プロローグ② 群れ成す夜空に『銀翼』は舞う
■□ハルバロ山麓 ネロの森
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リムレア暦1255年 9月15日 夜分
ハンターギルド《ヴェンガンサ》所属の刀使いユウキを巡って繰り広げられる魔族の少女シルメリアとハンターチーム《プロキオン》率いる少女ユミアの所謂ところの修羅場から少しだけ時間は遡る……。
───二週間前、エレナント州北西部ハルバロ山麓ネロの森。
夜の森は喧騒に満ちていた。
幾人もの男達が草木を踏み倒し闇夜を疾走する。
何かに怯え逃げる様に時折後方を気にかける彼等の額から止めどなく流れる汗。それを拭う暇さえも惜しむかの様に疾走する彼等がその脚を止める事はなかった。
頭上に浮かぶのは哀しげに欠けた三日月の<白宝月>とそれに重なり合う様にして妖しげな月光を世界に降り注ぐ双子月の片割れ<赤妖月>。
折り重ならんとする双子の月明かりを受けても尚薄暗い森にその声は響いた───。
『あたいから逃げられるとでも思ってるのかい?』
突如響いた女の声に男達は心臓を鷲掴みにされた様にハッとなり周囲を見渡す。
しかし、一面薄ら闇に包まれた周囲に人の気配はない。ただ、誰もが空耳とは思えない程声は明確に自分達に告げた。だが、東西南北見渡せどその姿を捉える事が出来ない。
その内何人かの胸に嫌な予感が過ぎっていく。
───何故自分達は声の主が地上にいる筈だと決め付けているのか?
揃いも揃って男達は嫌な予感に促され天空を見上げる。
『ご名答!でも気付くのがちょいとばかり遅かったみたいだ、ねッ』
男達の見上げた上空にはせめぎ合う様に群れ成す幾億の星の輝き、そして双子月を隔てる人影一つ。
背中から伸びた魔術の翼が夜空に銀色の魔力粒子を煌めかせ術者を重力から解き放っていた。
同時にもう一つ気付く。その人影が急降下している事に。そして、その行き着く先には自分達がいるのだと。
「不意打ちで悪いけど……、容赦はしないよ!」
有翼人さながら魔力翼を操り、急降下からの急角度で男達に接近した人影。全身を包む布地のケープ、更にそのフードで頭をすっぽりと覆い隠している為に顔を窺い知る事が出来ないが問題はそこではなかった。一瞬で間合いを詰めたその人物の両手がライトグリーンの輝きに包まれているからだ。
それはつまり……。
固く握られている拳が刹那唸りを上げる。
魔力によって強化された拳から放たれたみぞおちへの打撃で一人、下から深く抉られたアッパーでもう一人、と地面に沈んでいく。
それは残された他の男達も例外ではない。魔力の宿る連撃を浴びせられ、誰もがその場に踞る。
その光景を確認した当の本人は再び煌翼を羽ばたかせ、夜空へと舞い上がる、一直線に。同時に紡ぐ呪紋は上空で動きを停止した彼女と共に止む。それは魔術の詠唱を終えた事を意味した。
「お前さん達にゃ恨みはないけど、これも仕事だからね。悪く思わないでくれよ!」
不意に掲げた彼女の両手、その先の空間が歪む。限りなく虚無に近い魔力が『そこ』に凝縮されている様だった。
「……我は大地の鎖から解き放たれし者───我が魔力に応え、汝、其の理を示せッ……<グラビティ・バレッド>……!!」
その力在る言葉と共に彼女は虚ろを振り下ろす。
その光景を彼等らが目にした次の瞬間……、
───グォォォォン……!!
微かに大気が哭いて男達を衝撃が襲う。
まるで巨大なハンマーを振り下ろされたかの様に重力の弾丸が身体を貫いた。
虚ろに叩きつけられる形で男達はあまりの衝撃に地に伏せる他なかった。ついでに意識を絡め取られ、やがて集団は沈黙した。
その光景を真上から見下ろす形の女性はふぅ……と息を漏らす。
「あちゃ〜……手加減したつもりだったんだけどちょいとやり過ぎたかな?……まあいいか、逃げられても面倒だし。とりあえず、まっ結果オーライって事で引き上げるとしますか!嗚呼、今日も美味しい酒が呑めそうだ、にしししッ♪」
今にも鼻唄を奏でそうな程上機嫌で彼女は再び魔力を帯びた背中の翼を羽ばたかせる。
「よぉし、早くフレデナントに戻って後はギルドの連中に任せよう、ウン」
魔力の翼が煌めく。銀色に光る粒子を撒き散らせながら。
帰路を急ぐ彼女のフードが不意に捲れると長く伸びた髪が風に揺れる。見事なまでに光沢を宿すプラチナの髪を月明かりが照らし出す。
<白宝月>と<赤妖月>の双子を背にその女性は銀色に包まれていた…………。




