8
8
「…………」
私は顔をしかめた。
……彼のせいだろうか。それとも私のせいだろうか。私達二人が相対することは、何となく 良くないことに思える。根本的な部分で、何かが間違っているような気がするのだ。
そしてその「何か」というのが分からない。
どんなものなのか、まるで実態がつかめない。
私は、そんな雲を掴むような違和感に、また頭を抱えてしまった。
そして、
「……あれ?」
なぜだかは分からないが、唐突に、視界がぼやけ始めた。
まだ、何もしてないのに。彼と合っただけなのに。眼前にある景色が何重にも重なり出したのだ。
アスファルトも。電柱も。住宅も。空も。太陽も。彼の顔でさえも。
全部が全部、 何重にも 重なって見え出したのだ。
「……まさか」
……理不尽に展開され続けるこの状況に、胸の内に あるこの判然としない違和感。そして、 どこか漂う険悪なオーラ。
もしかしたら、今現在の状況は、
「あの声と何か関係が……」
校舎内、クラス表掲示板周辺で聞こえてしまった、あの、脳内に直接突き刺さってくるかのような、何とも気持ち悪い声。
今の状況は、そんな悪辣な声と、何かしら関係があるのではないか?
そんなこと私が推察した、その時――――
――――知りたいか?
「――――ッ!?」
まただ。また聞こえてきてしまったのだ。
脳の中で木霊する言葉。永遠と耳に残る生々しい声。
……あの感覚が再来したのだ。
だがしかし、今回の感覚は前回のものとは、少しばかり違う気がする。というのも、
「……命令じゃない?」
そんな気がするのだ。ただただ一方的な命令文に過ぎなかった前回に比べ、今回は少し「会話になっている」ような、感じがするのだ。
故に私は、
「……知りたいとは……どういうことですか?」
その感覚との、会話を試みた。
すると、
――――胸の内にある違和感が何なのか知りたいか?
「はい」
その感覚と会話ができたことを喜ぶ間もなく、返事をした。
それほど私は、あの違和感が何なのか、知りたかったのだ。
――――それは、君の目の前にいる、彼のせいだ。彼が行けないのだ。
「……どういうことでしょうか? ……分かりません」
本当は、もうその声を聞きたくなかった。
その声を聞く度に体中に怖気が走るからだ。目が回るからだ。
締め付けられるような頭痛がするからだ。
でもここで引き下がるわけにはいかなかった。
私は、歯を食いしばる。
この苦痛の先には、きっと何かが待っているはずだ。この状況を打開できるような、何かが。
――――なぜ、彼がいけないのか。彼の何がいけないのか。それは……
私は、息を呑んだ。
――――彼がイケメンではないからだ。逆ハーレムアニメの主人公である君にとって、彼がイケメンでないこと、それこそが最大の矛盾点なんだ。
「――は?」
……イケメンでないことが、矛盾点?
何を言っているのかさっぱり、分からなかった。
ただ、もっと理解できなかったのは、言われていることの意味が分かっていないのにも関わらず、「ああ、そういうことだったのか」と、頷いてしまう自分が――心のどこかにいたことだ。
「私が、逆ハーレムアニメの主人公……?」
困惑した声で私はそう呟く。
――――ぁあ。そうだ。君は、逆ハーレムアニメの主人公だ。だからこそ彼の存在は、悪辣であり、忌々しいものなんだ。君の身に起こる様々な超常現象だって全部、彼が原因なんだ。
視界が更にぼやけ始める。
酷くなる眩暈と頭痛が、本当に辛かった。
「……彼が原因?」
この現象、この状況、この辛さが、全部彼のせいならば、彼がこの世界に存在している事によって起きていることならば。
私は腹をくくった。
――――だから、君は彼を殺すべきだ。
「――――言われなくても分かってますよ」
そして、やけに落ち着いた表情を浮かべながら、私はそう言うのであった。
女性の方がやるときはやりますねぇ。
いろんな意味で。
それにしても南奈々。……怖ろしい人だ。




