プロローグ③ 夜の森で『去り際に』少年は地を薙ぐ
少女はやや困惑気味だった。
小鹿亭のミートローフはさて置き、今日は昼間からツイていないアクシデントばかり。
魔力の切れた自分に襲いかかろうとする重騎士達の魔の手、そして突如それに割って入った少年。
その少年から繰り出された斬撃は余りにも疾く、重騎士を威嚇するには充分な抜刀だった。
抜刀のスピードも然る事ながら驚くべきはその技術。自分自身もその剣撃を目で追うのがやっとだった。
それ以降、やけに得意気な表情を浮かべている姿は若干の苛立ちを覚えるが、只者ではなさそうだ。
ひとまず少女は事の成り行きを見守る事にする。
「……て、て、てぇめぇは何者だぁ……!?」
余りに突然の出来事に硬直していたゲイルが覚醒し、声を上げた。
「ていうか、ごめんなさいおっさん。ちょっとミスしてしまいました」
「へ……?」
間の抜けた声が漏れると同時に額からたらりと鮮血が鼻筋を伝う。少年はひたすら丁寧に頭を下げている。
「あ、兄者!?大変でやんす!!」
「額がパックリと割れてやがるぜゲイル兄ぃ!」
「うぉぉぉぉッ!!!?」
大袈裟に騒ぎ立てる三兄弟を尻目に若干の罪悪感とそれ以上の面倒臭さに襲われた少年は一歩後退り。
「じゃ……じゃあ自分はこれで……」
しゅたっと右手を挙げた少年は三兄弟に背を向け、逃走を開始しようとする。
「そういう訳にいくかーッ!!?」
ゲイルの怒声と共に地を蹴るのは二人の弟。その手には白銀の剣。勿論、獲物は言うまでもない。
やはりかという表情を浮かべ軽く舌を打った少年が刹那、振り返り、剣の柄を握るその手に力を込める。
数メートルの間合いまで詰めた二人の弟をその目で確認すると身体を一回転させ、その反動で抜刀。ただし、地面を薙ぐ。
───どぉん……ッ!!
少年の放った斬撃を受けて、地面が爆発したかの様に騒音を上げる。
「な……ッ!!?」
「ヤ、ヤベッ……!!」
一見異様な行動に困惑する暇もなく二人の弟は駆けるその足をすぐさま止める事は出来ない。
少年の剣戟に呼応して弾け飛んだ大地の欠片が二人の重騎士に直撃。
夜の森に砂埃が上がり、その中で目を回し、倒れ込む男が二人。
「な、な、な…………!?」
驚愕するゲイル、その視線の先に、返り討ちに遭い倒れ込む弟達の姿は見えど、少年の姿はなく、また少女の姿もどこにもなかった……。