第十話 鉱山都市で少年は両手に『華』を抱え闊歩する
□鉱山都市アルビスタ 宿屋ブルートリック2号館 105号室
リムレア暦1255年 10月08日 12時00分
……恥ずかしいくらいに俺の予想は空振りした。
俺達一行が鉱山都市アルビスタに到着してから間もなく1週間が経過しようとしていた。
俺は宿場の自室───ベッドに寝そべり、白い天井を見つめながら思考を巡らす。
さて、予想が空振ったとはまさしくそのままの意味で、何も起きやしないし、進展もない。
ビルバッケがフレデナント支部のヘンリーくんと連絡を取ると息巻いていたが、はたしてそれはどうなったのか?
状況が分かっていないのにも理由がある。
その当人であるビルバッケ氏の消息が不明だ。
逃げ出したとは考え難いがこうも姿を見せないんじゃ考えたくもなる。
何も別にこの1週間俺だって何もしていなかった訳じゃない。
こちらから宿の魔導通信機でフレデナント支部に連絡を取ってみたりもした。それも毎日の様に。
結果、分かった事は通信機の使用代が思ったよりも嵩んだ事と、こちらがフレデナントを発ったと同時にヘンリーくんは出張で街を出ている事。それも行き先を誰にも告げず。
後者のそれ自体が異様である事に間違いはないが、そこから先は俺の推測の域であるので割愛する。
ただ、収穫と呼べるものかも怪しいが、毎日ギルドに連絡を取って得た事もある。
レナト鉱山についてだ。
そもそもあそこで鉱夫達は何の作業を行っているのか……。
「ユウキ、ユウキ、ユウキー!なあユウキ!」
俺の思考を遮ったのは他でもない魔族の少女。
先程まで部屋着だったはずが紫黒色のチュニックにスカート、黒タイツに皮のブーツを身に纏っている。
首からは紫黒宝玉を納めたネックレス。さすがにこの1週間胸鎧装等の武装は解除している。
……で、だ。
「着替えてどうしたの?」
そんな身支度を整えてどうしたのか、と。
「ユウキこそ何故まだ身支度をしていないのだ?」
質問に質問で返す彼女は怪訝そうに言う。
「時計を見るのだユウキ。お昼の時間だ」
ビシッと効果音が聞こえてきそうな勢いで部屋の壁に括り付けられた時計を指差すシルメリア。
釣られて目蓋を細めると時針と秒針が頂上で重なり合っている。
正直何をしている訳でもないのでお腹が空いてもいない。珈琲くらいで済ましておこうか。
「分かったよシルメリア。ちょっと待ってて、着替えるから」
「うむ」
聞き分けの良い返事にシルメリアは笑顔で答えると俺は着替え始める…….のだが……。
「……ちょっとシルメリアさん」
「何だ?」
「いや、そのちょっとだけ後ろを向いていてくれませんか……?」
「それは何の意味があるのだ?」
いやいや、察してね、生着替えだよ?公開着替えじゃん。さすがに俺も部屋着から外着に着替えるから下着姿になるし、恥ずかしいさ。健全なティーンエイジャーはまだそこのところ羞恥心という抵抗があるもんさ。
「さ、さすがに見られてるとちょっとだけ恥ずかしいさ……」
何これ?言ったそばから自分の発言が逆に恥ずかしい。男子から女子に展開って却って情けなくも感じる。
「別に私は気にしないぞ」
「一応俺は気になるのですが」
「私だって先程───目の前で着替えていたぞ」
「え…………?」
シルメリアの発言に俺の中の時は静かに止まった。
やがて徐々に再起動を始める思考回路。
『目の前で着替えていたぞ』の意味をゆっくりと考察していく。
『先程』、それはつまり今しがたの事。きっと何時間も前の話じゃない。ついさっきが『先程』なのだ。
それは俺がこの1週間を振り返りながら思考を巡らせている合間……シルメリアはすぐ近くで着替えを……。
想像したら何だかのぼせそうになってくる……。
ヤバイ、ヤバイ───!!
「ど、どうしたんだユウキ?鼻血なんか出して!?」
驚いた表情のシルメリアで察する。
既にヤバかった。のぼせてしまった様である。
想像してしまっただけでこの体たらくなら生着替えを不意打ちで目撃してしまわないで良かった。
その時、俺は間違いなく……絶命する……!!
◆
外出用の服に着替えて俺とシルメリアは自室を出る。
パーカー付きの服にズボン、ブーツと愛刀。シャツに短パン姿だった部屋着と大差はないが、一応俺の中では外着との線引きが成されている。
とりあえずホテルでの食事は飽きた。選択肢としては外食の一択で。さて、何を食そうか……。
「───あッ……!?」
まさに部屋を出たその直後、こちらを発見して露骨に驚きの声を上げるユミアに遭遇。
「おはようユミア……って、もうお昼だからおはようはおかしいか」
「お、おはようガミキ!二人はこれからお出掛け……かな?」
「うん。昼食をね。流石にホテルでのご飯は飽きちゃったさ」
「……ふ、ふたりきりで昼食……!?」
ワナワナと唇を震わせるユミア。その顔面が硬直している。まさか外食が羨ましい訳でもあるまい。どした?
「ユミアも一緒に行く?」
「……い、行く!!行くよ、行きたい!行って良いの!?」
不意の外食に心躍らせる子供か。一応ツッコミは胸の中に留めつつ。
折角だし、一緒に行こう。結局ユミアとは再会してからゆっくり食事も出来てない訳だし。と言うよりか、あのリデルとかいう兄ちゃんが意図的に俺とユミアを二人きりにさせない。奴はアイドルのマネージャーか何かか?
かくして俺とシルメリアとユミアの初めて組み合わせは宿場を後にして街の食堂を探す事に。別に食堂に拘っている訳ではないので、露店や酒場飯でも構わない。
つまりはシルメリアさんのお腹が満たされれば俺としては万事オーケーな訳である。
昼過ぎにはフレデナント支部との定期連絡を行なっているので、魔導通信機のあるホテルに戻らなければならない。
ともあれば近場で何処か良さげな所はないかと散策する。
右にはブーツ以外全身黒づくめに近い黒髪ポニテのシルメリア、左には白の膝下ワンピースにレザーブーツ姿の金髪おさげのユミア。
対照的なレディー二人をエスコートしていると周囲の視線が向けられている事に気付く。理由はあらかた察するが、スルーの方向で。
軽めの昼食を済ませた俺達は───尚、一名は除く───まだ少し時間があったので鉱山付近に足を運んだ。
ヘンリーくんから鉱山警護の仕事を請け負って早1週間が経過する。鉱山側がギルドからの依頼を知らないのは不自然極まりない。もしや、連絡漏れという可能性も否定出来ないと当初は考えたがあまりにも時間が経ち過ぎている。
ビルバッケが姿を消した理由は要として知れないが、連絡が漏れていたにしたら1週間経っても事態が進展しないのはおかしい。それに加えて肝心なヘンリーくんも姿を消している。
だからこそ、警戒しなければならない。
この鉱山───レナト鉱山には何かがある。
「そうやって最近はよくあの鉱山の入口を見ているな」
思考を巡らせていた俺にシルメリアが微笑みながら言う。
「ユウキは自分で気付いていないかもしれないがなかなか鋭い目付きで鉱山を睨んでいる様だぞ、ふふっ」
「あ……っと、俺そんな目付きしてたかなぁ?」
「それに関してはあたしも同意かな。ただでさえキミの目付きは良い方ではないから余計に、ね?」
「そんな、ユミアまで……」
二人が言うのなら間違いはないのだろうが、まるで無自覚な自分に心の中でドンマイとエールを送っていた俺の視界は鉱山入口付近を歩いている男を捉えた。
年齢はおそらく二十代後半の衛兵風の男。身なりは銀の胸装甲にボサボサの黒髪、腰には剣。
何故衛兵風だと思ったかは左腕から垂れる腕章が遠目に見えたから。生憎俺の視力ではその腕章に描かれた紋様がどこぞの所属を表しているのかまでかは分からない。まあ粗方予想は付いているが……。
というより、問題は別にある。
あの男を鉱山前で見掛けたのはこれで何度目か……。
一応鉱山を気に掛けながら1日に数回ここを訪れているが、高い頻度で彼を見掛けている。
ここは郊外に近いアルビスタの街外れ。偶然と言うには少しばかり無理がある頻度だ。
見たところ相手は一人。ここ数日で仲間らしき者は見ていない。
ここは思い切って声を掛けてみるか……?
「二人共、ちょっと待ってて」
「ん?どうしたのだユウキ」
「ちょっ……何処に行くのよガミキ?」
まあまあと二人に軽く手を振りながら俺はすたすたと鉱山の入口に向かう。正確には入口付近から中を覗いている衛兵風の男の下へだ。
「あのぉ、ちょいとすみません」
「ひぃぃいいッ…………?!!」
背後からの俺の声に予想以上の声を上げて男は飛び跳ねる。そうなるよなと思って一応声のボリュームを絞った心遣いはあまり効果がなかったみたいだ。
「な、何なんだ急に君は!?何か俺に用でもあるのか!?」
申し訳ないんだけど、喋り口調がどうも怪しい。見るからに動揺している様子だが、それは俺が背後からいきなり声を掛けたのもあるかもしれない。
「いや、おにいさんいつもこの鉱山覗いてるから何があるのかなぁと思ってさ」
「───ッ!?」
「多分俺の気のせいではないと思うからちょっと声を掛けてみたいだけなんだけどもさ」
「確かに……俺は───」
ちょうど男が何かを言い掛けた時だった。
事態は思いもよらぬ方向へと動いた……!!
…………ゴゴゴゴゴォォォ…………!!
「え……!!?」
自分でも無意識に思わず声が漏れてしまったのは鉱山の奥からけたたましい音が鳴り響いたからだ。
崩落や落石の類いの音ではない……これは───!?
「何で鉱山から魔物の声が……!!?」
俺の言葉を代弁するかの様に衛兵風の男が驚愕する。
驚きには同感だが、俺にはある種別の懸念があった。先程の雄叫びは魔物風情のものではない……もう少し上位のもの……即ち、魔獣種───!!
「何よ今の音ッ!?」
「鉱山の中からか?」
ユミアとシルメリアが慌ててこちらに駆け寄って来る。
…………ゴオオォォォォン…………!!
同時に再び鉱山内から轟く咆哮。
脳裏に鉱山夫の安否が過ぎる。
「……チッ」
らしくない自分を内心なじりながら俺は俺自身に舌を打つ。
厄介事に身を投じるのは本望じゃないが、このままここで立ち尽くしていればいただけ中の人間は危険に晒される。いや、もう既に遅いのかもしれない……それでも俺は……。
「シルメリアとユミアはここで待っていて!俺は中の様子を見て来るさ!」
戦闘にでも巻き込まれれば鉱山内でシルメリアの魔術は自殺行為だ。ユミアに至っては丸腰だ。とても連れては行けない。
───もしかして俺も大人しくしていた方が良いんじゃないだろうか?
冷静に状況を見定めようとする頭とは対照的に俺の脚は鉱山内へと駆け出していた……。




