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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
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第二話 夜の森を抜けた少年は『空腹』と戦う

 とりあえずは腹ごしらえだ。腹が減ってちゃ何とかって言葉がある様に空腹はこの世の地獄に等しいと知る。

 嗚呼、こんがり焼けたシニル鶏のグリルが食べたい。温かいコーンスープが飲みたい。食後には甘い甘いデザートと口直しの渋い珈琲があったら最高だ。

 考えただけでもよだれが止まらない。同時に忘れかけていた腹の音も響き始める。脱力に襲われ、心なしか視界も霞んできた。俺超無気力。

 そんな心情を知ってか知らず、前を歩くシルメリアは足を止め、俺の顔を覗き込む。


「どうしたユウキ?具合でも悪いのか?」


 うぉぉぉっ!?と思わず声を張り上げてしまいそうな自分を必死に押し殺して、吐息が伝わりそうな距離にあるシルメリアの顔を凝視する。

 出逢って間もない男子に詰める距離と違うよお嬢さん!?

 空腹なんて一瞬でどこか遠くへ飛び去ってしまうこの状況に心拍数が急激に上昇。ある意味ではこれも頻繁に続けば身体に良くはない。


「無理せずにやはり一旦この辺りで休もうか?」

「だ、大丈夫……ただ、ちょっとお腹が空いただけなんで」


 このままではヤバイとすぐに彼女から距離を取り、目を反らす。わざとらしく頬をポリポリと掻きながら。


 お腹が空いた。まずこれを最優先に解決する事が重要だと考えていた俺だが、彼女は言った。

 ───この森を抜ける事が先決、だと。

 呑気に狩りをして、腹ごしらえ!なんて悠長に焚き火でも起こしてるところに先刻のフルアーマー勢が襲撃してこないとも限らない状況の中、そう言われてしまえば特に反対する理由もない。

 それにこの三日間、何度も狩りをしようと胸に誓っていたのだが、結局何に遭遇する訳でもなかった。まあそれはそれで良いのだが……。

 そこから論点は外れるが、それよりも俺には気になる事が……。

 もしかしてこのまま一緒に行動するという事なのだろうか?

 あくまでもこの森を出るまでの間かのかもしれないけれど、何故か胸の高鳴りを感じてしまう自分がいた。


 この後、何度か獣との戦闘を制した俺達は(今更意外と遭遇した)二時間ばかり歩いて(正確には彷徨って)ついに道標となる木造りの看板を発見した。矢印と文字が刻まれた森脱出の唯一の可能性を秘めるそれを俺らはまじまじと覗き込む。


「なになに……えーっと……」

「あちらの方向に進めばあと2キロ程で村があるみたいだな」

「た……助かった!俺はもうこれ以上の空腹はダメさ!頭がおかしくなっちゃいそうだよ」

「確かに。言われてみれば私もお腹が空いたな」

「じゃあ早いところ森を出て何か食べよう!いや、待て……こんな夜更けに食事にありつけるかな……?何とか宿屋の人を叩き起こして……」


 俺があーだこーだと腕組みがてら頭を捻っているとシルメリアの浮かない表情に気付く。はて??


「ど、どうしたの?あ、一緒にじゃ嫌かな……?」

「いやっ……そういう訳ではないんだが、その……お腹は空いているが……」

「??」


 本当に言いづらそうな彼女は俯いて言葉を濁す。もしや、何かNGな事でも言ってしまったのか俺!?いや、待て待て!そんなに変な発言はしていない筈だ。

 まさかまだ出逢ってすぐだというのに一緒に食事とかは早いのか!?早すぎてしまったのか!?むしろそれを言った事により、チャラいとか思われているのかもしれない……。

 チャラいのか?いや、チャラいな!ヤバイな!分からないな!恋愛経験値ゼロが今となっては仇と出てしまう!い、一体全体どうしたら……。

 苦悩する俺をチラッと見て、シルメリアはとても気まずそうに口を開いた。


「お腹は空いたのだが、なんだその……持ち合わせが……ない……」

「…………ん?え……?な、なーんだ!そんな事?俺が持ってるから大丈夫さ」

「え?えっ?そ、それはユウキが食事代を払ってくれるという事なのか……!?」

「え、うん。余裕っす」


 得意気に突き出した親指に目を真ん丸くしたシルメリアは驚嘆の表情を浮かべている。よもや信じられないと言わんばかりに。

 些か大袈裟だなぁと思いつつもすぐに女性を食事に誘う軽薄な人間だと思われてなくて良かったという安堵感の方が大きかった。


 森を抜けて暫くすると舗装された街道が姿を現し、視界の先には暗闇の中に聳える集落と呼ぶには少し大きく、街と呼ぶには規模が小さすぎる所謂村が存在していた。正確にはあまり視力の高くない俺ではなくシルメリアの視界にだが。

 一刻も早くこのペコポンなお腹さんに何か摂取させてあげなければマズイ。

 クレームみたいな腹の音アラームが警鐘音じみてきた。よもや生命の危険すら感じ始めている。実際は一週間くらい何も食べなくたってなかなか人は死なないって本で読んだ事があるけれど、あれは正確ではない。何故なら今俺は死にそうだ。

 正直な話、このタイミングで森を抜けれて良かった。

 もし何度か戦闘をする羽目になっていたら魔力を使う状況になっていたかもしれない。

 俺は使えない=使わない前提だからまだしも、彼女は違う。

 少しばかり回復したとは言え、所詮僅かに魔力が戻った程度だろう。

 個人差はあるかもしれないけれど、基本的に人は消費した魔力を短時間で自己回復出来ない。

 食事や睡眠、まして回復薬ポーション魔力回復薬マジックポーションを使用したのなら別の話だが、そうではない。

 彼女の言っていた「一度魔力が尽きた」というのが本当ならさした回復もしてない筈だ。

 枯渇しかけた魔力を無理に消費していけばそれこそ生命を削り兼ねない。

 魔力とは何とも便利な力だなと思う反面、それが当たり前になってしまえば使用出来ない時に自分の非力さを感じてしまう……かもしれない。

 と、まあそんな風に考える人なんてなかなかいないのかな、この世界では?

 個人差はあるとはいえ誰しも魔力を宿しているのは『当たり前』なのだから。

 そうなれば、まったくその『当たり前』とやらを当たり前に応用出来ない俺は何?てな、話になってくるな。

 また自分で自分の首を絞めて気落ちするネガティヴキャンペーンを開催するのはやめておこう。余計に虚しくなるからさ。


 そんな事を考えていると気付けば村の入口に辿り着いていた。

『ようこそリリーフ村へ!』なる木彫りの看板に出迎えられ、村へと足を踏み入れる。


 夜の静寂に沈む村は当たり前の様に人影一つ見当たらない。

 村の入口からメイン通りにかけて建ち並ぶ家々も夜の帳に包まれて気配すらも感じられない。

 正確な時刻が分からないものの現在は真夜中である事は明白だ。

 ポツポツと一定の間隔で建ち並んでは周囲を照らし出す魔洸石を用いた街灯がなければ辺りは闇に包まれているだろう。

 サッとシルメリアがケープのフードを深く被るのが横目で見えた。敢えてそれには触れず、隣を歩く彼女の事を考えてみた。

 尖った耳に緋色の瞳を持つ少女。これは人間族ではないという事を意味する。

 この<ルーゼン大陸>で……いや、この世界で赤い瞳を持つ人種は限られている。人間よりも長寿な魔族という種族に他ならない。俺も少し前に魔族の知り合いが出来ていなかったら知らなかった事だが。

 魔族とはこの世界に存在する数ある種族の中の一つで、数多の国家がひしめく<ルーゼン大陸>に於いてその人口はあまり多くはないと言われている。

 実際のところ詳細はよく分からないのだが、大陸を真ん中で二分割した東側に在る《ヴァレリア委員会》が統治する国々で魔族を見かけるのはそこそこ珍しい。

 何故なら人間のみの集団で大昔に設立された委員会は人間至高主義じみた傾向があり、大陸半分の実権を握り始めてきた頃から管轄下にある各国を人間中心の政治に切り替えている。

 その結果、元いた種族の過半数が故郷を捨て委員会の息が届かない大陸の西方或いは他の大陸へと移り渡っている。

 《ヴァレリア委員会》の総本部が在り、委員会発祥の地であるここ軍事国家ドラグーは近年、他種族への風当たりが強くなっているという。

 別に魔族だから悪い奴らとか、そんなのは全然ない同じ『人』なのに……。

 一体この国でその理屈がどれだけの人間に通じるのか俺としても定かではない。

 そもそも《ヴァレリア委員会》とは何か……と、おさらいしているとどうも長くなってしまいそうだな。

 簡単に説明するなら大昔、ドラグーの前身にあたるメンディア共和国が設立した政府直属の執行機関。

 メンディアがベリテン連邦を飲み込んでドラグーと名を変える前に独立を果たし、何世紀も経った現在いまもまだ存続していている。

 同国を中心とし、近隣諸国に同盟を結ばせ影で操っているとまで噂されている。

 しかしながら人間にとっては現在の情勢は決して悪いものではないのが現実だ。

 知らぬ間にこの大陸の歴史と事情を随分把握してきた自分が好きだ。てか、誰に向けての説明だろうか?

 随分と話が脱線してしまったけれど、つまりは現代のドラグーにおいて他種族である魔族が冷たい目で見られてもおかしくはないという事である。

 シルメリアが現在に至るまでどういう環境で生きてきたのかは知らないけれど、少なくとも魔族というだけで不快な思いをしたのかもしれない。或いはただ厄介事を回避する為なのか分からないけれど、顔を隠すという行為は至って自然な防衛本能の表れなのかも。だから敢えてそこには触れないでおく。

 些か横目で見つめ過ぎた俺の視線に気付いたシルメリアが、どうかしたのか?という視線送ってくる。

 無言で首を横に振る俺を見て半ばフードで隠れた赤眼は一瞬だけキョトンとした表情を浮かべた。


 円状に設けられた村の広場は静まり返っていたが小さな噴水だけは昼間と変わらないであろう単調な作業を繰り返していた。

 俺達が周りを見渡すとすぐに宿屋らしき建物を見つけ出す事が出てきたのであった……。

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