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――――ガタンという音が鳴る。耳が痛いほど大きい音だった。勢い良く扉を閉めすぎたせいだろうか。
電気をつけると、目前には『局長室』の風景が広がる。
中央にあるコーヒーテーブル。それを取り囲むようにして配置された真っ黒のソファは、どこか威厳のある感じで佇んでいる。
そしてそんなソファの奥には、局長用のデスクと背もたれ付きの椅子があり、部屋の片隅には、観葉植物だって植えられている。
……まぁ内装的には、ほぼ社長室と同じだ。
「あ~あ。やっちまった……」
ボクは柔らかな椅子に腰かけるや否や、すぐさま膝を抱え込んで三角座りをした。悲しみのポーだ。
ボクは悲しいとき、しばしばこうする。
「まぁ『悲しい』というよりかは『どうしようもない』っていう感じなんだけどな」
独り言が、静かな室内に響いていく。別にそんなに大きな声で言ったわけでもないのに。
ボクはうなだれて垂れ下がった頭を、自らの膝と膝の間に埋もれさせてから、嘆いた。
「バレたら、即死刑かぁ……大丈夫かなぁ?」
もう、不安で不安で仕方がなかった。そして、そんな不安から来る緊張感が、ボクの体をいつまでも拘束していた。
社長に、局内で百回目のミスがあったことを知られる知られないの前に、世界の誤生産を隠蔽したということがバレた時点で即死刑。ジ・エンドだ。
故に、今まで局内で起きたミスを隠蔽することなど、やった試しがなかったが、今回ばかりは状況が状況だった。
――生き残るためには隠蔽しかなかったのだ。
「というわけでボクはこれからあらゆる人に嘘をつき続けなくちゃならないのかぁ……」
嘘を付くのは正直嫌だが、やるしかない。
社長にはミスを隠蔽したこともしくは、局内で百回目のミスが起きてしまったことを、そして部下達には局内で百回目のミスが起きてしまったとき、ボクが死刑になってしまうという悍ましい事実を知られないようにするためにも、ボクはこれから『嘘つき』であり続けなくてはならないのだ。
「――そしてその嘘は、いつかバレる」
眉間に皺を寄せ、ボクは小さく呟いた。
非常に残念ながら、その言葉は真実だ。嘘は、いつかバレる。
「だからこそ、今できることを……」
ここでグズグズなんかしては、いられない。
体を起こし、大きく瞳を開いて、天井のライトを見上げた。
すると大きな緊張感と浮遊感が心を包み込み、速くなる心臓の鼓動が脳にまで響いてきた。そしてそのせいか、微かに頭痛がする。心地良いくらいの本当に微かな頭痛。
そんな頭痛をボクは、自らの顔を叩くことによって掻き消して、
「やるしかないな」
そう決心した。
立ち上がり、伸びをして、体にこびり付いていた緊張感と浮遊感を打ち壊した。
「とにかく、主人公の脳内に、仕込んでおいた無線機に連絡して、交渉してみるか」
机の上にあるノートパソコンを開き、あの世界(新入りが誤生産してしまった世界)のデータが詰まったメモリをそれに差し込んだ。
ちなみにこの無線機というのは、ボクが『変態コール』を浴びていたときに、こっそり主人公(ハーレムアニメの主人公と逆ハーレムアニメの主人公)の脳内に仕込んでいたものである。
「頼むよー。ボクのクビが懸かってるんだからね」
今から何をするのか、それは後になってわかることだろう。
勿論その世界を、ただ鑑賞するわけではない。ボクにはやらなければならない事があったのだ。
厳密に言えば、やらせなければならない事なのだが。
起動したノートパソコンにパスワードを入れるボクの手は震えている。
ここから先は、まだ誰もやったことのない未知の領域だ。
が、やってやろうと思う。
どうせ死んでしまうのなら、最後まで稚拙に抵抗してやろうじゃないか、と思う。
生き残れる可能性が一パーセントでもあるならば、それを捨てるのはもったいない気がするし、素直に死んでいくよりも何か、そっちの方が何倍も楽しそうだ。
「犬死だけは……避けたいからな」
――――捲土重来。
目前にある絶望に抗い、希望をつかみ取ってやる。
誰にも思いつかないような方法で勝利を手にして見せる。
パスワードを入れ終わったパソコンには慣れ親しんだホーム画面が映し出される。
「――さぁ、始めるかぁ」
ここは二次元管理局局長室。
締め切りの窓は日光さえ拒絶し、部屋にはただただ、ボクにそっくりな扇風機が風を吐き散らしているだけであった。