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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
銀の煌翼 編
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第十九話 消失した『化身』と銀翼の来訪者

 生きとし生けるものは皆平等であり、それが対を為す『人』と『魔獣』であろうとその限りではない。

 平等とは何を指すのかと問われれば、昆虫や軟体動物、精霊等の形而上に於ける存在を除き、生命とは骨格で形成され、肉や筋繊維を纏うという事であり、死に絶えれば肉は腐り、やがては風化する。


 ……だけど、それにはある程度の時間を要するのだ。


 絶命直後に姿形が消え去ってしまうなど摂理に反する。まして一瞬で跡形もなく蒸発するなんて事は有り得ない。


「……やはり、『化身』の類いだったか」

「…………『化身』」


 シルメリアが放った言葉の意味を頭が理解し始めると自然と背筋に嫌な汗が浮かんだ。

『化身』───それが意味するものはこの『世界』に於いてただ一つ、概念存在の最上位である【悪魔王デモン・キングアンゴルモア】の化身たる<異形種>を指す。

 魔獣種の上位存在とされている<異形種>など太古の『世界』が産んだ悪しき遺産程度にしか考えた事がなかった。それは悪鬼やつを斃した現在いまでもあまり実感が持てない。


 ───だが、冷静に考えてみるとどうだろうか。


 直で刃を通さない物理耐久とシルメリアの魔術でさえ動じる事のない魔法耐性。少なくとも魔術の扱いと破壊力に関して彼女の右に出る者は決して多くはない筈。

 今更ながら精神面を攻撃する魔術が効いてくれて助かったのかもしれない。万全の状態の奴をまともに相手していたら生命いのちが幾つあっても足りなかった筈。

 偶然に偶然が重なり、たまたま俺が魔術を無効化して《チカラ》に変換える《異能》なんていう都合の良い力を所持していたからどうにかなったものの、それなしでは相手にまともな傷を負わせる事もなく、呆気もないまま爆炎に捲かれて消し炭になっていたに違いない。

 そんな怪物が郊外とは言え、都市部に現れたと思うと今更ながらゾッとする。同時にソレを生み出した魔石の存在を思い出す。心臓を直に掴まれている様な悪寒が全身を蝕む。早く魔石アレを何とかしないと……!


「シルメリア、まずはあの石を急いで壊そう!あんな怪物をコロコロと量産されたらそれこそシャレにもならないさ」

「嗚呼、それには同意だよ。出来れば二度と<異形種>なんてものを相手にするのは御免だ」


 思いに同調したシルメリアと俺はレナト鉱山へと引き返そうと踵を返す。

 あんな魔石ものは存在しちゃいけないんだ。

 騎士団がどういう意図であの石を手中に納めたいかなんて知ったこっちゃないけれど、どうせロクな使い方はしない筈だ。それにヘタをしたら騎士団むこうは魔獣を生み出す魔石ぐらいにしか考えていない可能性がある。まあ、<異形種>を生成するだなんて俺でさえ夢にも思わなかったのだけれど。

 考えれば考える程に1秒でも早く魔石を破壊しないと───。


 刹那、駆け出した俺とシルメリアはその脚を止めた。

 <赤妖月デュミナス>の赤黒い月光に照らされても尚暗い闇夜に浮かぶ幾つもの気配。

 いつからそこに在った訳でもなく、今し方現れた複数の気配はゾロゾロとこちらとの距離を詰める様に近付いてくる。

 自然と警戒心が生まれ、そっと俺は刀の柄に手を伸ばす。

 やがて現れたのは見ず知らずの一団。数は目視出来る限りで六名。こんな夜分遅くにこんな郊外で何やってんだと言いたいところだが、それはこちらも同じ。


「───《ヴェンガンサ》……のハンターだな?」


 俺が相手の出方を警戒していると一団の一人がこちらに向けて言葉を放った。


「……だったら、何だって言うのさ……?」


 ギルドの名前が飛び出したという事はあらかた素性が割れていると考えた方が良いだろう。ただ、何故素性が割れているのかが問題だ。


「いやなに、俺達も《アナストリア》所属のハンターなんだよ。依頼を受けてここにやって来たってところかな」

「……依頼?」


 一団を代表して話す緑髪の男は一見爽やかな風貌に笑顔を混えて対話しているが、その実、却ってそれが腹の中を探らせない為の手段だと認識した俺はグッと警戒心を高める。


「依頼内容はこうさ───レナト鉱山への不法侵入をした《ヴェンガンサ》のハンターを捕えろ、ってね」

「……ああ、成る程ね。それだけで何となく察しが付いたさ」

「察し?君が言う察しが何に対してなのかは正直よく分からないけど、悪く思わないでくれよ。こっちも仕事なんだ。出来れば抵抗しないでもらえたら助かるな」

「抵抗したら実力行使って認識でよろしいですか?」

「話が早くて助かるね。御想像通りというところかな」


 お互いの口元から僅かな笑みが漏れる。下手な駆け引きなど無駄みたいだ。俺達が今晩レナト鉱山に潜入したのは軍の密偵であるマーヴェリックが掴んでいた魔石の存在を確かめる為だ。

 問題は《アナストリア》の依頼主とやらが『何故俺達 《ヴェンガンサ》が鉱山に忍び込む事を知っていた或いは推測していたのか』だ。

 それは単に忍び込まれて何かを知られれば都合が悪いからに他ならない。

 ぼんやりと暗闇に浮いていた黒幕と俺達との間に光が浮かび上がり線と線を繋ぎ合わせる。

『逆に』分かり易い展開に導いてくれて感謝したいところだが、それは後回し。俺が一刻も早くしなければならない事はあの魔石の破壊。

 やはり、この場は強引にも突破しなくちゃ……なんて事を考えていると、思いもよらぬ展開が起きる。


「ランディか……?おお、やはりランディだ!」

「君は確か……嗚呼、《ヴェンガンサ》……そういう事か」


 シルメリアがランディという名を呼ぶと緑髪の男もそれに反応して少しだけ渋い表情を浮かべる。この二人知り合いなのか?


「前にギルドでバイトをしていた頃、魔獣討伐の依頼で共闘したんだ。その時このランディが一団の指揮を取っていたんだよ」


 生まれた疑問を即座に解説してくれたシルメリア。


「共闘……とは言ってもほとんど君達ヴェンガンサの独壇場だったけれど、ね」


 片やランディと呼ばれた男はシルメリアの言葉に苦笑する。

 知り合いならば、この場は凌げるか?

 ……いや、どうだろうか。そうも甘い展開にはならない気がする。


「悪いんだけど、出来れば後にしてもらっても良いかな?こっちは急いでるのさ。その後でならいくらでも捕まってあげるからさ」

「そうしてあげたいのは山々だけど、こっちも仕事だからね。鉱山への不法侵入に加えて市街地での魔術使用……それもなかなか派手にやらかしているみたいだし、見過ごせないよね?」

「あんた達はさっきの怪物を見てないからそんな事が言えるのさッ。あんなものがまた産み落とされたら今度はどんな被害が起こるか……」

「怪物?君の言う怪物とやらは今現在どこに?君達が倒したのならば亡骸ぐらい在るだろう」


 想像通り話は通じなさそうだ。まあ無理もない。逆の立場だったら俺も素直に信じてあげる事は難しそうなのは理解出来る。


「ユウキ、おそらく話は通じない。強行突破しよう」


 先程まで知り合いと再会して明るい表情を浮かべていたシルメリアも現在では鋭い眼光を浮かべている。そんな彼女の台詞を受けて相手側の警戒心が一気に増したのが伝わった。

 正直ハンター同士で争っている場合ではないのだが、あちらさんにそんな事を説明しても聞き分けて貰える自信はない。


「……そうするしかないみたいだね」


 同意して柄を握り締める手に力を入れると隣でシルメリアが小声で呪紋スペルを紡ぐ。


「出来ればこういう展開は避けたいところだったんだけどね」


 緑髪の男ランディが嘆息して少しばかり困った表情を見せたのも束の間、その台詞が合図と言わんばかりに《アナストリア》のハンター達が身構えた。

 同時にこちらも隣のシルメリアの魔術が完成したのを感じ、展開を待つ。セオリー通りなら彼女の魔術を発動させたタイミングが口火となる───今まさにというところで張り詰めた空気は思いもよらぬ方向から進展を迎える事となる。

 ただそれはこちらにとってあまり良い進展ではなく……。


『───我が魔力ちからに応え、汝、其の理を示せッ……<グラビティ・バレッド>……!!』


 突如した声に俺はハッとして発生源───上空を見上げた。

<赤妖月>に折り重なる様にして十メートル程の上空に人の影……!


 ぐおおぉぉぉぉぉん……!!


 おそらく上空の人影から放たれた魔術によって大気が哭いた。


「くっ……しまった……まだもう一人潜んでいたか……!」


 見れば隣のシルメリアがうつ伏せている。見えない力によって身動きはおろか、魔術の衝撃に耐えている表情はとても辛そうに感じる。

 再び見上げた夜空には二対の羽根を生やした女性が浮かぶ。すぐにその翼が魔術によって形成されている事に気付いたが、この距離感では俺に成す術はない……いや、一つあるか……。

 上空の術士によって浴びせられた魔術はこちらの意志とは無関係に無効化され、身体の中で姿形を変えていく。

 ドクンッ……と波打つ鼓動に合わせる様、俺は上空に向かって抜刀する。虚空を切り裂く様にして生まれた黄金の衝撃波は三日月状に姿を変え、相手を襲う。


『おわっ……とっ!?なんで魔術が効いてないんだ……!?』


 瞬時に自分へと向かう衝撃波に危険を察し、空中で瞬きながらこちらの一撃を躱す上空の術士。

 体勢が崩れた事により、放たれている魔術が中断する。


「───今日はいい様にやられてばかりでそろそろいい加減にしてもらいたいな……!」


 隣で聞こえた声に振り向けば両腕に黒炎を激らせた魔族の少女が静かな怒りを表情に浮かべていた。


 ───バチバチッ……!


 湧き上がる魔力の奔流に少女の身体は紫電し、大気は静かに哭く。

 ちょっ……これは何かヤバい───そう感じた刹那、シルメリアは上空に向けて完成した魔術を惜しみもなく放出する。


「……深淵たる闇に其の身を焦がし、灼き尽くせ───<黒ノ大蛇(くろのおろち)>!!」


 シルメリアの両腕から放たれた黒炎の大蛇は内に宿る魔力を惜し気もなく乱れ散らしながら真っ直ぐ上空の術士に喰らいつかんと飛翔する。


『───ちょっ……!?何だよ、この魔法はよ……ッ!』


 驚きにも焦りにも似た言葉を耳にした直後、術者はその大蛇を躱す様に急上昇する。闇夜に紛れた魔力の翼から粒子が漏れて銀色に夜空が煌めく。

 術士が上昇すると禍々しい炎を宿した黒蛇も緩やかに角度を変え上昇し、獲物を追尾する。

 だが、シルメリアの魔術よりも術士のスピードの方が疾い。


『まあそんな事だろうと思ったけど、ねッ!』


 魔力蛇との距離を開いた術士は空中で急停止してくるりと振り返る。

 急上昇と同時に紡いでいた呪紋スペルにより、術者の両手がライトグリーンの輝きに包まれていた。


『フンッ……さあ来なよ。叩き潰してあげる♪』


 どことなく愉しげに鼻を鳴らして拳と拳を激しく合わせる。

 ちょっ……まさか迎撃するつもりなのか……!?


『いくよ……!!』


 俺の驚きと不安を根刮ぎ無視して術者の銀翼が再び煌めき、シルメリアの魔術<黒ノ大蛇>に向け、急降下する。


「なッ……!?」「オ、オイ……ッ!!?」


 隣で聞こえたシルメリアの声と正面のランディの声が重なった。俺は声も出ず、固唾を飲んでその結末を見据えた。

 術士は下降する勢いそのままに大蛇に右手で一撃を叩き込むと躊躇なく左手で追撃を加えた。その直後に魔術<黒ノ大蛇>は爆散した。


「……ルシェーナァッ!!?」


 呆気に取られる俺の正面でランディがおそらく術士の名を叫んでいる。ただ、正直なところあまりに無茶し過ぎだあの術士は。

 魔力と魔力でぶつかり合えば相殺される事はあれど、それは術の属性にもよる。あれだけ真正面からぶつけ合えばシルメリアの魔術を分解したとしても自分にまで反動がくる筈だ。正直、無事では済まされないさ……。

 術士の状態が少しばかり心配だが、俺にはやらなくちゃならない事がある。この状況でランディ以下 《アナストリア》の面子は上空に気を取られている。

 今が好機と言えば好機か……!

 そっと腰の緋天棗月の柄に手を伸ばす。相手の数は六。強引にいけない数じゃない……。

 俺がそんな事を考えていると周囲が一瞬騒つく。俺は上空に目をやらずに静かに腰を落とす。

 ───今だッ。

 右脚が地を蹴ろうとしたタイミングで俺とランディの間に突如人影が飛来する。

 ───なっ……!?

 思わず出鼻を挫かれて俺は体勢を崩しそうになりながらも何とかその場に踏み止まった。


「……おっと、不意打ちは感心しないなぁ」


 所々焼け焦げてボロボロになった衣類の埃を叩きながら目の前に現れた女は見透かす様にして不敵に笑った。

 ははは……読まれてたさ……。


「ルシェーナお前ッ、無茶しやがって……!」

「なんだいランディ、あたいの心配でもしてたのかい?そう言えばさっき大声で名前を叫ばれてたみたいだけど、あたいのファンでもいたのかな♪」

「お、お前なあ!ひとがせっかく───」

「あー、はいはい。そんなに興奮すると男前が台無しだよランディ隊長たいちょ


 ルシェーナと呼ばれた銀髪の術士は顔を真っ赤にしたランディを揶揄いながら無邪気な笑みを浮かべている。

 あまりに緊張感のないやり取りを見せられて戦意を失った俺は頭を掻く。一気に緊張感がなくなってしまった……。


「……で、まだやるかい?」


 身内とのやり取りを中断させてルシェーナがこちらに向き直り交互に俺とシルメリアに視線を向けながら問い掛けた。


「……魔力切れではないが、やめておくよ。先程の<黒ノ大蛇>には些か自信があったのだけれどね」

「そう言ってくれて内心ホッとしたよ。あんな魔術ものあたいだって何遍も受けてられないし、それこそ死人が出てもおかしくないからあまり対人で使用しない事をお奨めするよ」


 呆れた様な表情のシルメリアだが、内心はどうだろうか?あの魔術は今まで見た魔術の中でも何か質が違った様に感じた。流石に全力ではなかったかもしれないがそれに迫るものはあった筈だ。


「お嬢ちゃんはああ言ってるけど、そっちの彼氏はどうだい?」

「俺も……やめておくさ。別にあんた達と争うのが目的じゃないからね」

「そうかい。賢明な判断だね」

「ただ……俺達を捕まえるってんなら一つだけ話を……いや、頼みを聞いて欲しいさ。でなきゃ嫌でもあんた達と争わなきゃならなくなるさ」


 俺の口ぶりに静かに笑みを落とし【銀翼】は優しげな口調で俺の言葉に耳を貸してくれた。


「レナト鉱山の最奥に在る鉱石を一刻も早く壊さなきゃ大人しく連行されるつもりはないさ───」



 ルシェーナ、ランディ達 《アナストリア》の一行と再び潜ったレナト鉱山、そこには禍々しい光沢を放っていた魔石の姿が忽然と消えていた……。

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