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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
42/84

間章 盗賊の宴に現れた『侵入者』は快調に騙る

「それにしてもあの女イケ好かないぜッ」

「そうかぁ?あの身体見ろよ、堪んねぇ!」

「一回で良いから仲良くしたいもんだ」

「お前らなぁ……いいか、あの眼を見てみろ?まるで俺らを塵屑同然に見やがる!幹部の客人じゃなけりゃ痛い目に合わせてやってるところだぜッ」

「……とは言え、あの身体はやっぱり反則だよなぁ」

「…………まあ……それは確かに」

『ガハハハハハッ!!』


 天幕の前に設けられた焚火台を囲む様にして盗賊達は非番の日を大いに楽しみながら酒を片手に談笑する。

 エミリオ=ローランが幹部になって以来、彼らは規則的な生活を送っていた。

 主にアジトの警備を交代制で行い、例外なく休暇を与えられ、盗賊としての本分である略奪行為は単独では行わない。エミリオが編成したメンバーで計画的に実行されるからだ。

 無法者達を敢えて規則で縛り付けた行いが功を称して《アビリティ》の悪名は揺るぎないものとなった。

 その功績が認められ彼は若くして幹部への仲間入りを果たす。

 言わば、エミリオ=ローランがこの《アビリティ》のルールの一つとなっていると言っても過言ではない。


 ガチャ……。


 幹部の屋敷の扉が開かれる音に一同の視線が釣られる。出て来たのは先程の女。

 その姿にある者は威嚇する様に、またある者は露骨にいかがわしい眼差しを送る。それに気付いた彼女は少しだけ口元に笑いを宿した。

 彼等は知らない。彼女のいるべき『場所』が自分達の幹部よりも上であるという事を。

 それでも『客人』として丁重に扱えという上からの命令を彼等は忠実に守っていた。少しばかりの視線などどうという事はない。それ以上何かを仕出かす訳ではないのだから。

 これまでも幾度となく同じ展開を繰り返してきた。

 彼女が単身アジトにやって来ては幹部連中と会談する。幹部以下の自分達はただ見送るだけ。そんな場面が何度も何度も。会話などした事すらない。

 ただ、今夜だけはいつもと少し違った展開になった。


「……月が綺麗ね」


 徐に彼等のもとに歩み寄ったロザリィは自慢の艶やかな青髪の裾を後ろに払いながら呟いた。深い海色の瞳に<白宝月ルミナス>を映し出しながら。


「何かしら……今晩は嵐でも起きそうな気がするわ」


 彼女は夜空を見上げたまま呟く。


 ───何を言ってるんだこの女は?


 その場に居合わせた誰もがロザリィの言葉に顔をしかめては天を仰ぐ。

 彼等の見上げた空には疎らな雲が流れる以外には星の煌めきとまんまると肥えた月が晧々たる光を放つだけ。先程までと違う事があるとすれば夜も更けて双子月の<赤妖月デュミナス>が顔を出し始めた事くらいだ。これから天候が崩れるなど……ましてや嵐が訪れるなんて事は想像し難かった。

 彼等が顔を下ろすと既に彼女は歩き出していた。

 訝しがる男達の視線を背に受けてロザリィは口元を少しだけ弛ませた。


「……さて、面白くなってきたわ。あの鼠さんどう出る気かしら」


 もう一度だけ夜空を見上げてロザリィは闇へと姿を消した。これから起こるであろう嵐の予感にひっそりと胸踊らせながら。


「……何だってんだあの女?」

「嵐になんてなる訳ねぇじゃねぇか!?ただでさえ雨すら降りそうにないのに」

「幹部連中の客人だか何だか知らないが、あんな女関わり合いにならない方が良いぜ。さあみんな、飲み直そうぜ」

「だな」「おう」


 男達は仕切り直し今一度乾杯の音頭を取る。あの女が何者かなんて彼等からしてみたらどうでも良い事。客人でなくこの場にいようものなら襲ってしまいたくなるプロポーションだが、そんな事を言っても始まらない。彼女は大切な客人である事に間違いないのだから。

 ロザリィが常日頃向ける見下す様な視線は気に食わないが、いざこざを起こして《アビリティ》を追い出されたくない。多少思うところがあるにせよ、今晩は折角の非番だ。切り替えて楽しい宴を再開しようじゃないか。

 この場の誰もがそんな想いを抱きつつ、乾杯の音頭と共にグラスを鳴らす。丁度そんな時だった。


「───あ、あのぉ……こちらのエミリオ=ローランさんに呼ばれて伺ったんですけど……」


 その声は男達の背後からした。

 あまりに突然の出来事に男達の半数がびくりと背筋を震わせ、中には驚きのあまりグラスの中身を溢してしまう者までいた。


「だっ誰だてめぇは!?」

「どうやってここに……!?」


 口々に眼の色を変えていく盗賊達。背後に佇んでいたのは黒のコイフを深々と被った小柄な男。


「あっ……すみません……!別に驚かせるつもりはなかったんですけども……ハイ……」


 恐縮そうなトーンで驚かせてしまった事を詫びているが、彼等からしてみたら最早そこはどうでも良い問題であった。ウチの盗賊ではない者が何故アジトにいる!?ただそれだけだ。


「……あっ!紹介が遅れて申し訳ないです。自分はエミリオさんと同郷の幼馴染ゴッド=ツリーと言います。あ、略してゴッツォって呼んで下さい、へへっ」


 自己紹介を兼ねて説明する男は少し照れ臭そうに金属輪帽越しに頭を掻く。

 ただ、彼と盗賊達の温度の差はあまりにも掛け離れていた。

 見たところ武器らしい物は身に付けている様子はないが、何分得体が知れない。


「そんな事はどうでも良いんだよ!エミリオさんに何の用だ!?」

「うーん……分からない人だなぁ。自分も呼ばれたから来ただけで内容までは分からないですよぉ」


 盗賊の言葉に唇を立てて小柄な男は露骨に不機嫌そうな表情をした。ただ、深々と被ったコイフのせいで瞳が宿す色までは分からないが。


「怪しい奴め!来いッ!」

「えっ!?ちょ……ちょっとぉ……!?」


 瞬く間に取り押さえられてしまったコイフの男はそのまま幹部の屋敷へと引き摺り込まれた……。


 ◇


「何事だッ騒々しい!?」


 怪しい男を取り押えたまま屋敷の中へと入った盗賊達の耳にまず飛び込んできたのは幹部の一人ブリードの叱咤だった。

 些細な抵抗もないコイフ男を応接間へと引き連れた非番グループはブリードの険しい視線に物怖じしたが、内の一人が恐縮しながらも話を切り出す。


「ま、待ってくれよブリードさん。怪しい奴を捕まえたんだ」


 その台詞に応えてコイフ男の両腕を捕まえる盗賊がブリードの前に突き出す。小柄な来訪者を。


「……誰だこいつは……?」


 鋭い目付きを眉間の皺と共に一層細めて佇むブリード。その奥には先程と同じ様にエミリオがソファーに腰掛けて男を睨む。


 ───『ネズミ』か……?


 二人の考えは一致していた。先刻のロザリィのくだりにあった侵入者───それなのかとお互いに疑念の目を向ける。


「こいつ何でもエミリオさんに呼ばれてここに来たとかぬかしやがるんですよ」

「……何だと?」


 盗賊の一人が放った言葉に当の本人であるエミリオが訝しがり眉をひそめる。

 その反応を見て盗賊達は口々に「やっぱり嘘かッ」「どこのまわし者だ!?」等と声を荒らげて男を責め立てる。

 今まで大人しくしていたコイフ男も流石に身の危険を感じてか慌てふためいた様子で弁解を始めた。


「まっ……待ってくれよ!自分は本当に怪しい者じゃ……」


 この部屋を包む空気が一様に悪くなっていくのを感じ取っての行動も残念ながら誰一人として取り合ってくれる者はなさそうだ。

 それどころか目の前に佇む額に三本傷の男は今にも腰のダガーを手に取り襲いかかって来そうな形相を浮かべている。隠す必要もない半端でない殺気が痛いくらいにヒシヒシと伝わってきていた。


「エミリオ……お前の知り合いか……?」

「…………いや、知らんな」

「そうか、だったら…………!」


 エミリオとの短いやり取りを終えたブリードの瞳が先程とは比べ物にならないくらいに淀む。明確な殺意を宿すとその手はコイフ男の予想を裏切る事なく腰の短剣へゆるりと伸びていく。


「わーーーー!!待った!待った待った!!嘘言ったのは謝るよ!ごめんなさい!ごめんなさい!でも本当にちょっと待ってくれよ……!本当の本当に自分はエミリオさんに用があって来たんだよっ!」


 自分の死を悟るその三秒前にコイフ男は文字通り必死の釈明をする。三本傷の男はそれに一切動じる事なく手に掛けた短剣の刃を煌めかせ様としているが、その言葉に奥の若き幹部が反応を見せた。


「俺に用だと……?」

「そ、そうなんだ!あんたに用があるんだ……!」

「身に覚えはないが……どんな用だ?聞いてやる」

「言付けを頼まれたんだ!」

「言付け……?一体誰に……?」


 まるで身に覚えのない様子でエミリオはおうむ返しする。そこで彼は気付いた。今にもブリードの手によって殺されるかもしれない恐怖で取り乱しそうだった男が短時間でやけに冷静さを取り戻している事に。

 そしてその男は口元にほんの僅かばかりの笑みを浮かべて呟いた……、


「───ミミリアさんからだよ。聞かなきゃ後悔するかもよ……?」

「…………」


 やけに落ち着いた……いや、むしろ余裕すら感じさせるコイフ男の言葉にエミリオの反応はない。だが、男は感じていた。


 ───伝わった、と。


「どうしたエミリオ?こいつ本当にお前の知り合いか?」

「…………ああ。どうやらそうみたいだ。悪いが、こいつと二人だけで話をさせてくれ……おい、お前、こっちに来い」


 徐に立ち上がったエミリオは隣の個室のドアノブに手を掛けた。いまいちのところ状況が把握出来ない連中を尻目に男は自分を捕らえる盗賊の手を強引に振り解く。


「ほらほら、聞いてたでしょ?早く離れて。酒臭いし、汗臭いだよね、あんた達っ」


 自分を捕らえていた盗賊に軽い悪態をつきながら男はエミリオに続き、隣の個室へとその足を進めた。

 内心相当な冷や汗ものの展開に肝を冷やしたが、そこはあくまでも悟られない様に笑みを浮かべる。その笑みが引き攣っているかそうでないかはこの際放っておくとして今はただ、この場をやり過ごせた事に胸を撫で下ろしながら……。


 ……ひとまずは上手くいったさ……と。

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