第二十四話 馴染みの武具店で少年は新たなる『相棒』を手にする
□貿易都市フレデナント リタ武具商店
「やあ。こんにちは」
「これはこれは……いらっしゃいませですぅ」
カウンター越しに深々と頭を下げた桜色髪の魔族は笑顔で俺を出迎えてくれた。
その……何だ、相変わらずと言うべきか、一対一だと目のやり場に困る。その露出度高めの格好は嫌いじゃないが、俺みたいな青少年にはちと刺激が強過ぎるな。
それでもここで躓いていたんじゃ話は進まない。
俺は彼女のえんじ色の瞳だけを見つめながら話を切り出す。
「この前の刀なんだけどさ……あれ、買うよ」
「本当ですかぁ!?ありがとうございます!ちょっとだけお待ち下さいね」
手短に用件だけを伝えるとリタは晴れやかな表情で一度店の奥に消えて行く。品物が売れた事が余程嬉しかったのか頭上に音符マークを浮かべながら。
……まあこの店お世辞にも繁盛しているとは言い難いだろうからな。
購入前に今一度<ソレ>を鞘から抜き放つ。
手にした感じでは以前の様に呑み込まれそうになる事はない。あの時は偶然だったのか錯覚だったのか、或いは現在息を潜めているだけか……どちらにせよ用心するに越した事はない。
相変わらず味気ない柾目肌の刀身を太陽に翳す。
今日からお前が俺の相棒だ。正直この前みたいのは勘弁してくれよ、俺はお前程血に飢えてなんかいないからさ。
何はともあれ、宜しく頼むよ……あ……えっとぉ……。
「この刀って名前とかないの?」
俺は率直な疑問に駆られそれを投げかける。そう言えばコイツの名を聞いていなかった。無銘の業物ではあると思うが……。
「えぇっとぉ…………キューピーちゃんです☆」
「…………何それ……確実に今考えたでしょ」
「そ、そんな事ないですよぉ。この子はキューピーちゃんです」
「却下」
「ガーン……!!」
有無を言わさずに冷ややかな視線を送りつつ俺はコイツを鞘に収める。
つまりは名前はないと、そういう事なのだろうか?
「……刀自体の名前かどうかは分からないですけど、茎には【緋天棗月】って文字が彫られてましたよ。でも、その……可愛くないじゃないですかぁ……?」
そういう問題じゃないっ!思わず反射的に突っ込みそうになった台詞を押し込めて、まあいいか放っておこうかなと。
茎に彫られるのは大概鍛治師の名だが、こいつはどうもそうではないみたいだ。それが何を意味するかなんて考えても分からないから考えない事にした。
とりあえず涙目になってシカト&放置されているリタの視線を躱し、今一度俺は求血刀 【緋天棗月】に目をやる。
お前は俺なんかに使われる事を望んでいるかどうかは分からないけれど……今日から宜しくな、相棒。
応える事ない手の中の刀を強く握り締めて俺は一人口元を弛ませて笑みを浮かべた。
「それじゃあお会計の方をお願いしますぅ……」
途端に元気のなくなった愛嬌が売りの女魔族店主がそれは低いトーンで言った。
「いや、待って。実はもう一つ欲しい物があるさ」
「……え?」
「えっとねぇ…………」
◆
「……よし!完璧!」
正直、余り期待はしていなかったが、新しい刀の他に欲しかった物が手に入った。
俺は左肩から肘にかけてを覆う部分的な鎧を入手して悦な気分に酔う。一応駄目元でプレートメイルのその部位だけを譲ってくれと申し出たところ、案の定困った様子のリタは断りを入れてきた。
すかさず、なら刀は買わないと意地悪な提案をした俺に折れる形で彼女は渋々条件を飲んだのであった。
「ううっ……今回は特別ですからねぇ……」
諦めの表情に加えて涙する姿を見ると少しだけ強引だったかなと気が引けてきたりもするが、可笑しな事にそんなリタの姿が妙に可愛くもあり、何故だか笑えてきた。
「いやぁ本当助かったさー。こんな部分だけ欲しいなんて他の店じゃなかなか言い難くってさ。良い店だよここは、うん」
「ううっ、何か複雑ですぅ……」
「本当にそう思ってるさ。ウチのギルドの連中にも武具を揃えるならリタ武具商店で!って、ちゃんと宣伝しとくから任せてよ」
ビシッと親指を彼女の顔に近付ける。そして作り笑顔……いや、爽やかなガミキさんスマイルを浮かべてみせる。
こんな部位だけを失ったプレートメイルは売り物にはならなくなってしまうだろうが、こっちもこれがないと少々不安だ。傷口が塞がってない左腕部の防御が高いに越した事はない。
念の為に今日から神聖術治療が出来る医者のいる病院に通っておこう。
「それじゃあお代はこれで」
「毎度ありがとうございますぅ!」
財布の中から取り出したゼル札の束を少しだけ惜しみながらリタへと渡す。
嗚呼、俺の全財産の半分以上が消えていく……さらばマイマネー。
「…………あのぉそろそろその手を離してもらって良いですかぁ……?」
ハッ……!
我に返った俺は代金の受け渡しが途中で停止されていた事に気付く。ゼル札を握り締めるその手が未だ離れようとしない。いかん、いかんぞ俺。見苦しい真似はするんじゃない!
「そう言えば今日はシル姐さんと一緒じゃないんですね?」
「……え」
突然の振りに思わずゼル札を頑なに握り締めるその手が緩んだ。その隙を見てリタはそそくさと代金を回収する。
シル姐さんとは……まあ、シルメリアの事だよな……?
「……あれ?あたし何かマズイ事聞いちゃいましたぁ?」
「……え?いやいや、別にぃ」
「じゃあ何でそんなにも動揺なさってるんですか?」
「……え?」
「え?」
「…………え?」
確かにだ。確かに少し動揺している。
まさかいきなりシルメリアの話題を振られるとは思っていなかった俺は思いっきり言葉に詰まり、頭の中がおバカになってしまう。何より手汗が溢れ出てしまっている。
落ち着け……落ち着くんだ俺。別にやましい事は何もないじゃないか。シルメリアというワードだけでこんなに脳内取り乱していたら前途多難も良いところだ。
「そ、そうさ。今日は一緒じゃないのさー。はははっ」
なるべく平静を装って俺は答える。垂れ流す額の冷や汗を拭いながら。
「…………超不自然ですよ」
訝しがるリタの視線を巧みに躱して俺はそそくさと退散する様にこの場を後にしたのであった……。




