間章 『少年』は『少女』を……
■【■■■】ユウキ=イシガミ
最近の俺は少し変だ。
ついこの間出逢ったばかりである魔族の少女の事が片時も頭から離れない。
朝も昼も夜も考えるのは彼女の事ばかり。
出逢ってまだ一月も経っていないというのに。
ただ、彼女は姿を消した。
突然と、忽然と、そう……まるで出逢いそのものがなかったかの様に。
姿を消す直前、確かに様子が変だったのは覚えている。
初めて見せた消え入りそうな表情と何に対してか分からないが述べた謝罪の言葉を俺は気付かないフリをした。
その結果がこれならば、悔やんでも悔やみ切れない。
何故、あの時彼女の想いを真摯に受け止めてあげられなかったのだろうかと。
胸の真ん中にポッカリと穴が空いた。
全てが嫌になり、目を背けたくなる。
でも世界を拒絶したところで何も変わらない。こういった経験は過去にもあったから、そのくらいは理解しているつもりだ。
そもそも、『あの時』もそうだ。
代々実家で受け継がれてきた一子相伝の剣術。その家の長男として生を受けた俺は幼少の頃から『当たり前』の様に剣を学んだ。
『当たり前』の様に腕を磨き、『当たり前』の様にゆくゆくは俺が継いで、『当たり前』の様に子へと託すのだろうと。
しかし、現実は違った。
跡目は俺でなく姉が継ぐ事となった。
別に姉を認めていない訳じゃない。むしろ全てに於いてその逆だ。
剣術の腕も俺を凌ぎ、誰にでも優しくて、誰からも羨まれるくらいに綺麗で、まさに自慢の姉だった。
それでも『当たり前』と思っていた現実が脆くも崩れ去った時、俺は剣を捨てた。
姉が当主となった事に対して何の不満もないと言ったら嘘になるが、それよりも『何故長男である俺じゃないのか?』、そのわだかまりがいつまでも胸の中で燻り、やがては穴を開けた。
ポッカリと空いた穴を埋める術なんて考えてもまるで分からない。それどころか、当時の俺はこの胸が抱える虚無の正体にすら気付かずにただ失意に沈んだ。
どうせ俺なんか……と。
あれから俺は何の一つも成長していなかったのか?それとも下手に大人になった分、知らなくても良い事まで視えてしまう様になったのか?
理由は分からないけれど、何をしても満たされない心はただただ苛立ちばかりを募らせていく。
半端な剣で繰り出す斬撃も『軽い』と蔑まれ、自分の実力を思い知らされた。
……当然か。
何の為に生きていけば良いか分からない……実際ついこの前まではそう感じていたこの俺に大した覚悟なんてあったもんじゃない。
そんな中途半端な想いを抱いた剣じゃ誰にだって通用する筈ないさ。
悔しいけれど、自分自身が一番分かってる事なんだよ。
そんな半端な覚悟と想いが姉ちゃんを苦しめ縛り付けていたんだろうな。
きっと、姉ちゃんの方が俺なんかよりもずっと苦しかった筈なのに……。
大人になったと思っていた自分への驕りが全て自分へと返ってくる。
ダサいな、馬鹿め───そう嘲られた様に。
あまりにも幼く、無知で無力な俺はいっそ消えてしまえ。
自分が情けなくって恥ずかしいや。
……それでもあの頃と少し違うのは現在自分が『何』を必要としているのかを本能が明確に理解しているという事だ。
ただ、今までの俺には圧倒的に踏み出す勇気それが足りなかっただけ。
だから……。
ただの自己中心的な我儘だとしても───、
シルメリア……俺には君が必要なんだ………。
……だから俺は君の為に剣を振おう……。




