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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
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第三十四話 満身創痍の少年は不意の『反撃』に血溜まりへと沈む

草薙くさなぎ】で生まれたほんの僅かな隙に俺は全神経を集中させた。

 土の粉塵から身を庇う様に受け身となったブリードの三本傷目掛けて渾身の抜刀を繰り出す。


 ───もらった!!


 軋む身体に鞭打った一閃はタイミング、スピード共に申し分ない文字通り渾身の一撃……となる筈だった……。

 

「───なっ……!!?」


 勝利を確信しかけた俺の一撃を遮ったのは右方向より突如として現れた一メートル四方の氷塊。

 迫り来るそれに気付いた時には既に刀を鞘から抜き放っており、その動作を中断する事が出来ず真っ直ぐ刃をブリードに向かわせていた。

 そんな相棒の刃に向けて氷塊は勢いよくぶつかると一連の動作を強制的に中断させられ───衝突の反動で俺の身体が宙に浮き、そして弾き飛ばされる。

 数メートル程転がってすぐに体勢を立て直そうしとたが思う様に力が入らない。脳から各神経に伝達は届いている筈なのに身体が言うことを聞いてくれない。


「……くそ……どこからの攻撃だ……!?」


 相棒を杖代わりに辛うじて身体を起き上がらせた俺は既に四散した氷塊の発生源を探し後方に目を凝らす。あんな絶妙なタイミングで寸分の狂いもなく俺の刃に命中させた氷の魔術を放った術者を。


『……いやはや、実に危ないところだったねブリード。顔が真っ二つになりそうだったよ?』


 声は俺が目を凝らす先からした。やがて俺の視界にもはっきりと映し出された男がこちらに歩を進めて来る。

 麻色のローブを纏い如何にも魔術士という感じの三角帽、右手には赤い宝玉が組み込まれたメイス、鼻下に立派な髭を蓄える見た目四十代半ばの男。しかし実年齢はもっと上だろう。先端が尖った両耳と紅蓮の瞳が魔族である事を俺に教えてくれている。

 そう言えば、魔族の用心棒がいたんだったな……。


「リューク……余計な真似を……!!」

「心外だなぁ。君の額の傷が四本になる程度のものだったのなら手は出さずにいたけど……そんな生易しいものじゃなかった筈だよ?魔術をスタンバイしおいて正解だったよ。まぁ何はともあれ結果オーライという事で良しにしようじゃないか、ははっ」


 リュークと呼ばれた魔族の用心棒は場にそぐわない軽快な乗りでブリードの舌を巻かせる。伊達に彼の倍以上生きていないと言ったところか。

 それにしても……これは最悪の状況だ……。

 体力が底を尽きかけて疲弊し切った俺にとてもじゃないが三本傷と用心棒をまとめて相手に出来る力はない。

 終わった……かな……。


「それにしても……こんな場所へ単身乗り込んで来るとは大した度胸だね」


 リュークの放つ言葉が俺に向けられているのか、ブリードに向けられているのか分からないまま俺はそっと地面に視線を落とす。

 最早勝機はゼロに等しい。ただ、どうせ殺されるのであれば最後まで足掻くか?仮にも俺は石神流の剣士だ。どうせ死ぬんだったら最後の最後まで戦って死のう……。


 …………いや……もう良いか……。


 死ぬ間際まで格好付けたってしょうがない。俺は敗れたんだ。奴等に。そして自分自身に……。

 そんな風に考えた途端何だかとても眠くなってきた。

 柄にもなく熱くなったし、あちこちズキズキと痛いし、何だか疲れたな……。

 もう一度姉ちゃんや友人達あいつらに逢えないのは残念だけど、俺にしては良く頑張った方じゃない?いっそこのまま…………、


 ──────ダメだッ!!!


 微睡みに消えていきそうな意識を半強制的に覚醒させた俺は酷く重い四肢にもう一度氣を流し込む様に奮い立たせる。


「ほぉぅ……まだ諦めない気かね?」


 乱れた呼吸を整える様に俺は静かに息を大きく吸い込み吐き出す。何度も何度も。


「生憎だが、無駄な足掻きをしたところで命はもうあと僅かだ」


 それまで肩で息をしなければならない程乱れていた呼吸は大分落ち着きを取り戻し、代わりに俺の神経を研ぎ澄ませていく。

 至近距離にいる筈の三本傷と用心棒の声も入ってこないくらいに研ぎ澄ます、研ぎ澄ます、極限に……。


「つまんねぇ奴だ。何の反応もないって事は諦めやがったなァ?」

「油断は禁物だよブリード。少年の眼はまだ死んでなんかいないよ。だろ、少年?」

「ハンッ!とんだ買い被りだ。こいつにはもう死以外の道はねぇよ。すぐに現実を教えてやる……今すぐになッツ!!」


 叱咤と共にブリードの刃は放たれた。右からダガーが鋭い煌めきを宿しこちらの首根っこに向かって伸びてくるのが分かった。


 ……俺はさ、やっぱりまだ死ねないんだよね。

 どうせ死ぬんだったらどうしても最後にもう一度だけ彼女に逢わなきゃ……死んでも死に切れないから!!


 …………ドクン…………ドクンッ…………!


 ブリードのダガーがスロー再生の様に大振りの軌道を描き、こちらに迫る中、身体の支えを手助けしていた相棒───【緋天棗月ひてんそうげつ】はその身を翻す様にしてそれに応戦する。

 相棒の鼓動こえに応える様に俺は意識を氷の如く研ぎ澄ます。


 ───ガキィィィン!


 抜刀術ならぬ抜き身の一撃───下段から上段へと斜めに繰り出した逆袈裟掛けでブリードのダガーは弾かれ、宙に舞う。


「な……にッ!!?」


 ここを逃す訳にはいかない。死へと直結し兼ねない刹那の攻防を制す鍵は機転。考える前に感じろ。意識をただ目の前の相手にだけ向けて。

 短剣を弾いた相棒の刃は間髪入れず、下降する。明確なる殺意を宿し。

 休息を求める身体に鞭打う様に、死せる間際に足掻く様に……俺は繰り出す!


 天の型【飛燕ひえん】ッ!!


 ───ずしゃゃあぁぁぁッ!!


 急角度から下段へと下降させた袈裟斬りはダガーが弾け飛んだブリードの肩から腹部にかけて皮を裂き、肉を裂いた。


「ぐおぉぉぉぉぉ……!!?」


 激痛に表情を歪めながら目の前のブリードは膝から崩れていく。その眼は鋭く歪んだままこちらを睨む様に凝視したまま。

 プレートメイルを身に付けていたお陰で心臓にまで到達する事はなかったが、この一撃……手応えはあった。急所は免れたとは言え、決して傷は浅くない筈。


「……こ……この……糞餓鬼がァツ!!」


 それでも瞳から戦意は失われていないのが流石と言ったところか。ただ、猛る度に溢れ出す血の量は半端じゃない。俺がやっておいて言うのも何だが、すぐに治療しないとおっさん、あんた死ぬよ?

 ……とまぁ、そんな言葉を投げかけてやるだけの余裕は俺にもないけれど。

 今の一撃でこちらの身体も限界みたいだ。

 ズキズキと痛む傷口とギシギシと軋む四肢が警告を告げる様に身体の自由を奪おうとする。

 ぼやけた視界で奴を見据えて何とか立っているのが精一杯だ。敵はまだいるのに……。


「糞がァァァァッ……!!」

「落ち着くんだよブリード!今動いたら本当に死ぬよ!?先ずは傷を塞ぐから動くんじゃないよ!」


 未だ戦意が失われず闘争心でのみ意識を繋ぐブリードを叱咤する様に宥めたリュークは呪紋スペルを紡ぎ始める。

 ……くそっ!神聖術!?ここで治療魔法なんて使われて奴が回復したらそれこそ俺に残された道は死以外にない。 ただでさえもうヤバイ状況だってのに……!

 脳内一帯を焦燥感に苛まれながら意識を用心棒に向けるが、身体が言う事を聞いてくれない。

 動けよ!動け!今動かなかったら全て台無しになるんだ!!

 歯を食いしばろうと脱力感に蝕まれた俺の身体が応える事はなかった。

 詠唱を終えたリュークの両手がライトグリーンに発光してそのまま掌をブリードの傷口へと翳す。そんな魔族はちらりとこちらに目をやりながら呟いた。


「少年……この戦いはもうおしまいだよ。君もブリードももう戦える身体じゃないんだよ、分かるかい?少年は良く健闘したと思う……思うけど、本当におしまいだよ。自分でも分かっているだろ?…………それとも…………君は未だ気付いていないのかい───その傷に……?」

「……………………え?」


 この魔族は何を言っているのだろう?俺は初めリュークの言っている意味が分からなかった。

 確かに全身ボロボロで動く事すら困難な状況に間違いはないが、まるで俺の敗北が決まったかの様に……。それにどうも合点がいかないのが奴の最後の言葉。


 …………その『傷』に…………だって?


 その『傷』とは何を指して言っているのだ?奴の言葉の真意を窺えないまま俺は焦がれる様な目蓋を必死に開いて佇む。

 それでも奴の視線がこちらの腹部へと向けられるとつられて俺もその先に視線を落とす。奴の視線の先には…………え…………あれ…………?


「…………え…………え、え……?」


 思わず間の抜けた声が溢れた。勿論俺の口からである。

 それは置かれている状況を頭が瞬時に理解出来なかったから。

 だから無意識に声が溢れ出した。

 だって……俺の腹部には……深々と突き刺さったままの…………短剣が───刃の煌めきすらも肉に埋もれて見えない程に文字通り深く突き刺さるブリードのダガーが……。

 嘘だろ……いつの間に……奴を斬った時にカウンターを食らっていたのか……?

 気付かなかった事が嘘の様に俺の足元を赤が染め上げて水溜まりを……もとい、血溜まりを作り出している。


「…………がはッ……!!」


 口の中から血が吐き出る。気持ち悪いくらいに胃の中を満たした挙句、込み上げる様に逆流してきた大量の血だ。一生の内何度もお目にかかる事の出来ない様な吐血を前に思わず苦笑いが溢れたのも束の間、今まで感じなければおかしかった『痛み』が濁流の如く押し寄せた。


 いっ……!?い、痛い……痛い、痛い……ッ!!!


 すっ飛んでしまいそうな意識を何とか保とうすればする程、腹部が燃える様に熱く焦がれ、今までに経験した事のない痛みに晒される。

 後頭部をハンマーで打ち付けられたかの様な衝撃と感電死しそうな電流が身体の中を駆け巡る。

 そして逸らす事の出来ない腹部の激痛感に俺の膝は脆くも崩れた。今まで無理して身体を支えてきたが、これはもうそういう次元の話じゃない。

 俺は無様に仰向けに倒れ自分自身の血溜まりに沈む。


「……はっ……はっ……」


 星々が散りばめられた天を仰ぎながら痛みに耐える事しか許されない俺の呼吸が無意識に変な発声に変わる。

 嗚呼、俺知ってるよ、この感じは本格的にヤバイ時のあれだ。


 ……ドクン……ドクン……。


 あれ……この音は相棒のじゃないな……俺のか……。

 ひんやりと冷たい地面の温度を背中で感じながら自分の胸の鼓動がやたらとはっきりと聞こえる。ただ、自分の心臓の音ってこんな弱々しいんだ……本当に俺もここまでか……。

 ふっと気が抜ける様に訪れた脱力感に身を預けると嘘みたいに身体が楽になってきた。ふわふわとした感覚で掠れていた視界が閉ざされていく。ただ眼を瞑っただけなのにとてもとても眠くなって……。


 これってつまり……そういう事だよな……。



 そしてそのまま、俺の意識は微睡みの中へと消えていった…………。

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