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ガミキのヘッポコストーリー  作者: ゼロ
黒の姫君 編
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第二十五話 情報を巡り少年と情報屋は『卓』を囲む

□貿易都市フレデナント 高級スイーツ店エスペラント


「───これでどうだッ!!?」


 ドンッとテーブルを鳴らし、ゼル札の束を置いて相手の様子を窺う。

 相対するのは霞色の長髪を一つで纏めた小柄な神族。金糸雀色の瞳を一層輝かせながらモンブラン状になったチョコクリームを携えるティラミスを頬張っている。

 間違いなく俺の言葉は届いていない。


「なあ、ちゃんと話聞いてる?頼むよ」


 もはや俺の存在すらも忘れてしまっているんではないかと思われる目の前の情報屋は濃厚なティラミスをゆっくりと味わいながら甘美に酔いしれる。


「…………このババアめ……」

「何だい坊や?頼み事している人間がその相手をババア呼ばわりかい?」

「き、聞こえてるじゃないかぁ!?」

「誰も聞こえてないなんて言ってないだろう」

「だったら……!」

「何度も言ったろう?ゼルが足りないと」

「うっ……」


 情報の正確度は彼女の右に出る者はいない。それは紛れもなく確かな話なのだが、その情報提供料が余りに高すぎる。それが一番のネックである。

 普段ならある程度の貯えがある俺も新しい刀一本を購入した後じゃゆとりがない。ましてやここ数週間ロクな仕事もしてないもんだから収入など皆無だ。

 だから全財産を投げ打って懇願すれば、何とかなるのではないか?そう少しばかり甘い考えでシバを呼び出した。

 ビタ一文まけないというのがモットーの情報屋を舐めてかかった結果となったのである。


「……どうしてもダメ?」

「ダメだ」

「……何がどうあっても……?」

「こっちも遊びでやってる訳じゃないんだよ」

「…………そこを何とか!」

「まったくしつこい坊やだね……ダメなものはダメと何度言ったら分かるんだい?」


 こんなにも頭を下げている俺に対し、視線すらも合わせないで答えるシバを見ていると妙にムカついてくる。


「……そうやって自分の思い通りにならないと苛立つのは坊やの悪い癖だよ」


 おまけにこっちの腹の中まで知り尽くした言葉を投げかけてくるその呆れ顔に俺は更なる苛立ちを募らせる。

 どうあっても駄目とあらば散々悪口を言ってこの場を立ち去ってしまおうか?

 いやいや……今更そんな事をしたってどうなる訳でもない。大人気ない発想をぐっと堪えながら俺は今一度シバに頭を下げる。


「はっきり言ってこれが全財産だ。足りないのは分かってる、でも正直今はゼルを稼いでる余裕も時間もないさ……だから、この通りだよ、頼む……!」

「嫌だね」


 ……こ、このババァ……!!

 全力の懇願も間髪入れずさらっと断りやがった。


「《銀栄騎士団シルバリアナイツ》がいつ《アビリティ》討伐に動き出すか、それをどうしても知りたいのさ!それだけで良いからッ」

「まったく……」


 こちらのしつこさに呆れ顔のまま溜息を零した情報屋がようやくティラミスを食べるその手を止めた。


「いいかい坊や。坊やの言ってる『それだけで』が騎士団にとって一体どれだけ重要な機密か理解しているのかい?《銀栄騎士団ヤツら》からすれば、盗賊団討伐は一度きりのチャンスだ。領主ロードの威厳を保つ為に失敗は許されないからね。そんな最高機密事項トップシークレットの情報なんだよ、これは」


 そんな大層なネタをあんたは一体どうやって仕入れているだい?真っ先に浮かんだ疑問は胸に押し込めたまま、馬鹿の一つ覚えの様に俺は続ける。


「分かってる。このネタがどれだけ大金を積まなきゃ得られない事ぐらい」


 本当に分かっているさ。このエレナント州にとって《銀栄騎士団》は領主が抱える秩序の象徴。警察機構だって爵位を持つ領主の手前分かり易いくらいに遠慮している。それだけ騎士団は本来威厳を保っていなければならない存在。そうだからこそ容易く流失して良いネタじゃない。

 シバがどうやってこの情報を仕入れたかはこの際置いておいて、それを得るにはそれなりの対価が必要な事ぐらい理解している。そう、彼女にはゼルで。それ以上もそれ以下でもなく、ゼルのみが彼女を動かす。


「分かってるならこれ以上の話は無駄だよ。今回ばかりは大人しく引き下がってくれよ坊や」

「いや、こっちもそういう訳にはいかないのさ」

「話の通じない子だねぇ……それに幾ら坊やがお金を持っていたとしても今回の一件には首を突っ込まない方が身の為だよ」

「……どうしてさ?」

「詳しくは言えないが、この件は色々と面倒臭い思惑が幾つか絡んでいるからね。厄介事を一身に引き寄せる癖のある坊やが関われば無事ではいられないかもしれないという事だ。勿論、ヘンリーや《ヴェンガンサ》にだって飛び火するだろう。一応心配してるんだよあたしは」


 シバの台詞の最後の部分に寒気を覚えながらもその本気さは伝わった。血も涙もないこの情報屋の口からそんな言葉が出るなんて思いもしなかったからだ。


「……それでも俺にはどうしてもやらなきゃいけない事があるんだよ」

「この間のお嬢ちゃんも気にしてたエミリオ=ローランの件かい?」

「…………」

「はぁぁぁ……お人好しも大概にしておいた方が良いと思うぞ」


 俺の無言を答えと受け取ったシバが大きく溜息を吐いた。まあそうだろう。珍しくこれだけ忠告してくる彼女からしたら《銀栄騎士団》による《アビリティ》討伐が行われる前にエミリオさんを説得して盗賊団を抜け出させようという考えは余りにも無謀な子供じみたエゴに過ぎないだろう。


 ……でも俺はやらなきゃいけない。


 俺としても上手くいく可能性は一割にも満たない気がするが、迷いは一切ない。

 約束した訳じゃないが、シルメリアがそれを望んでいるのなら……。


「……大きなお世話かもしれないけど……あのお嬢ちゃんは坊やが思ってる以上に深い闇を抱えてるよ。これ以上関わり合いにならないのが得策だとおもっ───」

「大丈夫。それは俺が決める事さ」


 シバの台詞を遮って俺は答えた。

 この情報屋が本当に珍しく身を案じてくれているのは察したが、今更何を言われたってこの心はどうなるもんじゃない。

 この一件が未だ俺とシルメリアを繋ぐ唯一の光。

 このままじゃ終われないんだって……!


「…………まったく……お手上げだよ坊やには。何を言ったところで聞く耳持ちそうにないね」


 もう一度大きな溜息と共に銀のスプーンを持ち直したシバがティラミスの残りを口に入れる。丁度そこで安くもないスイーツを平らげると白い布巾で口の周りを丁寧に拭き、彼女が好んで常に飲んでいるハーブティーが注がれたカップを手に取る。

 一口啜って咥内を清涼感のあるミントの香りに塗り替えていく。少しばかり冷めてしまった感じのある紅茶の香りを暫し楽しんだ彼女は今一度カップを置くと俺の瞳を静かに見据えて呟いた……。


「……坊やの有り金で売れる情報は極限られているけど……何が知りたいんだい……?」


 シバのその言葉に思わず、俺は口元を弛ませた。


「ありがとう……シバ」

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