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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
46/84

間章 三兄弟は少年の『動向』を固唾を呑んで見届ける

■□ハルバロ山麓 ネロの森 アビリティアジト周辺

工作員エージェント】ゲイル=ヴォルカン


リムレア暦1255年 6月7日 0時00分


「うわぁ……あのガキんちょ頭のネジ外れてやがる。本気で《アビリティ》を相手にする気かよ……!」


 《アビリティ》の幹部の言葉に逆上した見覚えのある『ガキんちょ』が盗賊の群れにたった一人で立ち向かっていく様をゲイルは少し離れた高台から覗き見ていた。

 《アビリティ》が《銀栄騎士団シルバリアナイツ》によって討伐されてしまえば所属する《組織》にとっては少ないながらも打撃を受ける。たとえそれがほんの僅かな擦り傷だとしても、それを阻止するのが彼の役割の一つでもあった。

 近々、騎士団の討伐部隊 第四騎士団が動き出すという情報は掴んでいたが、それがいつになるにせよ《アビリティ》の壊滅は免れない。それは重々承知だ。

 だからこそ、《組織じぶんたち》の情報が漏洩する前に幹部をまとめて始末しなければならない。

 その機会を窺っていたにも関わらず、目の前ではアクシデントが生じている。よりにもよって幹部共が分散している日に。


 ───またあの『ガキんちょ』か!


 ゲイルは内心舌を打ちながらも事の顛末をハラハラしながら見守っている。

 邪魔ばかりする『ガキんちょ』とは言え、まだ年端もいかぬ子供。自分の弟カイルと同じくらいの年齢であろうという推測が変に『ガキんちょ』を憎みきれずにいた。

 そんな子供が単身盗賊達に挑もうなど、無謀も過ぎるという展開だ。


「兄ちゃん兄ちゃん、大変でやんす……!」

「おお、戻ったかベイル」


 慌てた様子で次兄が歩み寄る。


「大変でやんすよ兄ちゃん!」

「そんなに慌ててどうしたってんだ?それよりもあまり大きな声を出すな……!」

「え……何ででやんすか?」

「ほれ見ろ、あの時の『ガキんちょ』だ」


 口元に人差し指を押し当て、声を忍ばせた兄はそのままもう片方の指で高台から下の方角を指す。今まさに少年が盗賊を斬り伏せているその光景に向けて。


「何であいつが《アビリティ》と交戦してるでやんすか!?」

「そんなもん俺が知るかよッ」

「あ、危ないでやんす……!?」

「うおッ……ギリギリで躱してんじゃんか……!」


 自ずと少年の一挙手一投足を見守り手に汗握る。別に少年に肩入れしている訳じゃない。ただ、多勢に無勢という構図が自然と気持ちを少年寄りに傾かせている。


「───てか、何やってんの?ゲイル兄、ベイル兄」

「うおッ………!?」「うへぇ………!?」


 背後からした声に飛び上がりそうになって二人の兄は何とか声を押し殺す。


「あれ?あいつあの時の辻斬り野郎じゃん!?」


 心拍数が跳ね上がり頭が真っ白になっている兄二人の真ん中に割って入り、末弟カイルも身を潜めて下の抗争に目をやる。


「てか、何であいつがここにいるの?というより何で《アビリティ》の連中に斬り掛かってるの?もはや、本当の辻斬り野郎なのか?」

「俺が知るかよ。俺もここを見張ってたらいきなりこんな場面になっちまったんだからよ。それよりカイル……偵察はどうだったんだ?」

「問題なし……と言いたいところだけど……」


 そこまで言ってカイルは目を伏せて口を紡ぐ。二人の兄は首を傾げ顔を見合わせる。


「不審者でもいたでやんすか?」

「いや……」

「じゃあ何なんだよ?」

「それが……いたんだ……」


 そこでカイルは顔を上げて銀縁眼鏡を人差し指で上げる。


「……オンナだよ、ゲイル兄、ベイル兄」

「は?」「ん?」

「いや、だからオンナがいたんだ、ひとりでッ。それも飛びっきり可愛いオンナ!俺ちょっとだけドキドキしたよ……!」


 少しばかり頬を赤くした末弟の力説を二人は少しだけ冷めた瞳で返す。確かに弟は年頃だ。女に興味があり、目で追ってしまうのは仕方ない。自分もこの位の歳の頃には女の尻ばかり追いかけていた。だから、弟がこんな山の中にいた女に気を奪われても───ん?


「ちょ……ちょっと待てカイルッ!女がいたってこの山の中にかッ!?」

「うん。そうだけど」

「まてまてまて!何を平然としてんだぁ!?可笑しいだろぉ!?何でこんな時間にこんな山に女が一人でいんだよ!?」

「そんな事言われても分からないよ。ただ、人を探してるとか言ってたっけ」

「お前話をしたのか?極秘偵察だろ?全然忍べてないじゃん!?」

「だって仕方ないだろぅ。可愛かったんだから」


 驚き半分呆れ半分で長兄は嘆息をもらし手で顔を覆う。

 《銀栄騎士団》による《アビリティ》討伐が迫る中、双方を警戒しておかなければならないのに今夜は『ガキんちょ』という予定外イレギュラーによる予想外アクシデントが発生している。

 その上、盗賊が根城にしている山に女が一人で動き回っているだと?

 それを不審者と呼ばずして何と───、


「そう言えば兄ちゃん。言い忘れたけど、偵察中に騎士団の密偵が意識失ってぶっ倒れたでやんすよ」

「───え?」


 無邪気に頷く弟を見て、ゲイルは暫し固まり、一度だけ大きく深呼吸を付く。


「……何でそういう事を直ぐに報告しねぇんだッ!!?」


 下の連中に気付かれないであろうギリギリの叱責。


「あんま大きい声出すとバレちゃうぞゲイル兄」

「そうでやんす、そうでやんす。そんな怒らなくても良いでやんすか」


 こめかみに青筋を立てたゲイルの耳にもはや弟達の声は届かない。

 何だってこう次から次へと予想外の事態が起こるんだ!?あの『ガキんちょ』が厄災でも運んで来ているとしか思えない。いや、あの『ガキんちょ』自体が厄災か?

 そんな事より───。

 ゲイルは動揺する精神こころを何とか正常に保とうと思考を巡らせる。

 密偵が何者かに倒されたとあらば、その事実を知った騎士団は当然動き出す。討伐予定を早めてまでだろう。ましてやその密偵がすぐにでも本隊と連絡を取る手段を持っていれば今夜にでも第四騎士団がこのハルバロ山に乗り込んで来ても可笑しくはない。そうなれば《組織こちら》が幹部を始末する前に盗賊は拘束され、牢獄されてしまうだろう。そうなればもう手詰まりは確定だ。

 《組織》の情報が漏れてしまえば『上』に消されてしまう。


 ───ならば今の内にその密偵の息の根を止めておこうか?


 ゲイルの脳裏に過ぎった黒い思考が脳内を染め上げる前に弟達の声がそれを掻き消した。


「うわっブリードだ。幹部が出て来やがった……!」

「三本傷でやんす!」


 意識を下に向けた時には対峙し合う『ガキんちょ』と三本傷。


「……『ガキんちょ』ごときがブリードに敵う筈ねぇだろ…………早く逃げやがれってんだ……!」


 小さく溢れた言葉とは裏腹にゲイルは事の顛末を見届けたくて仕方なかった。理由は自分でも分からない。騎士団の密偵への意識は彼方へと追いやられ、隣で緊迫した面持ちで固唾を呑んで状況を食い入る様に見つめる弟達同様、ゲイルはこの結末をそのまなこに焼き付ける事となる。

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