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それから、二人で走ること約二分。
登校する生徒たちの姿が見えてくると、私の横に並んで走る彼の口が開いた。
「もう、大丈夫だね」
「……ですね」
私と並走していた彼からは全くと言っていいほど息を切らす様子が窺えない。
恐らく彼は私のペースに合わせて走ってくれていたのだろう。優しい人だ。
「あ、そうだ。まだ自己紹介してなかったね」
「……そう言えば、そうですね」
「俺、新田明彦。君は?」
「私は南奈々です」
自分の名前を相手に伝える。それだけのことなのに、高校生にもなるとその行為がやたらと気恥ずかしくなるのはなぜだろう。私はそんな判然としない羞恥心を、頬を書くことによって誤魔化した。
「一年生?」
「あ、はい」
「じゃあ、俺も一年だし……敬語止めない?」
目尻に美しい眉を寄せながら彼は、首を傾げる。
その言葉を嬉しく思った私は、自分でも分からないくらいに小さく口元を綻ばせた。
「新田君が一年生だって分からなかったから」
「そっか……あぁ、明彦でいいよ」
「えっ!? そんなっ、いきなり名前で呼ぶなんて、レベル高すぎだよ!」
「そうかな……?」
甲高い声を大きくする私の傍らで彼は、どこか納得できない感じで私を見続ける。
そういう事に関して彼は無頓着なのだろうか。自分の言動を全く以て意に介さない彼の様子からは、そんなことが窺えた。
「まぁいいか。好きなように呼んで」
「う、うん……」
「じゃあ逆に、俺は何て呼べばいい?」
「とりあえず……苗字で」
「分かった。じゃあ宜しくね、苗字」
刹那、彼の顔に意地悪な笑みを浮かび上がった気がした。
しかし私は、
「うん。宜しく、新田君」
「あえてのスルー!?」
新田君の取り乱した姿がとても新鮮で、つい失笑してしまった私につられ、彼も噴き出す。二人の間にあった距離が少し縮まったところで、彼が歩行のペースを速める。
彼の大股歩行に、小股で歩く私が付いていくのは正直大変だったが、それはそれでなんだか少し良い気分だった。
桜の花びらが綺麗に舞っている。
鼻をすすれば、『春の香り』がする。
多種多様な花々が互いの匂いを露骨に主張し合い、ぶつかり合うことで生まれる春の香り。
鼻呼吸をする度に嗅覚を刺激する、憎らしくて愛しい春の香り。
「綺麗だな……」
手のひらに落ちてきた一枚の桜の花びら。綺麗な薄ピンク色に染まったそれを見て、私はそう呟いた。 そして、
「恋できるかも……!」
だって、登校初日に超絶イケメンと知り合って、手まで握られてしまったんだから。何かあるのかもしれない。『恋』だって、できるかもしれない。
「え? 何か言った?」
「いや、何でもないよ!」
ニヤニヤとした笑顔を見られないようにするため、私は彼を追い越しながらも、どこか嬉しそうに、そう言うのであった。




