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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
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第三十六話 用心棒は『過去』を語り、少女は『現在』を語る

「さあ、どうした……かかってくる者はいないのか?この一団は余程の腑抜けの集まりと見える」


 明確なる威嚇に恐れをなした盗賊達を前にシルメリアは悪戯な微笑を浮かべ饒舌に語る。


「……何なんだこの小娘はァッ!」

「待つんだブリード!迂闊に飛び込んだらタダじゃ済まないと思うよ」


 挑発に乗ったブリードが握り締めたダガーをシルメリアに向けるとすぐにそれをリュークが制止した。彼は気付いているのだ、相対する少女の異様さに。

 ブリードも用心棒の言葉に耳を傾ける。彼もまた目の前の少女が只者でない事くらい理解していた。


「お嬢さん……君は一体何者だ……?」


 魔道帽を深く被り直し、額に浮かぶ嫌な汗を隠す様にリュークは問い掛ける。


「私は……私はただの魔族だよ。ぬしと同じな」

「ほう。私にはただの魔族が宿す魔力ではない様に思えるがね。まあいいよ、ただ……お嬢さん、君がこの場でその魔力を解き放てばどういう事になるか理解出来るかね……?」

「ふむ。主が皆を護るのだろう?《アビリティ》には魔法に長けた優秀な魔族の用心棒がいると聞いたが?」

「いやはや、恐いお嬢さんだ」

「……どれ、試してみるか」


 そう言った彼女はニヤリと口元に微笑を浮かべ、呪紋スペルを紡ぐ。声に出すのではなく口の中で囁いている為、当然こちらの耳には詠唱の言葉も届かない。わざわざ相手に手の内を曝け出すのは素人のする事だ。

 やがてシルメリアの両手に黒い光が宿っていく。その薄暗い閃光は瞬く間にメラメラと燃え上がり両腕にまで達する。

 黒い……炎……。

 漆黒にやや紫色が混じった魔力の炎を宿し、彼女は力在る言葉と共にそれを解き放つ。


「……仄暗い闇夜に其身を照らし、焼き払え<黒ノ鴉(くろのがらす)>……!!」


 彼女の言の葉に応え、振り翳された両腕から炎の波がうねる。周囲を焼き散らす様に黒鳥を模した炎はその翼に闇を引っさげ、荒ぶる。


「くっ…………!!?」


 少し遅れてリュークの術が完成する。即座に両腕を広げて広範囲にその魔術の壁を形成していくが……、


「───爆ぜろ<黒ノ鴉(くろのがらす)>ッ」


 どごぉぉぉぉぉん……!!


 またしても彼女に応える様にして闇夜に火鴉は弾け飛び、飛散した黒炎は周囲で爆発を引き起こした。

 砂煙が舞い上がり視界を曇らせていくがそれもすぐに止んだ。呆気に取られる俺の目に映ったのは広範囲に張り巡らされた透き通る翡翠色をした魔術の壁。


「ほぉぅ……流石は魔法に長けた用心棒と言ったところか」

「……冗談じゃないよ……本気でここにいる大勢の人間を殺すつもりだったのかね君は……?」

「ふふふっ……まさか。主なら捌けぬ訳はないと分かっていたからさ」

「まるで私の事を知っている様な口ぶりだねお嬢さん」

「……まあ強ち知らぬ訳でもないがな」

「何……?」

「……時間の流れとはやはり悲しいものだな。なあリューク?時間は人から沢山のものを奪っていくんだからな……」


 そう呟いたシルメリアはどこか寂しげな表情をした。それも束の間、再び彼女の口が紡ぎ出す。次なる魔法の呪紋スペルを。


「私も君の事を知っているとでも……?」


 眉を細めるリュークにシルメリアは無言の笑みで応え大地を蹴る。一直線に間合いを縮めていく。


「小娘がッ接近戦とは良い度胸じゃねぇか!」


 リュークの隣で迫る彼女に狙いを定めブリードはダガーを握り締める。だが、刹那それをリュークは制して……、


「彼女は私が相手をするよ……!」

「ふっ……そうでなくてはな」


 紅玉が輝く魔道杖メイスを構えるリュークにシルメリアは投げ掛ける。気付けば彼女の右手には魔力の鎌。あれは初めて出逢った時に使っていた武器具現化魔術だ。


「はぁぁぁぁぁあぁ……!!」


 小さな咆哮と共に両手で閃光鎌の柄を握り締めたシルメリアは躊躇なくそれをリュークに向けて振り下ろす。片やリュークはいつの間にか武器強化魔術を施し魔道杖メイスで応戦する。


「ちぃ……!」


 押し込まれる魔族の用心棒の額に汗が浮かぶ。


「どうした?歳を重ねたせいか昔より動きが鈍くなっているなリュークよ!」


 対するシルメリアは余裕を感じさせる程に笑みを浮かべて押し切ろうと魔力鎌を握る手に更なる力を込めていく。


「さっきからやけに馴れ馴れしいねお嬢さん……!生憎だけど私は君の事なんて──────!」


 そこまで言ってシルメリアの魔力鎌を押し返して後方に翻す様に距離を取ったリュークの顔色が瞬く間に変わる。


「……ま、まさか…………そんな馬鹿な…………!!!?」

「……ようやく思い出した様だな」


 何かに気付いた様子で驚愕と疑念が入り混じった表情へと豹変を遂げたリュークに彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「おいッリューク!この小娘が何だってんだァ!?」


 俄かに信じられない現状を前にして硬直して動かない用心棒にブリードは言う。


「やっぱりこの小娘は俺が……」

「───待つんだブリードッ!!彼女の相手は私だよ。訊きたい事が山程あるんだ……!」


 こちらから見ても分かる程に額から垂れ落ちる汗を魔道衣ローブの袖で拭いリュークは一際恨めしそうな眼差しをシルメリアに向けて言った。


「……もしも……もしも、お嬢さんが本当に私の考えている人物だとしたら……………………何故、ここにいる……?!」

「何を言い出すかと思えば……私は主達盗賊団の幹部の一人に用があって……」

「違うッ!!そんな事を訊いているんじゃないだよ!」


 彼女の言葉を遮って用心棒は強い口調で紡ぐ。出逢って間もないが初めて見せるとても強い感情的な物言いで。

 俺を含めた面々はその意味を理解出来る筈がなく、ただ会話に耳を傾けるしかなかった。当然ながら周りを気にかける様子はなくリュークは続ける。


「……何故です……………何故ですか姫……何故なんです()()()()()()様ッ───!!?」



 ───は?



 リュークの言葉に俺は違和感を覚えた。

 姫……?

 何を言っているんだこいつは?と言うより、誰の事を言っているんだ?人違いじゃないのか?



 だってさ…………。



 シル……フィーナ…………?



「……そう呼ばれるのはいつぶりだろうか……まさかこんな所で主と再会するとはな。流石に私も少し驚いたよ」


 感慨めいた口ぶりで彼女は答えた。それは俺の知らない表情かおをしたシルメリア。俺の知らない彼女の『過去』を僅かにだが、はっきりと映し出した。

 俺は知らない。彼女が今日に至るまでどんな人生を歩んで来たのか。その中で幾人の人と出逢ったのかなんて……そりゃ知らなくて当然だ。俺と彼女は出逢ってまだ間もない。

 魔族の彼女からしたら人生の百分の一にも満たない様な時間でしかない。俺とシルメリアが共に過ごしたこの一月ひとつきにも満たない日々なんて。


 だけど……何でだろう……何だか悔しいな、知らないって……。


 俺の様子を逸早く察したのかシルメリアはこちらに視線を向けている。気遣う様に、申し訳なさそうに、俺が瞳の色を変えてしまうのを恐れるかの様に。

 だから『俺は大丈夫だよ』と視線を返す。あまり自信はないけれど極力不安そうにしないで。彼女に心配をかけない様にと。


「済まないなリューク。詳しい事情は話せないが、私は今ただの魔族シルメリアとして生きている」

「何を……何を言っているのです……!?貴女が姿を消したあの日、何が起きたのか知っていますかッ!?敵対する神族の手にかかり貴女の父君は命を落とし、母君までもが後を追う様に…………そして混乱する我が国の民を残して……貴女は消えた……!何故です!?」

「…………きっと説明しても主には分かってもらえぬよ」

「あの後、弟君は国を立て直すのにどれだけ大変だった事か……」

「その話なら噂で聞いた……本当に済まないと思っている…………ただ、私はあの時の選択が間違いだったとは思っていないよ。昔は何度も何度も後悔した……悔やんでも、悔やんでも、悔やみ切れず、自分を呪った……けれど、私が残っていれば皆を巻き込んだ、この呪われし───」

「何を今更……!!」

「……そう。今更だ。昔の名はとうに捨てたよ。私はもうシルフィーナではない……シルメリアだ!昔話がしたいのなら私を倒してからにして貰おう」

「……………………分かりました。かつて貴女の下に仕えていたとは言え、現在いまは違う。私も全力でいかせてもらいますよ、私の力が貴女に及ぶとは思えませんがね。それにまだ訊きたい事は他にもあります……、今も尚、何故貴女が『あの頃』の姿のままでいるのか……」

「…………」


 彼女はリュークの最後の言葉に反応すら見せる事なく振り返りこちらに歩を進める。

 先程までの表情とはまるで違う不安そうな色を宿した瞳で俺の前へ立ち止まり……、


「あ……あの……ユウキ……」


 何から話して良いのか自分でも分からない口ぶりで彼女は逡巡した瞳をこちらに向けている。

 正直俺だってなんて応えてあげたら彼女の不安を取り除いてあげれるのか分からない。分からないけれど……、


「今は何も言わなくて良いと思うよ。その……シルメリアが本当は何者かなんて別に関係ないからさ。気にならないって言ったら嘘になるけど…………でもやっぱり関係ない!関係なく俺らは仲間だから。何も心配しないで」


 僅かばかりの気恥ずかしさに襲われて目が泳ぎかけてしまったがちゃんと伝えられた。思っていても言葉にしなければ伝わらない事だってある。

 だから俺は…………あ……………………。


 そこで俺の思考回路は一旦中断された。意識的ではなく外部から強制的にだ。

 頭は真っ白になっても伝わってくる温もりの確かさを全神経は感じ取っていた。


「私は……君に出逢う事が出来て本当に良かった……」


 俺の背中に手を回して身体を寄せる彼女の声がとてもとても近くから聞こえた。

 もはや硬直状態に等しい俺は彼女の身体を抱き返す事はおろか、言葉を紡ぐ事だって出来ずにいた。

 早鐘の様に響くこの鼓動が向こうにも伝わってしまうんではないかと少しばかり拘泥しながら。


 それでも……俺だって君と同じ想いだ。


「俺も……君がこの世界に生きていてくれて本当に嬉しい」


 不思議なくらい自然に飛び出した言葉に気恥ずかしさを感じなくもなかったが、言葉に出せて良かった。俺は本当にそう思っているんだから。

 その言葉に彼女は少しだけ肩を震わせた。俺の身体に腕を回す君の表情かおを窺い知る事は出来ないけれど、今はそれで良かった。


「…………ありがとう、ユウキ」


 耳元で微かに震えた声が沁み渡る様に響く。

 このまま時間が止まればと良いと思えてしまう程、温かい彼女を感じた。

 数十秒にも満たない時間は流れ、やがて彼女の震えは止む。


「……ユウキ、聞いてくれ……今の私では全力を出したリュークとやり合っても勝てる見込みは決して高くない」

「え……」

「まだ完全に魔力が戻っていないんだ。いや、本来の魔力からしたら間違いなく半分以下だ……だからこそ私も力を抑えながらやり合う訳にはいかない」

「……うん」


 吐息が伝わる距離で囁いた彼女の声にある種の覚悟が混じっている事に気付いた。

 だからシルメリアが伝えたい事がすぐに分かった。

 彼女が力を引き出せば周囲を巻き込んでしまう。何より俺を巻き込みたくないのだろう。


「リュークとの戦いは場所を移すよ……ただ、君をまた独りにするのだけが気掛かりだよ……だってこの状況では……」


 自分の顔が映し出される程近い距離で再び緋色の瞳は不安を宿した。それもその筈、彼女が去れば俺は盗賊連中の真っ只中にまた一人。彼女の神聖術で回復したとは言え、警邏から戻った連中を含めたこの数相手に単独はかなり厳しい。いや、自殺行為に等しい。

 三本傷一人相手にするのだって楽な話じゃないのに……だけど……だから何だって言うのさ……!


「シルメリア」


 その名前を口ずさんで、俺は彼女の肩に手を置き、少しだけ距離を引き離す。ちゃんと君の顔が正面から見える様に。


「俺は大丈夫だよ。俺は死なないし、負けない。君が戻って来るまで必ず生きてここにいるよ……いや、むしろ迎えに行くよ、だからさ……この場は俺に任せなさいッ!」


 俺史上最高クラスの笑みを浮かべて彼女の顔の前で親指をグッと突き立てる。

 その行動に一瞬驚いた様に目をまん丸くしたシルメリアだったが、すぐに笑い出す。


「あははは……君はそれが得意だな」

「まぁね。ガミキさんポーズですから」

「でも、ありがとう。行って来るよ」

「うん。何かあったら必ず合図か何かを送って。そんでさ……絶対に負けないで」

「ああ。勿論だよ」


 途端に凛としたシルメリアはこちらに背を向け、リュークに視線を移す。


「リューク!場所を変えよう、付いて来い!」


 魔族の用心棒は無言で彼女の言葉に応える。

 これから始まるであろう魔法と魔法の応戦に覚悟を決めている様な表情で。

 次いでシルメリアが呪紋スペルを唱えているのに気付いた。微かだが聞こえた、これは風系の魔術だ。


「……ユウキ!」


 詠唱を終えると同時に俺を呼ぶ彼女。


「無事に帰れたら君に話しておきたい事があるんだ……とても大事な話だ……だからこそ君に聞いてほしい!」


 それが何の話なのかは何となく想像出来た。細かくは分からないけれど、きっと彼女の『過去』にまつわる話。シルメリアが『シルメリア』として生きるに至った彼女の『物語』。


「分かった!俺も訊きたい!それに……それに俺も君に話しておきたい事があるんだ。だから戻ったら話そう。時間なんて忘れるくらいさ……沢山話そう!」


 俺も彼女に伝えておかなければならない事がある。

 彼女には……彼女だからこそ……。


「ああ……約束だぞ」


 微笑んだまま呟いたシルメリアは左の親指を突き立ててる。俺の決めポーズを奪いやがって……でも随分様になってるさ。

 刹那、薄っすらと風を纏った彼女の身体はゆっくりと宙に浮く。風の高速移動魔術によって重力から解き放たれた彼女はリュークを引き連れ、森の端へと消えて行った。


 シルメリア……どうか無事で……。


 気付けば夜の闇が薄れつつある空に俺は小さく祈りを込めた。


「小僧ォ!俺達の事を忘れてやがるんじゃねぇだろうなァ!」


 やれやれ……。

 僅かな感傷に浸っていた俺のムードをぶち壊す様な暴力的な声が聞こえる。

 ハイハイ、分かってますよ。分かってますってば……。

 奴の声に気分を害した俺は少しだけ面倒臭そうな表情を浮かべてみる。

 ……と、まあそんな事をしたところでこの状況がどうなる訳でもないのは重々承知していますよ。

 すぅぅぅぅぅ……と大きく息を吸い込んで腹に力を込めて吐き出す。単調な呼吸法を何度か繰り返して相棒が収まる鞘を握り締める手に些か力が入る。



 ……さて……こっちも何とかしなきゃ、だな……!!

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