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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
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第一話 夜の森で少年は『先刻』を振り返る

■□ベルブートの森

【■■■】ユウキ=イシガミ


 どうやら今までに体験した事のない現象が俺に起きている様だ……。


 事の発端は貿易都市フレデナントのミルノス駅から蒸気機関車に乗ってドラグー王国の首都ブロウゼスに向かおうと最短距離を疾走中、このでかい森にて迷子になり、空腹と戦いながら早三日が過ぎようとしていた。

 食に対してそれ程の執着もない俺だけれど、流石に連日飲まず食わずの生活は堪える。

 道中、森の木の実をひとかじりしたら数時間麻痺に襲われ、野草を口にしたらひどく腹を下した。

 みるみる内に挑戦というものがとても恐ろしい行為に思えてきて、臆病になっていく。

 それでも人間、本当の苦しみは空腹だと知る。

 この際、魔物の肉だろうが何だろうが、少しでもこのお腹を満たせるものだったら構いはしないと考え始めていた。だが、幸か不幸か、一切そういった類の遭遇はない。

 そもそも何故自分はこんな森の中を彷徨っていなければならないのかと妙に腹立たしくさえ思えた。

 離れ離れになった友人達と合流するという目標を立てて早二年。

 若干諦めたくなる程に再会の気配はない。それどころか世界の広さにただただ心を折られるばかりで、誰でも良いから今では跪いて恵みを乞いたい程だ。

 ああっ女神さまっと、何度も繰り返す本気の祈りは届かず……そもそも女神なんているのか?と、どうでもよい疑問を抱えながら森を漂う事三日目、ついに奇跡は起きた。

 果実や野草の収集者或いは熊や猪等を狩る猟師にすら出会う事のないこんな生産性のない辺鄙な森に初めて人の声。

 藁にも縋る思いで声のする方角を目指し、辿り着いてみれば女の子を寄って集って囲むガチガチのフルアーマー勢。

 暫く事の成り行きを見守っていたが、どうも気持ちの良いものではない。

 丸腰の女子相手にフル武装の男達が取り囲むあまりに下卑た光景に思わず、登場してしまった俺。

 ……頭では分かっていたのさ。いけない!これはトラブルだって。

 元来、他人よりも大人しめに生きてきたつもりだが、妙に厄介事に巻き込まれる宜しくない人生。

 どうせもう馴れっ子さと、空腹でいまいちモチベーションが上がらない中での厄介事解決トラブルシューティング

 放出系の風の魔術を駆使して、鞘に収まる束の間の暫定的愛刀【詫丸わびまる】に魔力を込める。

 だけども魔術は成功しない。悲しい事につくづく俺ってば魔法の才能が皆無の様だ。

 いつもの事ながら少しだけヘコんでみた俺はすぐ様方向転換。ちょっとばかり嚇かせばこっちのものと、浅はかな思考で登場し、威嚇の抜刀。

 昔どこかで流行った様な決め台詞を吐いて、空を切り裂いた俺、ご満悦。

 ……まあ実際は自身の技術的な事情で少しだけ刻んでしまったみたいだが。

 危うく標的にされたのだけども、逃走に成功。幼少の頃から当たり前の様に実家の道場で学んできた剣術に助けられた結果となった。

 必死に逃げるが、大切な事に気付く。


 ……何をやっているのさ、俺はと……!


 今一番大事だったのはこの森から無事生還する事だった筈。

 クレーマーの様に鳴り響く腹の音がしつこいくらいに訴えかけてくる。

 いやいや、だからと言ってあの状況で女の子を優先させないのは男が廃る。一応はまだまだ現役の男の子だって事さ、うん。

 とは言うものの色恋沙汰に縁がないまま齢十七を迎えてしまった自分の人生が憎い。あまりにも憎い。

 はて、何で俺はこんなに必死こいて逃げているのだろう?人間空腹でも意外と頑張れるじゃないか。むしろこんな時にこそ全力で走れるって凄い。これが人間の秘めたる底力?人って素晴らしい!これはまさに生命の神秘じゃないか!

 ……って、うん。

 そんなこんなで走るのも面倒臭くなった俺な訳だが、そこで先程の少女と出会う。

 フルアーマー勢に地の型【草薙くさなぎ】を放った直後、逃走に成功した彼女だが、わざわざ俺にお礼を言う為に後を追って来た様子。どうやら相当な物好きか、相当な親切な人らしい。

 ただ、前者にしろ後者にしろ十七年間生きて構築されたこの性格は素直にどういたしましてとはいかない。勿論怪しい。

 そもそも俺の魔力を追って来たと少女は言った。そんな芸当が簡単に出来るものなのだろうか?

 ただ単に俺が知らないだけで、実際別に難しい事ではないのかもしれない。

 いや、しかし!そんな事が出来てしまう世の中ならストーキング行為が多発だ!決して宜しくない!俺は深く思う、これは宜しくないのさ!

 それに俺の魔力は『異質』だと言った。

 『異質』ってのが褒め言葉なんかではないっていうのは理解わかった。でも、それって何?キモいって事?何だか無闇に傷付いてみたりしちゃうよ?

 確かに俺自身ちょっと変わっているのは認めるさ。

 魔力が在るのにロクに魔法も使えない。

 才能なんて言葉一つで、片付けるにしては異様なくらいこの世界の摂理かみ───元素マナに干渉出来ない。それ即ち、扉が在って、鍵が在っても鍵穴が合わない訳で、解除出来ないという事は扉は開かない訳であって……詰まるところ、魔術は発動しない。

 才能というよりか俺自身が欠陥品なのでは?と毎度毎度気落ちする。

 いーんだ、いーんだ、どうせ俺なんか……。

 そんな事を考えている俺に少女は徐に手を差し延ばす。握手のつもりだろうか?

 無意識にどうもどうも的なノリで握手を返そうとした瞬間、妙に嫌な予感。女の子さんがという意味ではなくって、もっと別の。

 性格上、敵意の視線が向けられている事に思いのほか敏感だ。まして、それが野生のものとなればその感覚は研ぎ澄まされているから。

 ───闇の中に四つの気配。

 微笑みながら差し延ばされた手を静止すると年寄り臭い口調の少女もまた意図を理解して意識を闇へと向けた。

 刹那、闇の中から飛び出してきたのは狼。魔物と呼べるほどのものではなかったが、生易しいものでもない。ヒシヒシと伝わる殺気がそう告げる。

 狼が姿を現したその瞬間、【草薙くさなぎ】を放つ。襲いかかって来るのは明白だったから。

 ただ、相手の仕掛けが時間差で来るのは予測出来なかった。いや、ある程度の予測はしていたのだが、迂闊だったが正解かもしれない。

 【木立こだち】の二連から三連目に繋げ様としていた策が裏目に出て、タイミングを外された俺に生まれた隙。正直焦った。そりゃあもう結構マジな感じで。

 柳の型【木立こだち】は連撃にはもってこいなのだが通常は一体に対して行う技。女の子と話して浮かれていた訳じゃないが、油断してしまったのは確か。

 今度は注意しようと迫り来る狼を前にひとまず反省。

 自分に向けられた黒い鋭爪が間近に迫る中、あれをまともに喰らったら嘸かし痛いんだろうなとある種の覚悟と諦めが脳裏を過ぎった。

 眼前に伸びる鋭利な刃が自分に到達しようかとしたそのまさに刹那、少女の言葉と共に狼は地に伏せた。忽ちおびただしい鮮血が、亡骸を沈める。

 正直なところ状況を飲み込むに時間がかかった。とはいえ、実際十秒ほどの事だったのだが。

 俺と狼の亡骸を挟んで佇む少女の手には銀の粒子を散りばめながら深い闇色に輝く魔力状の鎌。

 結局魔法使えるんかーい。

 咄嗟の脳内ツッコミに対してすぐに「少しは魔力が回復した」とか言ってた先の言葉を思い起こす。

 それにしても……いやぁ助かった!!

 再び差し伸べられた彼女の手を取った直後、少女はそれまで顔を覆っていたフードを捲り上げた。

 それから俺の心臓はバクバクと理解し難い異様な唸りを上げている。

 はて、これは何かの病いなのだろうか?

 そんな風にも考えてはみたが、おそらく違う。

 彼女を見ていると大半の思考能力をカットされるこれ即ち、俗世でいうところの……恋……!?いや、バカな!俺が……!?こ、恋となッ!!?

 いやいやいや、まだ決め付けるのは早い。前に雑誌で読んだ『吊橋効果』的な現象かもしれない。現に危うく狼から一撃浴びせられそうで肝を冷やしかけたし。

 でも断定は出来ないな。いや、どうだろ?いや、恋か?いや、どうかな(笑)いや、分からないな。

 ……いや、これ何だろ……!?

 空腹も忘れ、頭の中で幾人の小人じみた者が縦横無尽に駆け回るぐらいの混乱状態。それでも何とか我に返らねばという理性の底力により、辛うじて正気を保つ俺。

 人気のないこんな夜の森で二人きり……。

 考えれば考える程居ても立ってもいられない様な展開。



 そして夜は更けていく…………。

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