第十六話 少年の『推測』は『確信』へと変わり、『最悪』へと変貌する
リムレア暦1255年 10月14日 未明
白と赤の月が頭上で交差する。星々は似て非なる兄弟の交わりを遮る事なく天空に所狭しと散りばめられていた。
<赤妖月>は兄弟月を覆う様にして世界を赤黒く染め上げ、<白宝月>はその背に隠れる様、その身を三日月へと変える。
生温い夜風が寝静まった鉱山都市にそよげば、どこか遠くで野鳥の鳴き声が混ざっては消え、街は昼の喧騒から漆黒のベールを纏い、夜に沈む。
「準備は良い?」
「勿論だとも」
闇夜に紛れて郊外に潜む二つの影。
言わずもがな影その一 俺は傍らの相棒に問い掛けると二つ返事で答えが返ってきた。
影その二 シルメリアは普段よりも一層全身を黒ずくめで覆い、口元にはこれまた黒のマスクを着用している。
かく言う俺もシルメリアに負けず劣らぬ全身黒コーデ。口元にはやはり黒マスクを装着している。
個人的主観の入ったNINJAスタイル。決め手は闇夜に靡く首に巻いた白のマフラー。ちなみにシルメリアのマフラーは赤い。
そもそも俺達が何故こんな格好をして潜んでいるかをまず説明した方が良さそうだ。……いや、正確にはこの格好に関して言えばまるで意味はないただの雰囲気作りに他ならないのだが。
時は遡る事、3日前───いや、日付が変わったから正確には4日前か───レナト鉱山で岩石竜を倒した後、傷付いたユミアをブルートリック2号館へと運び、リデルに殴り飛ばされた翌日の話。
前日にビルバッケの突然の介入によりその最中姿を消した男マーヴェリック。その調査を行なっていた矢先、余りにも簡単にその尻尾を掴んだ。
翌朝からレナト鉱山付近で張り込んでいたらノコノコと姿を現しては鉱内の様子を探っていた奴を発見し、とっ捕まえる事に成功。
前日に聞きそびれた男の事情を洗いざらい吐かせたのである。
思い出すだけでも悍ましいシルメリアさんの尋問により、半ベソを浮かべてマーヴェリックは全てを白状。多少の同情も感じたがそこら辺のくだりは割愛する……。
マーヴェリックという男が何者で、何故鉱山を調べているのか、そして鉱山には何があるのかという事。
それを俺は自らの目で確認しようとしていた。
「シルメリア、俺が先を歩くから後ろ付いて来て」
「うむ。頼りにしているぞ」
「あ……うん」
「ふふっ……」
バリケードで厳重に封鎖されていたレナト鉱山に潜入した俺達は魔洸の明かりを頼りに最奥へと進む。
何気ない会話の中で明かりに照らされて微笑むシルメリアの表情につい心を奪われかけてしまう自分を奮い立たせて改めて気を引き締める。
もしかしたらこの奥でもう一度戦闘を繰り広げなければならないかもしれない。
出来れば外れて欲しい予想だが、何故だかいつも以上に嫌な予感が早鐘となって胸を鳴らす。
それはあっという間に辿り着いてしまった鉱山の最奥地に到達する頃には警鐘へと変わっていた。
静まり返る鉱内。真夜中だというのにも関わらず周辺に設置された魔洸石によって鉱山内部は明るく照らされている。
当然人影はない。そもそも先日の魔獣出現という『事故』により採掘は未だ中断されていて鉱夫はおろか人の立ち入りは禁止されている。
魔獣出現の3日後には依頼を受けたフレデナントのギルドから派遣されたハンターやらが現地調査を行なったが何の異変も見られなかったという。
何も起きないのが最良ではあるが……だったら何だって胸に纏わりつくこの悪寒の正体を誰か教えてくれよ……。
「特に変わった様子はないみたいだな」
不意に先程まで背後にいたシルメリアが辺りを見渡しながら俺の前に出る。
その一歩に警鐘は激しくその呼応を響かせる!
「待ってシルメリア!それ以上は……!」
「え……ど、どうしたんだユウキ……?」
咄嗟に掴んだ彼女の細い腕をこちら側に手繰り寄せその身を抱きかかえる。普段なら赤面どころの話ではないのだが、今はどうしてもそんな気分にはなれなかった。
腕の中で少しだけドギマギしている様子だったシルメリアはすぐ様異変に気付き、冷や汗を浮かべながら俺が睨み付ける視線の先へと同じく目を向ける。
鉱山最奥の最深部。未だ岩肌が粗く削られた壁面から僅かに漏れる深紫の光。それは観る者を魅了する艶やかな色合いにも似て、それに混ざるおよそ邪悪な煌めきを意図的に紛らわせているかの様に妖しく光る。
「ユウキ、あれは……何だと思う?」
「正直分かりたくもないけど……おそらくアレがマーヴェリックの言っていた『騎士団の目的』ってやつだと思うさ……」
嫌な予感は得てして損な事ばかりではない。
体質的に予期せぬ事態に遭遇しやすい俺からしてみれば事前に危険を察する事の出来る防衛システムでもある。
だから本当に回避したい厄介事に自ら首を突っ込まない限り、俺は俺の意志と直感でそれから背を向く事が出来るのである。
本来ならば今回の件も大方それに該当する。
ギルドからの依頼とは言え、基本命あってのハンター稼業だ。俺達に依頼したヘンリーくんだってきっとここまでの事態は想定していなかったに違いない。というかそう思いたい。仲間想いの彼がここまでの展開を見据えて俺をこんな危険な場所へ送り込むとは思えないからだ。
目の前で壁面から漏れ出す光の量に比例して岩壁が少しまた少しと崩れ落ちてその正体を白日の下に晒す。
光量は先程までとは比べ物にならない程増したが、目が眩む程ではない。何故なら輝きはないのだから。
マーヴェリックが言った《銀栄騎士団》が秘密裏に回収しようとしていた謎の鉱石。その正体が自らの存在を証明するかの様に俺達の前に姿を現した。
現れたのは俺の頭部程の大きさの石ころ。妖しいまでに揺らめく深紫の灯火はまるで無数の腕がもがいている様相にも似ていた。
「鉱石か……?それにしても何だこの胸を締め付ける様な違和感は……」
「……あまり良い感じではないね……」
二人が感じたものはある種同じであり、また別の意味で全く違うものに違いない。
シルメリアは正体不明の不気味な違和感に苛まれている。そこに関しては全く同じなのだが、ただ、それ以外は全く違った。
前に一度だけ訪れた王国の神代図書館。そこで読み漁った文献の一つに記されていた邪を生む魔石の伝承。
正直これっぽっちも信じていなかった。だからシルメリアを鉱山潜入に誘った。また同じ様な魔獣が現れないとも限らなかったから。
……だけど、安易だった自分を現在は呪う程後悔している。
推測が確信へと変換るまでにあとどれだけの時間が残されているのだろう……。
「シルメリア……魔術の準備をして」
「え……?今此処でか?しかし、何故……」
そりゃ彼女の反応も当然だ。だけど、俺はやらなくちゃいけない。
この鉱石を一刻も早く破壊しなければ───。
「あ……」
情けなく俺の口から声が漏れた。
「な、なんだあれは……!!?」
隣でシルメリアは驚愕している。
だが、無理もない。俺達は現在は目の前で有り得ない光景を見せられている。
俺達と鉱石を隔てた『虚無』に深紫の光が集まっていく。たちまち、光の凝縮は余りにも濃い深遠へと姿を変換え、空間を歪ませた。
現実から掛け離れた様な事象を目の当たりにして情けない事に俺は身を震わせていた。シルメリアの肩を抱くその手にだけ力がこもる。当のシルメリアも目の前の光景に目を奪われている。
やがて凝縮した深遠は新たなカタチを形成していく。
それは人にとっての悪で、世界にとってはどちらが正解で間違いだなんてどうでもよい程の存在。ただ、紛れもなく世界に存在し得る人の『対』となる生命体。
俺が日頃から感じているこの『惑星』の違和感であり、元凶。人が繁栄し、蔓延るこの世界に於いて人を否定し、寄り添う事の出来ないもの。悪の化身の残滓は紛れもなく存在する。
その一部が禍々しき深遠から姿を変換え、俺達二人の前に降臨した……。




