第三話 巡る世界で『再会』はいつだって突然に
□貿易都市フレデナント
商業区の一角にある酒場風の建物───実際半分は酒場だが───そこが我らハンターギルド《ヴェンガンサ》のフレデナント支部。
絆という目に見えない繋がりを重んじるギルドマスター シリュウ=キサラギが築き上げたハンターギルド。
俺も一年前位からメンバーとして現在フレデナント支部で支部長代行を務めるヘンリーくんらと共に多くの経験をした。
その甲斐あってか、黎明期には十にも満たないハンターがここ一年位の間にその五十倍を超える勢いを見せているだとか、いないだとか。真相は良く分からないが。
まあ、シリュウさんを初めとした乱暴者の寄せ集め感が凄まじかったのを考えると勢いはあるだろうなと頷けなくはない。
それはここフレデナント支部も例外ではなく、《アナストリア》を抑えて業績は上昇する一方だった……いや、だったのだが、それは数ヶ月前までの話。
俺の暴走行為(一応、反省はしている)により、盗賊団 《アビリティ》を半壊滅させて以来、次々と宜しくない事が起きる始末。
《アビリティ》討伐を間近に控えていたエレナント州領主お抱えの《銀栄騎士団》の顔に泥を塗ったとして睨みを利かされたり、《銀翼》の出現によって世間の目は実質上のライバルである《アナストリア》に向けられている。
ましてやシルメリアさんによる市街地での諸々の事情を含めるとヘンリーくんが頭を悩ませたって仕方のない事だ。
一応こっちとしても気は遣ってるのさ。タイミング的に俺が発端だったのかな?とか、考えてみたり。
情報屋シバへの支払いで一度は資金が底をついてしまった為、ヘンリーくんに無理言って仕事を優先的に回してもらっているが、ある程度まとまったお金が出来たら早々に当初の目的である王国の首都ブロウゼスへと旅立とう。
若干無責任な話かもしれないが支部の運営は彼の仕事。俺達ハンターはあくまでも依頼を遂行するのが仕事な訳で。
当然ブロウゼスにだって《ヴェンガンサ》の支部はある。だからどこへ行ったってやる事は皆同じ。現場は現場の仕事をするだけさ。
それにブロウゼス行きは他にも理由があって……。
そんな事を考えている内に俺とシルメリアはギルドの前までやって来た。そこで一つだけ気になる光景が。
ここ数週間というものギルドに依頼を持って来る客は激減している。それと反比例して暇を持て余す所属ハンターで酒場区画は賑わっているのだが、ギルド前に群がるハンターらしき人集りにふと違和感を覚えた。
基本的に他人の顔を覚える事が若干苦手な俺とシルメリアだが、フレデナント支部にやって来てから数ヶ月が経過した現在、大抵の同僚の顔は覚えた筈だ。だからこそ分かる、その集団はウチのハンター達ではない。
「見ない顔触れだな」
「そうだね。流れのハンターチームか何かかな?」
「流れのハンターチーム?」
「ん?あぁ。シルメリアは知らなくて当然かもね。ハンターチームってのはギルド内で集団を組んで依頼を熟す人達の事で、別にハンター連盟に登録とか何とかってのは必要ないみたいだからうじゃうじゃいるんだよ」
「へぇ!博識だなユウキは!」
「一応《ヴェンガンサ》にも《ソードナイツ》って有名なチームがあるんだけど……」
「へぇへぇ!じゃあ私とユウキもチームを作ろう!」
「え……い、いや……二人で?」
「……あまり乗り気ではないみたいだな?」
「い……いやいや!!そんな事はないさ!本当に、うん……!」
「じぃー…………」
「ま、まあともかく……世間にはどこのギルドにも所属してないハンターとかそのチームがあって通称<レギウス>って呼ばれているさ」
「<レギウス>?」
「何でも神話に出てくる放浪者を率いた神様の名前だとか何とからしいけど……まあ細かい事言えば傭兵に近い存在だね。彼らは各地を転々として行く先々のギルドを訪ねては仮所属という形で一時的にそこのメンバーになって仕事を回してもらえるという訳さ。その代わり報酬の配分が一割くらい少ないみたいだけど」
「ふーん」
彼女の寂しげ且つ矢を射抜く様な鋭い視線に内心肝を冷やしつつもそれを巧みに回避して俺はエスコートする。ギルド内に、勿論シルメリアさんを。
ギルドの中に入るとやはり雰囲気はいつもと違っていた。
酒場区画はまあ普段と何ら変わりないのだが、そこで飲食する連中の視線はこぞって反対側───受付カウンターに向けられていた。
カウンター前には外の連中と同じく軽めに武装された一団。その対応を横分けインテリ風眼鏡のウェルターが行っている。
「只今ヘンリー支部長代行がいらっしゃいますのでもう少しのお待ちを」
「うん、分かったよ。突然大勢で押し掛けて悪いね」
集団の代表らしき女性とのやりとりで軽やかに対応するウェルターの爽やかな好青年風の表情が若干イラっとする。何故なら俺は彼の本質を知っているから。
……以前はそりゃまあ随分と酷い目に遭ったさ。
まあ、それはさて置き、今の件から推測するにヘンリーくんへの先客って事か。こっちは別に急いでもないから待つのは全然平気だけど。
「ちょっと失礼しますよ」
奥のカウンターに設けられた椅子に座ろうと集団の合間を縫う俺とシルメリア。「失敬、失敬」とやや親父臭い動作が自然と発動する。
「こんな団体で押し掛けてしまって済まないね」
「いえいえ」
すれ違いざまに先頭の女性が気を遣って声を掛けてくる。気遣いありがとう。でもこの不景気に(ウチのギルドのみだが)なかなか仕事はないと思うよ。
……それよりも何だ……。
声に出しては言えないが、非常に良い香りがした。
香水とか何とかじゃなく女の子独特の良い香りだ。
何だか懐かしくもあり、心地良い香り。
言わば青春の香りというやつだ。かな?
俺も一応健全な男の子な訳で別に変態じゃない。不可抗力なのさ。自然と吸い込んでしまった女子の香りに対して心の中まで無反応ではいられない。
「どうしたユウキ?何だか顔がゆるーくなっている様だが」
「え……え?い、いやいや、何でもないさー!」
鋭いまでに表情の変化を見逃してくださらないシルメリアを必死に否す。
油断した……一番悟られてはいけない相手の前で気が緩んでしまったさ。それだけ女の子独特の香りってのは強大な力なのだと改めて認識したさ、うん。
そんな妖力を放つ女子は如何なものかと椅子に腰を下ろしつつ俺は一瞥する。すれ違いざまで凝視するのは失礼かと思い向こうの顔を見る事が出来ていない。
……いやね、決して匂いを嗅ぐ為に五感を研ぎ澄ませていたとかそういう訳ではないので御理解頂きたい。本当だよ?ええ。
白銀のライトメイルを纏い、腰に二本の細身の剣を下げている彼女は吸い寄せられそうな翡翠の瞳に綺麗なブロンドの髪をおさげにした年の頃十代後半の少女。まだ少し幼さの残る端整な顔立ちを美少女と呼ばずして何と呼べば良いのか俺は他の形容詞を知らない。
…………あれ…………?
突如生まれた違和感に俺は思考を漏れなくカットされた。
自分でも分からない疑問の正体に辿り着く事が出来ず、違和感だけが胸の中で燻る。
そんな時、カウンターの奥の扉が開かれ───、
「いやぁーお待たせしたっすねー。ギルド自体はヒマなのに何だかやらなきゃならない雑務が異様に多くて参ったっす!」
妙に甲高い声でヘラヘラと調子良くダークブラウンの癖っ毛を掻きながら現れた童顔の少年は本気で悪びれているのか読めない優顔で言った。
「いや、こちらも急に訪ねさせてもらったからね。不満なんて全然だよ。むしろ多忙な時間を割いてしまって申し訳ない」
「と…………と、と、とんでもないっす!!貴女の様に綺麗な方を待たせてしまって、今は果てしなく後悔してる真っ最中っすよ!!」
口調といい、態度といい、一見軽そうに見えるこの人が我ら《ヴェンガンサ》フレデナント支部長代行ヘンリー=ストライフ。
一応付き合いは長い方だから分かるけれど、美少女相手に鼻の下が伸びてますよ支部長代行。
こちらの冷やかな視線に気付いたヘンリーくんは軽く咳払いして……、
「改めて自己紹介っす。《ヴェンガンサ》フレデナント支部で支部長代行を務めさせていただいてるヘンリー=ストライフっす。宜しくっす」
「なかなかお若い支部長さんなんですね」
「まあ一応は。でも代行っす。色々な事情は割愛するっすけど、ウチのマスター人使いが乱暴なんすよ。だから自分が急遽支部長代行っす。あ、これ、ここだけの話にしておいて下さいね。バレたら俺の首が飛ぶっす」
「ふふふ……面白い方ですね」
彼の安定した調子加減に美少女さんは少しだけ頬を弛ます。
デレデレと照れているヘンリーくんはさて置き、未だ俺の中で答えの出ない違和感は燻る。
ただ、それは次の瞬間、彼女が紡ぐ言葉を耳にするまでは……だが。
「では、こちらも自己紹介を───」
美少女の薄紅の口紅が静かに開かれる。
「私はユミア=ライプニッツ。ハンターチーム《プロキオン》のリーダーを務めています。もう既に察しはつくと思いますが……」
「契約を……という事っすね?」
「ええ」
特に何の変哲もない様な二人の会話にさらなる違和感を覚えた。いや、正確には違うな……彼女の言葉に、だ。
だって彼女は言った。
自らの口でそれを紡いだ。
先程まで燻っていた正体不明の違和感がまるでパズルのピースを埋めるかの様に繋がっては俺の中で一人の人物を形取っていく。
……こんな事って絶対に有り得ないよ……けれど、有り得ないなんて事は『絶対』に『有り得ない』んだ。
その『絶対』に『有り得ない』事が起きて俺は現在『ここ』にいるのだから。
「《プロキオン》って言えばここ最近名を上げてる<レギウス>じゃないっすか?まあ普段なら大いに歓迎なんですけど、現在は、ね……」
「……?何か都合の悪い事情があるの?」
「うーん……何ていうか、その色々ありまして不景気なんすよ。ね、ガミキさん」
あまりにも急角度で会話がこちらに振られた。走者真っ青な牽制球に流石の俺も思わず苦笑いが溢れてしまう。
まったく……このタイミングでこっちに振るかこの男は?まあ、お前にも責任があるんだぞ、という彼の皮肉が大いに込められているのだろう。爽やかにほくそ笑んでいるが、とんだ曲者ぶりは健在だ。
……と、まあ、そんな事よりも今、俺は……。
「…………え、え…………ガミ……キ…………?」
怪訝そうな目付きでヘンリーくんを睨み返している他所で俺の名を口にした彼女の呟きが微かに聞こえた。
だから自然と目と目が合う。
あ…………。
俺が無意識に言葉を漏らす前に美少女の目蓋は大きく開かれ、翡翠の瞳は異常なくらいに驚きの色を即座に宿した。
「────あ……あ……ああ………………!!!?」
言葉になっていない声を発しながらゆっくりと彼女はこちらに歩み寄る。変わらぬ瞳で、驚愕した表情のまま。
突然の出来事に集団のハンター達は何事だと少女に視線を送る。ヘンリーくんは勿論、受付のウェルターも新人受付のステラちゃんも彼女の挙動を見送る。それは隣のシルメリアも例外ではない。
やがて俺の前で立ち止まった美少女は未だ信じられない様子でこちらの顔を覗き込む。まるでお化けでも見ているかの様な瞳は俺と同じ半信半疑の色をしている。……いや、俺はもう確信に変わっているか。
「ガ……ガミキ……なの…………!!?」
僅かな沈黙を破ったのはむこうだった。
半信半疑は先程まで俺も同じだった。あまりに突然すぎてすぐには信じられなかったから。当然だ。
でも、俺はもう君が誰なのか知っている。
あの頃と髪の毛の色や瞳の色、格好は違っても。
全く運命とか神様って奴はなかなか憎い演出が好きみたいだ。毎度毎度驚かされてばかりだから。
それにしたって、再会はいつだって突然に、だ。
ははは……。
「……やあ、ユミア…………元気だった……?」




