


 まだ、須川はこれで志穂を救えたなんて思ってない。これで満足しては、ただの誘拐犯だ。そんなの、憎い飯塚と同レベルだ。


「生きてるって、別に正義くんがその手を汚す必要なんてないじゃない」

「いや、僕がやらなきゃダメだ。誰もあいつの悪行を知らない。だから、これは僕にしかできないことだ」


 先ほどまで殺すのは怖いと言っていた須川だが、今の彼の瞳には覚悟の灯がともっていた。


「なん……で……」

「これも志穂ちゃんを救うためだ。僕はいつかここから君を出さなきゃならない。その時にあいつが生きてたら何の意味も無い」


 志穂は納得する。それでも、同意はできない。

 人を殺すことこそ、飯塚と同じことではないかと考える。


「ダメ、それだけはダメだよ。それは見過ごせないことだよ」


 志穂が怒る。須川を心から思っての怒りだ。今までの感情をぶつけるだけとは違って優しく叱る。

 須川もそれを感じてか、とりあえず一度落ち着く。


「でも、他に志穂ちゃんを救う方法は無いよ」

「……たとえば、正義くんが持ってる証拠のデータを警察に持ってくとか、ばら撒くとかは?」


 こりゃ名案だ! と頷く志穂だが須川の方はあまりいい顔をしない。


「それじゃダメかな。警察にさっきの音声データを持っていったとしてもこれが証拠になるかは怪しい。逆にこっちが不利になる可能性だってある」


 極めて冷静に、志穂のことだけになると、こういうとこだけ機転が利く。

 志穂も負けじと食いついていく。


「な、ならばら撒けばいいんじゃない? 実際には殺さなくても、社会的に殺せばいいのよ」


 ホントに飯塚のことが好きだったのか怪しいぐらい中々際どい発言。

 しかしこの発言も須川を納得させるほどの力は無かった。


「それをしちゃうと、志穂ちゃんの方がとても危ない。あいつが何をするか分からないし、志穂ちゃんの方も社会的に危ないと思うんだ。それだと本末転倒ってやつだ」

「それじゃ、どうすればいいのよ」


 やはり、殺すしかないのか。殺したとこで救われるのは志穂だけ。それでは須川が救えない。

 救われた恩は救いで返す。それが今の志穂の中にある意思だ。

 数分ほどお互いが考えたとこで、


「この件は明日以降にでも持ち越しにしない? 今日はいろいろありすぎたのよ。こんな疲れた頭でいい案が浮かぶわけ無いわ」

「そうだね。そこまで気が回らないとは僕はダメなやつだ。是非叱ってくれて構わないよ」


 志穂はつっこむ気にもなれず、1つだけずっと気になる疑問を須川に問う。


「ねえ、そういえばなんでわたしの個人情報をいっぱい知ってんの? 先輩の件だってそうだし、教えてよ」


 ただのサラリーマンではないのを志穂はずっと感じていた。どこに勤めればここまで情報を集められるのか疑問でしかなかった。

 その問いに須川は少し悩んだ素振りを見せる。しかしそれも一瞬で、志穂の方に向くと、似合わない笑顔を浮かべ、


「企業秘密だよ。今日はもう寝ようか」


 と、言葉を残し、もう疲れて眠いのか、瞼をこすりながらここを出た。

 残された志穂は、うやむやにされた疑問にもやもやしながらそのままベッドに横になった。

 今日は疲れただろう。須川の真意を聞き、慕ってた先輩の本性を知り、須川に対する真偽の分からない好意を素直に受け止めている。

 知る情報量に頭が、真実を受け止め続けた心が、どちらとも活動限界に達していた。

 ならば当然、


「あぁ、眠い……」


 ベッドに横になった時点で眠りに堕ちるのは必然だっただろう。

 今夜の囚われの姫の寝顔は、それはそれは美しいに違いない。

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