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「えっ!? みんな同じじゃん! これ凄くね? 凄いんじゃね?」
歓喜溢れる神道君の声に同調するように、隣で感慨深く頷くのは新田君。
「確かにすごい確率だよな……」
「まさに偶然だね」
賑やかな校舎の中でも段違いの騒がしさを見せるここ(クラス表掲示板)は、多くの新入生生徒達の声が混合しており、騒々しい不協和音を盛大に響かせている。
そしてそんな中で私達三人はそこに立ち尽くしたまま、驚きを隠せずにいた。
――――三人とも、クラスが同じだったのだ。
「別に、お前はいらなかったけどな」
目を細め、白い歯を見せた神道君は、新田君を指さす。
対して、
「珍しく同意見だ。おめでとう」
そんなからかいに新田君は神道君と同じ顔をして、彼を囃し立てるように、手を叩いた。
……何に対しての『おめでとう』なのかはさておいて、私はそんな二人をまとめて茶化していく。
「きっと二人は……喧嘩するほど仲が良いっていうタイプなんだね!」
「良くねーわ!!」
「良くねーわ!!」
……どんだけ仲が良いんだ、この二人。
声を合わせる彼らを見て、私はそう思った。
そしてさらに会話を展開しようと――――
「ところで、二人は――」
「――――う、うるさい! 中学校の時の私は死んだのぉぉぉ!!」
校舎内に、焦燥を孕んだ金切り声が、響いた。
「…………ん?」
誰だろう?
少し怒っているようにも思えるが、何かあったんだろうか?
「喧嘩かなぁ? ……でも入学式から?」
まぁ、それにしても透き通っていて、いかにも女性らしい声だった。
こんな言葉を言ってしまうのは少しもったいない気さえする。
そして、そんな声の主が気になった私は、さり気なく視線を巡回させてゆくのだが、そこで――
――――殺せ。
「……はぁ?」
快活に動いていたはずの私の視線が、一瞬にして停止してしまった。
刹那、脳の中で、声がしたのだ。
異様な生生しさを孕んだ、実に気持ち悪い声だった。
「……誰?」
忙しなく辺りを見渡しても、その声の主と思われる者は誰もいない。
「……ど、どういうことなの?」
全く以て意味が分からない。
殺せって何?
誰のことを?
何のために?
大体、こんなことを言う人は誰?
私の為を思って言っているの?
それともただ私利私欲のために言っているの?
……考えれば、考えるほど、分からなくなってくる。
そこで私は、
「…………まぁとにかく、落ち着こう」
とりあえず、そうすることにした。焦っていては、埒が明かないからだ。
「…………」
何度も深呼吸を繰り返した後、私はもう一度辺りを見渡した。
灰色を基調とした床に、プラスチック製の下駄箱。クリーム色の壁には、部活動勧誘のポスターがぎっしりと貼られており、校舎内の至るところでは、生徒達の和気藹々とした様子が窺える。
「特に変わった様子なし、かぁ」
腕を組み、校舎内に何の変哲もない事を再確認したところで、 私はようやく心の安寧を取り戻した。
そして、
「……まぁ気のせいだよね!?」
そう言って、この現象にピリオドを打とうと――――
――――殺せ。あいつは、ここにいてはいけない存在だ。だから殺さなければならないんだ。
「また……!?」
そう。また、だ。あの感覚が再来したのだ。
脳裏に直接突き刺さって来るようなその声に、意味不明な言動。
……間違いない。先程のものと、全く同じ感覚だ。
そしてそんな、立て続けに進展していく感覚を目前に、今度こそ私は、困惑し始めてしまう。
殺せ?何のために?
あいつ?それは誰なのか?
ここにいてはいけない存在?どういうことなのか?
あぁ、もう分からない。
……もはや、理解の範疇を超えている。
「もぉ! 意味わかんないよ!」
私は頭を抱えた。
……頭痛がする。眩暈がする。視界がぼやけ始める。冷静になれない。客観的に思考できない。
故に、現状が把握できない。
そして、それなのにも関わらず、進行する状況にまだ、脳が追いついていないのにも関わらず、次の瞬間。
――――事態は更に進展してゆく。
「――――え?」
突如として、私の体が動き始めたのだ。
何かに引き寄せられるかのように、そしてそれが当然であるかのように、ゆっくりと、歩き始めたのだ。
「――――」
あまりの超常現象に、二の句を告げることも、助けを求めることも、できなかった。ただただ呆然と、状況に流されてゆくことしかできなかった。
そして、そんな中、私は考えた。
今、何が起きているんだろう?
どこに向かっているんだろう?
「あいつ」のところだろうか?
私は「あいつ」を殺しに行っているのだろうか?
だとしたら今すぐにでも歩みを止めるべきではないだろうか?
「――――み?」
なのに、なぜ歩みが止まらないのだろう?
こんなに一生懸命、止めようとしているのに。なぜ?
「――――南!」
足の動きが、止まらない。
どうしても、止まらない。
止まらない。止まらない。
止まらない。止まらない――――
「おい南! どこ行くんだよ!!」
「……え? あぁ、ごめんごめん」
気が付くと、新田君に肩を掴まれていた。力強く掴まれた肩に目を向ける私は、そこに走っている若干の痛みによって、確実に意識を覚醒させた。
「ちょっと……痛いかな」
前を向くと新田君の顔がすぐそこに。私は彼から顔を背けながら、小さくそう呟いた。
「ぁあ! ごめん!」
自身の顔の近さに流石の新田君も羞恥を覚えたのか、慌てて私の肩から手を放すと、静かに赤面した。
「っていうか、大丈夫?」
「うん。平気だよ」
「何かブツブツ言ってたけどぉ……考え事?」
「いや、何でもない何でもない」
それにしても不可思議だ。
……何だったんだろう。
何であんなことが起こってしまったのだろう。
「そろそろ時間だし……教室行かない?」
「そうだね」
「だねぇ」
そんな懸念とは裏腹に私は、二人に教室への移動を促した。
なぜあの声の主を見ることができなかったのか。あの感覚自体、何だったのか。それは未だ分からない。
ただ――――嫌な予感がする。




