間章 今日も今日とて魔族の女店主は『夢』に生きる
「本日も『リタ武具店』にご来店ご利用くださいまして誠にありがとうございますですぅ。少しだけ尖ったツンデレさんなグラディウス、ちょっぴりワイルドに粧し込んだハルバード、これで貴方もジェントルマン!なフルアーマーは如何ですかー?」
今日も今日とて、あたしは愛らしい武具防具の販売に勤しむショップマスターです。
夢だったマイショップの経営は苦難の道でしたが、日々有意義な時間を過ごしておりますです。
フレデナントに上京したばかりの頃はまさかこんな大都会に自分の店を構える事が出来るなんて夢にも思わなかったのです。少しだけ年季の入ったお店も個性なのですよ。共に苦楽を乗り越える愛嬌ある我が城なのです。エッヘン。
世間は魔族に冷たいとおっかさんの忠告を聞かず田舎を飛び出してから苦節数年……あたしは何て幸せな日々を過ごしているのでしょう!
……そこであたしはまたしてもとある防具に目をやります。
本来愛くるしい筈の鋼鎧装は左肩部から腕部にかけてがスッポリとありません。
まるでその部位だけが神隠しにあってしまったかの様な有様です。今は居た堪れないので左半身を隠す様にしてカウンターの奥に佇ませています。当然売り物としての価値は半減以下となってしまっていますです。
こんな残酷な仕打ちしたお客様を少しばかり恨みもしましたが、それは数日前までのお話。
現にセットで購入してくださった刀の代金がなければ今月の生活が儘ならなかったのは事実なのです。
今日も今日とて、夕暮れを迎えますが、お客様はおりません……でもあたしは負けてはいられないのです!夢はまだ志半ばです。いつかは商業区の一等地に店を構える為、日々精進なのですよー!負けるなリター!
……と、あたしが密やかな野望に向け、漲っていると一人のお客様が店頭にやって来ました。
「いらっしゃいませですぅ。『リタ武具店』へようこそです!本日はどういった品をお探しでしょ〜か〜?」
早速あたしは接客に臨みます。商売の基本は笑顔と愛嬌、そして相手の立場に寄り添う思いやりであります。
「あ、いや、悪いね。客じゃないんだ」
あいや?
お客様は自らをお客様ではないと仰っています。
たしかに良く見れば武具防具にはあまり縁のなさそうな小柄で華奢な女性にも見えます。
「ここの店の前を待ち合わせ場所に指定した子がいてね。何でもここが一番分かり良いんだと」
「は、はあ……」
思わず気が抜けてしまいました。今日はもう陽が暮れ始めているので最後のお客様が滑り込んで来たと淡い期待を抱いてしまったのですが、とんだ勘違いの様でした。
「全く……自分から呼び出しておいていつになったら来るんだ、あのお嬢ちゃんは……」
腕を組みながら呆れ模様で呟く小柄な女性のアッシュパープルの髪を夕陽が赤く焼いていきます。
どうやら待ち合わせの相手がまだ来ない様子です。
待ちぼうけというのも何だか居た堪れないので少し話し相手になれればとあたしは思い付きます。
「あの、待っているのはお友達ですか?」
「ん?いや、客だよ。仕事の。取引相手ってとこだね」
「お仕事なんですかぁ?どんなお仕事か興味ありますね〜」
「ふふっ、それは企業秘密という事にしておこうか」
少しだけあたしを揶揄う様に笑って女性はウインクをしました。その女性はあたしよりもずっと小柄なのに少しだけ大人な女性に見えました。
「おや、ようやく来たみたいだね」
唐突に女性が言いました。どうやら待ち合わせのお相手が到着した様です。待ちぼうけじゃなくて良かったですと、あたしは少しだけ胸を撫で下ろします。
少し離れたところからこちらに向かって来る人影は夕焼けの逆光に照らされて顔まで分かりません。シルエットだけでこの女性はよく気付いたなぁと感心させられます。
伸びる影がこちらとの距離を詰めてようやくそのお相手の顔があたしにも見えました。……って……ん?
……………………あいや?




