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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
35/84

第二十六話 所属ギルドで少年は愛刀の刃を『味方』へと向ける

■□貿易都市フレデナント 宿場シエスタ

【■■■】ユウキ=イシガミ


リムレア暦1255年 6月6日 10時30分


 あれから数日の時間ときが流れた。正確には一週間と三日だ。

 ちなみに『あれから』というのは俺が目覚めてから───リタから【緋天棗月ひてんそうげつ】を入手し、シバから情報を買ってからである。

 シバに情報料を払った事により財産が底をついた俺は未だギルド御用達の宿場シエスタにいた。

 勿論、ジルは一切持っていない。なのに、どういう訳か俺は未だここにいる。《ヴェンガンサ》の計らいであろうが、敢えて確認はしていない。最悪追い出されたり、宿泊料を要求されても今の俺に払う術はない。僅かばかりの硬貨ですらもあの時シバに取り上げられている。

 全財産を巻き上げておいて自分で食べたスイーツ代まで請求されそうになったが、生憎こちらは本気の一文無し。スイーツ代は借金……ツケとなった。

 ほんの少しだけだが、あの情報屋にも人の心はあるんだなと思った俺が間違いだった。奴は鬼畜だ。

 それでも実際情報を提供してくれた事に感謝せざるを得ない。

 情報屋としての腕は間違いなく一流。俺の知る限り彼女の右に出る者はいない。それだけは疑いようのない事実だから。

 流石に《銀栄騎士団シルバリアナイツ》による《アビリティ》討伐の決行日までは聞き出せなかったが、問題はない。

 それまでにカタを付ければ良いだけの事。

 俺がシバから引き出した情報はただ一つ……。


 ───幹部連中が行動を共にしない日。


 つまり、《アビリティ》の戦力が分散されているその時を狙うのだ。

 そんな都合の良い日があるのか不安だったが、どうやら天は未だ俺を見放していない様だ。

 シバの情報によれば今晩、奴等幹部の中枢を担うフリーク=シュタイナーとカンフー=ベルトルが闇市場に繰り出すという。

 何が目的かまでは知り及ぶところではないけれど、勿論幹部が動くのにお付きがいない筈はない。それも闇市に赴くとあらば、少数の警護では足りない。

 本来ならば《アビリティ》の幹部であるエミリオさんも帯同する筈だが、今回ばかりは違うらしい。

 奴等も《銀栄騎士団》の襲撃を大いに警戒している。そんな中、幹部が三人もアジトを空ける訳にはいかないのだろう。

 エミリオさんは《アビリティ》の頭脳と言っても過言ではないらしいから最悪の状況に対する備えといったところだろうか。

 大きくなり過ぎた盗賊団は何れ絡め取られる。かつての《ゴブリン》がそうだった様に。

 肥大化する程、存続は困難となっていくのが摂理。《アビリティ》規模に膨れ上がった盗賊団に未来などはない。いや、あってはならない。

 騎士団の対応が如何に遅かろうが、やがて公安が動き、<ヴァレリア委員会>が動く。このまま奴等をのさばらせておく筈などない。

 タイミングとしては既に遅いくらいだ。

 委員会が動いてしまえばこのエレナント州を治めている領主ロードにも調査の手は回り、何故早急なる討伐が可能でなかったのかと散々指摘を受けた挙句、原因を根掘り葉掘り追及される。

 それは領主サイドも避けたいところ。委員会に不信を抱かせたって何一つメリットなどない筈だ。

 だから本当に騎士団はその内動き出す。盗賊達を誰一人として逃さない様、一網打尽にする為に。もしも裏で繋がっている人物がいるのなら尚更手は抜かないだろう。

 機密の漏洩が自分自身の首を絞める事ぐらい領主だって分かっているに違いない。

 だからこそ、このタイミングを狙う。いや、実際もうここしかないのだ。

 あくまでも無謀は承知の上で。だけど何もしないよりはずっと良い。


 ……最近よく思うんだけれど、俺ってこんな性格だっけかな?

 シルメリアと出逢ってから少しだけ何が変わっている気がする、俺の中で。

 どちらにせよ、こんな自分は嫌いじゃないからまあ良いんだけれど。


 ◆


「たのもー」


 俺が適当な事を言って《ヴェンガンサ》支部の扉を叩いたのは昼時を過ぎた頃だった。

 相変わらず支部の左側───酒場区画は昼間だと言うのに賑わいを見せている。そこにいる誰もが楽しそうに酒を酌み交わし、雑談に花を咲かせていた。

 彼等の生き生きとした表情を見る度ここのギルドの居心地の良さが分かる。それは自分も同じだから。

 だからこそここは仲間だとか絆だとかを何よりも大切にする場所なんだ。

 ただ、今から俺はそのギルドの信念とやらに背くつもりでいる。


「たのもーたのもー」


 俺は酒場とは反対側のスペース───即ち、ギルド本来の役割を成す受付の窓口にやって来た。

 偶然にも俺が選んだ窓口にはこの前いい迷惑をかけられた眼鏡の青年。確か名前はウェルターと言ったかな?


「こ、これはこれはガミキさんではないですか!?」

「どうもウェルターくん」

「ほ、本日はどの様なご用件で……」

「この間の借りを返しに来たさ」

「え…………えぇッ!!?」


 少しだけ意地悪な事を言って激しく動揺するウェルターの様子を愉しむ。このくらい言ったってバチは当たらないだろう。何たってあっちは俺を頭ごなしに賊扱いしたのだから。


「あ、あの節は大変失礼な事を仕出かしてしまい申し訳ありませんでした!このウェルター一生の不覚にて……」

「まあ良いよ、冗談だから」


 冷や汗で眼鏡がズレ落ちそうになっているウェルターがその場で土下座を始めようとしたタイミングで俺はそれを制止する。

 別に俺はそんな事をしにここに来た訳じゃないので。


「で、では……どの様なご用件で……?ヘンリー支部長代行は本日出張でフレデナントには……」

「知ってるさ」


 だから俺はここに来た。昨日でも明日でもなく敢えてヘンリーくん不在の今日を選んで。事前の下調べを経た計画的な行動だ。

 その目的はただ一つ……、


「これをヘンリーくんに返しておいてほしいさ」

「……え、これは……え?」


 徐に取り出したのはハンターライセンス。俺がギルド《ヴェンガンサ》所属のA級ハンターである事を示すコードナンバーと顔写真入りのカード。それを俺はウェルターに差し出す。


「こっ……これは一体どういう意味なのでしょうかガミキさん!?」

「そのままの意味さ……俺はこのギルドから抜けるって事」


 俺の発言に対して今にも飛び出してしまいそうなくらい目をまん丸くして驚きを見せているのはウェルターだけではなかった。

 視線を感じて辺りを見渡せば周囲の見つめる先には俺がいた。ウェルターの声が一際でかいせいだ。


「な、な、何故、《ヴェンガンサ》をお抜けになろうとしてるのですか……!?」

「うーん……まあそこは極プライベートな事情で……」

「いや、しかし……!ヘンリー支部長代行不在の今、私がそれを受理する訳には……」

「でも俺、今日フレデナントを発つし、時間がないもんだからさ」


 まあこうなる事はある程度予想してたけれど、実際引き止めてくれるってのはありがたい話だよな。こんな俺でも必要としてくれるんだから。

 ……ただ、それに圧されて引く訳にもいかないんだよね、こっちは。

 考え直す気は更々ない。だから敢えてヘンリーくんの不在を狙ったんだから。

 当然彼だって引き止めようしてくれるに違いないが、脱会の理由をゆうに悟られた挙句、協力すると言い兼ねない。実際ありがたい話かもしれないが、俺の個人的な事情にギルドを巻き込みたくはない。それだけは避けたい。

 本当に《ヴェンガンサ》が好きだからこその選択なんだ。


「分かってくれよウェルターくん」


 内情は伝えぬまま、諭すような眼差しで俺は彼に優しく微笑む。俺にだって引けない事情があるんだよ?そう問い掛ける様に、穏やかに、尚且つ僅かな憂いを宿した瞳で。


「な・り・ま・せんッ!!」


 間髪入れず眼鏡の青年は声を荒らげた。

 吊り上げた眉を僅かにピクピクさせながら俺の脱退をあくまで阻止する気だ。

 どうやら渾身の微笑みはまるで無効だったみたいで少し悲しい。

 むしろ向こうは自分が最後の砦と言わんばかりにずっしりと構えて動かない山の如し───私は引きませんよ!と表情が語っていた。


 あれ、この子って……馬鹿なの?ねぇウェルターくん、君は馬鹿の子なの?


 思わず口に出してしまいそうな罵声を押し殺し、俺は空気を読んで下さらない窓口の青年を冷たく睨んだ。

 きっと彼は引かない。

 少し足りない部分もあるだろうが、仮にも彼は《ヴェンガンサ》の一員だ。侮らないでいこうか。

 という事は……。


「さて…………」


 呟いて俺は腰の刀に手を伸ばし、柄を握り締めた。


「…………え」


 その光景を目の当たりにしたウェルターが状況分からずに間の抜けた声を上げる。

 そんな彼を気に掛ける事なく俺は【緋天棗月ひてんそうげつ】を抜き放つ。

 ちょうど切っ先をウェルターの喉元に当てたあたりで周囲が一様にざわつき始める。

 ギルド内の事務員やハンター、先程まで陽気に酒を酌み交わしていた酒場スペースの連中……その全ての視線が一身に注がれる中、俺は敢えて不敵に笑みを浮かべた。ついさっきの優しい笑みではなく、極めて邪悪なそれで。


「な、な、な、何の真似ですかガミキさんッ!!?」

「いやぁウェルターくんが聞き分けないもんだから実力行使でいこうかと」

「こっ……こんな事したら貴方といえど、只では済まされませんよ!?」

「だろうね。でも君がいけないんだよ?君があまりにもバ───いや、素直じゃないから」

「だ、だ、だからってこんな真似しなくても……!!貴方正気ですか!?尋常じゃないですよ!!」


 イラッ……。


 何だろう、いや、何だろうね……彼の言葉は妙に頭にくるんだよな。確かに尋常じゃない事をしてるんだろうが、彼に言われると演技をしてるとは言え、イラッとする。俺イライラッとする。

 すると自然に刀を握る手に力が入ってしまう。

 ……おっと。


「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃ……!?」


 切っ先が喉に触れたところで恐怖に駆られた瞳のウェルターが悲鳴を上げる。

 ちょっとやり過ぎかな?

 若干の反省と自己満足感に胸を満たした俺は彼に向けていた相棒を鞘へと戻す。俺を見つめる視線の中に僅かな殺気が生まれたという事もあって。

 こっちは演技とは言え、端からしてみたらそうでもない。つまりいつ俺が逆に襲われても何ら不思議はない状況。

 同じギルド内でのいざこざは避けたいな、こんな事しといて言うのも何だけれど。


「とりあえずハンターライセンスはヘンリーくんに返しといてね。言う事訊いてくれなかったら次はどうなるか分かるよねウェルターくん?」


 まるで悪役。そんな冷ややかな視線を送り、捨て台詞を吐きつつ、背を向ける。

 軽く脅しもかけておけば大丈夫であろう。


 ……あ。

 一つ言っておかなきゃならない事を忘れるところだった。


「《ヴェンガンサ》フレデナント支部の武器防具を仕入れの際は是非『リタ武具店』をご贔屓にッ」


 営業マンばりの台詞と共に勢い良く向き直り俺は親指をビシッと突き立てる。うん、満足。そして任務完了。


「…………………くっ」


 バタッ……。


 張り詰めていた緊張感と恐怖から逃れるやウェルターは白目を剥いたまま仰向けになり……倒れた。

 どうやら気を失ってしまった模様。

 おい、この人本当に大丈夫か……?

 俺は引き笑いを浮かべながらこの場を後にする。

 幸いな事に誰も俺に襲いかかって来る様子はない。中には鋭い眼差しを送ってきている連中はいるが、そこは敢えてスルーする方向で。

 一応俺はここでハンターランクAの有名人らしいから迂闊には仕掛けてこないのだろう。まあ襲いかかられても困るのだけれど。

 それにしても何だが、ギルドを裏切るみたいで申し訳ない。けれど、俺にはやらなきゃいけない事があるんで皆さん是非勘弁して頂きたくござ候。


 全ては今晩の為に……!


 そして世界は紺碧に染まり、やがて夜を迎える。

 《アビリティ》の幹部連中が二手に分かれる今宵こそが最初で最後の機会チャンス

 エミリオさんの説得なんて上手くいく確証は微塵もない。むしろ捕まって殺されてしまうのがオチだろうが。

 ただ、やらなきゃ駄目なんだ。今日を逃したらきっと俺は後悔する。



 シルメリア……俺は間違っていないよね……?

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