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「おう! 明彦じゃん!」
「久しぶりだな、悠」
「おう、昨日会ったけどな! ……って誰この人?」
「あ、この人? この人は南さん」
「あ、私、南奈々です」
「もしかして明彦の……彼女さん?」
「ち、違いますよ!」
「登校中に、曲がり角でぶつかっちゃってね」
「なぁ~んだ、そういうことかぁ?」
校舎の中に入り、革靴を履き替える。隣には金髪の美男子。
校舎内には様々な声が広がっており、非常に賑やかである。普段会話をする時よりも、割と大きな声を出さなければ、聞こえない程だ。
「ちなみに新田君? この人は……?」
「ぁあ、こいつは俺の友人の、神道悠」
「どもども~自分、神道悠っす」
目前に立つ赤髪の青年はにこやかな笑顔を浮かび上げ、続ける。
「宜しく、奈々ちゃん」
「うん、宜しくね」
神道君の親しみやすい態度のせいだろうか。
彼に下の名前で呼ばれることを、私は何となく許容できた。
そっちの方が何か、しっくりくるような気がしたのだ。
が、それに納得しない人が、一名。
「あれ? なんで俺は駄目で、悠はいいの?」
「ん? 何の事?」
唐突な新田君の質問に、更なる質問を上塗りする神道君。その質問に新田君は、顔面に笑顔を貼り付けながら、ゆっくりと応じる。
「いや、なんで俺には苗字で呼ばせたのに、悠は名前で呼んでいいのかなって思ってね」
不満げにそう呟く新田君の目線が――私に突き刺さる。
それが……とてつもなく痛い。
そしてそんな、新田君の露骨な視線から私を守るようにして、私と彼の間に入り込んできたのは、神道君だった。
「俺には心を許してるけど、明彦には心を許してない。それだけの話さぁ」
新田君の剣呑な視線から私を守ってくれたことは、素直に感謝する。
がしかし、何もそんな挑発的な言葉を吐く必要性は、ないと思う。
「…………」
新田君がプルプルと震えている。
……まずい。
本気で怒らせてしまったみたいだ。
故に私は、
「い、いやそういうわけじゃないんだけど……何となく大丈夫なだけで」
必死になって、フォローを入れた。
「……それ、本当?」
「うん! 本当だよ!」
念を押す私を見た新田君は、先程までの怒りそうな雰囲気を嘘みたいに…………一変させた。
そして、さっきの言動をあっさりと否定された神道君に勝ち誇った笑みで、言葉を飛ばした。
「お前は、名前で呼ばれても緊張しないんだってよ~!」
そんなことは言ってないんですが……。
「ぐっ、確かにそうとも言える……!」
いや、納得しちゃうの!?
謎の闘争心を燃やす二人に苦笑しつつ、私は肩に掛けていたスクールバックを背負い直す。
「まぁまぁ! 二人とも落ち着いて」
そう言って二人に安定を促す私を見て、彼らは押し黙る。
表情を落ち着かせた新田君に対して、神道君は未だ、どこか腑に落ちない様子だった。
俯く彼の、顔の上半分が赤い前髪に隠れてしまっていて、彼がどんな瞳をしているのか見当が付かない。ただ、彼から放たれる何となく不穏なオーラに、私は少し身構えた。
「……奈々ちゃん」
男性にしては高めだった声を不意に低くする彼は顔を上げ、真っ直ぐに私を見つめる。彼の赤い瞳が、まるで獲物に焦点を合わせる肉食動物のように、爛々と光っている。
「は、はい!?」
今までの気楽で軽いイメージとは、かけ離れた真剣さを見せる彼に、私は完全に動揺する。そして、そんなこと意にも介さない様子の彼は、無言のまま私へと歩み寄ってくる。
「え? ちょっ何!?」
距離を詰めてくる彼に応じて私も後退するのだが、後退していた私の動きは次の瞬間に、止まってしまう。
――――壁にぶつかったのだ。
もうこれ以上は後ろに下がれない。当惑する私を余所に彼はどんどん近づいてくる。
そして彼との距離がほぼゼロになったとき、
「――――奈々ちゃん。これでも緊張しない?」
そう告げる彼は、壁に右手を付き私の顔を覗き込むようにして見る。そして、いたずらな笑みでそっと微笑み、互いの息遣いが聞こえる所まで顔を近づけてきた。
突然の状況で現出した極限の緊張で、私は瞬きすることさえ忘れてしまう。
艶のある赤い髪の毛。やや釣り目になっている瞳の形状が、燃えたぎる赤い眼と非常に合っている。
高い鼻立ちは日本人離れしており、シュッとした顎のラインがとても印象的であった。
今まで彼の顔をこんなにまじまじと見る機会がなかったために、気が付かなかったが、彼は新田君に負けないぐらいのイケメンだ。
「奈々ちゃんって意外とまつ毛長いんだね……」
さらに顔を近づけながら、そう言った神道君だったが、
「何してんだよ!」
「痛っ!?」
突如、神道君の頭に暴力が降って来た。新田君によるものだ。
新田君は、私に近づく神道君を無理矢理引きはがした今も、敵意を含みまくった視線を彼に飛ばし続けている。
「え~、いいじゃんいいじゃん」
「だーめーだ!」
「も~つれないなぁ」
そう言って、頬を軽く膨らませる神道君の表情には、先程までの真剣さは跡形もなく消失していた。
彼はさっきの行動を全く気にしていない様子だ。全く、どういう神経をしているのだろうか。
もしかしたら、新田君よりも遥かに大胆な人だ。
「あんな事……何で?」
私は自分の頬にそっと触れる。まだ熱い。緊張と羞恥からくる熱が抜けていない状態だった。
私はそれを振り切るかのように、
「あ、そうだ!クラス何組になったか、見に行かない?」
「うん、そうだね」
「クラス、同じだといいねぇ」
「……お、おう!?」
「いや、お前じゃねーよぉ!!」
と神道君が突っ込むと、三人の間に笑いが起こり、しばし張りつめていた空気がたちまち和やかになる。
こうして私達はクラス表掲示板に向かうのだった。




