プログラマ、知らされる
潮の匂いがする。微かに。
白や橙、赤のレンガ造りの低い建物、黄や白の土壁、舗装も白いレンガの石畳。
真っ青な空。通りのはるか奥に大きな建物も見える。
カラフルな通りには数十人ほどの人が行き交っている。
通りを行く人々は原色を使った派手な洋服。
雑踏からは聞きなれない言葉が聞こえるが、不思議と意味は理解できる。
露店で客寄せをしている。野菜が安いらしい。
遠くに管楽器の音色と鳥の声が聞こえる。
馬車が邪魔そうに自分を避けて通る。通りの真ん中に立っていたようだ。
暑い。日差しが頭を焼いている。
着ていたスーツのジャケットを脱ぐ。これが和服だったら浮いていただろう。
「ここは…」
移動?
「え、どこ、ここ?」
と口に出し、知らない言葉が口からこぼれたことに気づく。
「は、何これ」
さらに知らない言葉が口をつく。
焦れば焦るほど、意味はわかるが訳がわからない言葉が出る。
「どうかされましたか?」
狼狽していると、背後から声をかけられた。
初老の男性が立っていた。
黒いマントに、シルクハットというのだろうか。初めて見た。
白い髪と髭は、服装と調和し綺麗に整っている。
通りの人々とは違う服装だ。
「失礼、驚かれましたかな。」
紳士風の男性はそう言って微笑むと、帽子を取った。
「その様子ですと、まだ何もご存じない様子ですね。」
何がわからないのかすらわからない。知らないといえば何も知らないのは確かだ。「よろしければ、いろいろとご教示いたしましょう。」
「えー、あの、よろしくお願いします。」
今は他に何も頼れるものが無かったので、とりあえずついて行くことにした。
「では、私の家でお茶でも飲みましょうか。」
そう言って男性が指を鳴らすと、再び意識が途絶えた。
「おや、お目覚めのようですね。」
ソファに横になっているようだ。
サイドテーブルには紅茶が入ったティーカップが置かれている。
「転移魔法に慣れないうちはよくあることです。」
男性が指を鳴らすと、ティーカップから湯気が立ち始めた。
「さ、今度は冷めないうちにどうぞ。」
言われるままティーカップを取り、一口飲む。
紅茶に詳しくはないが、これはなかなかうまい。
「あの、ここはどこですか。」
裕は男性に問いかけた。
「ここはエンシャーロ王国にある私の別荘ですよ。」
「えんしゃー…王国?」
やはり海外か。眠っている間に移動させられたのか。
「この世界は君のいた世界とは別だ。」
こいつは何を言っているんだ。
「私は君のいた世界を知っている。まずはこの世界のことからご説明しよう。3点、重要なことがある。」
「1つ目、すでに何度か見たように、この世界には魔法というものがある。」
頭がヤバいオッサンに遭遇したか?
「実際に一つお見せしよう。」
そう言って男が指を鳴らすと、テーブルにワインとグラスが現れた。
「これが魔法だ。そして、君もそう遠くない未来に使えるようになる。」
確かに今の現象はただの物理現象では説明がつかない。
少なくとも自分の知っているニュートン物理学の世界では起こり得ない現象である。物は急に現れたりはしない。
「この能力を持つものは魔法使いと呼ばれている。人によって得意な魔法、というか出来ることは違う。そのうち君も自分の得意分野が見つかるはずだ。」
「2つ目、この世界には5つの国がある。そして互いに抗争状態だ。今は派手な戦争はしていないが、三すくみならぬ五すくみと言ったところか。どこかが動けばそこが攻撃されるという膠着状態だ。」
「3つ目、君はこの世界である任務を達成するまで、元いた世界に帰ることが出来ない。」