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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
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プロローグ③ 夜の森で逃走した少年は『怪訝』する

 ───やばい、やばい……!!


 少年は振り返える事もせず、夜の森を駆ける。焦りの形相に苦笑いを浮かべて。

 何故なら彼は知っている。

 こういった厄介事トラブルに今まで何度巻き込まれてきた事か。

 普段の自分なら絶対に揉め事などに首を突っ込む性格ではない。ましてや自らなど。

 だが、今晩はイレギュラーだ。女の子を複数の男が寄って集って……。

 一応はまだそういう識別が出来る自分が嫌いではなかった。

 そういえば女の子さん、無事に逃げれたのかな?

 先程の一撃を繰り出すタイミングで森の中に姿を消したところまでは確認出来たんだけども。

 そんな事を考えながらも逃走の手を……もとい、足を弛める事なく疾走する。


 ぐぅー……。


 思い出したかの様に現実を告げる鐘の音が意識を無理矢理に傾けさせられる。

 そうだ、今日で何日目だろう?まともな食事も取れず、この森を彷徨っているのは。

 この森を抜ければ貿易都市フレデナントへの近道になるなんて言う人がいたせいだ。でも確か、森は危険だから迂回して行く事を勧められた気もしないが……。


 ぐぅー……。


 いい加減耳障りな間の抜けた音に脱力した少年は足を止める。

 おそらくここまで追っては来れないだろうという考えに達したからである。

 さて、薄々気付いていたが、ここはどこだろうか?

 元々迷っていたのだから現在地など分かるはずはないが。広範囲で言ってみれば森の中。未だ森の中である。

 今更ながら少年は後悔していた。何故、素直に道が聞けなかったのかと。

 たとえ、女の子が襲われていたのだとしても何も牽制目的でいきなり斬りかかる事なんてなかったのかもしれない。

 ひょっとしたら、ひょっとしたらなのだが……森の出口を教えてもらえたのかもしれない。

 はぁ……。

 済んでしまった事を後悔しても仕方ないと、途方もなく歩き始めて溜息一つ。

 森は静寂に満ちていた。

 先程まで聞こえていた鳥達の鳴き声は止み、疎らに差し込む月光だけが、闇へと続く森林の先を照らし出す。

 幸い一度たりとも魔物と遭遇していないが、油断は禁物だ。こんな人外の森に何が住み着いてたっておかしくはない。今一度警戒レベルを高めて、進むべきだ、と彼は深く───、


「───そこの少年」

「う、うわぁぁぁ……ッ!?」


 今まさに集中力を高めたその時、背後からした声に少年は思わず情けない悲鳴を上げる。


「お……驚かせてすまなかった。先程は少年のおかげで何とか助かったよ」


 振り向くとそこにはフードを深く被った先刻の少女。

 身丈は少年とさほど変わらない様に見えるが、何せ顔の方はすっぽりと覆ったフードのおかげで口元ぐらいしか分からない。

 混乱に乗じて逃走した少女だが───何故ここにいる?少年の疑念はそこに向けられた。

 心なしかいつもの嫌な予感がするのは気のせいだろうか?

 こうやって毎度毎度何かしらの厄介事トラブルに巻き込まれる。


「何故、俺がここにいるって分かったのさ……?」

「ん?簡単な事だよ。少年の魔力を追って来ただけさ。先程のチョビ髭に放った初撃は魔力を宿したのだろう?ホンの微かだが、魔力の残滓が感じられた。特に君の魔力は異質だからな、すぐに分かるよ」


 あっけらかんと答える少女に訝る表情の少年。

 少女の表情は計り知れないが口元には屈託のない笑みが浮かび、やがて少年に手を差し出す。


「お礼を言わせてくれ。私は……」

「───待って……!」


 少女の差し出す手を遮り、彼の意識が彼方へ向く。月の明かりが射し込んでいない闇の中へと。


「……成程。良い嗅覚だ」


 少年の視線の先に蠢く気配を刹那に察知した少女は一度微笑むと闇を睨み、身構えた。


「数は……1、2、3───4と言ったところか」

「女の子さんは俺の背後うしろに下がってて」

「いやなに、ホンの僅かだがこの短期間で魔力が回復したよ。一撃だけだが、先に放ってみるかい少年?」


 言った少女の右手に赤黒い煌きが宿る。

 それでも少年はそんな少女を一瞥して一歩、二歩と彼女を護る様に前へと踏み出し、静かに剣の柄を握る。


「───来る!!」


 少年に呼応するかの様に騒ついた闇から飛び出した獣は一直線に二人との距離を詰める。

 青みを帯びた灰色の毛並を持つ獣───【ラーゼンウルフ】。周辺の森や平野に生息する犬型の魔物の類だ。

 狼にも似たそれに続いて同型の獣が数頭が後に続く。

 どぉぉぉぉんッ……!!

 先制攻撃とばかりに先程放った大地を抉る技ですかさず応戦する少年。

 草木と土が混じった衝撃波は先頭のウルフに命中し、沈黙させる。

 倒れた先陣を避ける様に後衛は二手に分かれて少年を左右から襲う。


「……石神流抜刀術柳の型……【木立こだち】───ッ!」


 少年の一閃は右側から迫る狼を捉える。同時に抜刀の反動を活かし、もう片方の手に握る漆塗りの鞘が反対方向より襲いかかる狼の首根っこを抉る。

 だが、そこで少年は気付く。


 ───もう一匹足りない……?


 咄嗟に意識がそれを生み出した時には眼前に狼が迫っていた。

 最初に仕留めた同胞を飛び越え、闇夜に照らされたアッシュグレーから鋭利に光る刃が少年を襲う。

 実際、タイミングとしては絶妙なものであった。二連撃を繰り出した少年の正面には隙が生じている。

 彼自身もこの状況がどういう事なのか、刹那の中で感じていた。

 たらりと一筋頬を伝う汗が達した口元には引き攣った笑みを浮かべ。


「そうはさせんよ」


 その声が少年の耳に届いたと同時に狼は宙を舞っていた。それは自分に襲いかかるのではなく、何者かに襲われたと形容すべきだ。

 夜の森に【ラーゼンウルフ】の鮮血が煌めき、やがて本体は地に伏せる。

 その何者かの正体など、考察する必要もなかった。

 少年と沈黙する狼の先には魔力を凝縮させて生み出した仄黒い閃光鎌を携える少女が月光に照らされていた。

 それはとても綺麗で、まるで物語の中に出てくる戦乙女の様に、或いはおとぎ話の堕天使の様に少年の目に焼き付いた。


「大丈夫か少年?」


 微笑みながら鎌を持つ手とは逆の手をそっと差し出す少女。

 僅かな間を置いてようやくそこで自分が倒れ込んでいる事に気付いた。

 一瞬の恥ずかしさを押し殺して、その手を握り返す。

 気付けば、無へと還った魔力鎌を握っていた手で少女はフードを捲り上げた。

 すると今まで顔の七割近くを覆っていた布地の下からその素顔が露わとなる。

 薄れゆく魔力の粒子が微かな煌めきを残す中、少女は微笑みを浮かべていた。

 幼さを残しつつもそれでいて凛した顔立ちの美少女。

 容姿端麗という言葉は彼女の事を表すのだろう。少年はそんな事を思いながら、透き通る様な白い肌を持つ彼女に目を奪われていた。

 背中まで伸びた黒髪は明らかに自分とは違う艶を放つ。


「どうした少年?」


 一瞬たりとも目を背ける事が出来ない現状を自覚する事が出来なかった。

 年相応でない口調で言葉を放つ薄紅の唇。月光が彩る細部の一つ一つが少年の心を奪い、ほぼ全ての機能を停止させていく。

 今までの人生でこんな人とは出会った事がない。頭で考えるよりも先に心がそう感じている。

 自分でもよく分からない衝撃が全身を駆け抜け、自然と胸の鼓動が高鳴る。五月蠅い程に轟くその心の音。

 だが、何故だろう───決して悪い気分ではない。

 少女の手を借りてようやく起き上がる事の出来た少年は未だその微睡みの中にいた。

 吸い込まれる様な黒味を帯びた緋色の瞳、自分よりも少し尖った耳。だけど今は彼女が何者かなどそんな事はどうでも良かった。未だ握られている右手の感触がそんな思考さえも奪っていく。


「私の名はシル……」


 そこで一度言葉を止め、目を伏せた少女がひと呼吸置いてその名を紡ぐ。


「シルメリア───私はシルメリア=ビリーゼだ」


 言ってもう一度微笑んだ少女はあまりにも美しく幻想的な様相を呈して、目を、心を奪われている少年は暫くの間、彼女が名乗った名を何度も何度も自分の中に響かせた。


「…………あ、えっと……あの……俺はユウキ=イシガミ……です」


 随分と長い間を置いて、自分の名前を紡ぐのが今の少年には精一杯の行動だった。

 気付けば、遠くの空から聞こえる野鳥の歌。

 雲一つない天空に浮かび世界を皓々と照らす月。

 煌びやかに群れを成す幾億の星の下……、



 ───二人は出逢った。

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