第三十二話 迫り来る盗賊の群れに少年は『舞踏』を奏でる
「てめぇぇらぁビビってんじゃねぇ!!相手はたったの一人だろうがッ殺っちまえ!!」
臆する第二陣に向け……いや、周囲の盗賊達に向けて放たれたブリードの怒号が轟いた。
目にも止まらぬ斬撃で数名の仲間が地に伏せった。そんな惨状を目の当たりにして引けを取っていた男達の眼に殺意が宿る。
第二陣が大地を蹴ったのとほぼ同じタイミングで俺も前方に駆け出していた。別に相手を侮っている訳ではないのだが、真っ向勝負を挑む。
最初の一撃。それは俺の刀が最前方の男の胸元を捉えた。
血飛沫が上がる。まともに返り血を浴びない様に一旦身を逸らしてから納刀する。
「うりゃぁぁぁ!!」「てめぇよくも……!!」
痛みにもがく男を乗り越えて両脇からの斬撃が襲いかかる。
左側のダガーを鞘で防ぎ、右側のシミターを躱す。
身を掠める刃を見送って、左側の短剣を弾く。
そしてすかさず打撃に転じる。
右側の男の溝に中段蹴り!威力がないってのは自分が一番良く分かっている事だけれど、別にこれが決定打になるなんて最初から思っちゃいない。少しでも相手の体勢を崩して間合いを作れればそれで良い。
思いのほか綺麗に溝を捉えた蹴りを受けて右側の男はバランスを崩して一歩後退する。
間髪入れずに俺は薙ぐ。容赦も何もなく男の胸を。
その男がどうなったのかを見届ける前に俺の意識は左に向く。弾かれたダガーの二撃目が迫っていたから。
ガキンッ!
抜き身の刀をそれに合わせて弾く。
ガキンッ!ガキンッ!
繰り出される連撃を何度も弾き返す。
防戦には強くないが所詮この程度……こんなんじゃ俺には届かないよ。それに俺は抜刀術だけじゃないからね!
「悪いけど、もうこれくらいで良いでしょ?」
「!!?」
男の大振りを身を翻して躱し、一回転と同時に一閃する。
腹部を切り裂かれた男は前のめりに崩れ沈黙する。
致命傷にはならない筈だけど、早く手当てしないとヤバいかもね。
わざわざ親切にそんな台詞を吐きはしないが、一応多少は気にかけてみる。この歳で人殺しになるのはやはり抵抗があるので。
ただ、そんな風に気が逸れると俺にも隙が生まれる訳で、瞬く間に次の盗賊が迫って来る。
毎度毎度一対一なら遅れを取る事はないが、そうもご丁寧にむこうさんらは仕掛けてきてはくれない。
そろそろ俺の間合いを把握してきたのか、迂闊に飛び込んでくる者も少なくなり、俺を取り囲む様にして数名が隙を窺っている。
タイミングを合わせて一気に仕掛けてくる気だろうか?五、六人に囲まれ背後を取られているが、気配までは消せていないのがまだまだと言ったところだ。
容易に飛び込ませない為にも疎らに周囲に目を配り、牽制目的で威圧する。睨みを利かせた眼差しで。
それでもすぐにそんな行為が無駄になると知る。
「いくぞぉぉぉッ!!」
一人の合図を機に俺を取り囲む盗賊達が一斉に仕掛けてくる。
悪い作戦じゃない。文字通り俺は袋の鼠なのだから。
ただ、鼠だっていざとなれば牙を剥く。『窮鼠猫を噛む』って言葉があったな。まあ俺は自分が鼠でむこうが猫なんてこれっぽっちも思っちゃいないのだけれど。
「……あぁもう……面倒臭いな」
俺はため息一つ。そして吐き出した息を刹那に吸い込み腹に力を込める。
全方向から迫り来る盗賊達がこちらに到達するよりも先に俺は抜刀する。ただし、大地に円を描く様に。
腰が捻れるくらいの回転を柔軟に熟した俺が刀を鞘に収めたのは連中がこちらに到達する前だった。
トンッと鞘の底で地面を軽く叩くとまるでそれが合図と言わんばかりに周囲の大地は唸りを上げて弾け飛ぶ。
当然こちらとの距離を縮めていた盗賊達に砕けた大地の欠片は炸裂する。
地の型【草薙】の派生版【円舞】。オリジナル技で実戦未使用だったのだけれど効果はてきめんだったみたいだ。
いや、だけど……このままだとヤバいかな……。
いつまでもこんな状況が続けばいつかは差し込まれる……警邏に出掛けている連中を呼び戻される前に状況を変えなくては……。
「いけぇぇッ!!そんなチビ餓鬼相手にいつまでもいい様にやられてんじゃねぇよ!!?」
連中の背中を無理矢理叩く様にブリードの叱責じみた檄が飛ぶ。その気迫が乗り憑ったかの様に盗賊達は雄叫びと共に俺を襲う。
……ていうか、あの野郎、俺をチビ呼ばわりしやがったな……!
ブリードという男を遠目に睨みながら俺は自分に迫り来る盗賊の群れを斬る、斬る、斬る───!!
もう後には引けない……俺の体力が切れるか、奴等の戦力がゼロになるのが先か…………やってやるさ!
──────ドクン……。




