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というわけで今に至るのだが、ボクも流石にこれはフラグ回収が早すぎる、と思う。
「次ミスしたら、死刑だよ」と宣告された時点から、およそ四十八時間後にフラグ回収。
味気なさすぎる、というかしょぼすぎる。
社長室から退出した時は、「これが最後かぁ……」なんて思っていたが、まさかその最後が今日という日になるなんて、思ってもいなかった。ボクはそういう運命なのだろうか。
……もっと、注意喚起しておけば良かった。
「あ~あ。やらかしたな……」
――先程の世界の誤生産で、局内でのミスが通算百回目になる。
つまり、これから普通にいけば、確実にボクの首が飛ぶ。
だがしかし、あくまで普通に行けば、の話だ。
そして残念ながらボクは、普通ではない。ボクは局内生粋の変人だ。
――故に普通に行くつもりなど、さらさらない。
「じゃあちょっと君、作り間違えちゃったこの世界を……保存しておいてくれる?」
「保存……するんですか?」
新入りは顔をしかめた。
「うん」
ミスのある世界は一度消去し、また一から作り直していくのが主流であり、本来保存していい世界というのは、ミスのない完璧な世界だけ。
故に新入りはボクの「保存してほしい」という場違いな要求に顔をしかめているのだ。
「できる?」
「……まぁできますけど」
納得いかない様子を顔に浮かべながらも新入りは席に着き、パソコンのマウスを握った。
「助かるよ」
「いえいえ」
どうやら事は、上手くいったみたいだ。
ボクは心の中だけで小さくガッツポーズをした。
――作り間違えてしまった世界を再構築する前に、原則として、一度その世界を壊さなければならい。
そしてその時に、社長に直接連絡が行くようになっているのだ。
今現在の状況から考えて、そんなこと(世界を消去するなんてこと)、絶対にできない。「殺して下さい」と自ら名乗り出ることと、ほぼ同じことだ。
というわけでボクは、原則を無視し、新入りが誤生産してしまったその世界を消去させずに、保存させたのだった。
まぁいわゆる一つの『隠蔽工作』という奴をしたわけだ。
できるものならボクも、無知な新入りを利用するなんてこと、したくはなかったんだけど……。
まぁ何はともあれ、これで当分は社長に連絡がいくことはないだろう……が、
「……局長? 何で保存なんてするんですか? 作り間違えちゃった世界は、一度消さないといけないはずですよ」
「……ぁあ、それ私も気になる」
ま、まぁ気になるのも当然ですよねぇ。
……一応だけど、偽の答えを用意しておいて良かった。
「実は……これにはボクの趣味? みたいなものが介入していてね……」
「趣味?」
「趣味?」
声を合わせた二人は更に、揃って同じ顔をしていた。訝しげな顔だ。
幼さが残る新入りの眉と、洗練された美しい炎菜の眉。雰囲気は違えど、それぞれ全く同じ形をしていたのだ。
「いや~その面白そうじゃん? ハーレムアニメの主人公×逆ハーレムアニメの主人公だよ!? 何か見てみたくない?」
「……だから私に保存しろ、なんて言ったんですか?」
「まぁそうだね」
「だから新入り君に保存しろ、なんてほざいたんですか?」
炎菜さん?……仮にもボクは、あなたの上司何ですけど?っていうかボク、局長何ですけど!?ほざいたって何ですか?ほざいたって。
「君、ちょっと言葉遣いが――」
「どうなんですか? 局長」
「いや無視しな――」
「どうなんですか? 局長」
「だ――」
「どうなんですか? 局長」
これは流石に……酷過ぎだと思う。炎菜はボクを何だと思っているのだろうか?ボクに発言権はないのだろうか?というか最後のかぶせ方に関しては、まともに発声さえできていないし。
「どうなんでしょうか? 局長」
そして遂には炎菜だけでなく新入りにまで返答を促され、ボクは渋々、
「……まぁそうなるね」
と、そう答えたのであった。
そして、そんなボクの発言を受けた二人は落胆した様子で目を合わせ、溜息をつくと、
「ズボンのポケットの中でゴキブリを飼う並に悪趣味ですね。人の私生活を上から覗くなんて、下衆の極みですよ」
「下着の中でハムスターを飼うことを日課にした方がまだましですよ」
と、罵詈雑言を浴びせかけてきたのであった。
「いやいや、下着の中でハムスターを飼う方が、趣味悪くない?」
「そのぐらい局長の頭の中が不埒っていうことですよ」
そう言う炎菜は、もう既にボクから少し距離を取っている。
いや、そこまでの事じゃないと思うんだけどな。っていうかボク自身もこんなこと、言いたくて言っているわけじゃないんだけどな。
そんなことを思うボクの傍らで、
「……大体!」
と言って机を叩き、話を更なる方向に展開しようとする新入りは、こちらに向き直して、
「自分の欲求を満たすためだけに、可愛い新入りを使わないでくださいよね?」
「……そのセリフ、もう一回言ってくんない?」
「死んでくんない?」
「そんなこと言って欲しかったわけじゃないんだけど!?」
ボクにタメ口で応じたことを後悔することなく、ただただボクを嫌悪の眼差しで見つめてくる新入り。さっきまで淡い桜色に色づいていたはずの彼女の可憐な瞳が、今は完全にその色を失っている。
どうやら本当に引かれてしまったらしい。
――――そして、なんと
「へーんたいっ。へーんたいっ。へーんたいっ。へーんたいっ」
距離を取っていたはずの炎菜が、ボクに近づいたかと思うとすぐさま手を叩いて、部屋中に『変態コール』を促し始めやがった。
「ボクは変態じゃなくて変人なんだけど!?」
というボクの指摘を掻き消すかのように、
「へーんたいっ。へーんたいっ。へーんたいっ! へーんたいっ!!」
変態コールは、その大きさ増していく。
炎菜の声。新入りの声。の他にも、低い声。高い声。可愛らしい声。かすれた声。若い声。年季の入った声。
いろんな声が、だんだんと重なって一つになってくその様は何か神秘的で、聞き入ってしまいそうだ……って感心している場合じゃない。
「えーい!! やめろ、やめろぉ、やめろぉぉぉお!!」
ボクは、奇声にも近い怒号を上げた。かなりの大声だった。
何せこめかみの血管が浮き出るほど、叫んだのだ。
だがしかし制作部の社員達は、
「へーんたいっ!! へーんたいっ!! へーんたいっ!! へーんたいっ!!」
静まることは愚か、むしろボクの大声に対抗して、うるさくなるばかりであった。
鳴り止まない変態コール。
ボクを囃し立てる無数の視線。
これ以上ここに長居すると、頭がおかしくなってしまいそうなので、
「もうお前らなんて知るかぁ!」
苦し紛れにそう嘆いて、ボクは急いで部屋を出た。
――新入りに保存してもらった世界のデータメモリだけは、しっかりと握りしめて。