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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
41/84

間章 若き幹部の『野心』は潰える事を赦さない

■□ハルバロ山 《アビリティ》アジト

監視者ウォッチャー】ロザリィ=■■■■


リムレア暦1255年 6月6日 22時21分


 バチバチ……。

 小刻みな破裂音を滾らせてハルバロ山の一角で炎が舞う。

 正確には人為的に起こされた焚き火の炎だ。

 小さな滝の近くに広がる平地には焚火台を囲む様にして大小幾つかの天幕が設けられている。

 まさに野営地と言いたいところだが、すぐ側にその光景とは不釣り合いな建物が並ぶ。建物と言ってもそう大層なものではなく、民家の様なものから小屋と呼べる家屋まで様々だ。

 天幕の近くには雑にテーブルや椅子が設けられおり、複数の男達が酒を酌み交わす。

 決して褒められる様な身なりではない男達。彼らはここ数ヶ月の間にハルバロ山を根城とし、悪業を繰り返す盗賊達。その下っ端だ。

 山の警備がない日は決まってここで仲間とくだらない話を肴に連日酒を浴びる。

 普段なら倍以上の数のならず者がこの場を埋め尽くしているが今日だけは違った。

 幹部連中が出払っている為、その護衛に二十人程度の人間を連れて行ってしまったからである。

 それに加え、万が一に備えていつもより山の警護に倍近くの人員を割いている。ただ、この場にいる誰もが『万が一』なんて事態が起こる筈もない、そう考えていた。何故なら自分達は悪名高い盗賊団 《アビリティ》。日和主義である公安は端から眼中にはないし、報復を恐れてハンターギルドも迂闊に手を出せない状況にある。

 一番警戒するべき《銀栄騎士団シルバリアナイツ》でさえも自分達には関わらない様にしていると聞く。

 だから万が一、ネズミが忍び込んだとしても彼らにとってそれはさしたる脅威にはならなかった。なる筈はなかったのだ。この時までは……。


 下卑た笑いが飛び交うその横を闇の中から現れた女性が通過して行く。この場には明らかに不釣り合いな装飾が施されたワンピースに背中まで伸びた空色の髪を靡かせながら。

 男達の視線が注がれる中、そちらには一度も目をくれず建物を目指す。


 へへへっ……。


 言葉はなくとも男達からは微かな笑い声が溢れる。食い入る様に自分を見つめる彼らが何を考えているかなど容易に想像出来た。


 ───嗚呼、気持ち悪い。男なんて皆一緒ね、低俗だわ。仕事じゃなきゃ魔術で八つ裂きにしてやるのに……。


 表情には一切出さず腹の中に嫌悪感を押し込めて彼女は一瞥する事なく連中の横を通り過ぎる。

 男達は下賤な眼差しを浮かべるだけで彼女を見送る。

 自分は客人だ。可笑しな真似はされないと分かっていても不快感はどうしても否めない。

 それでもこれは仕事だ、我慢しろと心の中で檄を飛ばしながら彼女は建物の一つ……一番立派な家屋の扉に手を掛けた。


 ◇


「……こんな時間に何の用だ?」


 部屋は幾つかの魔洸石の灯りによって明るく照らされていた。

 山中にしては些か立派なそのリビングで彼女を出迎えたのは浅黒い肌に短髪のブロンド男。鍛え上げられた肉体、そしてただでさえ人相の悪い顔つきに加え、額から鼻の辺りにかけてくっきりと残る三本の傷痕が更に彼の強面加減を引き立たせていた。

 声に明らかな疑念を宿しながら鋭い眼差しを向けられている彼女だが動じる様子はなかった。むしろ逆だ。

 『こんな時間に』と言われても生憎説得力に欠ける。何故なら彼は『こんな時間に』も関わらず、プレイトメイルを身に付け、腰に双剣を下げている。

 それが彼女にとって少し笑えるポイントだった。


「こんな時間に武装してそちらこそどうしたのかしら?」


 揶揄するアイスブルーの瞳を察してピクリと男の眉が上がる。


「……喧嘩売ってんなら買ってやっても良いぜお嬢さんよ」

「あー怖い。別にそんなつもりないわ。ただ、警戒しているに越した事はないわね、いつここが襲われてもおかしくはないんだし」

「この俺がそれにビビってるとでも言いたげだな……?」

「あら、違うの?」

「このアマがッ……二度とそんな口聞けねぇ様にしてやろうか……!!」

「ふふっ」


『止めるんだ二人共!』


 男と女の会話に割って入ったのは他の男の叱咤だった。

 リビングの奥───現在は使用していない暖炉前のソファーに腰掛けた青年が二人を睨みつけたまま続ける。


「いちいち彼女の言う事に構うなブリード」

「……チッ」


 青年の言葉に舌を打った《アビリティ》の斬り込み隊長ブリード=ビリーは一度髪を掻き毟ると腕を組み直し、無言で彼女を睨み返す。


「おー、こわっ」


 今度は明らかに小馬鹿にした口調で紡いだ言葉に対しても彼は無言の眼差しで応えた。


「ロザリィ!君も止めてくれ。わざわざここに来たからには何か用があるんだろう?」

「貴方は大人なのねエミリオ」

「……からかい目的なら早急にお引き取り願おうか。今晩はフリークとカンフーが出払っていてね。君の暇潰しに付き合っている時間はないんだよ」


 盗賊にしては小綺麗な格好と整った顔立ちに肩まで伸びる黒髪の青年───エミリオ=ローランの表情が瞬く間に強張っていく。


「言ってくれるじゃない……全く……ここには冗談の通じる男はいないのかしら?」

「こっちは冗談であんたと連んでるんじゃないんだよ」

「貴方も立派になったものね。ついこの間まではただの下っ端だったのに……一体どんな手を使ってこんな短時間で幹部にまでのし上がったのかしら……?ふふっ…………まあいいわ。私だって別に貴方達に逢いたくてわざわざこんな時間に来た訳じゃないのよね」


 溜息を一つ吐くとロザリィはエミリオの正面に置かれているソファーに腰を下ろす。徐に脚を組むとワンピースの裾から透明感のある素足が露出される。ただ、二人の男の意識はそこに向けられる事はなく少しだけ残念そうに彼女は聴こえないくらいの音で鼻を鳴らす。


「話を戻そうか……一体こんな時間に俺達に何の用だ?」

「私がわざわざこんな時間にここに来たって事は頭の良いエミリオ、貴方なら察しが付くんじゃないかしら?」

「……まさか」

「そう。そのまさかよ。『ネズミ』が何匹か忍び込んでいるわ」


 ロザリィが告げた内容に表情を更に強張らせたのはエミリオだけではなくブリードも同様だった。

 現在の状況は自分達が誰よりも理解している。

 フリーク=シュタイナー、カンフー=ベルトル不在でアジトがいつになく手薄になっている事くらい。


「『ネズミ』の数は……?」


 緊張感と不安が胸に過ぎってもあくまで冷静にエミリオは訊き返す。

 焦っては駄目だ……俺はもう昔の俺に戻る訳にはいかない。そう、自分に言い聞かせる様に。

 母親を悲しませてまで掴んだ《アビリティ》の幹部という座。それに彼の目的はまだ先にある。

 ようやく《組織》との繋がりを持てたというのにこんなところで───盗賊風情などで終わってしまう訳にはいかない。

 汗ばむ掌に自然と力が入る。気付けばエミリオは拳を強く握り締めていた。

 《組織》に入るにはまだ資金が足りないという事は重々承知だ。だからこそ足掛かりとしてこの盗賊団を利用出来るだけ利用しなければ、彼に未来など訪れはしない。

 ふふっ……。

 そんなエミリオの様子を見透かしてロザリィは静かに微笑んだ。


「『ネズミ』はたったの二匹よ。一匹は騎士団の密偵ね」

「チッ!奴等やっぱりこっちの状況を探ってやがったのかッ」


 横からブリードの声が会話に混ざる。ただ、ロザリィはパタパタと軽く手を振り、


「でも気色悪い騎士団の『ネズミ』は他の『ネズミ』に食べられちゃったわ」

「……どういう事だ?」

「つまり、毛並みの違う『ネズミ』がいるって事。まだウブだけどなかなか鋭い牙を持った子がね。もしかして鼠じゃなく狼の類いかもね、ふふっ。それにどうやらその子貴方達幹部の誰かに用があるみたいなのよね。あーあ、折角命さながら盗賊から逃げて来たいたいけな娘を演じたのに……まるで無駄だったわ」


 そう言ってロザリィは口を尖らせて少女の様なふてくされ顏を浮かべる。その様子に男達は顔を見合わせ首を傾げるが、何にせよ細かい経緯を話すつもりはさらさら彼女にはなかった。自分の『役割』はハルバロ山に侵入した『ネズミ』を報告する、ただそれだけなのだから。


「何にせよ、その子は来るわよ今に、貴方達の誰かに逢いに。分かってるとは思うけど……」


 そこでロザリィの顔付きが変わる。純度の高い氷の様な瞳の色をより一層冷ややかに染め上げながら……。


「万が一にも捕まる様な事があれば、《組織わたしたち》との繋がりが外に漏れる前に貴方達を……消すわ。忘れないでおいてね」


 最後の一言に凝縮された言いようもない威圧感に気圧される形でエミリオとブリードは顔を見合わせたまま、額に嫌な汗を浮かべ生唾を飲み込んだ。


「……分かってるさ、絶対にヘマはしない……絶対にだ……!」


 ロザリィの瞳を睨む様にして見つめ返したエミリオの瞳には強い輝きが宿っていた。


 こんな盗賊団の幹部なんかで終わって堪るか……俺はもっともっと『上』に行くんだ───!

 そう強く強く野望を抱いた瞳で彼は虚空を睨み付けた…………。



「……ふふっ」

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