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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
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第四話 村の露店で少女は『家鴨』に溺れ、少年は『恋』に溺れる

 かつてない程にお腹は満たされていた……もとい、心が満たされていた。

 食後のデザート、リリーフ産苺のタルトをペロリと平らげた俺は渋めの珈琲が注がれたティーカップを口に運ぶ。あまりに優雅な朝。昨日までの森林生活がまるで嘘の様だ。

 ハーブティーを啜るシルメリアも一際満足そうな表情を浮かべている。

 台所の奥でミミリアさんの洗い物の音が聞こえる中、俺は彼女と会話を始める。


「実に美味しかった。お腹も満たされたし、ちょっと村の中を探索してみない?」

「何か探し物でもあるのか?」

「いや、ちょっと武具店なんかを覗いてみたいかなって。意外とこういう村に掘り出し物があったりするかもだしさ」

「成程な。私は構わんよ」

「ありがとう。じゃあもうちょっとしたら行こうか」

「では、支度をしてくるよ」


 言ってリビングを出て行くシルメリア。それを健やかな笑顔で見送る俺。

 ……な、何なんだこの自然な展開は!?当初の『村で食事』を済ませたにも関わらず、この流れは継続で良しなのか!?アリなのか!?

 もしかすると既にフラグは立っているという事なんですかいッ!?

 ……それにしてもおかしなもんだ。昨日出逢ったばかりでお互いの素性も知れない相手同士がこの後二人きりでデート紛いな事をする。彼女について分かっている事なんてホンの僅かばかり。容姿端麗な美少女で、シルメリアという名前と魔族であるという事、それにご飯を美味しそうに食べるところ、それだけだ。もしキッカケがあれば彼女の事をもっと知りたい。出来ればもっともっと話がしたい。


 ◆


「それじゃいってきます」


 ミミリアさんに挨拶をして宿を出る二人。また戻って来る事を考え荷物は置いていく。暫定的愛刀も部屋に残してきた。

 だってこれから戦闘しに行く訳じゃない。なんたってシルメリアとお買い物な訳だから。シルメリアは宿の外に出るや否やケープのフードを被る。勿論、そこには触れない。

 昨晩は夜の闇に撒かれて閑散としたイメージを持ったこの村も現在は宿の前に拡がるメインストリートに幾つもの商店が並ぶ。おそらく地元の人達が構える店とは別に路上に絨毯を広げて商いをする人間の姿もチラホラと目に入る。その内容の多くが野菜や果実、穀物だったりするが、中には装飾品なんかを売っていたりもする。

 さて、俺の本題は武具店。寿命が近付きつつある暫定的愛刀【詫丸わびまる】の代替となる物を探さなければ。

 元々フレデナントに着いたら武具店を周ろうかと考えていたが、ぶらりと立ち寄った(実際は死に物狂いで辿り着いたが)この村に掘り出し物があればラッキーってな事で。

 そもそも俺の扱う『刀』は東方から流れてきた武器の一種であってなかなかそんじゃそこらの店じゃ取り扱ってはいない。地域一番と云われる貿易都市であるフレデナントになら少しは取り扱い店があると思っているのだが。


「見てくれユウキ!あれは何だ!?」


 目で武具店らしき場所を探していた俺の服の裾をシルメリアが引っ張る。そして彼女が指差す方向には…………玩具??

 メインストリートの路肩に広げた絨毯の上に幾つもの木製玩具が並べられている。シルメリアがキラキラとその瞳を輝かせて指差すのはアヒルの形をした……なんだろう?


「おや、お嬢ちゃん。こいつが気になるのかい?」


 店主と思われる白髪白髭の老人がその木製アヒルを手に取り、シルメリアに尋ねる。それをまるで子供の様に何度も頷く黒髪少女。


「これは今巷で流行っとる【レイリー】というアヒルのキャラクターを模した玩具でな、どれ、お嬢ちゃん尻尾の辺りを吹いてみなさい」


 れいりーとな?


「うむ。こ、こうか……?」


 言われるがままに木製アヒル【レイリー】の尻尾付近に開いた穴に息を吹き込むシルメリア。


 ぴぴぃぃぃ〜ひゃら……♪


 おおぉぅ……なんと間の抜けた音色だろうか。何となく想像していた通り、笛になっていた木製アヒルのクチバシ部分から漏れる音が俺の身体に若干の気だるさを催した。と、まあそれは俺だけだった様子で……、


「何だこれは!?凄いぞユウキ!このアヒルの【レイリー】くんは笛になっているぞ!これは老人が造った物なのか?素晴らしい技術だな」


 興奮状態で玩具を讃え、老人に惜しみない称賛の言葉を送るシルメリアは木製【レイリー】くんの尻尾に何度も息を吹き込む。


 ぴぴぃぃぃ〜ひゃら……♪


 当然だが、その都度何とも言い難い音色が辺りに響く。よく見れば何と目つきの悪いアヒルだろうか。他人を睨みつける様な眼差しで余りにも太々しい。本家の【レイリー】くんとやらも実際こんな眼光なのかは定かではないが、俺は妙に愛せない。シルメリアもこれのどこが気に入ってしまったのかよく分からないが、女の子というのはこういうものなのだろうか?

 無邪気にも頬を紅潮させながら愛くるしそうな眼差しで【レイリー】くんとやらに興味津々な彼女。申し訳ないが俺は先程からその木製アヒルの目つきがやけに憎たらしく感じてしまう。


 ぴぴぃぃぃ〜ひゃら……♪


 その腹の奥に響く様な愚音をこの耳が捉える度、まるであの目つきの悪いアヒルに呪いをかけられているかの様に……。


「……それ、欲しいの?」


 どうしても【レイリー】くんに好印象を持つ事が出来ないがシルメリアは別だ。その木製のアヒルが気になってしまっているのが良く分かる。多少複雑な想いだが彼女の喜ぶ顔が見たい。そう思った俺が尋ねる。


「い、いや、いいんだユウキ。べ、別に【レイリー】くんが気になっているという訳じゃなく……」

「いいから。いいから。じいさんこれいくらだい?」


 言ってポケットの中から財布を取り出す俺に老人は告げる。


「500ゼルじゃよ。若いのあんたもやるのぉ」

「ははは、そりゃどうも」


 卑しい目をした老人の台詞をいつもの乾いた愛想笑いで躱し、硬貨を手渡す。

 『ゼル』とはここドラグー王国を始め、近隣諸国で用いられる通貨の事だ。詳しい事はよく分からないが何十年も前にバラバラだった通貨の統一化を図った《ヴァレリア委員会》がドラグー及びその同盟国の間に広げたとされている。他国では未だ以前の通貨が用いられる事もあるらしいがそれはその国でのみしか意味を成さない為、国外との貿易が盛んになっている近年では需要が下がっているとの事。

 ゼル硬貨、ゼル札の流通が頻繁化している現在、それが主流となっているのが俺にしたら当たり前で、それがなければ何かを買う事すらままならないのが現状だ。

 そんな貴重なゼルで呪いのアヒルを購入した俺。シルメリアの為と言えどこの玩具に500ゼルは些か高い気がするが。じいさんに足元を見られたに違いない。

 まあ何はともあれ……、


「ありがとうユウキ!この【レイリー】くんはずっと大切にするよ!」


 と、健気に喜び【レイリー】くんを抱き締めるシルメリアの姿が見れたという事で、良しとしよう。

 ところで俺も目的の物を探さなくては。


「なあじいさんはこの村の人かい?どちらにせよこの村に詳しいんだったら武具屋の場所を教えてくれよ」

「ほほほほ。わしゃ流れの商人での、この村の人間ではないのだが商売上ある程度この村の事は知っているつもりじゃよ」

「じゃあ……」

「何店舗か武具店は在るがどこも似たり寄ったりじゃ。少年お前さんはどんな武器を探しとるんじゃ?」

「いや、まあここら辺じゃ珍しいのかもしれないけど刀ってやつをね」


 ポリポリと頬を掻きながら受け答える俺に老人は軽く一笑する。ややイラッとする反応だったが、まあ当然かもしれない。西洋風武具が主要となっているこの大陸であくまでも刀はメインではない異国の武器なのだ。従来の武器と比べて強度が低い為、あまり需要がない、のだが……まあそれは使い手の問題であって批判する大概は素人だ。実際、今まで出会った人の中に何人か刀使いがいたけれど誰も劣ってなどいなかった。むしろその逆だ。


「生憎だがそれだったら諦めなさい。この村の店で扱っている物はどれもオーソドックスな物ばかりじゃよ」

「左様ですか」


 別にこれっぽっちも期待していた訳じゃないが予想通りの回答に若干の残念さを感じる。

 はぁ……これで村を周る理由もなくなってしまった。


「やっぱりフレデナントぐらいの大きな街にでも行かないとないのかなぁ」


 俺の中で当初の目的通りフレデナント行きが改めて確定した。一刻も早く新しい刀を手に入れないと不安だ。まだ暫くの間は以前の旅で手に入れた暫定的愛刀も保つだろうが万が一という可能性もゼロではない。まあ無理もない。無銘の業物といえど大した手入れも出来ないまま、ほぼ半年使い込んでる訳だから。入手当時は名前も分からず、それでは刀も可哀相だからと思い【詫丸わびまる】と命名したおかげで愛着も生まれてきた。少なくとも半年は俺の相棒として数々の戦いを乗り越えてきたんだから当然と言えば当然だが。

 ただ、この世界で武器がないという大きすぎる不安要素を抱えるなんて考えただけでも恐ろしい。一刻も早く新しい刀を探さなくては……。


「ユウキはこれからそのフレデナントカって街に行くつもりなのか?」

「フレデナントね。うん、そのつもりだよ。シルメリアはどうするの?」

「えっと、うーん……その……なんだ…………」


 途端にモジモジと言いづらそうに顔を伏せるシルメリアにクエスチョンマークの俺。余程言いにくい事があるのか、目を合わせてこない。何なんだ一体……考えても身に覚えはない筈である。


「な、なに?どうしたの?」

「その……もし、ユウキが嫌でなければ……」


 そこまで言って一旦口を摘み、彼女は一呼吸置いてから、ゆっくりと俺の顔色を伺うかの様に言葉を紡いだ。


「……私も一緒に行って良いかな……?」


 ────え?

 ……………………なんですと!?

 恐る恐る発した彼女の言葉を聞いた瞬間、俺の全身に電流が流れ、途端に麻痺状態に陥る。硬直する意識の中、パリーンッ!と何かが割れたガラス音にも似た戦慄が走る。ただし余韻を残して響くそれは耳を塞ぎたくなる様な歪な音ではなく、何かもっと心地良い響き。気付けば俺の回答を不安気に待つシルメリア。

 こ、これはきっとそういう事なんだな……!


「嫌な訳ないさ!ぜ、是非一緒に行こう!」

「本当か!?良かった、ありがとうユウキ!」


 思いのほか緊張して危うく台詞を噛みそうになったが、返答を受けてぱぁーっと表情に明るさを宿した彼女を見て、妙に胸がドキドキする。

 な、なんだ、良い感じじゃないのさ!?これはまさしくあれだ!

 俺にもようやく春がきた!ハルがキター!!


「ひゅーひゅー。昼間からお熱いのぉ」


 限りなく卑しい目で俺を冷やかす露店の老人をうるさいよじいさんと一瞥。でもまあ今だけは勘弁してやるさ。シルメリアが抱える【レイリー】くんも今ではとっても愛らしく感じる。呪いのアヒルが幸福のアヒルにランクアップした瞬間であった。


 うん、何だか俺、悪い気分じゃない……!

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