第六話 夜空に抱かれて少年と金髪少女は『不安』を胸に抱く
けたたましい轟音を鳴り響かせてフレデナント発の蒸気機関車セレシア号は俺とシルメリアを鉱山都市アルビスタへと運ぶ。正確にはギルドと正式な契約を交わしたユミア率いる<レギウス>《プロキオン》を含む《ヴェンガンサ》小一行だ。
移り変わる情景を汽車の小窓から眺めながら俺は昨晩の事を思い返していた。
不意に席の隣で眠りこけるシルメリアに目を移すと余りに気持ち良さそうな寝顔に少しだけ癒されてみたりする。
「……うーん……ユウキ……おかわりだ、もう一杯だけ…………」
食いしん坊な寝言は流石と言わざるを得ない。
夢の中でもまだ食べているのか、この人は?
魔術士は元来、魔術を生み出すのに大量のエネルギーを消費する為、太らないと言うが、彼女の場合は何かが少し違う。明らかにそれ以上の食を消費しているからだ。
一体この華奢な身体のどこにそれは消えていくのだろう……。
そんな事を考えていると斜め向かいに座るユミアと目が合う。と言うよりもあちらは先程からこちらを見ていた模様。何故だか若干冷ややかな視線に感じられるのは気のせいだろうか?
束の間、いつもの表情に戻った彼女が微笑みかけた。それは俺の良く知る『いつもの』ユミアだ。
だから俺も少しだけ微笑んでみる。『いつもの』様に。
そして再び、思い返す、昨晩の事を……。
◇
───《ヴェンガンサ》フレデナント支部 酒場区画。
「それでは……一時的とは言え、新たな仲間の加入を祝して乾杯っす!」
ヘンリー支部長代行の陽気な音頭に続いて一同が各々にグラスを鳴らす。
昼間の不機嫌さが嘘の様に支部長代行殿は軽快な笑みを浮かべている。
それもその筈。上機嫌なその訳は席の両脇に武装を解いたユミアと彼一押しの新人ステラちゃんが配置されているからに他ならない。
席決めは言わずもがな彼が行なっている為、職権濫用という言葉が脳裏を掠めたが、敢えて触れないでおこう。また面倒な事になるのも嫌なので。
それにしても久しぶりの再会を果たしたユミアと食事をしようと約束していたのは確かだが……何だこの大所帯は?いつどこで何故こうなった?
時刻はおよそ午後の7時を回った頃。業務を終えた昼の経理部を始めとした俺とシルメリア、暇を持て余すハンター連中、ユミア率いる《プロキオン》の面々で酒場区画はいつになく賑やかだ。
《プロキオン》メンバーの各自紹介を交えながら会食が行われている。
隣の席でシルメリアも数多の食材に目を輝かせながら一頻り口に詰め込んでいた。
「……で、結局、ユミアさんはガミキさんとどういう関係なんすか?」
───ぶッ!?
あまりに突然すぎる振りを目の当たりにした俺は思わず食べかけていたフレデナント産ソニール貝のガーリック風味パスタが鼻から飛び出した。
葡萄酒風の飲料で満たされたワイングラスを片手に支部長代行殿は一切の躊躇いを宿す事のない瞳を浮かべている。そして卑しさが滲み出る様に薄っすらと口元を綻ばせて。
「ガ、ガミキとは友人ですよ、何度も言っているように……」
対するユミアは半ば呆れの混ざった困り顔で応対している。
何度も言っているって事は昼間俺が去った後もしつこく聞いていたのだな、ヘンリーくん?
それでも引かない彼は葡萄ジュースを一口啜り言った。
「だってお二人の反応はちょっと初々し過ぎるっす。というか主にユミアさん貴女が!」
ビシッという効果音が今にも聴こえてきそうに彼が指差した先に逡巡した様子のユミア。心なしか赤面して目が泳いでいる様にも見えるが。
それよりも誰かこの支部長代行を止める人間はいないのか?パワハラ&セクハラ行為に冷めた目をしている隣の新人に早く気付いてくれヘンリーくん!
「ま、まあ今日は親睦を深めるという名目のもと開かれた会なのですからヘンリー支部長代行も場を盛り上げようと気遣ってくれているのですよ……!」
俺の中で空気を読めない男の上位ランカーに位置しているインテリ風眼鏡のウェルターまでもがどうやら察してくれた様子で若干白け始めてしまった空気を和ませようとしている。
《プロキオン》の連中も次第に各々会話を始め、会場はようやく和やかな雰囲気に包まれ始めた。
まさにやれやれの一言に尽きる。のである。
◆
「あぁあ……何だかご飯食べてるだけなのに異様に疲れたさ」
嘆息した俺は妙な気疲れと満腹感の余韻に浸っていた。
少し夜風に当たろうとギルド酒場区画二階のテラスへと赴くと真っ先に飛び込んできた夜景に目を奪われる。
夜空に浮かぶ<白宝月>は様々な商会がひしめき合う商業区を照らし出し、まだ眠らない街は地上に星々の様な明かりを幾重に浮かべていた。
「わぁ……知らなかったさ。ギルド内にこんな良いスポットがあったなんて」
目を凝らすと暗闇に混ざり漆黒の海原が見える。視力の悪い俺でもそれが海だと分かるのは海面に<白宝月>が映し出されているから。そして少し離れた場所には牡丹色に染まる双子月の<赤妖月>が在る。
「はあ……」
つい数分前までとは違う色を宿した溜息を零し、考えてみる。これからの事を。ユミアとの突然の再会で思い出した俺本来の忘れかけていた『目的』ってやつを……。
───俺は何の為にこの『世界』で生きているのだろうか?これから何を成して、どこへ向かって行かねばならないのか……。
考えてみても明確な答えは出てこない。けれど、それを探さなければならない。多分……いや、絶対に。
それは絶対的にみんなとの離別に繋がるのだとしても……。
「はあぁ……」
また無意識に嘆息していた。
元来ぼっちのクセしてポジティヴな筈なんだけど、おかしいな……って、理由は分かっているか。失くしたくない大切なものが増え過ぎたからさ、この数年で……。
「───キミが溜息吐いてるんなんて珍しい事もあるもんだね。出逢った頃は唯我独尊って感じだったのに」
「ユ、ユミア……ていうか唯我独尊って……俺は元々そんなキャラじゃ……」
「まあまあ……って、抜け出すなら声掛けてよ。キミがいないんじゃあたしがヘンリー支部長代行に狙い撃ちされるじゃないか」
不意にした声に振り向くと一階の喧騒から抜け出してきたユミアがすっと隣に立ち、見上げた夜空とネオンに煌めく街並みを目にして声を上げた。
「わあぁぁ……!綺麗な眺めだね!」
「まあ……ね」
夜景に戯ける彼女に釣られて、俺も再び街並みに目を落とす。
「ここは空も澄んでるし、星が綺麗だね。あの頃を思い出すよ……ねぇ、覚えてる?みんなで見たあの丘の星空を?」
「覚えてるさ……確かにあの時の夜空も綺麗だった」
「他のみんなは一体今どこで何してるのかな……」
その言葉を聞いてユミアに顔を向けると彼女はそのまま星々を見つめながら下手な笑顔を浮かべていた。
感傷に浸る翡翠の瞳はその煌めく星屑の先に何を映し出しているのか?
気になったけれど、声を掛けるのはやめておいた。
その答えに俺は応えてやる事も出来ないし、きっと俺が抱えているものと同等のものだと否が応にも悟ってしまったから。
沈黙が流れる。だけどお互いの無言が痛い訳でもない。
けれど、すぐにこの場の静寂は破られる。ユミアによって。
「ねぇガミキ……」
「……うん?」
「……これからどうしよっか」
「…………」
答えられる筈もない問いと知りつつ、彼女は星を見上げたまま呟いた。
───どうしたい?
───どうしてほしい?
この場合、そう言って返すのが正解なのだろうか?考えてもすぐに分からなくなった俺は素直に答える。
「……分からないさ」
「あはは、だよね」
こちらの答えなど最初から承知していた彼女は悪戯に笑う。他人を試そうとする癖は相変わらずの様だ。
きっと彼女は答えなんか期待しちゃいない。俺でも分かる……いや、俺だからこそ分かる行き場がない不安の辿り着く『先』を求めているのだ。
君が抱える不安と俺が抱える不安。大きさは違うのかもしれないけれど、本質は同じだろうから。
「ねぇ、ガミキ……」
「今度はどうしたの?」
訊き返した俺にすぐに応える事なくユミアはじっと夜空を見上げていた。その様子を見て俺の頭に疑問符が浮かび上がりそうなタイミングで彼女は予想だにしない言葉を紡ぐ。
「ここから……」
そこで少しだけ言葉を止め、
「ここからさ……逃げ出しちゃおうか?二人きりで、何もかも捨てて」
「え───」
一瞬だけ時間が止まった気がした。
そう錯覚したのは俺だけだったのかもしれないけど、確かに一瞬だけ時間は止まった。
「あたしはキミとだったら良いよ……どこにだって……」
彼女の言葉で再び時間は動き出す。
どこか怯えているみたいで、それでいて少しだけ力強い言葉は俺の思考を掻き乱すのに充分過ぎる程の言霊を宿していた。
「な、なっ……い、いきなり何言ってるのさ君は!?それってどういう…………って、あ……」
唐突過ぎるクリティカルな展開に焦燥した俺の様子を察して彼女はようやく天空から瞳を下ろした。
そんな彼女の表情を見て思わずドキンとしてしまう。
その大人びた表情、憂いを帯びた瞳は真っ直ぐにこちらを見つめている。月明かりのせいで元々整った顔立ちと風に靡いたブロンドの髪が相まって、思わず言葉を失ってしまった。
月明かりに照らされた彼女が無意識に綺麗に見えたから……。
またしても少しだけ時間が止まった気がした。
それも束の間、やがて焦燥から拘泥に変わり、あわあわし始めた俺の様相をまじまじと目にしたユミアが吹き出す。
「……ぷッ!あははははははッ!もう、そのリアクション最高……あははは。本当キミは変わらないね」
「……なッ……!?か、からかったのか……このガミキさんを……!?」
「うーん……まあ、半分ってとこかな」
「は、半分……?」
「あ……っと、その……まあ良いじゃないかッ。さっきのはナシって事で!ハイ、なかった事になりました!」
顔を赤くしたユミアが話を強制終了させる。何たる自己完結……。
正直、気になるところがあり過ぎるのだが……まあ追及はしないでおこう。
軽く咳払いをして会話の内容を唐突に変えてユミアは言う。
「……こほん……それはそうと、この広い世界で本当にまた逢える日が来るなんて夢みたいだね」
「本当だね。正直もう二度逢えないんじゃないかと思ってたさ」
「相変わらずしれっと寂しい発言をする人だなぁキミは……まあでも流石に分からなくもないけど、ね」
「それはそうと俺もユミアに聞きたい事があるのさ!」
「聞きたい事?キミがあたしに?」
「そうさ!ずっと疑問に思ってた事さ!」
「ず、ずっと……?な、なにかな?」
聞いても良いのかな?プライバシー的にアレなやつかな?一応俺なりに配慮してみんなの前では触れなかったのだが……いざ、面と向かって尋ねるってのもなかなか切り出し方が難しいな。何だか無闇に緊張してきた。
俺が意を決してユミアの瞳を覗き込む。それはもう真剣な眼差しで。
「な、なんだろ?早く言ってよ……!」
何故モジモジしながら目を逸らし始めたのかは知らないが、それでも俺は翡翠色の瞳を真っ直ぐ見据えて今までの疑問をぶつける覚悟を決めた。
「ユミア」
「ハ、ハイ……!」
「……君ってば───いつから瞳の色変わったの?それに髪の毛の色も」
「…………え」
最大の謎だったユミアの瞳と髪の色。少なくとも俺の記憶が確かならば彼女の瞳と髪は黒だった筈だ。
こちらの問いに何だか拍子抜けした様子の彼女は少しだけ間を置いて嘆息する。一体何の溜息だ?
「真剣な表情して何かと思えば……そんな事?」
「そ、そんな事って……いいかいユミア君、人間そう簡単に瞳の色や髪の毛の色は変わらないのだよ!」
「何を真剣にふざけてるのよキミは……?簡単に変わるんだよ瞳の色や髪の毛の色は。それにこれがホントのあたしだから、だよ」
「……ハ、ハイ?」
月明かりに照らされた煌びやかなブロンドの前髪を人差し指で遊びながら彼女は言う。
「髪の毛は敢えて染めてたし、目はコンタクトレンズ……って、まさかキミって人はホントに今まで気付かなかったって言うの!?」
「……え、あぁ……」
呆気のない回答に言葉を失う。
その様子を見て呆れ顔をした彼女は続ける。
「ホント信じられない……まあでも流石キミと言わざるを得ないか」
「う、うん……?」
「ちなみにライプニッツは母方の姓だよ。何かこっちの方がしっくりくるんだよね」
少しの間彼女の言った言葉の意味が分からず呆けていた俺だけれど……言われて考えてみれば何となく合点がいった。
黒い瞳に黒髮おさげ、それに伊達眼鏡……俺の知るユミアはお世辞にも今みたいな華やかな雰囲気ではなかった。でも話を聞いてようやく悟る事が出来た。その意図に。
君は俺と少し似ているから───そんな風に思うのは失礼で、君からしても心外かもしれないけれど、何となく理由は分かった気がする。
自分の正体を隠す理由が、何となく……。
「……成る程ね。疑問解決さ」
「ガミキは……どっちの方が良い?」
「へ?」
「だ、だから!ガミキは今と黒髮黒眼どっちの方が良いって聞いてるのッ」
「どっちって……まあユミアはユミアだし、俺はどっちでも……」
吐き出しかけた台詞を最後まで紡ぐ前にユミアの鋭い視線に気付く。氷結槍群魔術ばりの凍てつく眼を察して慌てて訂正する。
「ど、どっちでも……て言うか、むしろ俺は今の方が良いと思うさ。うん!」
「本当!?良かったぁ!」
乙女リアクション発動のユミア嬢に俺はビシッと親指を立ててやる。
だが、決して言えない……今の方が女騎士風コスで似合っているからの一票だなんて、言えやしないさ。
無邪気に綻んでいる彼女がふと思い出したかの様に尋ねてきた。
「突然だけど、ガミキは誰かに自分の素性の事話した……?」
……本当に突然だな、おい。
それは話したくても話せないデリケートな問題なんだよ、俺の場合。
「話してないよ……まあ1年位前にコンビ組んでたギルドの仲間に話した事はあるんだけど……本気にはされなかったさ。ユミアは?」
「あたしも話してない。誰にも。ていうか話せない……話せる訳ないよ、《プロキオン》のみんなにだって……」
まあ、そうだね。気持ちは分かるよ。俺だってシルメリアに話せないでいる。どんなに大切に想っていても……いや、大切に想っているからこそ、だ。
「これはあたし達二人だけの秘密だね」
沈みがちだった表情を刹那、笑みに変えてユミアは言う。強がり半分な笑顔に合わせて俺も微笑んでみる。
───ん?
テラスの外に気配を感じた俺はすぐさま振り返る。
そして目が合う。一瞬だけ睨んだ様に敵意を飛ばした鳶色の瞳と。
「あ、リデル」
「全く……こんな場所にいたのかお前は」
ユミアがその名を口にすると呆れ顔をした赤髪の青年がテラスへと進入する。
ユミア同様に今は武装していないが、洒落た紅いシャツとゴシック調の黒パンツが決まっている。顔の造形も整っていて、どこかのモデルと言われても納得してしまうだろう。
うん、俺は知ってる。この人は俺の苦手なイケメンという部類の人間。俺とは対照的な世界を生きる人。
妬まないが別に羨望する訳でもない。こういう人がいて、俺みたいなのがいる。そうやって世界は均衡を保っているんだ。
自分でも訳の分からない論理を並べる俺を他所にイケメンリデルは冗談交じりの皮肉顔でユミアの頭を軽く撫でる。
「主役が会場を抜け出して密会とはなかなか良い御身分じゃないか?」
「ち、違うよ!そんなんじゃないってば!」
「その必死さが怪しいな?」
子供を揶揄う様に言って彼ははにかむ。
対してユミアは本当の子供の様に頬を赤く染めながら膨れている。
「とりあえず戻れ。みんなもいるんだしさ。隊長のお前がいないんじゃしょうがないだろ?」
「分かってるわよぅ。今戻ろうとしてたとこだって」
「ハイハイ。そうでございますか」
しかめっ面のユミアを馴れた感じで否してリデルはエスコートする様に退路を示す。促されてユミアはテラスを後にした。
さてと、俺も戻ろうかな。今頃シルメリアの事だから食べ疲れて眠ってなきゃ良いけど……て、ん……?
ユミアに続いてテラスを出ようとした俺は気付く、リデルの視線に。貫く様な鋭い眼差しは嫌が応にも俺の脚を止めた。
「……何か?」
そんな眼をされていたんじゃ俺も面白くはない。《プロキオン》が帯同する翌日の鉱山都市アルビスタ遠征を前に揉め事を起こすつもりはないが、あちらさんが友好的って訳でもなさそうだ。
俺の怪訝そうな表情を少しだけ黙って見つめていた赤髪は途端に笑みを浮かべて会話を紡ぐ。
「いやね、俺はあいつの保護者みたいなもんだから。あいつが年頃の男とこんな時間に二人きりだなんて心配になって当然だろ?」
「だから俺らはそういう関係じゃ……」
「ハイハイ、分かってるって。別に本当にそうだと思ってる訳じゃないよ。ただ……」
「……?」
「彼女は《プロキオン》にとって必要な人間だ。というよりもあいつがいないんじゃ意味がない。成り立たないんだ。分かるかな?」
「……正直あんたの言いたい事が何なのか分からないさ」
「君はあいつの友人なんだろう?何で離れ離れになっていたのか経緯は分からないけど、あいつはこの二年間で変わったんだよ。まあ分からないと思うけど」
で?結局何?湧き上がる衝動をぐっと堪えて静かにリデルの言葉に耳を傾ける。
「君達が昔どういう関係だったのかなんて事はこの際どうでも良い。けど、今のあいつは俺達の隊長ユミア=ライプニッツなんだよ」
「……」
「あいつを掻き乱すのは遠慮して貰いたい。分かるよね?どうか枷にならないでもらいたいんだ。そういう事だよ」
言いたい事だけ言ってリデルは優顔で手を振る。子供相手に諭す様な感じで。
確かに俺は子供だ。
ただ、とてもとても素直な子供とはお世辞にも言い難い。
我慢しようか迷ったけど、去り際にこちらを小馬鹿にした様な表情を浮かべた赤髪に少しだけ言ってやりたくなった。
「あー、そっかそっか。成程、成程ね……」
わざとらしく独り言を呟いて奴の興味を引いてみる。
去りゆくその歩を止める事はしなかったが俺にしてみたらそんなのはどっちだっていい。
言いたいのはその先だ。
「リデルさんって言ったっけ?」
尚もわざとらしくその背中に問い掛ける。
それでも振り向かない赤髪に対して俺は戯けたフリを止めて、真剣な面持ちでその背に投げ掛ける。
「……ユミアを象徴役なんかにしないであげてよ。あんたみたいな人のさ、『そういう考え』がどんどんユミアの重荷になっていくんだよ」
俺の言葉を背に受けた彼は一度脚を止めたが、それはほんの一瞬だけで、結局振り返る事なくこの場から去って行った。
少しだけ肌寒くなった夜のテラスで一人立ち尽くしユミアの事を想ってみる。
ここから……二人きりで逃げ出しちゃおうか?何もかも捨てて───。
先程の彼女の言葉が蘇る。
君が背負う大切なものとは一体……。
そこまで考えてから俺は思考を遮断した。何故なら俺が考えてたところでしょうがない事なのだから。
見上げた夜空に双子月と幾億に散りばめられた星屑の群れ。その中にかつて彼女が好きだった恒星を探したが見付けられず、溜息と共に俺は目を伏せた……。




