第十四話 金髪少女は立ち寄った飲食店で二つの『出会い』を果たす
リムレア暦1255年 10月12日 12時10分
気晴らしに宿場を出たユミアは武装を解いたワンピース姿でおさげを揺らしながら街を闊歩する。
目的地なんてない。本当にただの気晴らしのつもりだった。だからリデルやステイシアの付き添いも断りひとりきりで宛てもなくアルビスタの街をぶらつく。
時刻は正午を回った辺り。宿場近くには鉱山都市の飲食街が隣接しており、昼時という事もあって存外賑わっていた。
不意に通りすがりの若い男女に目が止まる。
お昼は何を食べようか、私は何が良い、僕は何が良いなと、他愛もない会話が耳に入る。
少しだけやるせない想いが胸の内側から生まれたが、そっと扉を閉める様に瞼を伏せた。
ふと、その時、妙に唆る香りが鼻腔を擽った。
懐かしくもその香りがここ数日あまり食事すら喉を通らなかったユミアの食欲を唆った。
ぐるるるるぅ〜……。
途端に鳴り出した自らの腹の音を聞いて無意識に赤面して慌てるが途端に一人だった事を思い出し更に頬が熱くなった。
◆
意を決して入った飲食店は昼時という事もあってか賑わいをみせていた。さして広くもないが狭い訳でもない店内はチラホラと空席もある。
テーブル席は団体で埋まっているがカウンター席ならいけそうだ。
「いらっしゃい!お嬢ちゃん一人か?」
おそらく店主であろうエプロン姿の初老の男性が店内に入るや否や声を掛けてくれた。
「ハ、ハイ。一人です……」
少しだけ緊張していた為、声が吃ってしまった事に少し赤面しながらも案内されるがまま予定通りカウンター席へと通される。
生まれてこのかた一人で飲食店を訪れた経験がないユミアは席に着いてもまだどこか落ち着かない面持ちでメニュー表を手に取る。
少しばかりくたびれつつも年季の入った品書きに目を通すと未だ見慣れない文字の羅列に少しだけ軽い眩暈を起こしかけたが、決して読めない訳ではなかった。
彼女は同年代の少年少女に比べれば少しだけ勉強も出来たし、その自負もあった。それは勿論運動もそうだが、少しコツさえ分かればすぐに理解して吸収してしまう。
だから彼女にとって言語を読み書きするのに2年という月日は十分な程の時間だった。それに何故だろうか言語自体どこか見覚えがあり、懐かしさまで感じた。当然そんな事は有り得る訳もないのに……。
(えっと、お蕎麦は……)
羅列の中から目的の品名を見つけ出したユミアはどことなく恐縮した様子で注文をした。
◆
丼から湯気が上がる。無意識にその香りを吸い込むと脳が幸福感と空腹感を同時に伝える。
「い、いただきます……!」
誰にも聞こえない程度の声を漏らし、手を合わせて箸で麺を掬い上げる。すると薄黒い麺がまるでキラキラと黄金の様に感じた。まあ大袈裟な話ではあるが少なくとも彼女にはそう見えた。
掬い上げた麺を一気に口の中に放り込んで啜ると蕎麦つゆの味が広がり更なる高揚感が拡がる。
たかが田舎蕎麦でここまで大袈裟に喜べるとは思いもしなかったが、まさかこちらで蕎麦が食べれるなんて想像もしていなかった為、とんだ暁光だ。
隣国ルチルの旧アカツ領でのみ存在すると噂される秘伝の『アカツ黄金蕎麦』なる物をいつか食してみたいものだ。なんて事を考えながらはふっはふっと蕎麦を啜る。
と───、
「───にしししッ、何だかえらい美味しそうに食べてるねお嬢ちゃん」
背後からした声に一瞬ビクッと肩を竦めるユミアの隣の席にその声の主はどかっと座り込んだ。片手に麦酒の入ったグラスを握りしめたままこちらの顔を覗き込んでニカっと笑みを浮かべている。
───あたし、そんな表情して食べてたんだ……。
少しだけ恥ずかしくなり赤面したのが自分でも分かった。
「あ、あの……」
「あーごめんごめん、いきなり話しかけて。深い意味はないんだ。お嬢ちゃんがあまりに美味しそうに食べてたもんだから」
「ううっ……」
美味しそうに食べていたというのは否定出来そうもない。身じろいだユミアを見て隣の女性に更に笑顔を浮かべながら「最高の肴だよ」なんて言いながらグラスの中身を一気に飲み干した。
「おやじぃ、麦酒もう一杯!それとこのお嬢ちゃんが食べてるやつ、あたいにも頂戴」
注文を終えた女性はポカーンとしていたユミアに気付いて少しだけ照れた様に頭を掻いた。
「いやー、どうも他人が美味しそうに食べてる物に弱いんだなぁ」
「ふふっ……」
少し子供ぽい女性の仕草に思わずユミアはくすりと笑っていた。何だか危なそうな人ではなさそうだ。
「でも実際美味しいですよ、これ」
「にししし。それはお嬢ちゃんの表情見てれば分かるよ」
「あははは、何回も言わないでくださいよ。それはそれで恥ずかし───」
会話の途中でユミアは思わずギョッとした。
今まであまり気にはしていなかったのだが、隣の女性の服装に目がいってしまった。そしてもう少し正確に言うのならその胸元に。
女性は胸元が空いたタイトな白ニットを着用しており、空いたその隙間から自然と強調されたバストが存在を主張していた。17にもなって未だ発展途上中のユミアからしてみれば羨ましくもあり、どこか妬ましくも感じた。
「ん?どうしたのさ突然?」
「……ハッ!あ、いやいや、何でもないです……!」
天色の瞳に覗かれて我に返ったユミアは慌てて取り繕う。見ず知らずの他人に対して何やっているのだと首を振り邪念を振り払う。
でも良く見れば綺麗な人だ。
くっきりとした顔立ちは綺麗に整っており、あどけなさを見せる表情はあざとさもない。おそらく年上であろうが、可愛く見えてしまう。
プロポーションもかなり良さそうで、露出は多めだが、おそらく男性が好みそうな体型だ。
そして何より目を引くのが煌びやかに艶のあるポニーで纏めた銀色の髪。
一度見たらなかなか忘れなさそうな美人であると今更ながらユミアは考察した。
で、あるからして彼女が導き出した結論は……。
「お姉さんもしかしてモデルさんとかですか……?」
「え……?」
不躾なユミアの質問に女性は目をまんまるくして少し驚いた様子を浮かべた。
ストレート過ぎて失礼な質問だったのかとユミアが肝を冷やしかけた刹那、隣の女性は勢い良く吹き出した。
「にしししししッ……!お嬢ちゃんいきなり面白い冗談言うね。あーお腹痛い……!」
「えっと……あの……」
涙を浮かべながらお腹を抱えて笑い出した女性を前に困惑するユミア。自分は何か間違った事を言ってしまったのかと、それがこの人にとってはツボる要素だったのかと頭に疑問符を浮かべる。
「……あー、笑わせてもらったよ」
「そ、それはどうも……」
息を整えながら涙を拭う女性。カウンターに追加で頼んでいた麦酒が届くや否や豪快にグラスを煽る。
「ごめんごめん。なかなか面白いお嬢ちゃんだね」
「まああたしとしては何がそんなに面白かったのかはその実分からないのですけど……」
「にしし、そりゃ確かにそうだ。じゃあ楽しいひと時を過ごさせて貰った御礼に自己紹介するね。あたいはルシェーナ……ルシェーナ=ミルサンダー。ハンターだよ」
にっこりと微笑んだ彼女は真っ直ぐとこちらを見て握手を求める様に手を差し出す。
「…………え?」
片やユミアは呆けた声を上げてから差し出された手に気付き慌てて自分の手を差し出した。




