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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
47/84

第三十三話 少年と三本傷の幹部の『死闘』は幕を開ける

■□ハルバロ山 《アビリティ》アジト周辺

【■■■】ユウキ=イシガミ


「───もういいッ!……やめろ」


 ブリードの指示で麾下の盗賊達は動きを止めた。

 盗賊達……と言えど、その数は先程に比べたら遥かに少ない。

 それもその筈。半数もの盗賊達は俺の背後に横たわっている。

 呻き声を洩らす者が大半だが、中にはピクリとも動かない者もいる。死んではいないと思うけれど、その静止が失神なのか絶命なのかを確認している余裕はなかった。


「はぁはぁ……」


 息が切れる。額から大粒の汗が流れ落ちる。鼻につく蒸せ返る様な鉄の香り。相棒から下垂れる他人の血。真新しい白シャツの大半は返り血で赤に染まっていた。


「こいつ……ッ!何者だ……!?」


 屋敷まであと一歩のところまで迫った俺の姿にエミリオさんが静かに驚愕する。それは下っ端連中も同じ、およそ三十対一の優勢は崩され様としている。

 この場の誰もがこの状況を受け止めるには時間が必要だった。いや……ただ一人を除いては……。


「狼狽えるなエミリオ。こいつは俺が殺るッ……!」


 そう、唯一この場で冷静さを保っている幹部の一人は額の三本傷が連なる眉間を忙しないくらいに狭めながら静かに確かな殺意を剥き出した。


「真打ち登場ってとこか……ッ」


 このブリードって男がどれだけの実力を持っているのかは知らないけれど、自然と口元がにやついてしまう。別に喜んでいる訳じゃない、かと言って悲観している訳でもない。癖だ。どんな状況下でも表情に出してはいけない。ましてや実際疲労がきているなどとは。

 だから自分を偽ろうとすればする程、口元が緩んでしまう。

 良く言えば武者震いの様なものだけれど、それを相手がどう捉えるかは別に知ったこっちゃない。

 もう疲れてきたし、早く終わらせたいな……目の前のこの男をとっとと倒してさ……!


「……ふっ!」


 大きく吸い込んだ息を腹の底に押し込めて俺は駆け出す。左手の鞘の中で息を秘める相棒の柄を握り締めながら。


「……はぁぁぁぁぁ……!」


 静かな咆哮と共にブリードとの距離を詰めた俺は躊躇なしに刀を振るう。


 ガキィィィン……!


「ハハァッ……!その程度か小僧ッ!」


 余裕の笑みすら浮かべた面でブリードは双剣で俺の一撃を弾き返す。

 甘くみるなよ、まだまだこんなもんじゃないさ。

 言葉にはせず、代わりにその悪人面を鋭く睨みながら次の一手を投じる。

 間合いを確認して抜刀!

 躊躇いなしに首元を狙った一閃を放つが容易に奴のダガーがそれを捌く。ただ、まだ終わりじゃないさ。

 抜刀からワンテンポ遅れた鞘での打撃が奴の顔面へと襲い掛かる。


「カハァッ!」


 相も変わらず戦闘を愉しむかの様な邪悪な笑みで【木立こだち】の二連目も弾かれる。

 こちらも間髪入れず三連目へと繋げる。下段からの逆袈裟掛け!

 胸元を抉る様にして放った一撃をブリードは軽々しく片手で弾き返す。


「つまんねぇ……所詮は餓鬼か」

「はぁはぁ……ははっ……そういうあんたはただのおっさんだね」


 一応皮肉を冗談で返してみる。実際表情は引き攣っているのかもしれないけれど、切羽詰まったところで活路は開けない。

 受け入れろ、この男は強い……持久戦になれば俺は負ける。負けるという事は死へと繋がる。

 冗談じゃないさ……まだこんなところじゃ死ねないよ。姉ちゃんにちゃんと謝らなきゃだし、友人達あいつらとまだ再会すらしていないし、この世界に未練が湧き始めたばかりなのに……!

 それに…………またもう一度逢いたい……いや、逢わなきゃいけないって想える人が出来たってのにさ!


「俺のさ……『物語』はまだ始まったばかりなんだよ……邪魔しないでくれよ、おっさん!!」


 覇気を纏って俺は仕掛ける。反撃の隙を与えない様全力でただただ疾く。

 一撃一撃を捌く奴の手を止めさせはしない。ギアを上げろ……俺はこんなもんじゃない……まだ疾くなれるだろ!まだまだだ!


「…………チッ!」


 無意識に舌を鳴らしたブリードの表情が変化していく。顔から余裕の笑みは消え去り、防戦を強いられる苛立ちからか、ただでさえ険しい表情が更に険しさを増していく。

 俺も攻撃の手を緩める事なく放つ。抜刀術からの剣戟を。


「……くっ……!」


 スピードを緩める訳にはいかないと分かっていても長時間の無酸素運動は確実に体力を奪っていく。

 疲弊した隙を突かれてカウンターなんて状況は実に好ましくないが、未だまともなヒットはない。

 剣を交えて分かる。伊達に一盗賊団の切り込み隊長なんて呼ばれている訳じゃないのが。奴は相当な手練れだ。現に全て弾かれている。弱音は吐きたくないけれど、刃が奴に届く気がしない……ここは一旦距離をとって……。

 隙を与えない様に牽制しながら後退を試みたその一瞬の間を奴は見逃してはくれなかった。


「おらぁッ!」


 バックステップ中の俺に奴のダガーが伸びる。

 ヤバイ!!躱せるか……!?

 顔面目掛けて押し寄せる鋭刃を辛うじて首を無理矢理捻り躱す……いや、掠ったか……!

 間一髪致命傷を逃れた敵の反撃は顔の左側を掠めた。

 じんわりと左頬が熱くなり、流血したのが分かった。


「……はぁはぁ……」

「クククッ……どうした?もう終わりか?」

「……はぁはぁ……」


 奴の表情に再び余裕が戻る。そこから生まれる口上にいちいち返すのが面倒臭い。正確には……こっちはそんな余裕もない。

 少しでも体力を回復させなきゃ……。


「休憩なんてさせてやらねぇぜッ!」


 こちらの状況はお見通しと言わんばかりにブリードが地を蹴る。

 くそッ……!

 荒々しく軌跡を描く双剣に何とか刃を合わせる。

 正直、防戦になればやられる……俺の剣術は大方攻めに特化されていて守る事を前提としてないのだから。

 それでも凌がない事には次がない。

 俺は鞘に収まる事を許されない相棒で迫り来る双撃を辛うじて防ぐのが精一杯だった。

 あまり自覚出来ていなかったが、身体中のあちこちが痛む。どうやら防ぎ切れていない奴の刃が俺の肌を幾重に掠めている様だ。


「なかなかやるじゃねぇか……!」


 微かに瞠目したブリードの連続攻撃が止む。

 何とか堪えたは良いものの時間の経過と共に身体が重く感じてきた。それと疲労に加えて全身の切り傷が痛み出す。じんわり程度だったものが確実に痛覚を刺激し始めてくる。

 くそ……目まで霞んできやがった……。


「……どうやら限界らしいな。安心しろすぐに楽にしてやる」


 対峙する男はそう静かに呟くとゆっくりとこちらに歩を進める。その表情に笑みはないが、全身に纏わりつく殺意がこちらの警鐘を激しく鳴らす。

 本当にヤバいかも……何か手を打たなきゃ……!

 俺の中に僅かな焦りが生まれたその時、こちらとの距離を緩やかに縮めるブリードの後方からそれは上がった……。


 ひゅゅゅゅゅぅ〜…………どんっ……!!


 ───と、静かに空気を裂く音響と共にそれは月が照らす夜空に舞い上がり小さな破裂音、そして赤い閃光を生んだ。

 一時的に薄黒い天空が赤に染まる。


「馬鹿かエミリオの奴……そんなもん打ち上げる必要なんてねぇだろうが」


 その光景につられてブリードは呟き、天空から視線を降下させエミリオさんを遠目に見据える。

 何かの合図だろうか?意図して打ち上げられたからには……。


「何の真似だエミリオッ!?」


 俺の疑問を解く様にブリードが声を上げる。勿論後方の若き幹部に向けてだ。

 エミリオさん自身が打ち上げた訳でないのだが、下っ端に命令を下したのは間違いなく彼だ。ブリードも当然そんな事は分かっている筈。


「お前がいつまでもその小僧に手間取っているからだろう!」

「なん……だと……!俺がいつこんな小僧に手間取ってるってんだッ!?」

「そいつを逃がす訳にはいかないんだよ!」

「……このチキン野郎が……チッ」


 エミリオさんに届かない声で吐き捨てたブリードは舌を打つ。そして再びこちらに向き直るが……おっさんおっさん、何か忘れちゃいませんか?


「……!!?」


 奴の振り向き様に合わせ抜刀一閃!ギリギリで勘付かれたが、こちらの方が疾い。届くか……!?


「チィィ……!」


 不意を突いた一撃は奴の装甲の合間を縫って腰元に到達した。……いや、浅いか。


「戦いの最中に相手に背を向けるなんて素人のする事、だぜ……?」


 一撃で決めたかったが、一先ず口元の片方だけを吊り上げて笑みを投げ掛けてみる。


「この…………糞餓鬼がぁぁぁッ!!」


 怒りに歪んだ表情から怒号が放たれ、ブリードが圧倒的殺意を以って襲い来る。だが、俺も同時にアクションを起こしている。

 地を薙ぐ!【草薙くさなぎ】で俺と奴との中間地点の地面を抉って間接技に転じる。勿論これが決定打になるなんて思っていない。狙いはほんの少しの足止め。

 突如破裂した大地の片鱗にブリードは反射的に受け身の姿勢に変わる。

 そうだ、ここしかない!ここをしくじったら俺の負けだ……!

 素早く納刀した俺はすぐに二撃目を投じる。

 余計な動作を一切カットしたどの一撃よりも疾いシンプル且つ最速の抜刀で───!!

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