表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/24

4

4

「えっ!? みんな同じじゃん! これ凄くね? 凄いんじゃね?」


 歓喜溢れる神道君の声に同調するように、隣で感慨深く頷くのは新田君。


「確かにすごい確率だよな……」

「まさに偶然だね」


 賑やかな校舎の中でも段違いの騒がしさを見せるここ(クラス表掲示板)は、多くの新入生生徒達の声が混合しており、騒々しい不協和音を盛大に響かせている。

 そしてそんな中で私達三人はそこに立ち尽くしたまま、驚きを隠せずにいた。


――――三人とも、クラスが同じだったのだ。


「別に、お前はいらなかったけどな」


 目を細め、白い歯を見せた神道君は、新田君を指さす。

 対して、


「珍しく同意見だ。おめでとう」


 そんなからかいに新田君は神道君と同じ顔をして、彼を囃し立てるように、手を叩いた。

 ……何に対しての『おめでとう』なのかはさておいて、私はそんな二人をまとめて茶化していく。


「きっと二人は……喧嘩するほど仲が良いっていうタイプなんだね!」

「良くねーわ!!」

「良くねーわ!!」


 ……どんだけ仲が良いんだ、この二人。

 声を合わせる彼らを見て、私はそう思った。

 そしてさらに会話を展開しようと――――


「ところで、二人は――」



「――――う、うるさい! 中学校の時の私は死んだのぉぉぉ!!」




 校舎内に、焦燥を孕んだ金切り声が、響いた。


「…………ん?」


 誰だろう?

 少し怒っているようにも思えるが、何かあったんだろうか?


「喧嘩かなぁ? ……でも入学式から?」


 まぁ、それにしても透き通っていて、いかにも女性らしい声だった。

 こんな言葉を言ってしまうのは少しもったいない気さえする。

 そして、そんな声の主が気になった私は、さり気なく視線を巡回させてゆくのだが、そこで――



――――殺せ。



「……はぁ?」


 快活に動いていたはずの私の視線が、一瞬にして停止してしまった。

 刹那、脳の中で、声がしたのだ。

 異様な生生しさを孕んだ、実に気持ち悪い声だった。

 

「……誰?」


 忙しなく辺りを見渡しても、その声の主と思われる者は誰もいない。


「……ど、どういうことなの?」


 全く以て意味が分からない。

 殺せって何?

 誰のことを?

 何のために?

 大体、こんなことを言う人は誰?

 私の為を思って言っているの?

 それともただ私利私欲のために言っているの?

 ……考えれば、考えるほど、分からなくなってくる。

 そこで私は、


「…………まぁとにかく、落ち着こう」


 とりあえず、そうすることにした。焦っていては、埒が明かないからだ。


「…………」


 何度も深呼吸を繰り返した後、私はもう一度辺りを見渡した。 

 灰色を基調とした床に、プラスチック製の下駄箱。クリーム色の壁には、部活動勧誘のポスターがぎっしりと貼られており、校舎内の至るところでは、生徒達の和気藹々とした様子が窺える。


「特に変わった様子なし、かぁ」


 腕を組み、校舎内に何の変哲もない事を再確認したところで、 私はようやく心の安寧を取り戻した。

 そして、


「……まぁ気のせいだよね!?」


 そう言って、この現象にピリオドを打とうと――――



 ――――殺せ。あいつは、ここにいてはいけない存在だ。だから殺さなければならないんだ。



「また……!?」


 そう。また、だ。あの感覚が再来したのだ。

 脳裏に直接突き刺さって来るようなその声に、意味不明な言動。

 ……間違いない。先程のものと、全く同じ感覚だ。

 そしてそんな、立て続けに進展していく感覚を目前に、今度こそ私は、困惑し始めてしまう。

 殺せ?何のために?

 あいつ?それは誰なのか?

 ここにいてはいけない存在?どういうことなのか?

 あぁ、もう分からない。

 ……もはや、理解の範疇(はんちゅう)を超えている。


「もぉ! 意味わかんないよ!」


 私は頭を抱えた。

 ……頭痛がする。眩暈がする。視界がぼやけ始める。冷静になれない。客観的に思考できない。

 故に、現状が把握できない。

 そして、それなのにも関わらず、進行する状況にまだ、脳が追いついていないのにも関わらず、次の瞬間。


 ――――事態は更に進展してゆく。


「――――え?」


 突如として、私の体が動き始めたのだ。

 何かに引き寄せられるかのように、そしてそれが当然であるかのように、ゆっくりと、歩き始めたのだ。


「――――」


 あまりの超常現象に、二の句を告げることも、助けを求めることも、できなかった。ただただ呆然と、状況に流されてゆくことしかできなかった。

 そして、そんな中、私は考えた。

 今、何が起きているんだろう?

 どこに向かっているんだろう?

「あいつ」のところだろうか?

 私は「あいつ」を殺しに行っているのだろうか?

 だとしたら今すぐにでも歩みを止めるべきではないだろうか?


「――――み?」


 なのに、なぜ歩みが止まらないのだろう?

 こんなに一生懸命、止めようとしているのに。なぜ?


「――――南!」


 足の動きが、止まらない。

 どうしても、止まらない。

 止まらない。止まらない。

 止まらない。止まらない――――


「おい南! どこ行くんだよ!!」


「……え? あぁ、ごめんごめん」


 気が付くと、新田君に肩を掴まれていた。力強く掴まれた肩に目を向ける私は、そこに走っている若干の痛みによって、確実に意識を覚醒させた。


「ちょっと……痛いかな」


 前を向くと新田君の顔がすぐそこに。私は彼から顔を背けながら、小さくそう呟いた。


「ぁあ! ごめん!」


 自身の顔の近さに流石の新田君も羞恥を覚えたのか、慌てて私の肩から手を放すと、静かに赤面した。


「っていうか、大丈夫?」

「うん。平気だよ」

「何かブツブツ言ってたけどぉ……考え事?」

「いや、何でもない何でもない」


 それにしても不可思議だ。

 ……何だったんだろう。

 何であんなことが起こってしまったのだろう。


「そろそろ時間だし……教室行かない?」

「そうだね」

「だねぇ」


 そんな懸念とは裏腹に私は、二人に教室への移動を促した。

 なぜあの声の主を見ることができなかったのか。あの感覚自体、何だったのか。それは未だ分からない。

 

 ただ――――嫌な予感がする。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ