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始まりは絶望


 まるで刑務所の牢屋と言える場所で彼女は目が覚める。

 目が覚めた彼女は、手は後ろで手錠されており、足には壁に鎖で繋がれた足枷がつけられている。

 牢の中を見回してみると、電球が1つ天井にぶら下がっており、あまり施されてないベッドと洋式の簡易トイレが1つ設置され、鉄格子が牢と向こうの境目になっている。


 監禁されている。彼女は瞬時に理解した。


「どうしてこんなことに……」


 記憶を探ってみる。

 だが彼女の記憶には、学校の帰りで部活の先輩と駅で別れてからの記憶が無い。

 そこから先を思い出そうとすると、理解しがたい頭痛が彼女を襲う。

 この牢屋には窓は無く、いまが何時なのかも理解できない。

 コツ、コツ、コツ

 足音がする。誰か、自分以外の人物の気配を感じ取り、


「あ、あの! 誰か――」


 言いかけたとこで気づく。

 この場所に他の足音が聞こえるということは、自分を攫った人が近づいて来ているということに。

 近づいてくる足音に警戒を固める。

 そして扉が開かれる音が聞こえ、


「お、起きたね。良かった良かった。このまま目が覚めなかったらどうしようかと」


 出てきたのは、見た感じ30代ぐらいの少々太ったおっさんだった。

 タンクトップ1枚で右手にビニール袋を持った状態でこちらに近づいてくる。

 彼女の警戒はさらに強くなる。


「お腹空かない? 食事を持ってきたから一緒に食べよう」


 彼女が警戒をしているのを知ってか知らずか、彼は親しみを込めて彼女に食事を渡していく。


「い、いらない」


 彼女は拒否する。

 当然といえば当然の選択。誘拐犯の持ってきた食べ物に何が細工されているか分かったものではない。

 たとえそれが自分の好きなメロンパンであっても。


「あっれー、おかしいな。好きだよねメロンパン」 

「! ど、どうしてそれを……」

「それだけじゃないよ。君の名前は金沢志穂。私立北高校の2年。血液型はB型。好きな食べ物はメロンパン。家族構成は父と母と妹の4人。あとペットも飼ってるよね? 可愛いよね柴犬。部活はサッカー部のマネージャー。今までに誰かと付き合ったって話は無い。あ、でも今は部活の先輩が好きなのかな? あ、あとは――」


 それからずっと彼はお構いなしに喋り続ける

 自分以外知りえるはずの無い情報が他人の口からこぼれだしていく。

 そのとき志穂は初めて自分が監禁されていることを実感した。

 監禁された者が一体どういう末路を辿るのか、憶測だけの判断が恐れを抱かせる。

 自分がこれからこの人に何をされるのか。いったいどれだけの屈辱を味わうのか。

 志穂に理解できるのは、きっと自分はもう清い体で生きて帰れないということだけ。

 理解した志穂に、雪崩のような恐怖が押し寄せてくる。

 恐怖は体の震えとなり、涙になり、嗚咽を漏らしていく。


「うぐっ……ぐすっ……いやだ……たすけ……いえに……かえりたい……」


 彼の言葉を遮り、志穂は懇願する。

 彼にではなく、ここにはいない誰かに。

 これがフィクションの出来事なら、ここには志穂の願った人物が颯爽と駆けつけてくれるに違いない。


「はぁ、涙とかやめてよ志穂ちゃん。いま流されちゃうとまるで僕が悪いみたいじゃないか」


 彼の陽気な声が、この世界がノンフィクションであることを突きつける。


「あのね志穂ちゃん。僕は別に君をどうこうするつもりは無いんだよ。ただ君を守りたいだけさ。」 

 

 あまりにも場違いな言葉に志穂は困惑する。

 誘拐しといて、拘束しといて、太ったおっさんが何もしないわけが無い。

 それに加え、この状況で守るだなんて言われても説得力が無い。そもそも一体誰から守るというのか。

 先ほどあった恐怖が激怒へと表情が変わっていく。


「あなたの……あなたの言ってることがわたしには理解できない! わたしを拘束しておいてどうこうするつもりが無いなんて嘘! どうせわたしの体が目当てなんだ! 別に守ってなんて頼んでないしいったい誰からわたしを守るって言うの! てかなんでわたしのことをそんなに知ってるの! そもそもあなたは一体誰ながぁっ――」


 言いかけたとこで、志穂の怒号を彼の一蹴りで中断される。

 彼の蹴りは見事に腹のど真ん中にヒットし、志穂は腹を押さえうずくまるような形になった。

 痛みが引かないままうずくまる志穂の頭を、容赦なく彼が掴む。


「ちょっとうるさいよ」


 彼は表情を崩さず淡々と言う。


「あまり僕を怒らせないほうがいい。僕をそこらへんの下賎な男共と一緒にしないでほしい。それと僕の名前は須川正義だ。今度から正義くんって呼んでくれ」


 名前を紹介した頃には須川の怒りはもう無くなっていた。

 上下関係が形成された瞬間だった。

 もう志穂は、須川に逆らうことは許されない。

 反抗的態度を見せれば、次はこれじゃ済まされはしないだろう。


「げほっ……げほっ……」


 暴力が、須川の怒りが志穂を堕とした。

 志穂にはもう、逆らう意思などはないのか倒れたまま動こうともしない。

 須川は倒れたままの志穂に気づき、丁寧に起こす。

 もちろん、手錠と足枷で拘束したまま。


「あーごめんごめん。僕としたことがうっかりしちゃってたよ。君をあのままにしておくなんてダメなやつだ。是非僕を叱ってくれて構わないよ」


 的外れな謝罪は志穂の耳には届かない。

 いつ誰が助けが来るのか分からない、須川を怒らせてはならない、自分はもう元の生活には戻れない。

 志穂の心を折るには十分すぎる時間が過ぎた。でも、志穂の心は折れてなどいなかった。

 頭の中は、如何にしてここで生き残るかで思考を巡らせていた。

 いつ来るか分からない助けを、ひたすら待つことに。

 親や妹が私の帰りが遅いことに不審を抱いて警察に通報し、学校に自分が居ないことで心配する友人や先生が不振に思って自分を探しに着てくれると踏んだ。

 志穂はその可能性を考え、時間を稼ぐことにした。


「そうだ志穂ちゃん。今更言うことじゃないかもしれないけど、今言わないともうタイミングがないから言うね」


 須川もまた決意を固めたように、これまでの態度から思えないような真剣さが志穂に伝わってくる。


「いつもは遠くからだったけど、今日からはずっと一緒だから、仲良くしていこうね」 


 須川の言葉がスタートの宣言となり、志穂の監禁生活がいま始まった。

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