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――――時は今から二日前に遡る。
「失礼します」
と言って、ボクは恐る恐るドアを開ける。
いの一番に瞳に映ったのはやはり、威厳のある眉間に皺を寄せるその男――二次元管理局現社長だった。
「ノックは?」
「ぁあ、すいません。失礼しました――」
そう言ってボクが銀色のドアノブに、手をかけようとすると、
「やり直さんでええよ」
組んでいた腕を解き、目前にある細長い机をポンと叩いた社長は、出鱈目な大阪弁で、ボクを引き留めた。
「す、すいません」
社長室に入室して、まだ十秒も経っていないが、早くもボクは二回も謝ってしまった。
「局長君? そこに突っ立ってばっかいないで、はよここに来な」
「は、はい! すいません!」
これで三回目だ。良くない連鎖が起きている。
……まぁ、いつもの事なのだが。
言われた通り、ボクは机を挟んで彼の前に立った。
実際問題、この管理局で一番の権力を持つのはボクだが、形式上では、社長が一番偉いということになっている。
それ故に今、ボクは彼に敬語を使っているのだ。
「連絡来たよ」
「そ、そうですかぁ……」
管理局においての社長の役回りは、言わば警察官だ。ボクや部下達を見張り、その様子を三次元の人間達に伝達する、という仕事を任されている。
しかし、警察官が常に市民を見張っているわけではないのと同様に、彼は常日頃、ボク達を見張っているわけではない。
ボクや部下達が書いた結果報告書や、週に一回行う局内の見回りなどを参考に、現在の状況や具体的な成果の報告をするというシステムになっている。
「……全く世界を作り直すの、これで何回目や? 局長君」
黒く大きな背もたれと、黄金色に輝くひじ掛けが印象的な椅子に、気を取り直すように深々と座り直す社長。
「九十九回目です」
そう言って、ボクは息を呑んだ。
実際に、『九十九』という数字を口に出してみて、状況の深刻さを改めて実感したのだ。
「次やらかしたら、もうこの部屋に入ることはないで」
「はい……承知しています」
その言葉に重みがあるのは、それが事実であるからだろう。
局長のボクと、社長しか知らない衝撃事実。
局内で百度目の世界の誤生産があった場合、その直接的な責任者に当たるボクが代表して、罰(死刑)を受ける。まぁ簡潔に言えば、
――――次、局内でミスがあれば、ボクは殺されるのだ。
「局長君?」
「はい」
「もう一回言っておくけど、これが最後なんやからね?」
「……はい」
「ちゃんと自覚を持たないとあかんで」
「自覚……持ちます。もう絶対に、しません」
こんなこと言って良いのだろうか?
一瞬、脳裏ではそんな考えが過ったのだが、もはや、そんなの関係ない。
次、局内でミスが起こってしまえば、ボクは死ぬからだ。
流石の社長も、死体に向かって発言の責任を言及するなんて、そんな野暮なことはしないだろう。
……そう信じたい。
「失礼しました」
社長に何度も何度も頭を下げて、ボクは社長室を後にした。
――――ギィーと鳴いた社長室の扉。
相当緊張したのか、ボクは額に無数の汗を掻いていた。
「これが最後かぁ……」
そう言って、社長室の前で深すぎる溜息をつく。
その溜息には、もうミスは絶対にしないんだ、という強い気持ちが四割、またミスしてしまったらどうしよう、という不安が六割詰まっており、そこに二酸化炭素が介入できるスペースなど、当然なかったのであった。